公爵子息の母親になりました(仮)

綾崎オトイ

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プレゼントに埋もれる

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 カーテンの隙間から瞼の中に光を感じるのと、その明るい声が耳に届くのと、どちらが先だったのか。

「エルシー、おたんじょうびおめでとう」

 目をあければ、私のベッドによじ登ったらしいアスルの満面の笑顔がそこにあった。

 外は明るくなっているけれど、ぼんやりとした優しい光からは、それでもまだ夜が明けて時間が経っていないことがわかる。
 アスルもまだ着替えも終わっていなくて、きっとコルカが慌ててしまうわね。

 そう思いながらもぎゅうっと、手を伸ばしてアスルを胸元に引き寄せた。形のいい頭から可愛らしく跳ねた寝癖を直すように頭を撫でる。

「ふふっ、ありがとう。アスルとっても早起きね」
「うんっ。エルシーにおめでとうって言いたかったから! ぼくがいちばんだよね?」
「もちろんアスルが一番よ。とっても嬉しい」

 アスルとベッドの上でゴロゴロと笑いながら転がっていれば、コンコンと控えめなノックのあとにコルカが顔を出した。
 表情はいつもと同じように変わらないけれど、その口元は僅かに力が込められている気がする。

「おはようございます、エルシー様。お誕生日おめでとうございます。……お坊ちゃま、一緒に行こうと言っていたのにずるいです」
「ぼくがいちばんなんだよ! 」

 ふふん、と胸を張るアスルに込み上げる愛しさを何と表現しようか。

「仕方ないです。それでは私が二番目ということで」

 妥協しましょう、と無表情のまま頷くコルカにも可愛いと思ってしまうのは、その低めの身長と幼さの残る顔立ちのせいかもしれない。

 こんなにも競うように誕生日を祝われることなんて生まれて初めてで、気を抜けばへにゃりと笑ってしまいそうな自分がいる。

「お坊ちゃま、着替えに戻りましょう。今日はエルシー様とお揃いのお召し物ですよ」
「うん! ぼくきがえてくるね」

 一瞬、私に視線を向けて迷った様子のアスルだったけれど、続いたお揃いの服という単語に釣られて勢いよくベッドから飛び降りた。私とのお揃いにそんなにも喜んでくれることが私にとっても何より嬉しい。

 今日の服は前回マダムローズに作ってもらった物とは違う、少し煌びやかさが増えたデザインのおそろい服で、先日公爵様を尋ねてきたマダムローズがプレゼントしてくれた。
 創作意欲が刺激されちゃったのよね~なんて、前回はラフな服装の男性の姿で、話し方は女性らしくてなんだか不思議で、断る間もなく受け取ってしまった。

 パーティ用と言われていたから、着る機会ができてよかったと思う。だって、私が公爵夫人として着飾ることなんて無いはずなのだから。

「エルシー様、お誕生日おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」

 コルカとアスルと入れ替わるように現れたユイに丁寧に頭を下げられて、私も思わず姿勢を正して応えた。ユイの動きはいつも綺麗で、つい見惚れてしまいそうになる。

「プレゼントは応接室にまとめてありますので後ほどご覧くださいね。全てをお部屋に運んではエルシー様のいる場所がなくなってしまいますから」
「えっ、そんなにたくさんあるんですか?」
「もちろんでございます。わたくし含めて使用人一同、エルシー様がこの屋敷に来てくださって本当に嬉しいのです。エルシー様が生まれてきてくださったことに感謝して精一杯お祝いさせていただきますわ」

 覚悟して幸せになってくださいませ、と続けたユイの悪戯な笑みに私もクスリと笑ってしまう。

「朝食はエルシー様が気に入っていたベリーソースのパンケーキと、ポタージュみたいですよ。料理長が気合を入れていました」
「それはとっても楽しみです」

 元々好き嫌いも無い私だけど、公爵家の料理は美味しすぎて正直どれも優劣が付け難い。その中でもパンケーキには料理長特性のソースやジャムが乗せられていて絶品で、最近のお気に入り。想像しただけで美味しいの。


 □□□

 ユイに手伝ってもらってアスルとお揃いのドレスに着替えた私は、食堂に向かいながら途中にある応接室を覗いてみることにした。

「わ……公爵夫人って凄いんですね」

 マルクスが持ってきてくれたプレゼントにさらに増えている。
 部屋中に置かれた数え切れないプレゼントには目を丸くするばかりで、思わずそう呟いてしまった。
 肩書きばかりだけど、一応屋敷の主人の一人として扱ってくれているのねと思う私の横で、ユイがゆっくりと首を横に振った。

「いいえ、公爵夫人だからではなく、エルシー様だからこうしてお祝いしたいと思うのですよ」

 暖かな微笑みを浮かべられてなんだか気恥しい。

「私、ここに来られて良かったです」

 アスルはもちろん可愛い愛しい息子だけど、ユイもコルカも、公爵家の皆家族みたい。

「わたくしも、仕えるのがエルシー様で良かったと思っております」

 ふふっと笑いあって応接室の扉を閉める。プレゼントも気になるけれど、全て開けたらあっという間に時間が過ぎてしまいそう。

 □□□

 食堂にはいつも通り、アスルと私だけ。公爵様は数日前からお仕事が立て込んでいてまともに帰って来れていないみたい。マルクスとエルバートは王都の友人の家に泊めてもらっているらしいから、夜更かししてきっとまだ夢の中。

 二人の母親であるアトリは普段は気さくだけど、王族の指導が出来るくらい優秀でマナーも完璧で、その厳しさは教えて貰っていた私もよく知っている。

 マルクスもエルバートも、そんなアトリに仕込まれているからやる時は完璧なんだけど、オンとオフの差が激しすぎるのよね。外見も悪くないから着飾って忍び込む夜会では貴公子として人気があるって話もきいたこともあるのに。
 切り替えの上手い二人はアトリのいない所でサボるのも天才的。

「エルシー、いっしょだね」

 私より先に席に着いていたアスルが椅子から飛び降りて私の前で自分の服を掴むように広げて見せた。
 同じ生地に同じ装飾。前回は可愛い雰囲気だったけど、今回頂いたのは少し大人びた雰囲気で、アスルの服をそのまま大きくすれば公爵様が着ても違和感が無さそうなデザイン。

「ね、一緒ね」

 落ち着いたデザインでも可愛いアスルが着ると可愛いだけの服になってしまうから不思議。

 アスルのエスコートで席まで歩いて、流石に椅子を動かせないアスルに代わって執事が引いてくれた席に腰を下ろす。
 それだって、アスルの目配せで動いているのだがら流石だわと思う。

 アスルの分のパンケーキは蜂蜜とバターとバニラクリームが添えられていて、私のベリー味と半分交換することにした。
 どちらも食べられて朝から幸せがいっぱい。

「エルシー、ぼくね、プレゼントがあるんだよ」
「本当に? それはとっても嬉しいわ」

 お皿の上から綺麗にパンケーキが消えて、テーブルの上も静かに素早く片付けられたあと、小さな包みが二つと封筒が一枚運ばれてきた。

「こんなにたくさん?」

 アスルがいてくれるだけで嬉しくて、アスルがくれるものならなんでも嬉しい。

 開けてみて、と言われてまずは横長の封筒を中身を切らないように気をつけてペーパーナイフで開けてみる。
 中から出てきたのはチケットが二枚。そこには王都にある有名な美術館の名前が書いてあった。

「ぼくね、エルシーといっしょにおでかけしたいんだ。ジェイデン先生の絵もあるんだよ」
「それは楽しみね。アスルと一緒にお出かけ私もしたいわ」

 次の包みは箱型で、開けてみると琥珀の付いた華奢なネックレスで、思わず一瞬触るのを戸惑ってしまった。小さな宝石が散りばめられたそれは私が着けるにはきっと高級すぎる。

「エルシーの目とおなじ色のをね、えらんだんだよ」

 付けあげるね、と椅子から降りたアスルのために、私の背後に踏み台が置かれた。
 随分と用意がいいんですね、皆さん。

 断る選択肢も無く、髪を一纏めにして持ち上げればアスルの小さな手が回されて首の後ろで金具をつけようと悪戦苦闘する気配が背中から伝わってきた。
 ハラハラとしながらもじっとしていれば、コルカの手伝いで留られた金具に満足そうなアスルがひょこりと顔を出して席に戻ってくる。

 生まれた瞬間から公爵子息であるアスルの価値観に手が震えそうになったけど、ネックレスは軽くて着け心地も良い。デザインも派手ではなくて使いやすそう。

「アスルはセンスもいいのね。毎日付けるわ」

 公爵様が用意してくださったどこから見ても高価そうな装飾品は丁寧にしまい込んでいる。アスルが私のために用意してくれたこのネックレスも傷つかないように大事にしまい込んでしまいたいけれど、大切に毎日首元で光ってもらおうと決めた。
 盗まれないようにしっかりと私が持って守らないと。

 えへへと照れくさそうに笑うアスルの頭を撫でてやれば「あとね、それとね」と少し言いにくそうなアスルの視線が最後の包みに向けられた。

 ほんの僅かにリボンが歪んでいるそれに、私も同じように目を向ける。

「開けていいの?」
「いいよ」

 アスルの許可にリボンを解いてみれば、包みは簡単に広がって中身が現れた。
 四角く開かれた包みに乗っているそれは。

「クッキー?」

 所々焦げたところのあるチョコチップクッキー。

「エルシーがいつも作ってくれるからぼくも」
「アスルが作ってくれたの?」

 普通、貴族は調理場になんて立たない。
 アスルだってきっと初めて入ったはず。

「とっても嬉しい。宝物にして飾るわね」

 アスルがクッキーを作る様子が見れなかったのは残念だけど、それは後で使用人の皆に教えてもらおう。

 高価な宝石よりもアスルの手作りが1番嬉しいなんて、平民感丸出しかもしれないけど。

「エルシー様、さすがに保存はできませんよ」
「ちゃんと食べてね」

 食べるなんて勿体ないけれど、冷静なユイの指摘とアスルの焦ったようなお願いに、今日のおやつに食べることにした。

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