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12.紅茶
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私はセレク第二王子殿下と向かい合っていた。
部屋には殿下と、補佐官のロイズさん、私の三人しかいない。
ロイズさんに紅茶を勧められるが、もちろん仲良くお茶をしに来たわけではないので、飲む気はない。殿下は硬い表情を崩さない私を見て、困ったように微笑む。
「シルヴィ、久しぶりだね。こうやって顔を合わせて、話すのはいつぶりだろうか。」
「さぁ、覚えておりません。世間話は結構ですので、本題をお願いします。」
殿下は目を伏せて笑う。
「ふふっ。私のお嫁さんは手厳しいな。」
「殿下。お言葉ですが、私は側室になるつもりはありません。」
私が毅然と言い切ると、殿下は鋭く私を見る。
「なるつもりはなくても、それが陛下からの勅命ならば従うほかないだろう?」
…なんて横暴な。
ふつふつと胸の内に怒りが込み上げる。
「なんで私なのですか?なにも適齢期を過ぎた私を選ばなくとも、若くて可愛い御令嬢が沢山いるじゃないですか?!それに美しい隣国の姫と婚約されたばかりでしょう?なのに、側室だなんて…!」
殿下は悲しそうな顔をして、私をじっとして見る。
「なんでシルヴィか…。
それは君が一番よく分かってるんじゃないのかい?私はこの七年間、ずっと君を想ってきた。ただ一時の憧れなんかじゃないと証明できるほどに。」
「…それは…っ」
確かに七年間も一人を想い続けるなんて、そう出来ることではないだろう。毎月のように届けられて来た殿下の熱い想いを知っている私は返答に窮した。
「私だって将来は国のために婚姻しなければならないことは分かっていた。シルヴィへの想いは初恋の思い出として、胸に秘めて、結婚後は生きていくつもりだった。」
「それなら…。」
「けれど、事情が変わった。」
「…事情?」
殿下は、大きく溜息を吐いた。
「国家間の問題になるんだが…。」
国家間…。できればそんな問題に首を突っ込みたくはないけど…もうすっかり巻き込まれているので、仕方ない。
「…はい。」
殿下は神妙な面持ちで口を開いた。
「今回の私と隣国・ストラ国の姫の婚姻は、謂わば取引なのだ。
我が国は今、深刻な胡椒不足に陥っている。今は王家の在庫を市場に放出して、混乱が起きないようにしているが、来年にはそれも尽きる。それまでに我が国は他国から胡椒を仕入れる必要があった。しかし、どこの国も貴重な胡椒を簡単には輸出してくれなかった。」
そんなの知らなかった。確かに胡椒は調理にも食品の保存にも欠かせないものだし、薬にも使われている。胡椒が市場から無くなるというのは、一大事だと思った。
私は殿下の言葉を待つ。
「その時、ストラ国から取引を持ちかけられたのだ。国家間の繋がりを強めるために姫を娶れば胡椒を輸出してやる、と。私は姫と年齢も近く、婚姻に大きな問題はなかった。我が国は渡りに船とばかりに婚姻を了承した。そして、前回、婚約式で初めて姫と会ったのだ。」
その婚約式で私は騎士団の責任者を務めていたので、よく知っている。姫は綺麗なブロンズヘアに、緑色の瞳を持つ美しい方だった。特に姫自身に大きな問題はないように見えたけど…。
私の疑問を見透かしたように殿下は言った。
「姫は一見何の問題もないように見えた。しかし、婚約式後、私と二人きりになった時に笑顔で言ったのだ。
自国から三人の男妾を連れて来ることを許可しろと。」
男妾…?殿下は硬い表情で話し続ける。
「意味がわからなかった。
王家の子を宿すかも分からない身体なのに、他の男と関係を持つとはどういうことだと詰めると、男妾とする時は避妊するから問題ない、と。子供が金髪碧眼でなければ、隣国の貴族の養子にする、と。それに万が一、子供が出来なくても王太子じゃないんだから、問題ないだろうと。」
私は唖然とした。
「そ、それは…酷いですね。」
殿下は深く頷き、短い溜息を吐いた。
「あぁ…。
しかし、婚約式でもう印を押した後だった。
陛下に報告すると、そんな馬鹿なことがあるかと激怒し、ストラ国に直訴した。しかし、返答はもう遅いと。破棄したいなら、事前に渡した胡椒を返せと言ってきた。
今回の婚約にあたって、ストラ国は前祝いと言って、胡椒を贈ってきていた。受け取った胡椒は一部をもう市場へ放出してしまっていた。おそらくストラ国は、こちらから破棄の申し入れがあると見込んで、事前に胡椒を贈ってきていたのだろう。」
言葉が出なかった。完全に隣国に嵌められて、殿下は困った姫を押し付けられただけだった。
「私たちは諦めてストラ国の姫はお飾りとして私の正妃に置くことにした。しかし、私は姫と通じることはない。子ができ、万が一にも男妾の血が王家に混ざるといけないからな。
そこで大事になってくるのが側室だ。私を憐れんだ陛下は私に誰でも好きな貴族の娘を側室として娶って良いと言ってくれた。どうやっても正妃にはしてやれないから、と。」
「…それで、私…なんですね。」
殿下は頷き、私をじっと見つめた。
「…シルヴィ。
この話は決して君にとって悪い話ではないと思うんだ。
君だってずっと騎士団にいるわけにはいかないだろう?適齢期を過ぎたと言っても、まだ結婚し、子を産み育てることも十分に出来る。僕ならこの国一番の環境を整えてあげられる。
それにシルヴィは国民に人気だ。その美貌はもちろんのこと、君に助けられた国民も多い。そんな君が側室になり、私の子を産めば、国民は子を産めない正妃より君を私の真の妃して認めることだろう。
そして、何より私は君だけを愛すよ。
君を想う気持ちなら誰にも負けない。」
殿下はそう言って、私に微笑み掛けた。
金髪碧眼で、見目麗しく、優しげな殿下なら側室と言えども、なりたい御令嬢は沢山いるだろう。なのに、なんで…。
私はキュッと唇を噛み締めた。
「…私の気持ちはどうなるんですか?
国のためなら私の気持ちは関係ないですか?」
「それは…」
殿下の言葉を待たず、私は話し続ける。
「殿下は国のために生きるよう育てられてきたかもしれませんが、私はただの国民です。しかも、今は男爵令嬢ですが、元々平民です。そんな私が後宮に入って、本当に幸せになれると思いますか?
…それに…っ!
私には愛している男性がいます。もしこの先、子供を産み育てる機会が与えられるなら、その人とがいいです。」
「愛している…?」
殿下が眉を顰める。
「はい。
…殿下。長い間、私を想ってくださったことには、感謝致します。でも、私は側室にはなれません。どうぞ側室は若く聡明な御令嬢をお選びください。」
私は殿下に頭を下げた。
「私を本当に想って下さるなら、どうか…お願いです。」
「どうしても…駄目なのか…。」
殿下は呟くように言った。
「殿下。私は唯一だと思える人に出会いました。
…仮に殿下が私の気持ちを無視して、私を側室にしたとしても、私は殿下を愛することは出来ませんし、絶対に身体を開くつもりはありません。それが不敬だとされ、刑に処されることになっても、です。」
暫しの沈黙の後、殿下はハッと笑った。
そして、大声を上げて笑い出した。
私もロイズさんもポカンとして、殿下を見つめる。
「ははっ!さすがシルヴィだ!
処刑されようと、心に決めた男だけとは!!」
笑い終えると、大きく一つ溜息を吐いた。
「…すまなかった。
シルヴィに好いている男がいたなんて、知らなかった。君の周りの者に聞いても、ここ数年そういった人はいないと聞いていたものだから…。
このままシルヴィが一人で生きていくつもりなら、私と一緒に歩んでいけないかと夢見てしまった。無理だと分かっていたのに、手が届くかもと思ったら、我慢できなかったんだ。」
殿下の瞳は濡れているように見えた。
「殿下…。」
殿下は力なく笑った。
「…ははっ。シルヴィの言う通り、私達は少し歳が離れているかもな。それに男爵令嬢だと側室とは言え、覚えることも多く大変なことも確かだ。それに男爵の娘を側室にしたと聞けば、国内の貴族から反発があるだろう。
…まだ正式に通知を出す前で良かった。
陛下には私から取り下げるよう伝えておこう。このような機会を設けるよう陛下に進言してくれた騎士団長殿には感謝しなくてはな…。
シルヴィ、申し訳なかった。
…その唯一の男とどうか幸せになってほしい。」
そう言って、殿下は私に微笑みかけてくれた。
私は殿下があっさりと通知を撤回してくれたことに驚き、やっとの思いで御礼の言葉を伝えた。
「…ありがとう、ございます。」
その時、部屋の端でズズズっと大きく鼻を啜る音が聞こえた。
「セレクさまぁぁあー!!」
ロイズさんがボロ泣きだった。
「おい、ロイズ。泣きすぎだ。」
殿下もロイズさんの号泣っぷりに苦笑いだ。
「セレク様が七年もの長い片想いに自ら終止符を打たれる姿に私、感動致しました。シルヴィさんを想うが故のご決断!素晴らしいです!
きっとセレク様には今後素晴らしい出会いが待っていることでしょう!!」
ロイズさんは確信に溢れたように拳を握り締め、明日を見つめている。…こんなに熱い人だったなんて、知らなかったわ。
殿下はもう慣れているのか、笑ってそれを見ている。
「素晴らしい出会いも何も、もうあの女が正妃なのは変わらないがな。でも、まぁ、可愛い側室でも探すか。」
グッと背を伸ばし、大きく息を吐くと、殿下は私に笑いかけた。私は笑顔で答える。
「はい。きっと殿下ならどんな素敵な御令嬢も射止められると思います。」
殿下がキョトンとして、プハッと笑った。
「それ、シルヴィが言う?
今、私振られたばっかりなんだけど。」
私達は3人で笑い合った。
ロイズさんが言う。
「そういえば、すっかりお茶が冷めてしまいましたね。私、淹れ直してまいります。すぐ戻りますので、少々お待ち下さい。」
「あ、私はそろそろ…!」
そう言って立とうとすると、殿下に止められる。
「シルヴィ。こうやって二人で話す機会ももうないだろう…少しくらい私に思い出をくれないか?
あと、話しておきたいこともある。」
「そうですよ、シルヴィさん!
私からもお願いします!」
ロイズさんにも強めにお願いされて、断れなかった。
「わ、分かりました。では、あと少しだけ。」
ロイズさんはにっこりと笑顔で頷くと、お湯を取りに部屋を出て行った。
少しの間、部屋に沈黙が流れる。
「迷惑かけたね、シルヴィ。」
私は首を横に振る。
「いえ…。殿下は国民のために望まぬ結婚をするのに、私は好きな人と一緒になりたいなどと我儘を言って、申し訳ありません。」
殿下は寂しそうに笑う。
「そんなのはいいんだ。政略結婚は王族の義務のようなものだし。
それより、一つ伝えておかなきゃいけないことがある。」
「何でしょう?」
殿下の目つきが厳しくなる。
「ストラ国の姫・スカーレットが君に敵対心を抱いているようなんだ。」
「へ?」
予想外の内容につい間抜けな声が出てしまった。
殿下はクスクスと笑う。
「ふふっ。そんな可愛らしい反応もするんだね。」
私は咳払いをすると、姿勢を正した。
「どういうことでしょうか?」
殿下も少し厳しい表情になる。
「今回側室を娶るという方針を伝えたところ、スカーレット本人から抗議文が届いてな。自分の立場が危うくなるのを心配しているのと、どうやら君の評判に嫉妬しているようなんだ。」
「私の評判?」
私は首を傾げる。
「今回の婚約式で、シルヴィは責任者として隣国の者ともやり取りしただろう?その際、シルヴィの対応が素晴らしかったと隣国の者が自国に戻って騒いだそうなんだ。美しく聡明な女騎士がいる、騎士服を着てはいたがどこかの姫のようだった、と。」
「有難い評価ではありますが…。」
割といつものことだから、ここまではたいして気になることじゃない。
「それがスカーレットの耳に入ったらしいんだ。どうやらスカーレットは自分の容姿にとても自信を持っているようでね。婚約式で着飾った自分よりも騎士服のシルヴィに自国の者たちの視線が集まったのが許せなかったらしい。」
…そんなの私にはどうしようもない。逆恨みもいいところだ。わたしは目立とうと思っているわけではないのに。
「それに加えて、側室候補として名前を聞いたものだから、より腹を立てているようで。」
「わかりました。身辺に気をつけます。」
「まぁ、シルヴィは強いし、大丈夫かとは思ったんだけどね、一応伝えておこうと。」
「ありがとうございます。
あ、私からも一つお尋ねしても宜しいですか?」
私はずっと気になっていたことを聞いた。
「なんだい?」
「婚約式の時に隣国が姫の護衛を女性騎士だけに限定したのって…。」
殿下が馬鹿にしたように笑った。
「あぁ、どうやらスカーレットは惚れっぽいらしいな。気に入った者がいると、すぐに寝所に誘うのだそうだ。ストラ国はそれを隠そうとして、あんな依頼をしたのだろう。
よくよく調べたら、自国では色んな男に手を出しているということが分かったよ。しかも、媚薬を使って、男を溺れさせるという噂もある。」
私は顔が引き攣る。媚薬を使って、男を落とすだなんて…まるで強姦のようだ。姫が…いや、女性がやることじゃない。そんな人が第二王子妃だなんて、国民としても頭が痛い。
「…本当に困った姫様なんですね。」
「あぁ。隣国が事前にスカーレットに関する情報を全く開示しなかった理由も今となってはよく分かる。
そういうわけだから気をつけてくれ。あと、騎士団で容姿の優れた者は姫の近くに置かない方がいいと思う。」
そう指摘され、頭の中で考える。そうなると、ジルベルトとアランが一番危険かな…。ジルベルトは既婚者だから平気かしら…でも、姫ならそんなの関係ないって言いそうだわ。
考えているとロイズさんが戻ってきて、新しいお茶を淹れてくれた。殿下に勧められて、紅茶に口をつける。
「…シルヴィ、今までありがとう。」
殿下が目を細めて、私を見る。
「王太子でもない私は、ただの兄のスペアだった。どこに行っても、兄と比べられて自分の存在価値を見失っていた。誰と話しても兄と比較されているようで怖かった。
しかし、あの日シルヴィが私を真っ直ぐに見て、にこにこと私の話を熱心に聞いてくれて、私は救われるような思いだった。」
「そんな、私は…。」
慌てて首を横に振る。
「あぁ、シルヴィからしたら何でもないことなんだろう。でも、その君の真っ直ぐな瞳に救われている人は多くいると思う。
私はあの日から兄と比べられていると思い込むことを止めた。そして、自分自身を見てもらえるよう努力を続けてきた。それが出来たのはシルヴィ…君のおかげだ。感謝している。」
「殿下…勿体ないお言葉です…。」
殿下は私の言葉を受けて、クスクスと笑った。
その笑顔はどこか幼い頃の殿下を彷彿とさせた。
「ふふっ。美しく聡明で強いのに、驕らないところもシルヴィの魅力だ。
…本当に好きだったんだ…。
愛する人がいると聞けて良かった。これでようやく初恋を終えることが出来る。」
「こちらこそ長い間、想っていただき、ありがとうございました。」
私達はこの時間を惜しむように、ゆっくりと紅茶を飲んだ。
部屋には殿下と、補佐官のロイズさん、私の三人しかいない。
ロイズさんに紅茶を勧められるが、もちろん仲良くお茶をしに来たわけではないので、飲む気はない。殿下は硬い表情を崩さない私を見て、困ったように微笑む。
「シルヴィ、久しぶりだね。こうやって顔を合わせて、話すのはいつぶりだろうか。」
「さぁ、覚えておりません。世間話は結構ですので、本題をお願いします。」
殿下は目を伏せて笑う。
「ふふっ。私のお嫁さんは手厳しいな。」
「殿下。お言葉ですが、私は側室になるつもりはありません。」
私が毅然と言い切ると、殿下は鋭く私を見る。
「なるつもりはなくても、それが陛下からの勅命ならば従うほかないだろう?」
…なんて横暴な。
ふつふつと胸の内に怒りが込み上げる。
「なんで私なのですか?なにも適齢期を過ぎた私を選ばなくとも、若くて可愛い御令嬢が沢山いるじゃないですか?!それに美しい隣国の姫と婚約されたばかりでしょう?なのに、側室だなんて…!」
殿下は悲しそうな顔をして、私をじっとして見る。
「なんでシルヴィか…。
それは君が一番よく分かってるんじゃないのかい?私はこの七年間、ずっと君を想ってきた。ただ一時の憧れなんかじゃないと証明できるほどに。」
「…それは…っ」
確かに七年間も一人を想い続けるなんて、そう出来ることではないだろう。毎月のように届けられて来た殿下の熱い想いを知っている私は返答に窮した。
「私だって将来は国のために婚姻しなければならないことは分かっていた。シルヴィへの想いは初恋の思い出として、胸に秘めて、結婚後は生きていくつもりだった。」
「それなら…。」
「けれど、事情が変わった。」
「…事情?」
殿下は、大きく溜息を吐いた。
「国家間の問題になるんだが…。」
国家間…。できればそんな問題に首を突っ込みたくはないけど…もうすっかり巻き込まれているので、仕方ない。
「…はい。」
殿下は神妙な面持ちで口を開いた。
「今回の私と隣国・ストラ国の姫の婚姻は、謂わば取引なのだ。
我が国は今、深刻な胡椒不足に陥っている。今は王家の在庫を市場に放出して、混乱が起きないようにしているが、来年にはそれも尽きる。それまでに我が国は他国から胡椒を仕入れる必要があった。しかし、どこの国も貴重な胡椒を簡単には輸出してくれなかった。」
そんなの知らなかった。確かに胡椒は調理にも食品の保存にも欠かせないものだし、薬にも使われている。胡椒が市場から無くなるというのは、一大事だと思った。
私は殿下の言葉を待つ。
「その時、ストラ国から取引を持ちかけられたのだ。国家間の繋がりを強めるために姫を娶れば胡椒を輸出してやる、と。私は姫と年齢も近く、婚姻に大きな問題はなかった。我が国は渡りに船とばかりに婚姻を了承した。そして、前回、婚約式で初めて姫と会ったのだ。」
その婚約式で私は騎士団の責任者を務めていたので、よく知っている。姫は綺麗なブロンズヘアに、緑色の瞳を持つ美しい方だった。特に姫自身に大きな問題はないように見えたけど…。
私の疑問を見透かしたように殿下は言った。
「姫は一見何の問題もないように見えた。しかし、婚約式後、私と二人きりになった時に笑顔で言ったのだ。
自国から三人の男妾を連れて来ることを許可しろと。」
男妾…?殿下は硬い表情で話し続ける。
「意味がわからなかった。
王家の子を宿すかも分からない身体なのに、他の男と関係を持つとはどういうことだと詰めると、男妾とする時は避妊するから問題ない、と。子供が金髪碧眼でなければ、隣国の貴族の養子にする、と。それに万が一、子供が出来なくても王太子じゃないんだから、問題ないだろうと。」
私は唖然とした。
「そ、それは…酷いですね。」
殿下は深く頷き、短い溜息を吐いた。
「あぁ…。
しかし、婚約式でもう印を押した後だった。
陛下に報告すると、そんな馬鹿なことがあるかと激怒し、ストラ国に直訴した。しかし、返答はもう遅いと。破棄したいなら、事前に渡した胡椒を返せと言ってきた。
今回の婚約にあたって、ストラ国は前祝いと言って、胡椒を贈ってきていた。受け取った胡椒は一部をもう市場へ放出してしまっていた。おそらくストラ国は、こちらから破棄の申し入れがあると見込んで、事前に胡椒を贈ってきていたのだろう。」
言葉が出なかった。完全に隣国に嵌められて、殿下は困った姫を押し付けられただけだった。
「私たちは諦めてストラ国の姫はお飾りとして私の正妃に置くことにした。しかし、私は姫と通じることはない。子ができ、万が一にも男妾の血が王家に混ざるといけないからな。
そこで大事になってくるのが側室だ。私を憐れんだ陛下は私に誰でも好きな貴族の娘を側室として娶って良いと言ってくれた。どうやっても正妃にはしてやれないから、と。」
「…それで、私…なんですね。」
殿下は頷き、私をじっと見つめた。
「…シルヴィ。
この話は決して君にとって悪い話ではないと思うんだ。
君だってずっと騎士団にいるわけにはいかないだろう?適齢期を過ぎたと言っても、まだ結婚し、子を産み育てることも十分に出来る。僕ならこの国一番の環境を整えてあげられる。
それにシルヴィは国民に人気だ。その美貌はもちろんのこと、君に助けられた国民も多い。そんな君が側室になり、私の子を産めば、国民は子を産めない正妃より君を私の真の妃して認めることだろう。
そして、何より私は君だけを愛すよ。
君を想う気持ちなら誰にも負けない。」
殿下はそう言って、私に微笑み掛けた。
金髪碧眼で、見目麗しく、優しげな殿下なら側室と言えども、なりたい御令嬢は沢山いるだろう。なのに、なんで…。
私はキュッと唇を噛み締めた。
「…私の気持ちはどうなるんですか?
国のためなら私の気持ちは関係ないですか?」
「それは…」
殿下の言葉を待たず、私は話し続ける。
「殿下は国のために生きるよう育てられてきたかもしれませんが、私はただの国民です。しかも、今は男爵令嬢ですが、元々平民です。そんな私が後宮に入って、本当に幸せになれると思いますか?
…それに…っ!
私には愛している男性がいます。もしこの先、子供を産み育てる機会が与えられるなら、その人とがいいです。」
「愛している…?」
殿下が眉を顰める。
「はい。
…殿下。長い間、私を想ってくださったことには、感謝致します。でも、私は側室にはなれません。どうぞ側室は若く聡明な御令嬢をお選びください。」
私は殿下に頭を下げた。
「私を本当に想って下さるなら、どうか…お願いです。」
「どうしても…駄目なのか…。」
殿下は呟くように言った。
「殿下。私は唯一だと思える人に出会いました。
…仮に殿下が私の気持ちを無視して、私を側室にしたとしても、私は殿下を愛することは出来ませんし、絶対に身体を開くつもりはありません。それが不敬だとされ、刑に処されることになっても、です。」
暫しの沈黙の後、殿下はハッと笑った。
そして、大声を上げて笑い出した。
私もロイズさんもポカンとして、殿下を見つめる。
「ははっ!さすがシルヴィだ!
処刑されようと、心に決めた男だけとは!!」
笑い終えると、大きく一つ溜息を吐いた。
「…すまなかった。
シルヴィに好いている男がいたなんて、知らなかった。君の周りの者に聞いても、ここ数年そういった人はいないと聞いていたものだから…。
このままシルヴィが一人で生きていくつもりなら、私と一緒に歩んでいけないかと夢見てしまった。無理だと分かっていたのに、手が届くかもと思ったら、我慢できなかったんだ。」
殿下の瞳は濡れているように見えた。
「殿下…。」
殿下は力なく笑った。
「…ははっ。シルヴィの言う通り、私達は少し歳が離れているかもな。それに男爵令嬢だと側室とは言え、覚えることも多く大変なことも確かだ。それに男爵の娘を側室にしたと聞けば、国内の貴族から反発があるだろう。
…まだ正式に通知を出す前で良かった。
陛下には私から取り下げるよう伝えておこう。このような機会を設けるよう陛下に進言してくれた騎士団長殿には感謝しなくてはな…。
シルヴィ、申し訳なかった。
…その唯一の男とどうか幸せになってほしい。」
そう言って、殿下は私に微笑みかけてくれた。
私は殿下があっさりと通知を撤回してくれたことに驚き、やっとの思いで御礼の言葉を伝えた。
「…ありがとう、ございます。」
その時、部屋の端でズズズっと大きく鼻を啜る音が聞こえた。
「セレクさまぁぁあー!!」
ロイズさんがボロ泣きだった。
「おい、ロイズ。泣きすぎだ。」
殿下もロイズさんの号泣っぷりに苦笑いだ。
「セレク様が七年もの長い片想いに自ら終止符を打たれる姿に私、感動致しました。シルヴィさんを想うが故のご決断!素晴らしいです!
きっとセレク様には今後素晴らしい出会いが待っていることでしょう!!」
ロイズさんは確信に溢れたように拳を握り締め、明日を見つめている。…こんなに熱い人だったなんて、知らなかったわ。
殿下はもう慣れているのか、笑ってそれを見ている。
「素晴らしい出会いも何も、もうあの女が正妃なのは変わらないがな。でも、まぁ、可愛い側室でも探すか。」
グッと背を伸ばし、大きく息を吐くと、殿下は私に笑いかけた。私は笑顔で答える。
「はい。きっと殿下ならどんな素敵な御令嬢も射止められると思います。」
殿下がキョトンとして、プハッと笑った。
「それ、シルヴィが言う?
今、私振られたばっかりなんだけど。」
私達は3人で笑い合った。
ロイズさんが言う。
「そういえば、すっかりお茶が冷めてしまいましたね。私、淹れ直してまいります。すぐ戻りますので、少々お待ち下さい。」
「あ、私はそろそろ…!」
そう言って立とうとすると、殿下に止められる。
「シルヴィ。こうやって二人で話す機会ももうないだろう…少しくらい私に思い出をくれないか?
あと、話しておきたいこともある。」
「そうですよ、シルヴィさん!
私からもお願いします!」
ロイズさんにも強めにお願いされて、断れなかった。
「わ、分かりました。では、あと少しだけ。」
ロイズさんはにっこりと笑顔で頷くと、お湯を取りに部屋を出て行った。
少しの間、部屋に沈黙が流れる。
「迷惑かけたね、シルヴィ。」
私は首を横に振る。
「いえ…。殿下は国民のために望まぬ結婚をするのに、私は好きな人と一緒になりたいなどと我儘を言って、申し訳ありません。」
殿下は寂しそうに笑う。
「そんなのはいいんだ。政略結婚は王族の義務のようなものだし。
それより、一つ伝えておかなきゃいけないことがある。」
「何でしょう?」
殿下の目つきが厳しくなる。
「ストラ国の姫・スカーレットが君に敵対心を抱いているようなんだ。」
「へ?」
予想外の内容につい間抜けな声が出てしまった。
殿下はクスクスと笑う。
「ふふっ。そんな可愛らしい反応もするんだね。」
私は咳払いをすると、姿勢を正した。
「どういうことでしょうか?」
殿下も少し厳しい表情になる。
「今回側室を娶るという方針を伝えたところ、スカーレット本人から抗議文が届いてな。自分の立場が危うくなるのを心配しているのと、どうやら君の評判に嫉妬しているようなんだ。」
「私の評判?」
私は首を傾げる。
「今回の婚約式で、シルヴィは責任者として隣国の者ともやり取りしただろう?その際、シルヴィの対応が素晴らしかったと隣国の者が自国に戻って騒いだそうなんだ。美しく聡明な女騎士がいる、騎士服を着てはいたがどこかの姫のようだった、と。」
「有難い評価ではありますが…。」
割といつものことだから、ここまではたいして気になることじゃない。
「それがスカーレットの耳に入ったらしいんだ。どうやらスカーレットは自分の容姿にとても自信を持っているようでね。婚約式で着飾った自分よりも騎士服のシルヴィに自国の者たちの視線が集まったのが許せなかったらしい。」
…そんなの私にはどうしようもない。逆恨みもいいところだ。わたしは目立とうと思っているわけではないのに。
「それに加えて、側室候補として名前を聞いたものだから、より腹を立てているようで。」
「わかりました。身辺に気をつけます。」
「まぁ、シルヴィは強いし、大丈夫かとは思ったんだけどね、一応伝えておこうと。」
「ありがとうございます。
あ、私からも一つお尋ねしても宜しいですか?」
私はずっと気になっていたことを聞いた。
「なんだい?」
「婚約式の時に隣国が姫の護衛を女性騎士だけに限定したのって…。」
殿下が馬鹿にしたように笑った。
「あぁ、どうやらスカーレットは惚れっぽいらしいな。気に入った者がいると、すぐに寝所に誘うのだそうだ。ストラ国はそれを隠そうとして、あんな依頼をしたのだろう。
よくよく調べたら、自国では色んな男に手を出しているということが分かったよ。しかも、媚薬を使って、男を溺れさせるという噂もある。」
私は顔が引き攣る。媚薬を使って、男を落とすだなんて…まるで強姦のようだ。姫が…いや、女性がやることじゃない。そんな人が第二王子妃だなんて、国民としても頭が痛い。
「…本当に困った姫様なんですね。」
「あぁ。隣国が事前にスカーレットに関する情報を全く開示しなかった理由も今となってはよく分かる。
そういうわけだから気をつけてくれ。あと、騎士団で容姿の優れた者は姫の近くに置かない方がいいと思う。」
そう指摘され、頭の中で考える。そうなると、ジルベルトとアランが一番危険かな…。ジルベルトは既婚者だから平気かしら…でも、姫ならそんなの関係ないって言いそうだわ。
考えているとロイズさんが戻ってきて、新しいお茶を淹れてくれた。殿下に勧められて、紅茶に口をつける。
「…シルヴィ、今までありがとう。」
殿下が目を細めて、私を見る。
「王太子でもない私は、ただの兄のスペアだった。どこに行っても、兄と比べられて自分の存在価値を見失っていた。誰と話しても兄と比較されているようで怖かった。
しかし、あの日シルヴィが私を真っ直ぐに見て、にこにこと私の話を熱心に聞いてくれて、私は救われるような思いだった。」
「そんな、私は…。」
慌てて首を横に振る。
「あぁ、シルヴィからしたら何でもないことなんだろう。でも、その君の真っ直ぐな瞳に救われている人は多くいると思う。
私はあの日から兄と比べられていると思い込むことを止めた。そして、自分自身を見てもらえるよう努力を続けてきた。それが出来たのはシルヴィ…君のおかげだ。感謝している。」
「殿下…勿体ないお言葉です…。」
殿下は私の言葉を受けて、クスクスと笑った。
その笑顔はどこか幼い頃の殿下を彷彿とさせた。
「ふふっ。美しく聡明で強いのに、驕らないところもシルヴィの魅力だ。
…本当に好きだったんだ…。
愛する人がいると聞けて良かった。これでようやく初恋を終えることが出来る。」
「こちらこそ長い間、想っていただき、ありがとうございました。」
私達はこの時間を惜しむように、ゆっくりと紅茶を飲んだ。
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