公爵子息の母親になりました(仮)

綾崎オトイ

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唐突なお祝い

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「ところで何しにきたの?」

 わざわざ私の現状の確認に来てくれたのかと問いかけてみれば、まさか、とマルクスは首を振った。

「これを渡しにきたんだ」

 部屋にあったいくつもの荷物に近づいたマルクスが手を広げる。友人への手土産か、家の手伝いで王都で売るための商品を持ってきているんだと思ってあまり気にしていなかった。
 遊びに来たにしては随分と多い荷物だなぁ、とは思っていたけれど。

 一体何を持ってきたのかと首を傾げていれば、そのうちの包みを一つ手に持ったマルクスが照れ臭そうに手渡してきた。
 宝石が散りばめられたように輝く紙で可愛らしくラッピングされた、手のひらに乗る大きさのそれを、首を傾げたままじっと見つめてしまう。

「エルシー、誕生日おめでとう。ちょっと早いけどな」

 咄嗟にありがとう、と受け取ってから「誕生日……」と小さく言葉を繰り返す。

「本当は五日後の当日渡したかったんだけどな。公爵夫人の誕生日なんてきっと盛大なパーティとか開くんだろ? 準備の邪魔しちゃ悪いしな。今渡したのは俺の分。後ろにあるのは母さんとか、エルシーの補佐してた連中とか、皆からだ」

 視線を動かせば、先程から存在は知っていた荷物の山が目に入る。
 これが、全部、私へのプレゼント……?

 誕生日は特別なイベントだと思う。だけど、自分の誕生日を気にしなくなってからもう随分と時間が経ってしまっていて、すっかり忘れかけていた。
 断っても断っても毎年誰かがお祝いしてくれていたけど、なんだか今年はプレゼントの量が多すぎる気がする。

「ありがとう、マルクス。みんなも。でも……」
「気にしなくていいのに、なんていうなよ。お前が要らないって言ったら俺は遠慮なく捨てるからな」
「あ……。で、でもそれにしたってこんなには……」

 貰えない、と手の中の包みに視線を落とす。中身はまだ見ていないけど、今渡されたプレゼントの包みがもう立派すぎる。巻かれているリボンがプレゼントでもいいくらいに、見るからに高級そう。

「これは結婚祝いと成人祝いって名目で今までお前が断ってた分まで用意されたものだから、観念して受け取れ。突き返されたらみんな泣くぞ」

 そう言われてしまったら、もう頷くしかない。
 包みをぎゅっと抱きしめた私に、マルクスは優しい笑みを向けてきた。自分が小さな子供に戻ってしまったような気分になる。

 くん、とスカートの裾を引かれたのと、後ろから「エルシー様?」と控えめなコルカの声が聞こえたのは同時だった。
 アスルに視線を向ければ、コルカの方を見ていたから、返事に応えるように振りかえる。いつの間にか、その隣にいたはずのユイが居なくなっていた。

「エルシー様、お誕生日、なのですか? 五日後に?」

 普段あまり表情を変えないコルカが顔を青くしている。

「ぼく、おしえてもらってないよ」

 アスルもなぜか泣きそうな顔をする。

 大丈夫かと手を伸ばそうとして、けれど扉から現れた人物に私は動きを止めてしまった。

「なんだ、この家の人エルシーの誕生日知らなかったんだ。遠慮なく当日に乗り込もうと思ってたけど兄貴に合わせて来てみてよかった」

 聞きなれた声。ひょこりと部屋を覗き込む顔もよく知っている。

「勝手に行かれては困ります」

 同時に姿を現したユイが不快そうに眉をひそめるけれど、怒られたはずの本人は飄々として気にしている様子は無い。その姿も見慣れたものだ。

 マルクスに続いて本当にごめんなさい。
 いつも優しい笑顔を浮かべているユイには後でしっかりと謝ろうと決めた。

「エルバート……?」
「なんでお前がいるんだよ」

 私の呟きはマルクスの声にかき消されてしまった。
 何も知らなかったみたいで、私よりも驚いている。

「なんでって、エルシーの誕生日を祝いに来たに決まってるでしょ。あ、俺は当日まで祝いの言葉とか言わないから。プレゼントも当日に開けてよね」

 これこれ、とマルクスが持ってきたプレゼントの包みを一つ拾い上げるエルバートの動きを呆然と見つめながらエルバートが言った言葉が一度通り過ぎて、その後しばらくしてから思考が追いついた。

「当日って、エルバート、その日までここにいるの? それなら貴方の好きなケーキを焼かないとね」

 理解しきれていない頭でどうにか思いついたのはそれだった。立派なお店のケーキと並ぶと飾りの少ない、シンプルなケーキは、毎年私が用意していた物。
 だって、その日は、私の生まれた日は、エルバートの誕生日なんだから。

 あぁ、でもそれなら公爵様にお願いして王都のパティシエにお願いした方がいいのかもしれない。

 そう考え始めたところでエルバートのため息で意識を引き戻される。

「あのさ、エルシー。俺はエルシーの誕生日を祝いに来たの。いつまで俺優先にするわけ?」
「だって、貴方の誕生日じゃない」
「俺と、エルシーの、誕生日なの。名前も似てるし二人揃って主役の誕生日やりたかったのに、結局やらせてくれないまま消えるなんてほんと信じられねぇ」

 私より二つ年下のエルバートは、私と同じ日に生まれた。 それを明確に意識し始めたのは、両親と兄が亡くなって、そしてアトリに頼りきって縋り付いて、それからそれが間違いだったと気づいたあとだった。
 お金なんて全く無かった伯爵家だけど、それでも幼い頃に小さなパーティを開いてもらった記憶がある。ほとんど覚えていないけれど、家族だけで豪華とは言えない、それでも私だけの私のための誕生日。

 段々と伯爵家の困窮は酷くなっていて、両親も兄も忙しく家に帰る日も少なくなって、当日にカードとプレゼントが届くだけになってしまったけれど。それでもその日は私のことを考えてくれたのだと実感できる特別な日であることに違いはなかった。

 だから、その大事な日に、家族みたいに扱われていたとしても、家族では無い私が混ざってはいけないと、誘われても断り続けていた。
 伯爵領での仕事はいくらでもあったし、仕事を入れて出かけてしまえば断るのは簡単だったの。

 いつからだったか、エルバートは気を使って私を誘ってくれるようになったけど、それに頷くことは出来なかった。
 当日のお祝いもプレゼントも断る私に、日にちをずらしてお祝いしてくれる彼らにはずっと感謝と申し訳なさを感じていたけれど、正直自分の誕生日はそれほど私の中で重要なものでは無かった。
 だから、今の今まで気にしていなかった。

 それが、まさかこの二人がここに来るなんて、アスルが泣いてしまうなんて思ってもみなかった。

 ぎゅ、と強く引かれた感触に再び視線を落とせば、ポロポロと大きな瞳から涙を零して、私に縋り付くようにして泣いているアスルがいた。
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