公爵子息の母親になりました(仮)

綾崎オトイ

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小さなアスルの大きな花束

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 後で呼びに来るからもう少し待っていて、と言われて自室で大人しくしていたけれど、こういう時に限って時間は全く進まない。一人だから話し相手もいないし、読書をする気にもなれない。心がなんだか落ち着かないまま、手持ち無沙汰に子供のように椅子に座って足をぶらつかせ始めた頃、漸く部屋の扉が開かれた。

「エルシー待たせたな」
「準備できたよ」
「さあ、お手をどうぞ、お姫様」

 部屋に入ってきたマルクスとエルバートは正装に着替えていて、髪も服も一つの乱れも見当たらない。爪の先まで整っている気がする。恭しく私に手を差し出すその姿はどこからどう見ても完璧な貴公子だ。
 正直悪ガキのイメージしか無い私が見てもどこかの王子様みたいだ、なんて感想が浮かんでしまうほどに絵になっている。指先まで隙がなく、腰を折る角度も二人揃ってお手本のように完璧で、私は静かに立ち上がって両手を乗せた。

 私の両手が、二人それぞれに優しく握られる。正に両手に花ね、なんて。

「アスルは?」
「向こうで待ってるよ」
「あいつには大事な役割があるからな」

 役割?ㅤと疑問に思ったけれど、広間はもう目前だから中を見て確かめることにした。
 ゆっくりと開かれる扉の向こうから、煌めく光が盛れ出してくる。思わず眩しさに目を細めてしまうほど、広間は装飾され、あちこちに光が灯されて輝いていた。

 わぁ、と思わず私の口から間の抜けた声が零れ出てしまう。ホームパーティとか、そういう規模ではなく、これはもう舞踏会のようだ。
 使用人も揃って、普段の仕事着ではなく着飾っている。一目で賑やかで楽しげな雰囲気を感じ取れて心が踊るようだった。

「エルシー!」
「アスル!」

 出迎えてくれた皆の中からアスルの声がしたけど、私の元に駆け寄ってくるのは、大きな花束だった。
 多分アスルが持っているはずだけど、大きすぎる花束で身体が隠れていて、まるで花束に足が生えて向かってきているみたい。前が見えてるかしらと心配になりつつ、アスルのまだ小さな身体で必死に抱えている様子が可愛くて愛おしさが込み上げてくる。

 私はエスコートしてくれた二人からそっと手を離して、飛びついてきたアスルを迎え入れた。

「エルシーおたんじよう日おめでとう。これ、あげる!」

 大きな花束は、近くに来るとふわりと香るいい匂いがした。色も種類も沢山の豪華な花束。

「ありがとう、アスル。素敵な花束でとっても嬉しいわ」

 受け取ってアスルを抱きしめれば、えへへ、と照れたような笑い声が腕の中で響いた。

「エルシー様、お誕生日おめでとうございます」
「我々使用人一同も心よりお祝い申し上げます」
「私どもも気合いを入れさせていただきましたので、今宵は存分に楽しんでくださいませ」

 おめでとうございます、と拍手とともにあちらこちらから声が上がる。その声一つ一つにありがとうと伝えるのがとても大変だなんて、嬉しすぎる苦労を知れた。

「エルシー、こっちだよ」
「まずはこちらを」

 夜会のような会場は真ん中が大きく開けられていて、奥の方に食事用のテーブル等が用意されていた。
 アスルに手を引かれるまま向かえば、自由に取れるように並べられた食事が用意されたその場所の1番目立つ所に見上げるほど大きなケーキが現れた。
 こんな大きなケーキは見たことがない。全体がクリームでコーティングされて、その上にクリームで繊細で立体的なな模様が描かれている。乗っている果物も飾り切りされていて花のような飾りもたくさん見えるけど、作り物ではなく全て食べられるみたい。食べ物だと思えないような洗練された見た目をしている。

 ただの飾り付けだと思っていた華奢な金色のロウソクに火が付けられて、それから会場の明かりが一斉に落とされた。
 有名なバースデーソングがゆったりとしたテンポで優しく流れ出して、暗くなる室内に、ロウソクの暖かな光だけがゆらゆらと輝いている。

「アスルお坊ちゃまと二人で吹き消してくださいね」

 言われてアスルを見れば、ロウソクでぼんやりと照らされたその顔はやる気に満ち溢れていた。

「エルシー!ㅤせーのでやろうね!」

 確かにこの大きさのケーキにぐるりと立てられたロウソクの火を消すのは一息では無理だろうと思う。頑張らないと消えないものね、とアスルに頷いた。

「せーのっ」

 せーのとは言っても一気に吹き消せないから、2人でケーキの周りを歩きながら1つずつ火を消していった。
 最後の灯りが空気に消えて、すぐに室内の明かりが再び付けられたけど、しっかりと火の消えた目の前のケーキを改めて見て、なんだかおかしくて笑ってしまった。
 お誕生日ケーキのロウソク消しってこんな感じだったかな、と遠い記憶の中の物とは何か違うことをしていたようで面白い。

「素敵なケーキをありがとうございます」
「とんでもございません。久しぶりに楽しく作らせて頂きましたし、味も自信作ですからね」
「ぼくも食べたんだけどね、おいしいんだよ」

 ふふん、と胸をはった料理長の隣で何故かアスルも胸を張っている。味見係としてお仕事をしたみたい。

「それは楽しみだわ」

 ここに来てから食べるものは全て美味しい。きっと幸せな味がする、という予想以上に美味しいことは間違いない。
 今すぐ食べたい気持ちもあるけれど、楽しみのデザートは後でのお楽しみにすることにした。

 □□□

 ファーフトダンスはアスルと二人で踊った。アスルを抱き上げて踊ろうとすれば断られて、必死に背伸びをしながらリードするアスルに前かがみの私は周りから見たら不恰好だと思うけど、それでも一番素敵なダンスだったと思う。

 2曲目からは他のペアも加わって、アスルとダンスを踊ったり、一緒に軽食を選んで楽しんだり、他の人に誘われてダンスを踊ったり、完璧な夜会会場で堅苦しくない自由な時間はあっという間に過ぎていった。

 眠くなってしまったらしいアスルが、コルカに抱えられて私に「またあしたね」と手を振りながら部屋に戻っていく。
 エルシーはまだまだ楽しんで欲しい、と言ってくれたから、今日はお言葉に甘えて残らせて貰うことにした。

「今日は素敵な誕生日をありがとう、アスル」

 素敵なプレゼントのお礼に、とその額にキスをすれば、ふにゃりと可愛く表情を緩める。誕生日にこんなに愛らしい私の息子の笑顔が見られることこそが一番の誕生日プレゼントね。

ふんわりとアルコールの回った頭では、表情を操るのも難しくて、私もへにゃりと自分の顔が緩むのが抑えきれなかった。
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