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第2部
第9話:命の取引①
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―――――――――
目が覚めると、今となっては嫌というほど目にした牢獄の中に居た。
起き上がろうとしても、全身の筋肉が痛むせいで動くのがやっとだ。
俺は数ヵ月前からこの場所に投獄されている。『13番』という番号を勝手につけられ、毎日毎日人間どもの実験に付き合わされている。
いつも蛍光色の液体を注射器で注入され続けておかしくなりそうだ。
薬を投与された後のことは思い出すだけでおぞましい。
刺された直後、血管から何かが全身に駆け巡る感覚がして、全身に激痛が走る。そして上半身は大きく膨れ上がり、腕の形も大きく変化する。
なにより辛いのがその痛みと止めどなく湧き上がる憎悪のせいで理性の殆どを失う。苦しみと怒りで辺りを破壊したいという強い衝動に襲われ、周りの言葉は殆ど耳に入らない。
思い出すだけで怒りで頭が沸騰しそうだが、後遺症として全身の筋肉が痛み、強い倦怠感に襲われて立ち上がるのも困難な状態になってしまう。そんな状態なので、ここにいる人間の看守たちにも抵抗らしい抵抗が出来なくて歯を食いしばる事しか出来ない。
まともに動けない身体では俺より力が弱いはずの人間にあっさり押さえつけられ、別の人間が鼻歌を歌いながら俺を縛り上げる。
『止めろ、助けてくれ』と懇願するのも無駄だ。むしろそんな事を言えば看守たちはもっと喜んで、その出来事を酒のツマミにして楽しみやがる。
投薬実験は毎日行われ、そのたびに異様な姿に変わる自分に絶望し、何もかも破壊したくなる。看守たちはいつも安全圏に避難して、こちらを離れたところで見下ろしているだけで本当に何も出来ないのだ。
しかも投薬で変形している時間が日に日に長くなっているのを感じていた。投薬された時にできた腕の模様も消えずにずっと残っている。
このまま続ければ元に戻れなくなり、悪魔ではなく理性のない化け物として利用され続けることになる。
そう考えると恐ろしくて仕方がなかった。
今晩も悔しさで歯を食いしばっていると、目の前に光が現れた。
消灯時間は過ぎているというのに妙だ。なんとか体を起こし前を見ると、誰かの足がすぐそこにある。真っ暗な空間で光を放っているというのに、俺以外は誰もその存在に気付いていない。
その存在は俺の視線に合わせるようにしゃがみ、こちらを見て笑った。
「な…何故ここに…?」
「君に会ってみたくてね」
俺は己の目を疑った。そこで俺を見つめるそいつは初めて会う者であったが、悪魔でその存在を知らぬものは居ない存在だった。
背中からは大きな4枚の翼を生やした真っ白な男だった。頭からも2つの翼を生やしており、その翼で顔を覆っている。顔はよく見えないが口元は笑っており、こちらに向かって話しかけてきた。
「助けてほしいよね?」
よく通る声が耳に入る。
全てを救う聖母の言葉にも、全てを見通す神の声にも聞こえた。
俺はコクリと頷いた。この異様な存在に怪しいという気持ちはあった。だが今の状態から救われたいのも事実だ。
「取引をしよう。君の命を救ってあげる。君の身体の悪いものも全て取り除いてあげよう」
「ほ、本当か?」
「ああ、勿論条件はあるけどね。どうする?」
そんなの考えるまでもなかった。怪しいと思う気持ちは変わらないが、こいつがその気になれば俺をここから救い出すことなんて容易だ。どうやったのかは分からないが、誰にもバレずにこんな牢屋に来ているくらいだ。
こいつの力は本物だろう。
「明日、君はいつもの研究室ではなく、この施設からかなり離れた町行きのトラックに乗れるよう手配しよう。そこで心赴くままに、思うように行動を起こすと良い。それが条件だよ」
「そ、それだけで良いのか?」
「ああ、すぐには無理だが必ず君を自由にすると約束しよう」
要求内容が抽象的すぎて目的も見えてこない。冷静になれば、怪しい事この上ない条件だ。
しかしこの時の俺はもう精神的に限界が近づいていた。看守たちのことは憎くて仕方がない。だがそれよりも今はこの苦しみから解放されたいという気持ちの方が強かった。
目の前の男は俺の目の前に手を出すと、手から放たれた光が線となって何かを形作り始めた。光は文字と地図のようなものになり、俺は思わずそれをまじまじと見つめていた。
これが明日、俺が町行きのトラックに乗るまでの行動の説明と町の地図らしい。資料として手元に残しておけないからと必死で地図の内容を頭に叩き込んだ。ようやく、この地獄のような日々から解放されるのだ。それだけが俺を突き動かす原動力になっていた。
撫でられるように頭に手を置かれ、男は最後にこう言った。
「では、期待しているよ」
全ての情報を覚えた後、男はゆっくり立ち上がった。
こちらに向かってバイバイと小さく手を振ると光は弱まり、男の姿は跡形もなく消えてしまった。
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