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騎士の妻
しおりを挟む辺境伯の邸の一部屋で3日間過ごした私は、リーストファー様に案内され辺境隊の騎士達が暮らす住居区へやって来た。
幼い子供達が走り回り元気な声が聞こえている。
「こんにちは」
屈託な笑顔で挨拶をされ、『こんにちは』と挨拶を返す。
住居区を歩き一軒の家の前。リーストファー様はコンコンとドアをノックした。『はーい』と家の中から聞こえ、出て来たのは幼児を抱っこした一人の女性。
「リーストファー」
朗らかな笑顔で、慈しむかのようにリーストファー様を見つめる女性。幼児を下ろしリーストファー様を抱きしめた。
「元気にしていたの?怪我は?もう良いの?ああ、顔をきちんと見せてちょうだい」
女性はリーストファー様の両頬を自分の手で包んだ。
「心配していたのよ?貴方がここから帰っていった時は話す事も出来なかったから」
「俺はもう大丈夫です。エレンさんは元気にしてましたか?」
「私はこの通り元気よ」
二人の再会を私は微笑ましく見つめていた。
「私に紹介してくれないの?」
「俺の妻のミシェルです」
私はエレンさんに『初めまして』と頭を下げた。
「ふふっ、貴方が照れてる所が見れるとは思わなかったわ。ずっと心配していたの。色々な噂を耳にしたわ。でも、貴方の奥さんを見れて私は嬉しいわ。それにこんなに可愛いのよ?私にもう一人娘が出来たのね、おめでとうリーストファー」
「ありがとうございます。俺の奥さん、天使じゃないかと思うくらい可愛いんです。俺には勿体ないくらいですが」
「ふふっ、貴方の幸せな顔が見れて良かったわ」
私は二人の会話を微笑ましく聞いていた。
「ミシェルさん、リーストファーをお願いします。この子は本当に剣しか振れない子なの。浮いた話も一つもない、女心なんてこれっぽっちも分からない子だけど、とても優しい子なの」
「はい、リーストファー様の優しさに何度も救われています。本当に優しくて強い人です。強くあろうとする姿も、全てを一人で背負おうとする姿も、時々見せる少年のような顔も、全てが魅力的です。私には勿体ない旦那様です」
「ふふっ、幸せなのね」
「はい、毎日幸せです」
「良かった」
優しく微笑んだエレンさん。
「毎日幸せだから、私だけ幸せで良いのか、私は皆様に申し訳ない気持ちになるのです」
私はエレンさんの顔が見れなくて俯いた。
「そうね…、私も悲しんだわ、辛かった、それでも、彼の妻になった時覚悟もしたわ。突然彼がいなくなる、剣を振る以上亡骸が戻らない時もある。今回も無事に帰ってきてと毎回祈ってきたわ。だから彼が帰ってきた時は笑顔で出迎えてきた。後悔しないように過ごそう、そう思って彼と暮らしてきた。
それでも、いざとなると後悔したわ。あの日、彼を止めれば良かった、仲間の為に命を懸けなくてもいいじゃない、貴方が行かなくても誰かが代わりに行くわよ、どうして伝えなかったのか、どうしてもっと真剣に止めなかったのか、何度も後悔したわ。
でもね、彼は私が止めても、私が何を言っても『大丈夫大丈夫、俺にはお守りがあるから』そう笑うのよ。あの日も『ちょっくら行ってくる』って酒場に行くかのように手を振って笑って行ったわ。
私の好きな彼の顔、最期の彼の顔は、私に残る最期の彼の顔は、私の大好きな彼の笑顔だった。
ミシェルさん」
エレンさんは私の手を握った。
「貴女もリーストファーの妻なら覚悟を持ちなさい。剣を持つ夫と添い遂げたのなら強くなりなさい。辺境の騎士の妻は皆逞しく暮らしているわ。夫が亡くなり気落ちしても、どれだけ辛くても、私達騎士の妻は皆で助け合い暮らしているの。留守を守る私達は夫がいなくても一人で暮らしていける逞しさがあるわ。
今幸せならその幸せを噛み締めなさい。今の幸せを積み重ねていけば良いの。私も彼と幸せな日々を過ごしてきたわ。私達の子は幼い頃に神の元へ旅立ってしまったけど、私にはリーストファーやルイス、リースティン、息子も孫も生きてる。私はまだまだ元気でいないと」
リースティン君だろう、エレンさんの足にしがみついて隠れている幼い子の頭をエレンさんは撫でた。
「だから俯かないで。幸せになるのがいけないなんて思わないで。リーストファーを幸せにできるのは貴女しかいないし、貴女を幸せにできるのはリーストファーしかいないのよ?
辺境の騎士はその時その時の今を懸命に生きる。後悔しないように言葉を伝え、愛を注ぐ。情熱的と言われるけどそれは独占欲や執着だと思うの。辺境の騎士だけではなくて、戦場に立った者だけにしか分からない思いでもあると思うわ。
騎士の妻が逞しく強いのは夫の愛がここに沢山詰まっているからなの」
エレンさんは自分の胸を押さえた。
「騎士の妻も夫と同じ様にその時その時の今を大事に大切に過ごしているわ。明日愛しい人が死んでしまっても後悔しないようにといつも心掛けているの。
だから今幸せならその幸せを大事に大切にしてほしいとそう私は願っているわ」
優しく微笑むエレンさんの顔を見つめていると目頭が熱くなった。
私も幸せになって良いんだ
そう思えたから。
辺境へ来て、覚悟して来たけど、それでも私だけ幸せなのが悪い事のように日に日にそう思っていた。
だからエレンさんの言葉に救われた。それがエレンさんだけの思いだとしても、一人だけは幸せになって良いと言ってくれている、一人だけは幸せを喜んでくれる、それがどれだけ私の心を軽くしてくれたか…。
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