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第1部
第4話:愛に飢えた化け物、愛を知る春②
しおりを挟む施設に戻された俺たち悪魔は皆疲れ切った顔をしていた。
かすり傷を負っているがこの程度の傷では手当などしてもらえない。運が良いと包帯が貰えるが今回は貰えなかった。
汚れを洗い流すために冷たいシャワーを浴びせられ、冷めた野菜スープと固いパン、謎の栄養剤という死なないための楽しみもない食事を済ませ自分たちの部屋…牢屋まで送られる。
どうやら今日の仕事はもう終わりのようだ。
他の場所に出て行った悪魔たちも、既に戻ってきていた。
07番の独房に乱暴に押されるように入れられ、こちらが振り返る間もなくすぐガシャンと鍵をかけられる。
独房には最低限の古びた着替えとほつれたタオル、薄いマットレスと薄い掛布団の簡易ベッド、簡易トイレ、水だけしか置いていない。あとは看守に頼んで持ってきてもらった教材くらいか。
ビールとシャワーで濡れた着替えとタオルを牢屋の出入り口付近に設置されている洗濯籠に入れ、力なくベッドに倒れ込んだ。
看守が見張る空間でもあるため外よりは遥かにマシだが、俺たちには暖房器具もカイロも用意されていないので冬の寒さが堪える。
掛布団に潜り、少しでも温かくなるよう身体を震わせる。
俺はこの先も、死ぬまでずっとこの生活を続けていくのだろうか。
―――――――――
気が付くと俺は深い眠りに就いていたようだ。
毎朝鳴る起床合図の鐘の音で起こされる。
牢屋に見張り以外の看守たちがぞろぞろと入って来た。点呼の時間だ。
早く牢の出入り口に立たなければ…重い身体をなんとか起こしてふらふらとした足取りで歩く。
いつものように番号と名前を言い、昨日のようなことにならなければ良いなと思いながら今日の仕事の説明を待った。
「07、今日のお前は戦闘訓練に向かえ」
割り振られた仕事は予想外だった。
訓練?人間ではなく悪魔の俺が?
普段の看守たちは俺たちに訓練などさせない。
訓練は被害を抑え勝率を上げるために行うが、悪魔の事などただの鉄砲玉だと思っているこいつらはそんなことさせない。昨日の言葉通り、悪魔が死ぬことは犠牲だと思っていないからだ。
「君には本当に期待しているよ、07」
看守が優しく俺の肩に手を置いてにんまりと笑いながら言った。
何が起こるか一切予想できない。ただ俺はこれがただの戦闘訓練ではないと悟った。
―――――――――
看守に引き連れられ、来たこともない広い実験室に連れて来られた。
言われた部屋に押し入れられると、すぐに出入口のシャッターが固く閉じた。軽く叩いてもビクともしない。こちらから開けることは出来そうにない。
部屋の中はドッジボールのコートくらいの広さだった。
向かい側の壁にもシャッターがあり、あちらからも誰かが出てきそうだ。
上部には大きなモニターが設置されており、まじまじと見ていると電源が入り、映像が表示される。
そこには朝に俺と会話した看守が大きく映し出されていた。
後ろでは研究者らしき人間がバインダーとペンを持って、実験開始を今か今かと待っていた。全員ニヤニヤとした、こちらを見下した目をしている。
ああ、これは今までで一番の危機かもしれない。
勘だがそんな気持ちが頭をよぎった。
間違いなく大変なことが起きる。
そう思っていると向こう側のシャッターが開いた。
1人の悪魔が押し入れられ、彼はバランスを崩してそのまま倒れ込む。身体中を鎖で巻き付けられ、口には猿ぐつわをはめられている。
昨日、俺を助けてくれた13番だった。
そして彼に続くように3人の白衣を着た研究員が入ってきた。
その内1人の研究員の手には、蛍光色の謎の液体が入った注射器が握られていた。
残りの2人は倒れた悪魔を抑えつけ、自由が利かずもがく悪魔に研究員はなんの躊躇いもなくその注射を刺し、中の液体を彼の体内に注いだ。
13番は猿ぐつわをはめられているとは思えないほど大きなうめき声をあげた。
苦しそうに暴れるが鎖で拘束されている上に研究員に抑えられているせいで何も出来ていなかった。
注射器の液体が空になると研究員3人はそそくさとシャッターの内側に戻り扉が閉じた。
「さて07、訓練の準備は整った。相手は昨日来たばかりの新人だよ。先輩として戦闘のお手本を見せてあげるんだ」
看守の声が聞こえるが頭に入ってこない。
俺は目の前の光景を見て絶句していた。
先ほど薬品を投与された13番の身体は大きくなり、上半身の筋肉は倍ぐらいに膨れ上がっていた。
彼をぐるぐる巻きにしていた鎖は内側からの力に耐えきれずはじけ飛び、カランカランと音を立てて地面に落ちる。
異常があるのは筋肉が膨れ上がっただけではない。
刺された箇所から血管のような真っ赤な模様が腕中に走っており、尖った骨のようなものが皮膚を突き破っていた。爪も伸び、一本一本が巨大なナイフのようだ。口からも大きな牙が生え、猿ぐつわを粉々に噛み砕いた。涎をたらし、目は瞳孔が上を向いて白目になっている。
完全に正気を失っているようだ。
直後、言葉にもならない獣のような咆哮が部屋中に響いた。
全身に鳥肌が立つ、危険だと。
…太刀打ちできる相手ではないと。
「ちょっと、新薬を投与して狂暴になっているが、まあ頑張りたまえ」
「嘘だろ…」
そう呟いた瞬間、13番はこの空間に唯一居る俺に目がけて腕を振り上げてきた。
現状を整理している余裕もなく、後ろにジャンプして歪に膨れ上がった腕をかわした。
叩きつけられたコンクリートの床は大きな破壊音を立てた。俺が居た辺りの床には1mくらいの大きなヒビが入り、中心部は深くえぐれていた。
彼の腕についたコンクリートの破片がパラパラと落ちるのを見ながら、身体から血の気が引くのを感じた。
昨日の銃弾とは比べ物にならないほどの威力だ。かすっただけでも致命傷だと思う。
距離が離れていたおかげで初撃はかわすことが出来たが、あんな攻撃受けたらひとたまりもない。普通の人間と戦った事はあるが、あんな大きな悪魔と戦った事なんてない。
相手の体格や腕が大きすぎて間合いに入ることもできない。
そもそも俺の爪で今の13番の筋肉を切り裂けるかどうかも分からない。
俺は特別な能力もない最弱の悪魔だ…
爪だってただ少し頑丈で尖っている程度、羽根もないので飛行能力もない。攻撃に使えそうな魔法も、相手の動きを操作させる魔法も使うことは出来ない。
対して今の13番は投薬のせいで体格差が倍以上ある。
腕はもうそれ自体が立派な武器のようなものだし、先ほどの一撃から察するにスピードもかなり速い。
顔は完全に正気を失っているようで、視線も定まっていない。こちらが誰なのかも区別がついていないようで、まるでもがくかのように暴れまわり、壁や床を破壊している。
どうやら目は悪く、音に反応しているようだ。じっとしていれば被害にあわないと思いきや、そうもいかない。手当たり次第にまわりを破壊し、割れたコンクリートを投げてさらに破壊している。壁を壊す威力の破片がこちらにも飛んでくるのだ。避けるしかない。
避ければその時の音でこちらに襲い掛かってくる。
俺は逃げるので精一杯だった。
「13番!! 止めてくれ!!」
勝てる勝てない以前に彼と戦いたくなかった。
彼は見るからに苦しんでいるし、こう暴れまわるのも彼の意志ではない。この空間にいる時点でどのみち危険なのだ。危険を承知で大声で彼に訴えかける。
止めてくれと、落ち着いてくれと。
「お、れは!! 13番では、な い!!」
それがどうやら誤った選択だったらしい。
彼の本名を知らなかった俺は、彼を番号で呼んだ。
ここの看守たちと同じように…
それが彼の逆鱗に触れたのか、俺の事も看守たちだと思ったのかは分からないが、怒りを露わにして一直線で俺に向かってきた。
もうこちらは体力が尽きかけていた。
後ろに避けようとするも間に合わず、彼の爪は俺の身体を…左肩から右の腰辺りにかけて斜めに大きく切り裂いた。当たる直前後ろに飛んでいたため即死には至らなかったが、あまりの痛みと衝撃に叫び声も出せずぶっ飛ばされる。
「ふ…ぐぁあ…ああ…」
もう痛すぎてうめき声を上げることしかできなかった。その場にうずくまり、傷口を抑えようとするも、大きすぎてどうにもならない。両腕は自分の血で真っ赤に染まり、額は脂汗でびっしょりだった。
すぐに治療すればなんとかなるか?いや、誰がそんなことをする?
痛みで回らない頭でどうにかしようと思っても、何一つ良い案など思いつかない。手詰まりの状態だ。
モニターの向こう側で看守たちが面白そうに笑っている声が聞こえた。
悪態をつくことも睨むこともできず、きっとこの後13番に殺されるんだと悟った。
しかし数秒経っても彼はこちらに来なかった。
どうしたのだろうと彼のほうを見ると、うめき声を上げて苦しんでいる。
投薬で膨れ上がった身体は元のサイズに縮み始め、涎をまき散らしながら彼はその場に倒れた。
歪んだ腕も縮まり、元の姿に戻った彼に安堵していると、モニターの向こう側から苛立った声が聞こえてきた。
「チッ、良いところだったというのに効果切れか…貴様ら悪魔は本当につまらないな、人間を楽しませることすら出来ぬとは…」
「どうして…!」
俺が声を絞り出すと看守たちは興味なさそうにこちらを見下ろしていた。
手足も痺れてきて呼吸が上手く出来ない。
それでもできる限り大きな声を絞り出す。
「あなた達は…働けば、友として認めようと言った…!! 俺は15年近く必死で、仕事も勉強も頑張った…!! なのにどうして、こんな事をするんだ!! いつになったら…いつになったら愛情を…くれるんだ……」
最後の言葉は自分でも分かるほど消え入りそうな弱々しい声になっていた。
ここに連れてこられてから…毎日、毎日、苦痛の日々だった。
それでも泣いたことは一度もなかった。
だけど、死が目の前に迫ってきているこの状況でも、看守たちはこちらに罵声を浴びせるだけだ。俺の努力は…一生はいったいなんだったのだろう。苦しさと悔しさで、泣きたくないのに涙が溢れてくる。
俺の言葉を聞いた看守たちは、今まで聞いたことのないほどの大きな声で笑っていた。看守たちだけではなく、その後ろにいる研究員たちも笑いを堪えられていないようで、クスクス笑っている。
「がははは!! 貴様は本当に、本当に阿呆だ!! そんな言葉信じていたのか? 傑作だ!! 貴様ら人殺しの化け物どものことを誰が愛せるというのだ!! 貴様ら悪魔は全員人間様を楽しませることしか価値がない生物なんだよ!! …おっと、貴様はその楽しませることすら満足にできない愚図だったな」
「……」
反論する元気などなかった。
ただ力なく、静かに泣いていた。
分かっていた。こうなる事も、一生救われることなどないと、全て分かっていた。
蜘蛛の糸のような細い希望の糸ですら幻だと、分かり切っていた。
それなのに、どうしてこんなに心が苦しいのだろう。
その後も看守たちは俺に何かを言っていた気がする。だけどそれらの言葉はもう一切耳に入ってこなかった。
ただ冷たいコンクリートに横たわりながら、絶望の中命尽きるのかと全てを諦めていた。
全ての音が遠のいていく中、シャッターが開く音がした。
その数秒後、俺は腕を引っ張られるようにして乱暴に持ち上げられた。俺の胸には大きな傷があるというのに、そんなのお構いなしだ。
しばらく運ばれたのち、何かに入れられた。
背中から叩きつけられ痛みで悶絶していると、目の前の扉は閉まり、エンジン音が鳴り響き俺が乗せられた何かは動き出した。トラックかなにかだろうか。周りは暗くてよく見えないが、ゴミ袋のようなものが見える。
なんとなくどこに連れていかれるか分かった。
―――――――――
しばらく経って目の前の扉が開かれた。
開かれた瞬間、全身に冷たい吹雪が当たる。
どうやら外のようだ。今日は天候がすこぶる悪いようで、視界が真っ白で良く見えない。腕を乱暴に捕まれ、また引っ張られるように外へ投げられた。
咄嗟に着地しようと足を延ばしたが、足は地面を踏むことはなく空を切った。
そして、地面に引っ張られるような感覚…
首だけ後ろに振り返ると、目の前に看守たちの足が見えた。
俺は切り立った崖に放り投げられたのだ。吹雪に隠れて見えなくなる前の看守たちは最後までこちらを笑って見下ろしていた。
俺は、一部の悪魔と違い飛ぶことはできない。
腕を伸ばしても何もつかむことも出来ず、そのまま下へ、下へ勢いよく落ちていった。
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