ハーフエルフ・コンプレックス

種田遠雷

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11、つける薬

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 レビの知り及ばないところでは、充分に波紋が起きていた。
 夜の連中と呼ばれる獣人たちへの配慮で、住居同士は充分に離されているが、砦は広くはない。
 耳敏く鼻が利く獣人たちだけではあったが、翌日には、珍しく狩りに姿を見せなかったナハトの家で何があったかが、およそ把握されていた。
 誰が報告するわけでもないが、頭領であるアギレオの耳にも数日の内に届いた。
「……大事に扱えよ、おい」
 顔に「別に言いたくないが一応言っておかなくては」と書いてある表情のアギレオに声を掛けられ、ナハトがげえと舌を出す。
「当たり前だぁぁ」
「ならいいわ」
 あっそという風に立ち去るアギレオとすれ違い、ナハトは肩だけ竦めた。

 急かすように連れ出され、レビは夜の食堂への夜道を歩いた。不服そうかと思えばそうでもないような、隣の顔をチラと眺める。
 陽が落ちた砦の中を歩くと、少し冷たい風が心地良く、こちらに合わせてくれているのだろう、すぐ隣を緩い速度で歩く体温の高さが伝わってあったかい。
 外まで聞こえていた賑わいが、ナハトが扉を開いた途端にうわっと溢れてくる。
「もうちょいズラした方がよかったんじゃねえの」
 飯食うぞと問答無用だったナハトに肩を竦めてみせた。ほとんど満席に見える。
「立ってても食えんだろぉ。あー、あそこ空いてんじゃねえかぁ」
 顎で示される場所を見て、げえと思わず声を上げた。
「どこにあの席埋める度胸のあるやつがいんだよ……」
「バカお前ぇ、食うことは競争だぜぇ」
 ほとんど引きずられるように連れられ、どう考えても指定席な、アギレオの隣の空席の前で結界すら感じる。
「ちょ、」
「どうせまた小鳥みてぇな量しか食わねえんだろぉ」
 来てから考えろよぉと、無理に座らされ。厨房へと食事を受け取りに行くナハトの背を見送ってから、我らが頭領を振り返った。
「よう。ようやく来たな、偏食の魔術師」
「俺はそれほどじゃねえし」
 口角を下げるのに、肉を食い千切りながらアギレオが笑う。
「ド偏食のエルフは今日は来ねえぜ。ゆっくり食えよ」
「ハルカレンディアは一緒じゃないんだ?」
 珍しい、と眉を上げると、書き物が溜まってんだと、と肩を竦めて返された。
「レビは好き嫌いより回数だろぉ」
 寄れぇ、と、尻を無理に寄せられて、わ、と慌てる声が出た。椅子を半分にしてぎゅうぎゅうと座り、思ったよりもバランスよく肉や野菜が盛られた皿を見た。
「一日一回食ってたら足りるんだって。エルフほどじゃねえけど、食わなくて倒れたりしねえし」
「じゃあ一日一食食え」
「もうちょい太ってから言えぇ」
「お前らと一緒にすんなよな」
 肉体派の二人に、べえと舌を出す。わざわざ二人分を二皿に分けたりしないナハトの配膳から、遠慮なく野菜とパンを取って口に運び。
「仲良いなあ、お前ら」
 楽しそうなアギレオに肩だけ竦めておく。ナハトは元々、面倒見がいい方だ。
「ルーに自分だけ食わねえで毎回レビを連れてこいって言われたんだよぉ」
 ザラッと、身体のどこかで、砂を擦ったような感触がした。
「毎回付き合う時間ねえよ。タイミング合わねえし」
 やっぱりそうだったと思いながら、片眉を跳ね上げてみせる。
「だから夜だろぉ」
「ああー、だから混んでんのに今なのか」
 食堂で食事が提供されるのは、昼と夜、それに明け方の三回だ。昼の時間を生活するものは大体昼と夜、夜に活動する獣人たちは、夜と早朝に食事をとることが多い。
 二つの流れが重なる夜の時間が、一番出入りが多くて混み合うが、昼の連中は一日の空腹を満たし、夜の連中は一日の活力を得に来ているため、ここを避けることは少なかった。
 獣人のナハトに半エルフの自分を連れてこさせるなら、当然今だろう。ルーの采配でなくとも、自然とそうなるはずだ。
 今なら、ナハトに連れ出されたら出てくるだろうと見抜かれているのは、複雑だが。
「うちのエルフ様ときちゃ、一番は国だからな。今さら俺が声掛けても出てきゃしねえとよ」
「……はあ?」
 冗談、軽口だと解っているが、間が悪いとでもいうか、反射で声が出てしまった。
「よくそんなこと言うよな」
 満たされているから言える上辺の愚痴だろう。ああまずい、それは八つ当たりだと思うが、口が閉じない。
 アギレオが飲んでいるエールを顎で示した。
「薬草茶なんか家でしか飲まねえんだろ」
 なんだ、という顔でアギレオに見つめられ、先に目を逸らしてしまう。
「一日の仕事も別だし家で少しでも話す時間持ちたいって、二人で散々、肉食寄りの舌でも飲める葉合わせを考えたぜ」
 白々しい、とまで付け加えそうになって、いや言い過ぎだと口を閉じて鼻を鳴らした。
「……悪ぃ。要らねえこと言った……」
 すぐに撤回を試みるが、何やってんだと自分で髪を掻き回す。
「いや……そうか」
 ガキみたいな八つ当たりで、頭領を黙らせてしまった。はあ、と、自分に呆れてため息をついた。
「葉合わせってなんだぁ?」
 微妙になる空気を緩めるため、とは限らないが、間延びする緩い喋り方がありがたい。
 椅子を分け合って近すぎる隣に振り向くと、心境はなお複雑だった。
「ん? ああ、ええと。乾燥した茶葉自体を混ぜると、湯を注いだ薬草茶の香りや匂いに変化がつけられる、ことかな。ナハト、薬草茶とか飲まなそうだけど」
「匂いの強いモンが多いからなぁ。けど、そうでもねえのもあるって話かぁ」
 うん、と、気を取り直して機嫌を直すと決めた。
「飲んでみてえなら用意するけど」
 じゃあ今度、と、やや疑っていそうなナハトに笑いながら約束して。
 お頭とハルカレンディアには改めて謝ろう、と、ため息を腹に隠した。

「そういうことは言っとけよ、お前なあア」
 食堂から帰るなり声を張るアギレオに、なんだ、とハルカレンディアは顔を上げた。食卓で書いていた報告書を書き終え、後は出すだけに封をして片付ける。
「おかえり。何の話だ?」
 湯を沸かしておこうと思ったのに、没頭して忘れていた。
 腰を上げかけたところで、珍しくアギレオの方がさっさと湯を沸かし始めるのを見て、ありがとう、と座り直した。
 時々だが、機嫌が良く、かつ気がつくと毎日の茶を代わりに煎れてくれることがある。
 甘えたことだが、それを見ているのは楽しいことだった。
「お前が今日、飯食おうぜっても来なかったって冗談で言ったら、レビに怒られたんだよ」
「へえ。……お前がレビに叱られるのも、いつものことのように思うが」
「茶だよ茶。こいつだろ? お前が、俺と話す時間作るためにわざわざレビと葉合わせした、つってよ」
 ああ。と、話の全体像が見えてきて相槌を打ち、それから噴き出してしまった。
「子供か、お前は。変な格好をつけて不要な愚痴など言ってみせるからだ」
「クソッ、まるっきりその通りだぜ」
 格好悪ィ、と、笑っている横顔を眺めた。
「大体お前はいつも一言多いんだ」
「うるッせえな、お前に言われたかねえよ。澄ましたツラして結構お喋りのくせによ」
 ドカリと正面に腰を下ろすのを、行儀悪く肘を突き、顎を乗せて見守る。
「取り澄ました顔だと取られるのも不本意だが、顔立ちと性格を結びつけるのも安易だな」
「出た出た、トンガリ耳の屁理屈野郎がよ」
「どう考えても、そうも中身のない罵倒が次々出るお前に、おしゃべりなどと揶揄されるいわれがない」
 わざと肩を竦めて立ち上がり、沸いた薬罐を火から下ろして、茶器を整えた。
「はァン? 充分にあるだろうが。いっぺんくれえ反論しねえどいてから言えよ」
 隣に立って、慣れた手を貸してくれるのに甘え、薬罐を退けて茶を食卓に移すのは任せておく。
「知を担うエルフとしては、十も年下のケレブシアに叱られるような浅はかをそのままにしておいては却って不親切だろう」
「ッよくもまア、ああ言えばこう言うやつだよな、お前はよ……!」
 向かいに座ろうとした手を掴んで引き寄せられ、好戦的な挑発を受け入れて唇を重ねた。
 チュッと、わざと音を立てるのは、楽しんでいるのだろう。
「おまけに短気でせっかちだな。ゆっくり茶に付き合うくらいはしないと、またケレブシアに笑われるぞ」
「手前ェこそ素直な半エルフを見習えよ」
「お前と違って私は素直だ」
「よく言うぜ」
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