53 / 152
騎士として
しおりを挟む王宮軍に女性が入れないとはいえ、奥様方は出入りできる。着替えを持ってきたついでに稽古風景を少し見学することはよくあると思う。キャーキャー騒がなければ注意される事はないし、稽古を妨害しなければ追い出される事もない。
今私は騒いでもいないし妨害もしていない。ただ椅子に座って眺めているだけ。
それなのに…、
女性が稽古を見学するのが初めてでもないのに、チラチラと見られる視線に刺さるような視線。稽古をしている若者達は注意散漫。稽古に身が入っていないのが私にも分かる。
これはもしかして妨害?
私は席を立ち上がろうとした。集中力のない稽古は稽古とは言わない。このまま稽古を続ければ誰か怪我をする。練習刀とはいえ本来しなくてもいい怪我を負ってほしい訳じゃない。
「お前等!」
おじさまの大きな声が訓練場に響いた。
「お前達、間違えるな!
それとな、残念だがリーストファーの奥さんだ」
一斉に向けられる視線。
「副隊長の奥方に挨拶してこい。剣を持つ以上礼儀を怠るな!騎士道の精神を忘れたのか。
ああ、それと、睨んだ奴は謝罪もしろよ。戦場での出来事とは無関係だ。女性に矛先を向けるなら本人に向けろ、これからも剣を握りたいなら卑怯な真似はするな」
『ほら並べ』と柵にもたれかかるおじさま。私の後ろにはロータス卿、リーストファー様は柵越しに私の前に立った。
3人からの視線に、柵越しに並んだ若者達の緊張感が伝わる。
始めは騎士達一人一人と挨拶をする。それから若者達と挨拶をする。『頑張って』と私も声をかける。『ククッ、にこやかにすると鬼が怒るぞ?』おじさまは面白おかしく笑っているけど、無表情で挨拶する訳じゃないんだから微笑むのは当たり前だわ。
『ああ、頬なんて染めるから可哀想に鬼の餌食になったな』おじさまを見るとにこにこと笑っている。目の前の若者はみるみる顔色が悪くなった。『大丈夫よ?挨拶をしているだけだもの』私は目の前の若者に優しく声をかける。
『あぁあ』『テネシー隊長、少し気が散るので静かにして頂けます?』私がおじさまをキッと睨めば、おじさまはとぼけた顔をする。『俺はこいつらの身を案じただけなんだがな』それからも言葉を交わせば『あぁあ、はい、もう一人釣れた』流石に『もう、少し黙ってて』少し素が出たのは仕方ない。気心知れたように隊長と話す私を、興味深そうに遠巻きで眺めている騎士達や若者達。
『すみません、睨んでしまいました』と勢いよく頭を下げる子に『仕方がないわ、これからは温かく迎えてくれる?』『はい』と元気な声が返ってくる。
始めは好意的な態度だった。それでも次第に敵意的な態度を隠さない若者もいる。
『すみません』すみませんって一応謝罪はするけど、態度は悪びれる様子はない。隊長の手前謝罪します、って所ね。でもそれも仕方がないと思うわ。あの戦場での出来事はそれだけの惨劇だったもの。
実際、妃でもない婚約者ってだけで私とは無関係だったのかもしれない。もし一緒に付いて行っていたら止めたわ。それでも貴族の婚約者と王族の婚約者とでは立場も責任も違うのは分かってる。だから無関係とは言い切れない。
「おい」
怒気を含んだ低く冷たい声。さっきまで面白おかしく笑っていたのに、今は険しい顔になっている。
私は後ろに立つロータス卿に視線を移した。顔を横に振るロータス卿。
『隊長』私が声をかければ視線だけで『黙ってろ』と言われた。
リーストファー様に助けを求めると、リーストファー様も同じ顔をしていた。
「間違えるなと言ったはずだ」
「ですが」
「あの惨劇を知る者としてお前達の気持ちが分からないわけではない」
おじさまは並んでいる若者達に視線を向けている。
あの好意的な態度だった若者達はきっと戦場を知らない子達なのね。あの惨劇を見ていない?物資補充だったのか、裏方をしていた子達だった?
まだ挨拶をしていない若者達の視線は刺さるような敵意の目。いくら隊長が謝罪をしろと言っても、まだ心の内を隠すのは難しい。経験で培われるものだと言っても、経験が浅い年若い彼等にはまだ無理よ。きっと頭では分かってる、無関係だと、矛先を向けるのは間違いだと。でも心を隠せないほど、それだけ彼等にとっても心に深い傷を残した。
バーチェル国にとっては残虐も戦略。士気を下げることにも繋がるし、隊を乱す、それだけで有利になる。
「これからも騎士を目指す以上、仲間の死も友の死も立ち会う事になる。戦術が上手くいかない時もある。己の信念の為に、仲間の為に命を懸ける時もある。犬死にと分かっていても忠義の為に懸ける命もある。この世から争いが無くならない以上、それはこれからも続く。
感情はお前達のものだ、何をどう思おうと咎めたりしない。だがな、これからも騎士を目指すなら、騎士になりたいのなら、感情は心にしまえ、表に出すな」
張り詰めた空気に顔を俯かせる若者達。
「そもそも我々は弱者を護らないといけない。女性はか弱き者だ、か弱き者に感情をぶつけてどうする。お前達は屑に成り下がりたいのか。騎士としてではなく男として低劣だという事を自覚しろ。そして己を恥じろ。
これからも剣を持ちたいなら卑怯な真似はするな。それができないなら剣は置け、王宮軍には必要ない」
静まり返る訓練場におじさまの声だけが響いた。
78
あなたにおすすめの小説
誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる
吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」
――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。
最初の三年間は幸せだった。
けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり――
気づけば七年の歳月が流れていた。
二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。
未来を選ぶ年齢。
だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。
結婚式を目前にした夜。
失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。
「……リリアナ。迎えに来た」
七年の沈黙を破って現れた騎士。
赦せるのか、それとも拒むのか。
揺れる心が最後に選ぶのは――
かつての誓いか、それとも新しい愛か。
お知らせ
※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。
直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
牢で死ぬはずだった公爵令嬢
鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。
表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。
小説家になろうさんにも投稿しています。
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。
--注意--
こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。
一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。
二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪
※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜
榊どら
恋愛
長年片思いしていた幼馴染のレイモンドに大失恋したアデレード・バルモア。
自暴自棄になった末、自分が不幸な結婚をすればレイモンドが罪悪感を抱くかもしれない、と非常に歪んだ認識のもと、女嫌いで有名なペイトン・フォワードと白い結婚をする。
しかし、初顔合わせにて「君を愛することはない」と言われてしまい、イラッときたアデレードは「嫌です。私は愛されて大切にされたい」と返した。
あまりにナチュラルに自分の宣言を否定されたペイトンが「え?」と呆けている間に、アデレードは「この結婚は政略結婚で私達は対等な関係なのだから、私だけが我慢するのはおかしい」と説き伏せ「私は貴方を愛さないので、貴方は私を愛することでお互い妥協することにしましょう」と提案する。ペイトンは、断ればよいのに何故かこの申し出を承諾してしまう。
かくして、愛され妻と嫌われ夫契約が締結された。
出鼻を挫かれたことでアデレードが気になって気になって仕方ないペイトンと、ペイトンに全く興味がないアデレード。温度差の激しい二人だったが、その関係は少しずつ変化していく。
そんな中アデレードを散々蔑ろにして傷つけたレイモンドが復縁を要請してきて……!?
*小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。
たろ
恋愛
幼馴染のロード。
学校を卒業してロードは村から街へ。
街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。
ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。
なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。
ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。
それも女避けのための(仮)の恋人に。
そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。
ダリアは、静かに身を引く決意をして………
★ 短編から長編に変更させていただきます。
すみません。いつものように話が長くなってしまいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる