82 / 152
称賛を
しおりを挟む「止めて下さい」
女性の声に私とリーストファー様、エレンさんはリースティン君を抱っこして向かった。
女性の後ろには男の子が一人、女性は男の子を隠すように立っている。
「バーム小隊長の奥さんだ」
私はリーストファー様を見つめた。
「奥さんの後ろにいるのは息子だ」
女性の声に人が集まっている。
「申し訳ない。謝って赦されるとは思っていない。それでも私は彼の家族に謝り続けないといけない。貴女から夫を、ご子息から父親を奪ったのは私だ。本当に申し訳ないことをした。すまない、すみませんでした」
殿下は両膝をつき頭を地面に付けている。
「謝らないで下さい。あの人は騎士として忠義を果たしたんです。貴方に謝られたら、あの人は騎士ではなくなります。
独りよがりだの大馬鹿者だの、何が忠義だ、仲間を道連れにして死にに行っただけだ、冷静な判断も出来ない青二才に小隊長が務まる訳がなかった、一人で行けばいいものを仲間を犠牲にした傍迷惑な奴だ、だから若造はと散々言われました。小隊長だったあの人は仲間を巻き込んだのかもしれません。若いから冷静な判断が出来なかった、そうなのかもしれません。
ですが、貴方だけは謝らないで下さい。謝られたらそれが間違いだったと、あの人の忠義は無駄なものになってしまいます。
ならどうして騎士は忠誠を誓うんですか。
彼は貴方に忠義を捧げた騎士です。忠義の為に命を懸けた騎士です。貴方が彼を彼の死を穢さないで下さい。最期まであの人は騎士として立派だったと、貴方だけはそう言って下さい。
彼の死は無駄な死だったと貴方は言うんですか」
謝罪、残された遺族に、夫として父親としての顔も彼等にはあった。それを奪った事に対する謝罪。
それでも、夫の前に父親の前に彼等は騎士。
「殿下、立って下さい」
私は殿下の隣に立ち、立つように言った。
「ミシェル…」
顔を上げた殿下。
「立ち上がり彼の奥さんに言って下さい。彼は騎士として貴方の命令に従いました。忠義を果たしたんです。どのような最期を迎えたとしても、忠義の為に命を懸けた騎士にかける言葉は謝罪じゃない、称賛です」
殿下は立ち上がり彼の奥さんに向き合った。
「バーム小隊長は、誰よりも誇り高き騎士だ。誰よりも英雄だ。最期まで王に忠誠を誓った立派な騎士だ」
「はい、あの人は…、最期まで、諦めなかった…。騎士として、彼は…戦場で死にました……」
凛と立ち涙を流す奥様を皆が見つめている。
「殿下、謝罪をすれば貴方の心は軽くなるのかもしれません。私もそう思います。残された家族に赦されたい、そう願わずにはいられません。
ですが、背負って下さい。謝罪を口に出さない、赦されたいと願わない、誰が何を言おうと貴方だけは彼の死を称賛し続けるんです。彼が最期まで忠義を果たしてくれたように、貴方は彼の忠義を讃えて下さい。無駄な死ではなかったと、彼は騎士として立派な最期を遂げたと」
「ああ」
頭を下げる、謝罪をする、目に見える詫びの心。過ちを犯した者にしてみれば謝罪をし救われたい。
それでも、それは間違いを認めたことになる。
あの命令は間違いだった、ならその間違いの為に命を懸けた人はただの無駄死にになってしまう。
きっと彼だって最後まで己と戦った。目の前には忠誠を誓う次期王がいて、その命令は無謀なもの。
それでも彼は騎士として最後は忠義を選んだ。
「ですが、妻として、今は貴方の顔は見たくありません」
「殿下、行きましょう」
殿下と住居区を後にした。
「どうしてあそこに?」
「療養棟で療養している者達に家族が会いに来る。その時ふっと思った。
私は彼の顔も名前すら覚えていない。私が命令を下したのに、私は何も覚えていない。
彼に妻がいたことも子がいたことも、それを誰かに聞くことさえ今までなかった。
家族と話す者達を見ていて、彼にも妻がいたのだろうか、子はいたのだろうか、家族がいたのだろうかとそう思った」
「それで教えてもらったと?」
「謝罪したい、そう思った。私が命令を下さなければ彼は今も家族と過ごせていた。妻と子と仲睦まじく暮らせていた。私はそれを奪った…。
外で遊ぶあの子を見た時、彼と同じ目をしていた。彼の息子だと直感した。呼び止めるつもりはなかった。だが、自然と手を掴んでいた。
私は騎士達の命を奪っただけでなく、彼等の家族から幸せを奪った」
「はい、そうです。騎士の中には自分の子を見ることなく旅立った者もいます。妻を子を残して旅立った者もいます。恋人がいた者もいたでしょう。結婚したいと夢を見ていた者もいたでしょう。彼等の幸せだけでなく、彼等の親しい人達の幸せも、貴方は奪いました。
殿下、貴方がここに置いた大きくて重いもの、全て背負って下さい」
「分かってる。私の生涯を辺境へ捧げるつもりだ。王子としてではなくジークライドとして、私はここに骨を埋める覚悟だ。
ミシェル、今まですまない。私の元婚約者というだけでミシェルにも迷惑をかけた。だが、これからは私一人で償う」
「何を言っているんです。確かに私は元婚約者です。ですが貴族と王族では婚約者の立場が違います。王家の婚約者になったのなら妃同様、婚約者にも責任が伴います」
「だが、今はリーストファーの妻だ。元婚約者ではなく王宮軍副隊長の妻だ。私が言えた義理ではないが、幸せになってほしい」
「殿下?」
殿下は朗らかに微笑んだ。
私は今まで見たことがなかった。王子として王太子として笑顔を見せる時はあった。それでもそれは作り笑顔。幼い頃からそれを定着していた。
殿下の自然な微笑み、
今までだって笑うことはあった。でも素の微笑みを人には絶対に見せなかった。それは元婚約者の私にも。
初めて見た。
殿下の素の微笑み。
79
あなたにおすすめの小説
誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる
吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」
――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。
最初の三年間は幸せだった。
けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり――
気づけば七年の歳月が流れていた。
二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。
未来を選ぶ年齢。
だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。
結婚式を目前にした夜。
失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。
「……リリアナ。迎えに来た」
七年の沈黙を破って現れた騎士。
赦せるのか、それとも拒むのか。
揺れる心が最後に選ぶのは――
かつての誓いか、それとも新しい愛か。
お知らせ
※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。
直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
牢で死ぬはずだった公爵令嬢
鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。
表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。
小説家になろうさんにも投稿しています。
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。
--注意--
こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。
一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。
二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪
※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜
榊どら
恋愛
長年片思いしていた幼馴染のレイモンドに大失恋したアデレード・バルモア。
自暴自棄になった末、自分が不幸な結婚をすればレイモンドが罪悪感を抱くかもしれない、と非常に歪んだ認識のもと、女嫌いで有名なペイトン・フォワードと白い結婚をする。
しかし、初顔合わせにて「君を愛することはない」と言われてしまい、イラッときたアデレードは「嫌です。私は愛されて大切にされたい」と返した。
あまりにナチュラルに自分の宣言を否定されたペイトンが「え?」と呆けている間に、アデレードは「この結婚は政略結婚で私達は対等な関係なのだから、私だけが我慢するのはおかしい」と説き伏せ「私は貴方を愛さないので、貴方は私を愛することでお互い妥協することにしましょう」と提案する。ペイトンは、断ればよいのに何故かこの申し出を承諾してしまう。
かくして、愛され妻と嫌われ夫契約が締結された。
出鼻を挫かれたことでアデレードが気になって気になって仕方ないペイトンと、ペイトンに全く興味がないアデレード。温度差の激しい二人だったが、その関係は少しずつ変化していく。
そんな中アデレードを散々蔑ろにして傷つけたレイモンドが復縁を要請してきて……!?
*小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。
たろ
恋愛
幼馴染のロード。
学校を卒業してロードは村から街へ。
街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。
ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。
なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。
ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。
それも女避けのための(仮)の恋人に。
そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。
ダリアは、静かに身を引く決意をして………
★ 短編から長編に変更させていただきます。
すみません。いつものように話が長くなってしまいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる