褒美で授与された私は王太子殿下の元婚約者

アズやっこ

文字の大きさ
52 / 152

稽古風景

しおりを挟む

建物の中に入り隊長室まで進む。途中『副隊長』と嬉しそうな顔をしてリーストファー様に話し掛ける若い騎士兵士達とすれ違い、私はおじさまと先に隊長室まで向かった。


「悪いな」


私は顔を横に振った。

おじさまが『悪いな』と言ったのは、きっと若い騎士兵士達が私を無視した事だと思う。礼儀を重んじる騎士として、すれ違う人に挨拶をしなかった。

でもそれは久しぶりに元気な姿を見せた副隊長に目がいったからだと思ってる。だから無礼とは思っていない。


「リーストファー様は男性にも慕われているんですね」


少し不貞腐れた私の顔を見逃さなかったおじさまは声を出して笑った。


「やきもちか?まあ、あいつは人を惹きつける何かを持ってるからな」

「本人は自覚なしですが」

「ククッ、だな」


リーストファー様はもう少し自覚してほしいと本当に思う。『俺なんて誰も見てないさ』どの口が言うのか…。


「ミシェルとこうして話せるようになったのも、幸せな顔が見れたのも、あの阿呆のおかげか」

「不謹慎では?」

「俺一個人の感情だ、隊長としてではない。

ずっと遠くから心配するしかできなかったからな。幸せとは正反対の顔をして、まだ子供なのに大人の顔をして、諦めた目をしていつも同じ仮面を着けて笑う。淑女として妃としては立派だが、幼い頃を知る俺には歯がゆかった。ミシェルの笑顔はそんなもんじゃない、皆を幸せにするんだ。映す瞳はもっと光り輝いていたっていつも思っていた」

「あの頃は何も知らない幼子でしたから」


公爵邸の中だけの世界で私は育った。まだ若いおじさまを『おじちゃま』と慕い、いつも後ろをついて回った。小さい椅子に座り稽古を見て、私がちょっとでもぐずったり眠たくなると必ず側に来て私を抱き上げる。地面に近かった視線が一気に空に近い視線になり、熊のような大柄な体格だからか、その腕の中はいつも安心できた。

お母様やマーラのような柔らかさはないし、硬い腕の中での寝心地は悪かったけど、鼻歌を子守唄に包み込むように抱き、心地よい風が私を眠りに誘った。私が眠るまで歩き続け、私が眠れば木陰で胡座をかいたその上に私を寝かせる。少し眠って目を覚ませば『起きたか?』と優しく笑う。

追いかけられるだけのかけっこも、意味のない木登りも、的に当てる石投げも、今となっては良い思い出。当時は遊びとは思えなかったけど。追いかけてくる顔は怖かったし、木に登れば揺らされるし、的を外せば的に当たるまで投げさせられた。 

今でもあの遊びは何だったのか分からない。

でも当時の私は泣きながらも笑っていたし、おじさまの顔はいつも優しかった。


お茶を飲みながら思い出話をしていると、リーストファー様が隊長室へ入って来た。


「リーストファー、久しぶりに稽古をつけてやれ」

「わぁ、私も見たいです」


王宮軍の稽古風景は一度も見た事がない。


「お姫様もこう言ってるぞ?」


私は私の後ろに立っているリーストファー様を見上げる。


「駄目ですか?」

「ッ、俺はいつもその顔に絆される。何でも叶えてやりたいと思えるんだ」


その顔がどんな顔かは分からないけど、叶えてくれるならそんな嬉しいことはないわ。


「ククッ、ミシェルはリーストファーの扱いが上手いな、ククッ」


肩を震わせ笑っているおじさま。


「リーストファー諦めろ、ミシェルの魅力に取り憑かれた者の宿命だ」


取り憑かれたって、私は悪霊か何かだと言うの?純粋にリーストファー様が稽古をする姿や指導する姿を見たいだけよ?

隊長室から外に出て少し離れた訓練場へ向かう。

大きな掛け声と一糸乱れず練習刀を振る若者達。若者達の間をゆっくり歩き一人一人声をかけ指導をする先輩騎士達。

危ないからと訓練場の柵の外で私は稽古風景を眺める。チラチラと好奇の目で見られたり、鋭い視線で見られたり、それでも私は気にせず稽古風景を眺めている。


「お久しぶりです」


声を掛けられ視線を向ける。


「ロータス卿、お久しぶりです」

「どうぞ」

「すみません、ありがとうございます」


椅子を持ってきてくれたロータス卿。有り難く椅子に腰掛けた。


「ありがとうございます」


私にはロータス卿のお礼が何のお礼か分からなかった。


「リーストファーのあの姿がまた見られるなんて、本当にありがとうございます」

「私は何も。リーストファー様の努力の賜物です」

「それでも、もう一度剣を握ろうと思えたのは夫人のおかげです」

「いいえ、リーストファー様ならいずれご自身で剣を持ったと思います。彼は強い人ですから」

「女性が綺麗に見られたいと思うように、男も格好良く映りたいと思います。好意を抱く女性には格好悪い姿は見せられません」

「格好悪い姿も私は嬉しく思います。リーストファー様の格好悪い姿も素敵ですよ?」

「安心しました」

「え?」

「格好良い姿も格好悪い姿も、どんな姿も見せられるのが夫婦です。お二人は夫婦になりましたね」

「はい、夫婦です」


私は気恥ずかしく微笑んだ。

私の姿をロータス卿は安心したように微笑んでいる。


「安心しました」


ロータス卿の安堵した優しい声に自然と頬が緩んでいた。



しおりを挟む
感想 130

あなたにおすすめの小説

誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる

吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」 ――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。 最初の三年間は幸せだった。 けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり―― 気づけば七年の歳月が流れていた。 二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。 未来を選ぶ年齢。 だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。 結婚式を目前にした夜。 失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。 「……リリアナ。迎えに来た」 七年の沈黙を破って現れた騎士。 赦せるのか、それとも拒むのか。 揺れる心が最後に選ぶのは―― かつての誓いか、それとも新しい愛か。 お知らせ ※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。 直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。 --注意-- こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。 一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。 二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪ ※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

処理中です...