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第1部
第1話:アカツキの悪魔①
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―――――――――
「うーん…この調子ならあと1時間ほどで入り口くらいにはつくかな…?」
僕は両手に持った地図とにらめっこしながら呟いた。
握り込んでいた小さなコンパスで方向を何度も確認しながら、慎重に目的地に向かって歩いていった。森の中なのでコンパスだけが頼りだ。
もう何年も使っている古いものなので、時々カラカラと音を立てながら変な方向を向いてしまう。今度町に着いたら新しいものを買おう…。
辺りの木は全体的に大きく、硬い木の根が地面にびっしり張り巡らされている。
舗装されてる様子も一切なく、人が立ち入ることもほぼないそうだ。
数日前泊まっていた山の麓の宿屋の店主にも、
『あんな山の中に何しに行くんだ? 確かに山を越えた先に城下町の跡地があると聞くが、行くには数日かかる。あんなものの為に歩く価値はないぞ?』
と言われるくらいだ。
ふん、この旅の価値は僕で決めるんだ。
キャンプ道具と数日分の食料を背負いながらこの山道を歩くのは確かに厳しい。
でもこの先にあるもののことを想像するとワクワクして、謎の力が湧いてくるのだ。
しばらくすると坂道は途切れ、長く平らな道が続く。先程よりかなり楽になったとはいえ地面は根っこだらけで歩きにくい。
そしてさらに進むと崩れた城壁が散乱する場所にたどり着いた。
宿屋の店主が言っていた城下町の跡地と言うのがここだろう。
崩れている城壁の中から適当に頑丈そうなものを選んで腰をかけ、荷物をおろした。水分補給をしながら辺りを見渡す。
城壁だったものの向こう側に建築物の残骸がチラホラ見えた。
ふと、座っている城壁に何かが彫られているのに気付いた。砂埃を手で払い、彫られた紋章をじっと見る。
この王国のシンボルだ。古い記憶だが見覚えがある。ここで間違いない。
適当にリュックに突っ込んでいた携帯食を齧りながら、動きやすいように貴重品と最低限の荷物をまとめる。
一度握りつぶしたら崩れ落ちそうなくらい古い町の地図を確認した。
足の疲れもある程度取れたところで、探索に必要な最低限の荷物を持って町の中心に向かって歩き出す。
―――――――――
町の中は全ての物が崩れ去り砂や木とほぼ一体化していた。
知らない者ならここがどんな国であったか、どんな暮らしをしていたのか想像するのも難しいだろう。
国であるからにはそれなりに栄えていたと思うが、そうとは思えないような有様だ。
やがて町の中心と思われる場所にたどり着いた。
ほぼ崩れ去っているが、この辺りで1番高い建物だ。おそらくここが町の中心に建っていたお城だろう。
念入りに地面を見て、動かせる瓦礫をどかし、地下に入れる場所を探す。
意外にも地下への入り口はあっさり見つかった。
正確には入口ではなく地面に大きな穴が開いていただけだが、まあ地下に潜れるのだからそんなのは些細な事だ。
木の根を伝っていけば問題なく降りられるだろう。
僕は木の根をロープのように掴みながら慎重に降りていった。
10mくらいの高さだろうか、何事もなく床に着地できた。カツンと革靴が地面を叩く音が小さくこだまする。
降り立った場所は大きな地下室だった。
広場のように平らな空間であったが石壁以外はほぼ何も残っていない。
なんだか何かの儀式でも行われていたかのような、怪しい雰囲気の無駄に広い空間だった。
空気も湿っているせいで陰湿さが増しているように感じる。こんな地下だしあまり光も入ってこないのだろう。
僕はそんな地下室の中心に向かって目を凝らす。
その先には背中から鴉のような黒い翼を生やした悪魔がいた。
半歩分開いた両足の膝と脛は地面に着き、上半身は少し前屈みになって項垂れているかのように首は下を向いている。
立った状態からそのまま膝が落ちて崩れ落ちたかのような体勢だ。
向こうもこちらに気付いたようで首をあげ、視線が合う。
ぞわりと、心が高揚するのを感じた。
鼻筋が通った眉目秀麗という言葉がピッタリのとても美しい悪魔だった。
白い肌に、肩に掛かった黒い髪が映える。
夜明けの太陽のように綺麗な赤い瞳は大きく見開かれ、向こうも驚いている様子が窺える。
しかしそれも一瞬だけ。こちらにはもう興味がないと言わんばかりにすぐにそっぽを向かれた。
男の僕でも惚れ惚れするような顔の良さだ。こんな状況なのに少し口元がにやけてしまう。
しかし背中に突き刺さっている大剣が目に入ってしまい眉間に皺が寄る。距離が離れているのですぐに気付かなかった。
剣は胸を貫通しそのまま地面に杭のように突き刺さっていた。
その上、胸の傷口から魔法の赤い鎖が伸びて彼の身体を巻き付けるように縛っている。痛々しい光景に見ているだけで鳥肌が立つ。
僕は地下室の中心に向かって歩を進める。
その間も悪魔は何も言葉を発しなかったが、こっち来るなと言わんばかりの殺気だった視線がピリピリ肌に伝わる。
どうせ動けないだろうから無視。
「こんにちは」
悪魔から数歩離れたところで立ち止まり、彼に出来る限りの笑顔を向けながら話しかけた。
相手はただ僕を睨むだけで返事をしないが、気にせず一方的に会話を続ける。
「どうしてこんな所にずっと居るの? ここ、君にとっても良い場所とは言い難いと思うけど」
返事はない。
「見たところその剣で誰かに封印されてるようだけど…痛々しすぎて悪魔だと分かっているのに心配しちゃうよ。あとその羽、出しっぱなしなの邪魔じゃない?」
返事はない。
「その剣抜いてあげようか?」
「やめろ」
低い声で返事が返ってきた。
不愉快だと言わんばかりの殺気だった声だ。
表情は怒りを隠す気がなくこちらを睨んでくる。うーん、普通に怖い。
「まあまあ落ち着いて。自分で言うのもなんだけど僕しつこいよ。超がつくほどにね! 早めに返事くれた方が君にとっても楽だと思うし、僕もここを離れる事が出来るかもしれない。外の廃墟より君の方に興味があるからね。あ、全部無視するならその剣抜くね」
言うと悪魔は心底面倒くさそうに大きなため息を吐いた。
「で、なんの用だ?」
どうやら質問に応じてくれるらしい。
突き刺さってる大剣を抜かれるのが相当嫌なようだ。そんなものに固執するなんて意味が分からないな。
「それ痛くないの?」
「痛くない」
嘘だ…その剣を抜くと僕が言った瞬間だったかな。
身体が僅かに動いた時、少し痛そうに眉毛がぴくりと動いていた。
「君にとってそれはただの封印の剣じゃないね? 教えて、君にとってそれは何? なんでそれを大事に守っているの?」
悪魔がこの大剣を取られたくないのは明白だった。
抜くと言った時の反応もそうだが、今も大きな羽を大剣を守るように折りたたんでいる。
露骨なのは相手も分かってるだろうが、自由に動けない以上こうする事しか出来ないのだ。封印される程強い悪魔なのに、こうすることしか出来ない己の無力さを感じているのだろう。
悪魔は無言で睨んでくる。
手首くらいは辛うじて動くだろうが、大剣と一緒に胸から突き出ている魔法の鎖が身体中に巻きついているため腕を動かす事も出来ない。
それしか抵抗する術がないのだ。
無言を貫いてる悪魔の前で小さく、
「そんなに貴重なら、売ったらしばらく生活費には困らないかな…」
と呟いたら、悪魔は忌々しく舌打ちをしてから観念して口を開いた。
「この剣は私の主だ。正確には主だった、だが…」
「はあ…それで?」
どこか遠くを見るような目で呟く彼に対して、我ながら間抜けな声で返事をしてしまった。
「当時の人間たちは主の肉体と魔力と魂…その存在全てを材料にこの魔法の剣を造った。自分たちでは敵わない私をここに封印する為だけに。その時私の主は人間としては死んだが身体だけはこうして形を変えて残ってる。封印の魔法剣は使われず放置されたり、抜いて役目を終えれば砕けて消えてしまう。
……もうこれだけしか残っていないのだ」
声が微かに震えていた。
とうの昔にこの国は滅んでいる。何がこれだけしか残っていないのかは、聞かなくてもなんとなく伝わってきた。
刀身を指で撫で、愛おしそうに見つめていた。
その姿にうまく言葉に言い表せない複雑な気持ちを抱いた。
「ちょっと理解に苦しむかな…」
いけない、思わず本音が出てしまった。
相手も聞こえているだろうが、自覚はあるのか冷静なのか僕の本音に何も反論しなかった。
ただ僕の様子に顔に少し焦りが見える。こちらの出方を窺っているようだ。
「うん、決めた。君にそれは必要ないよ」
自分でも少し驚いてる。僕は少々苛立っていた。
こんな事で感情的になるとは思わなかった。
僕は大剣に向かって手を伸ばした。
本来ならあの大剣はとうの昔に封印の力を使い尽くしているはず。形を保っているのも不思議なくらいだ。重くて抜けなくても思いっきり引っ張れば折ることも可能だと思う。
「待て!! 質問なら知る限りのことは全て答えよう。だからこれだけは手を出さないでほしい!」
悪魔は慌てたように大声をあげた。
その時彼の身体が大きく動き、ミシッという鈍い音が鳴った。痛みに彼は顔を歪ませ、『ウグッ…』と呻き声がもれた。
額には汗が浮かんでいる。その様子が余計に気に入らなかった。
「こんなの君の主人じゃないよ。悪いけどこちらにもいろいろ事情があってね、信じられないと思うから抜いてから話すよ」
「やめろ!!」
比較的自由な羽を動かして剣の柄を握らせまいと抵抗する。
それでも僕は必死で手を伸ばし、指先が柄にわずかに触れた。
「おかしいよ。こんなもの、背中から胸を貫通して刺さってるのに痛くないわけないじゃん。それにこの程度の封印、君なら壊す事だって出来たはず。苦痛に耐え続けて、とうの昔に死んだ主人を守ってるつもり? こんなもの…」
僕の右手はしっかりと大剣の柄を握りしめた。
「邪魔だ!!」
思いっきり引っ張った。
大剣は意外と軽く、背中の差し口あたりの刃が大きな音を立てて折れた。
僕は思いっきり引っ張った反動で身体が大きく傾き、転ばないようバランスをとりながら数歩後ろに下がった。
その瞬間、僕が握りしめていた柄も、彼の胸から突き出ている刃も一瞬で粉々に砕けて霧散していった。
彼の身体に巻きついている鎖は彼の血に含まれた魔力から作られていたようで、魔法を構成させている大剣が無くなったことで液化してビシャビシャっと音を立てて彼の周りの地面を濡らした。
大怪我で大量出血しているかのような光景に目が眩んだが、まあ概ねそれで合ってる。
一拍置いて、ピリっと静電気のようなエネルギーが身体に伝わる。
封印が解かれたことで彼の魔力が溢れ出ているようだ。
ふらりとよろめきながら悪魔は立ち上がる。その頃には胸と背中を貫いていた大きな傷は塞がっていた。
長い間魔力を使っていなかったとはいえ、恐ろしい再生能力だ。不老不死の悪魔とは聞いていたけど、本当かもしれない。
彼は虚な目で握りしめた自分の手を見ていた。
ゆっくり掌を開くと指の隙間から粉のようなものが音もなくこぼれ落ちた。
おそらくさっき壊れた大剣の一部だ。咄嗟に刀身を握っていたのだろう。
指から全てが滑り落ちた時、彼の…悪魔の瞳がこちらを睨みつけてきた。
「あ、やばい」
反射的に腕を顔の前で曲げた。
瞬きした一瞬の間に数歩分の距離は一気に詰められ、彼の右腕に咄嗟に顔の前に出した腕を捕まれた。腕を出していなかったら首を捕まれていただろう。冷や汗が首筋を伝った。
僕の腕を掴んでいる悪魔の力は強く、あまりの強さにこのまま骨を折られると悟った。
仕方ない、こんな状況じゃ僕ではどうすることも出来ない。腕一本くらい諦めようと思った時、急に彼の腕の力が緩んだ。
あれ、どうしたのだろうと彼の顔を見る。
彼は目を見開き、信じられないと言いたげな顔で震えた唇で何かを言おうとしている。
「すごいね、もう気付いたんだ」
これはちょっとした雑学なのだが、悪魔の瞳は魂の姿を写すらしい。
悪魔は人間に似た姿の者も多く存在しているが、似てるようで人間と異なる部分がある。
一部をあげるとすると背中に羽が生えてるなどの身体的特徴、人間と比べ物にならないほど強靭な筋力や生命力、そして魂の姿を見れるという瞳。
悪魔の中には姿を変え、人間を欺きながら過ごしている者や、姿を見えなくさせて隠居している者も少なくないらしい。その性質上、彼らは基本的身体の見た目ではなく魂の姿で他者を判別している。
先程までは大剣の力で悪魔の力を封印されていたので気付かなかったのだろう。
「主、どうしてこちらに…?」
腕を離される。
捕まれていた腕にはくっきりと握られた痕が残っていたが骨は折れてなさそうだ。
安静にしてればそのうち痛みは消えるだろう。
「君と約束したからね。それに死んでも死にきれない最後だったから、転生を繰り返しながらここを調べて気合いで会いにきたんだよ。忘れられているかもと思ったけど杞憂だった。君がイカれてる程かつての僕に御執心で悪い気はしない」
僕は掴まれていた腕の掌を広げた。
大剣の柄だった粉が指の隙間から流れ落ちる。思いっきり粉を地面に叩きつけるように振り払った。
「身体と魔力を利用するため殺される前に、こっそり考案していた特殊な魔法を使って魂に記憶を残したんだ。人間の魂は輪廻転生といって新しい命として何度も生まれ変わるからね。幾度となく人生を繰り返したけど、まさか自分自身に嫉妬する日がくるとは思わなかった…。ほら、もう剣は粉々になって消えちゃったんだし、今後は僕に目を向けてほしいな」
キッと睨むと申し訳なさそうに視線をそらされた。
「…了解致しました」
彼は小声だったが確かにそう呟いた。
少しだけ恥ずかしそうに頬が赤くなってるのを僕は見逃さなかった。先程までのモヤモヤは全て吹き飛んでいった。非常に気分が良い。
「封印されて気付かなかったとはいえ、先程までの非礼の数々、本当に申し訳ございませんでした」
「いいよいいよ、また一緒にいてくれるなら」
片膝を地面に着き跪いて深々と頭を下げる彼にそう言うと、彼は顔を上げた。
僕は優しく微笑みかけ彼の目の前に右手を差し出した。
「繰り返す人生の中でずっと君の事が忘れられなかった。今も昔も、心から君を愛している。会いにくるのが遅くなってごめん。
ディア、どうか再び僕と共に歩んでくれないだろうか?」
僕は1000年ぶりに彼の名前を呼んだ。
彼は少し驚いたように少し口をあけ、目からは静かに涙が溢れていた。
全ての記憶が残っているわけではないけれど、覚えている限り彼が泣いている姿は初めて見たな。涙を見て少し心が痛んだが、それが自分の事で泣いていると思うと申し訳ないが少し嬉しかった。
僕の手を取ろうと彼はゆっくりと腕を上げた。
一瞬なにかに戸惑ったかのように少し腕を引いたが、意を決したように僕の手を握り返して立ち上がった。
「夢でも良い…」
消えるような小さな声で小さく呟きながら彼は瞳を閉じる。涙が一粒こぼれ落ち、僕の腕の上で跳ねた。
「夢じゃないよ。でも、僕も君に会えるなんて本当に夢のようだ」
本当にここに辿り着くまで長かった。
1度目の転生時点でこの国を知っている人なんて居なかった。
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彼のいる場所を特定させるのは難しかった。この場所の記録は不思議なくらい殆ど残ってなかったから。
それでも必死で、調べられる物は全て調べた。
次の僕の為に様々な記録と情報を保管する場合を作ったり、候補となる場所の地図を何枚も作成した。
出来ることは全てやったつもりだ。
その後も持病でたどり着くことも出来ない時や、貧しくてずっと働かされていて不自由だった時もあった。前途多難な人生だったけど、諦めなくて本当に良かった。
全ては君と会う為。君と何にも縛られない自由な生活を手に入れる為に。
全て話せば君も僕の事を相当イカれてると言ってしまうかな。
僕と彼…いや、僕たちは外に向かって歩き出した。
これからの未来を…自由を謳歌する為に。
僕は降りてきた穴から抜ける前、最後だけ振り返って呟いた。
「さようなら」
とうの昔に居なくなった人たちに向けて最後の挨拶をし、それ以降振り返ることなく故郷だった場所の外へ歩き出した。
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