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第弐幕 宿祢
第九話
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「ふわぁぁ…」
『おはよう、冬』
「あ、お姉さん。おはよう」
『随分と早起きね』
「もうこれは習慣だから」
時刻は朝のたぶん4時頃。
どうして『たぶん』なのかというと、ここには時計がないから。
いつも朝一で祠の掃除をしていたから、自然と体が4時頃に目を覚ましてしまう。
どんなに朝が暗い日でも、これは変わらない。
幽霊のお姉さんは眠らなくていいらしいから早起きなのは当然で、迦楼羅丸様も寝ずの番をしてくれていたから起きているのは当たり前。
だけど、
「もう起きて大丈夫なんですか?」
「拙者、日が昇る前に起きるのが習慣ゆえ」
「そうなんですか」
あんなに大怪我をしていた天狗さんが、まさかわたしよりも早く起きているなんて思わなかった。
左目の上を切っていたから眼帯代わりに包帯を巻いていたはずなんだけど…。
その包帯は取られ、現れた顔はもうほとんど傷が目立たなくなっていた。
美男、というわけではないけれど、普通の人よりも綺麗な顔立ちをしている。
吊り目なのに怖いというよりも優しいという印象を持つのは、彼の持つ雰囲気のせいかもしれない。
ぼさぼさの髪を高いところで一本にまとめている。
正直に言って、あまりにもぼさぼさすぎる。
ちょっと梳かしたい。櫛、持ってくれば良かったかな。
「こんなにもゆっくりと眠ったのは初めてだ。礼を言う」
「いえ、そんな…」
ふわりと笑った顔が、とってもあったかい。
なんだか秋ちゃんに似ている気がする。
「あの、それじゃあさっそく事情を…」
「その前に、一つ確認したい」
「なんですか?」
「拙者の事情を聴けば、嫌でも巻き込まれる事になる。また彼奴等が襲ってくる可能性もある。今ならまだ間に合う。このまま何も聞かずに下山されるのがよかろう」
「嫌です」
「そう、嫌だ……え?」
真剣な顔で天狗さんが言うから、わたしは真剣に正座をして聞いた。
そしてはっきりと答えた。
その答えが予想外だったのか、天狗さんはぽかんとした顔でわたしを見た。
「わたし、今から姫巫女になるんです。といっても、見習いになるんですけど。姫巫女っていうのは、誰かを助けられる職業なんです。わたしはその姫巫女見習いを目指しています。今このまま回れ右して帰ったら、わたしは一生姫巫女見習いになんてなれない」
「しかし…」
「というのは建前で」
「た、建前?」
「天狗さん、昨日の天狗達に捕まったら殺されちゃうんですよね」
「うむ」
「殺されちゃうってわかっているのに、天狗さんを一人になんてできません。わたし、そんなの嫌です」
「しかし、彼奴等は精鋭部隊で、その上にもまだ強い者がおる。関わればお主も殺されてしまうかもしれないのだぞ。そうなれば姫巫女とやらにもなれぬ」
「大丈夫です。わたし、絶対に姫巫女になるって約束したから。こんなところで死にません。幽霊のお姉さんと迦楼羅丸様もついてるし」
「……」
「それに、何もしないで後悔するよりも、やってから後悔したいから」
「娘…」
わたしは、天狗さんに協力を申し出たところで何もできない。
けど、だからって包帯ぐるぐる巻きの天狗さんを見捨てて下山なんて絶対に嫌。
囮ぐらいならできるかもしれないじゃない。
「俺は小娘の護衛だからな。小娘がやるというのなら協力する」
そう言って迦楼羅丸様はわたしの頭に手を置いた。
『霊体の私には助言くらいしかできないけれど、冬がそうしたいというのなら協力するわ』
そう言って幽霊のお姉さんは笑ってくれた。
「二人ともありがとう」
二人が一緒にいてくれて、本当に良かった。
すっごくすっごく心強いよ。
「かたじけない…」
俯く天狗さんの体は微かに震えていた。
正座した膝の上で強く握られている手を、わたしはそっと取る。
天狗さんが、顔を上げてくれた。
「わたし達に協力させてください」
「娘…」
澄んだ空色の瞳を真剣に見れば、天狗さんの迷いが消えていくのがわかった。
「恩に着る」
「はいっ」
天狗さんは、ここから遠く離れた比翼山という場所からやってきたらしい。
その山は天狗の隠れ里になっているんだって。
彼はそこの当主の息子。
でも正妻の子じゃないらしく、里では隠れて暮らしていたらしい。
母親は生まれてすぐに亡くなったそうで、父親である当主とは、里の天狗達が寝静まった夜にしか会えなかったんだって。
そんな天狗さんも10歳になった頃、ついに里の天狗達に見つかってしまったそうなの。
正妻は彼の存在に激怒して、天狗さんを殺そうとしたんだって。
里の天狗達全員が正妻の味方になって天狗さんを襲ってきた。
そんな絶体絶命のピンチを助けてくれたのが父親だった。
表向きは追放という形で、里から逃がしてくれたんだって。
その時にお守りだと言って渡されたのが、天狗さんが持っていた汚れきった錫杖。
当主権限をもってしても命からがら逃すしかできなかったらしくて、錫杖以外は何も持たずに逃亡生活を始めたらしいの。
それからずっと逃げ続けていて、17年くらい前についに見つかってしまったらしい。
その時から執拗に『落魂珠はどこだ?』って聞かれているらしいんだけど…。
見つかるまでの間、全然『落魂珠』なんて単語出てこなかった。
身に着けていた着物と錫杖だけで逃亡生活を始めたのに、どうして落魂珠なんてものが出てくるの?
路銀すら持っていなかったらしいのに。
「拙者は落魂珠の生成方法を知らぬ。それに、彼奴等は拙者のではなく、父上…つまり、当主の落魂珠を拙者が手にしていると申すのだ」
「錫杖しか渡されていないんですよね?となると、その錫杖に何か仕掛けがあるのかな」
「拙者もそれを考えた。それで調べてみると」
天狗さんは錫杖を手にする。
柄の部分と、上部の飾り部分をそれぞれ持ち軽く捻る。
すると現れたのは、綺麗に研ぎ澄まされた刃だった。
「仕込み錫杖!」
「うむ。普通の錫杖よりも柄が太いとは思っていたが、このような仕掛けがしてあるとは気づかなかった」
「……」
迦楼羅丸様は刃をじっと見つめている。
「拙者、落魂珠は見た事がないゆえ、もしやこれが…」
「それはない。落魂珠は読んで字のごとし『珠』だからな」
「そうか…。拙者、これ以外は心当たりが全くないでござるよ…」
しゅん、という効果音が付きそうなくらいに天狗さんは肩を落とした。
…あれ?
今、『ござる』って言った?
「妖術でも込めてあるのか、この刃から独特の波動が出ているな」
「当主が大事に使用していたからな」
「だが、波動は天狗ではないようだが…」
「そうなのか?」
「わからないのか?」
「拙者、何分外の世界を知らないのでな」
「逃亡生活をしておいてよく言うな」
『ねえ冬、彼に聞いて欲しい事があるのだけれど』
「え?」
『彼から、どういう訳か鬼の気配を感じるの』
「鬼?」
『ええ。隠されていた刃にも微かだけれど鬼の波動を感じるわ。天狗が鬼の波動を持つものを所持しているなんて不思議よ。それに、いくら正妻の子ではないからって、どうして隠れる必要があるの?同じ天狗なのに』
「確かにそうだよね」
『彼、本当に天狗なのかしら?』
わたしには鬼とか天狗の気配はさっぱりわからないけれど、お姉さんがそう言うって事はそうなんだと思う。
体は人間とそっくりで、でも背中には羽。
鬼の象徴である角はないけれど、鬼の気配がする錫杖を持っている。
すっごく不思議だって事は、わたしでもわかる。
「天狗さんは本当に天狗なのかって、幽霊のお姉さんが言っているんだけど…」
「どういう意味だ?確かに妙な気配をしてはいるが…。それは、仕込み錫杖のせいではないのか?」
「錫杖もそうだけれど、天狗さんからも鬼の気配がするって、お姉さんが…」
「そ、それは…」
急に天狗さんの目が泳ぎだした。
これはもしや、当たりなんじゃないかな。
どうやら天狗さんは隠し事が苦手みたいで、ものすごく挙動不審になっている。
「ここが霊嘩山である事もあるが、外見に騙されたな」
「どういう事?」
「軽く探りを入れたが、お前からは天狗の波動が一切感じられない」
「うう…」
「え?じゃあ、天狗さんは天狗じゃないの?」
「その…」
「どうなんだ?」
「拙者は…その…」
もごもごと口ごもる天狗さんを、迦楼羅丸様が睨みつけた。
その視線に耐えられなくなったみたいで、天狗さんは勢いよく土下座しながら答えてくれた。
「申し訳ない!拙者、半分なのでござる!」
「は、半分?」
「なるほどな」
その答えにお姉さんと迦楼羅丸様は納得したみたい。
もちろんわたしには何のことかさっぱり。
半分って、いったい何の事なの?
というか、やっぱり『ござる』って言ったよね。
「あの、半分って…」
「実は拙者、天狗と鬼の混血児なのです」
「それで鬼の波動がする錫杖を持っていたんですね」
「左様。その錫杖は、母上が父上に差し上げた物なのだそうで」
「なるほど…」
だからあの時天狗達は『我等とその紛い物を一緒にするな!』って怒鳴ったんだね。
でも、ハーフだからってそこまで毛嫌いする事ないのに。
「それにしても、娘はすごいな。よく拙者が半分だと気が付かれた」
「いえ、わたしが気づいた訳じゃないです。幽霊のお姉さんが…」
「先程から気になってはいたが、その『幽霊のお姉さん』とは一体…?」
「あ、そういえば説明していませんでしたね。わたしには、誰にも見えない幽霊のお姉さんが見えるんです」
「誰にも見えぬ?」
「はい。どうしてなのかはわたしにもわからないんですけど…。そのお姉さんが、わたしを色々と助けてくれるんです」
「そうであったか」
「…信じてくれるんですか?」
「うむ。…嘘なのか?」
「いえ、本当ですけど…」
「ならば何故そのような事を聞く」
「だって、この話を信じてくれる人ってほとんどいないから」
「世の中は分からぬ事だらけ。自分に見えぬからといって、娘の話を嘘だと決める根拠はない」
「天狗さん…。ありがとうございます」
「なに、気にするでない」
「…ところで、わたしも気になっていた事があるんですけど」
「なんだ?」
「どうして天狗さんはわたしの事を『娘』って呼ぶんですか?」
「そういう娘こそ」
「だってわたし、天狗さんの名前知りませんから」
「そういわれれば、拙者も娘の名を知らんな」
「あ、自己紹介するの忘れていましたね」
「うむ、うっかりだな」
お互いに照れ笑いをしていると、天狗さんが右手を差し出した。
「拙者、宿祢と申す。よろしく頼む」
「わたしは七草冬です。こちらこそよろしくお願いします。それで、この鬼さんが迦楼羅丸で、見えないだろうけれどここにいるのが幽霊のお姉さん」
宿祢さんの手を取り、わたしは二人を紹介する。
「宿祢で良い」
「じゃあわたしも冬で」
今までたくさん話していたのに、ようやく自己紹介を始めたわたし達。
仲良くなった事を裏付けるかのように、ぐぐぅと元気よくわたしと宿祢のお腹が鳴った。
さすがにちょっと恥ずかしくて、二人して照れ笑いを浮かべた。
朝ごはん、まだだったもんね。
『おはよう、冬』
「あ、お姉さん。おはよう」
『随分と早起きね』
「もうこれは習慣だから」
時刻は朝のたぶん4時頃。
どうして『たぶん』なのかというと、ここには時計がないから。
いつも朝一で祠の掃除をしていたから、自然と体が4時頃に目を覚ましてしまう。
どんなに朝が暗い日でも、これは変わらない。
幽霊のお姉さんは眠らなくていいらしいから早起きなのは当然で、迦楼羅丸様も寝ずの番をしてくれていたから起きているのは当たり前。
だけど、
「もう起きて大丈夫なんですか?」
「拙者、日が昇る前に起きるのが習慣ゆえ」
「そうなんですか」
あんなに大怪我をしていた天狗さんが、まさかわたしよりも早く起きているなんて思わなかった。
左目の上を切っていたから眼帯代わりに包帯を巻いていたはずなんだけど…。
その包帯は取られ、現れた顔はもうほとんど傷が目立たなくなっていた。
美男、というわけではないけれど、普通の人よりも綺麗な顔立ちをしている。
吊り目なのに怖いというよりも優しいという印象を持つのは、彼の持つ雰囲気のせいかもしれない。
ぼさぼさの髪を高いところで一本にまとめている。
正直に言って、あまりにもぼさぼさすぎる。
ちょっと梳かしたい。櫛、持ってくれば良かったかな。
「こんなにもゆっくりと眠ったのは初めてだ。礼を言う」
「いえ、そんな…」
ふわりと笑った顔が、とってもあったかい。
なんだか秋ちゃんに似ている気がする。
「あの、それじゃあさっそく事情を…」
「その前に、一つ確認したい」
「なんですか?」
「拙者の事情を聴けば、嫌でも巻き込まれる事になる。また彼奴等が襲ってくる可能性もある。今ならまだ間に合う。このまま何も聞かずに下山されるのがよかろう」
「嫌です」
「そう、嫌だ……え?」
真剣な顔で天狗さんが言うから、わたしは真剣に正座をして聞いた。
そしてはっきりと答えた。
その答えが予想外だったのか、天狗さんはぽかんとした顔でわたしを見た。
「わたし、今から姫巫女になるんです。といっても、見習いになるんですけど。姫巫女っていうのは、誰かを助けられる職業なんです。わたしはその姫巫女見習いを目指しています。今このまま回れ右して帰ったら、わたしは一生姫巫女見習いになんてなれない」
「しかし…」
「というのは建前で」
「た、建前?」
「天狗さん、昨日の天狗達に捕まったら殺されちゃうんですよね」
「うむ」
「殺されちゃうってわかっているのに、天狗さんを一人になんてできません。わたし、そんなの嫌です」
「しかし、彼奴等は精鋭部隊で、その上にもまだ強い者がおる。関わればお主も殺されてしまうかもしれないのだぞ。そうなれば姫巫女とやらにもなれぬ」
「大丈夫です。わたし、絶対に姫巫女になるって約束したから。こんなところで死にません。幽霊のお姉さんと迦楼羅丸様もついてるし」
「……」
「それに、何もしないで後悔するよりも、やってから後悔したいから」
「娘…」
わたしは、天狗さんに協力を申し出たところで何もできない。
けど、だからって包帯ぐるぐる巻きの天狗さんを見捨てて下山なんて絶対に嫌。
囮ぐらいならできるかもしれないじゃない。
「俺は小娘の護衛だからな。小娘がやるというのなら協力する」
そう言って迦楼羅丸様はわたしの頭に手を置いた。
『霊体の私には助言くらいしかできないけれど、冬がそうしたいというのなら協力するわ』
そう言って幽霊のお姉さんは笑ってくれた。
「二人ともありがとう」
二人が一緒にいてくれて、本当に良かった。
すっごくすっごく心強いよ。
「かたじけない…」
俯く天狗さんの体は微かに震えていた。
正座した膝の上で強く握られている手を、わたしはそっと取る。
天狗さんが、顔を上げてくれた。
「わたし達に協力させてください」
「娘…」
澄んだ空色の瞳を真剣に見れば、天狗さんの迷いが消えていくのがわかった。
「恩に着る」
「はいっ」
天狗さんは、ここから遠く離れた比翼山という場所からやってきたらしい。
その山は天狗の隠れ里になっているんだって。
彼はそこの当主の息子。
でも正妻の子じゃないらしく、里では隠れて暮らしていたらしい。
母親は生まれてすぐに亡くなったそうで、父親である当主とは、里の天狗達が寝静まった夜にしか会えなかったんだって。
そんな天狗さんも10歳になった頃、ついに里の天狗達に見つかってしまったそうなの。
正妻は彼の存在に激怒して、天狗さんを殺そうとしたんだって。
里の天狗達全員が正妻の味方になって天狗さんを襲ってきた。
そんな絶体絶命のピンチを助けてくれたのが父親だった。
表向きは追放という形で、里から逃がしてくれたんだって。
その時にお守りだと言って渡されたのが、天狗さんが持っていた汚れきった錫杖。
当主権限をもってしても命からがら逃すしかできなかったらしくて、錫杖以外は何も持たずに逃亡生活を始めたらしいの。
それからずっと逃げ続けていて、17年くらい前についに見つかってしまったらしい。
その時から執拗に『落魂珠はどこだ?』って聞かれているらしいんだけど…。
見つかるまでの間、全然『落魂珠』なんて単語出てこなかった。
身に着けていた着物と錫杖だけで逃亡生活を始めたのに、どうして落魂珠なんてものが出てくるの?
路銀すら持っていなかったらしいのに。
「拙者は落魂珠の生成方法を知らぬ。それに、彼奴等は拙者のではなく、父上…つまり、当主の落魂珠を拙者が手にしていると申すのだ」
「錫杖しか渡されていないんですよね?となると、その錫杖に何か仕掛けがあるのかな」
「拙者もそれを考えた。それで調べてみると」
天狗さんは錫杖を手にする。
柄の部分と、上部の飾り部分をそれぞれ持ち軽く捻る。
すると現れたのは、綺麗に研ぎ澄まされた刃だった。
「仕込み錫杖!」
「うむ。普通の錫杖よりも柄が太いとは思っていたが、このような仕掛けがしてあるとは気づかなかった」
「……」
迦楼羅丸様は刃をじっと見つめている。
「拙者、落魂珠は見た事がないゆえ、もしやこれが…」
「それはない。落魂珠は読んで字のごとし『珠』だからな」
「そうか…。拙者、これ以外は心当たりが全くないでござるよ…」
しゅん、という効果音が付きそうなくらいに天狗さんは肩を落とした。
…あれ?
今、『ござる』って言った?
「妖術でも込めてあるのか、この刃から独特の波動が出ているな」
「当主が大事に使用していたからな」
「だが、波動は天狗ではないようだが…」
「そうなのか?」
「わからないのか?」
「拙者、何分外の世界を知らないのでな」
「逃亡生活をしておいてよく言うな」
『ねえ冬、彼に聞いて欲しい事があるのだけれど』
「え?」
『彼から、どういう訳か鬼の気配を感じるの』
「鬼?」
『ええ。隠されていた刃にも微かだけれど鬼の波動を感じるわ。天狗が鬼の波動を持つものを所持しているなんて不思議よ。それに、いくら正妻の子ではないからって、どうして隠れる必要があるの?同じ天狗なのに』
「確かにそうだよね」
『彼、本当に天狗なのかしら?』
わたしには鬼とか天狗の気配はさっぱりわからないけれど、お姉さんがそう言うって事はそうなんだと思う。
体は人間とそっくりで、でも背中には羽。
鬼の象徴である角はないけれど、鬼の気配がする錫杖を持っている。
すっごく不思議だって事は、わたしでもわかる。
「天狗さんは本当に天狗なのかって、幽霊のお姉さんが言っているんだけど…」
「どういう意味だ?確かに妙な気配をしてはいるが…。それは、仕込み錫杖のせいではないのか?」
「錫杖もそうだけれど、天狗さんからも鬼の気配がするって、お姉さんが…」
「そ、それは…」
急に天狗さんの目が泳ぎだした。
これはもしや、当たりなんじゃないかな。
どうやら天狗さんは隠し事が苦手みたいで、ものすごく挙動不審になっている。
「ここが霊嘩山である事もあるが、外見に騙されたな」
「どういう事?」
「軽く探りを入れたが、お前からは天狗の波動が一切感じられない」
「うう…」
「え?じゃあ、天狗さんは天狗じゃないの?」
「その…」
「どうなんだ?」
「拙者は…その…」
もごもごと口ごもる天狗さんを、迦楼羅丸様が睨みつけた。
その視線に耐えられなくなったみたいで、天狗さんは勢いよく土下座しながら答えてくれた。
「申し訳ない!拙者、半分なのでござる!」
「は、半分?」
「なるほどな」
その答えにお姉さんと迦楼羅丸様は納得したみたい。
もちろんわたしには何のことかさっぱり。
半分って、いったい何の事なの?
というか、やっぱり『ござる』って言ったよね。
「あの、半分って…」
「実は拙者、天狗と鬼の混血児なのです」
「それで鬼の波動がする錫杖を持っていたんですね」
「左様。その錫杖は、母上が父上に差し上げた物なのだそうで」
「なるほど…」
だからあの時天狗達は『我等とその紛い物を一緒にするな!』って怒鳴ったんだね。
でも、ハーフだからってそこまで毛嫌いする事ないのに。
「それにしても、娘はすごいな。よく拙者が半分だと気が付かれた」
「いえ、わたしが気づいた訳じゃないです。幽霊のお姉さんが…」
「先程から気になってはいたが、その『幽霊のお姉さん』とは一体…?」
「あ、そういえば説明していませんでしたね。わたしには、誰にも見えない幽霊のお姉さんが見えるんです」
「誰にも見えぬ?」
「はい。どうしてなのかはわたしにもわからないんですけど…。そのお姉さんが、わたしを色々と助けてくれるんです」
「そうであったか」
「…信じてくれるんですか?」
「うむ。…嘘なのか?」
「いえ、本当ですけど…」
「ならば何故そのような事を聞く」
「だって、この話を信じてくれる人ってほとんどいないから」
「世の中は分からぬ事だらけ。自分に見えぬからといって、娘の話を嘘だと決める根拠はない」
「天狗さん…。ありがとうございます」
「なに、気にするでない」
「…ところで、わたしも気になっていた事があるんですけど」
「なんだ?」
「どうして天狗さんはわたしの事を『娘』って呼ぶんですか?」
「そういう娘こそ」
「だってわたし、天狗さんの名前知りませんから」
「そういわれれば、拙者も娘の名を知らんな」
「あ、自己紹介するの忘れていましたね」
「うむ、うっかりだな」
お互いに照れ笑いをしていると、天狗さんが右手を差し出した。
「拙者、宿祢と申す。よろしく頼む」
「わたしは七草冬です。こちらこそよろしくお願いします。それで、この鬼さんが迦楼羅丸で、見えないだろうけれどここにいるのが幽霊のお姉さん」
宿祢さんの手を取り、わたしは二人を紹介する。
「宿祢で良い」
「じゃあわたしも冬で」
今までたくさん話していたのに、ようやく自己紹介を始めたわたし達。
仲良くなった事を裏付けるかのように、ぐぐぅと元気よくわたしと宿祢のお腹が鳴った。
さすがにちょっと恥ずかしくて、二人して照れ笑いを浮かべた。
朝ごはん、まだだったもんね。
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