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第二部 第三章
城門の前で
しおりを挟むシシィは胸に溜まった息を吐き出し、冷たい空気を肺一杯に吸い込んだ。都市の町並みから一般人は失われ、代わりに騎士や兵士たちが緊張した表情でこちらを取り囲んでいる。
二頭の馬が蹄鉄で石畳を鳴らしながら、こちらへと近づいてきた。シシィはその馬上に視線を向け、誰が現れたのかを確認する。
馬にはそれぞれシャルロッテとルイゼが乗っていた。その二人は馬をゆっくりと進め、距離を詰めてくる。
周囲にいた騎士たちも、ルイゼのほうへとちらちら視線を向けていた。あの二人が現れたことでいくらか安堵したらしく、表情がわずかに緩んでいた。
純白の制服を纏い、ルイゼは穏やかな微笑みを浮かべていた。手綱は右手だけで握り、左手には杖を持っている。
さきほど飛んできた魔法は、ルイゼが放ったものなのだろう。おそらく、自分とヒルベルトが戦っている様を見ていたに違いない。
それにも関わらず、ヒルベルトに加勢せず静観していたのだ。さらに、勝利の後でこちらが気を緩める瞬間を待っていたに違いない。
わざわざリンゴを拾い上げようとしたその時を狙ってきた。不意打ちに失敗したにも関わらず、ルイゼの表情には余裕がありありと浮かんでいる。
こうやって迎撃されることも十分考慮していたのだろう。
厄介なことになった。ルイゼの登場はあまりにも早すぎる。自分がこの都市に来たことを、一体どのような方法で把握したのだろう。
シャルロッテの屋敷を訪れてから、それほど時間は経っていないはずだ。リンゴのために余計な時間を使ってしまったから、その間にシャルロッテがルイゼに報告したのだろうか。
ただ、それにしても早すぎる。二人が現れるだけでなく、門兵や騎士たちとも連携を取っていた。
ただの勘に過ぎないが、もしかするとルイゼは自分がこの都市に来るのを今か今かと待ちわび、門兵には自分に関する情報を与えていたのかもしれない。
ルイゼは絵も達者だから、特徴を捉えた程度の人相書きならすぐ用意できただろう。
この都市に入った時点で、自分は巨大な袋小路に入っていたのかもしれない。
向こうは準備を終えている一方で、自分は何も用意していない。
ヒルベルトの言が正しければ、どうやら自分を捕縛しようとしているらしい。それは逐電した騎士を罰するためではなく、リディアに関する情報を集めるためだろう。
馬上のルイゼが口を開こうとした瞬間、その隣にいたシャルロッテが大声を上げた。
「姫! 卑怯すぎますぞ! なんたる卑怯者ですか、何故こそこそする必要があるのかと思いきや、いきなり攻撃など、恥を知りなさい恥を!」
「……ロッテ、今は少し黙っていてください」
「いいえ、なりません。よいですか、騎士たるもの常に正々堂々と正義を貫かねばなりません。不意打ちなど騎士道に悖ります」
「わかりました、わかりましたから」
ルイゼは嫌そうに眉をしかめている。シャルロッテは一旦追及の手を緩めることにしたらしく、表情を凛としたものに戻した。
その引き締まった顔立ちは、惚れ惚れするほど美しい。瞳に宿る意志は定規で引いたかのように直線的で、まるで夢見る少年がそのまま大人になったかのようだった。
「久しぶりですなシシィ殿、うん、記憶の中のシシィ殿と変わりなく実に可愛らしい。そんなところで突っ立っていないで、一緒にお茶でも飲みましょう」
「折角の誘いだけど、遠慮しておく」
「何故ですか? 久しぶりに会ったのです。色々と積もる話もあるでしょうし、じっくりと語り明かしましょう」
シャルロッテは馬に乗ったまま誘いの言葉を投げかけてくる。隣のルイゼがひとつ咳払いをして、こちらへ問いかけてきた。
「シシィさん、ロッテの言う通り、色々な話をしませんか?」
「遠慮しておく」
「まぁ、何を急いでいるのです? せっかくヴェアンボナにいらしたのですから、しばらくは我が家に逗留すればよいではないですか」
「これ以上あなたの世話になるつもりはない」
ルイゼは、自分がこの都市に来たと表現した。つまり、自分が以前からこの都市に滞在していたとは思っていない。自分が今日ここへやってきたと確信している。
その情報がどの段階でもたらされたのかは不明だが、おそらくは門兵の報告によるものが最初のはずだ。少なくとも、自分がここへ向かう道程に関しては知らないだろう。
それについて知られるのは困る。どのような道を通ってきたのかが知られれば、自分が今どこに住んでいるのかも明らかになりかねない。
ルイゼが何に関する情報を求めているのかはわかる。リディアのことについて知りたいのだろう。
だが、それを漏らすわけにはいかない。誤魔化すしかないのだ。
今度はシャルロッテが大声で尋ねてきた。
「シシィ殿! 姫が言うにはですな、実はリディア殿が生きているのではないかとのことです。わたしにはよくわかりませんが、それはどうなんですか?!」
シャルロッテの言葉にどよめきが起こった。おそらく、リディアに関する情報は他の騎士たちには知らされていなかったのだろう。
何が起こっているのかわからず、誰もがルイゼとこちらに視線を向けてきた。
ルイゼの瞼がぴくりと跳ねた。
「ロッテ、あなたは少し黙っていてください」
「いいえ、黙っていられません。どうなんですかシシィ殿!」
ルイゼに誤算があるとすれば、シャルロッテの存在だろう。本当なら、じわじわと袋小路の緒を締めるように自分を追い詰めてゆくつもりだったに違いない。
こちらの言葉からいくつもの綻びを見出し、嘘という薄い衣をばらばらに解くつもりだったのだろう。もちろん、それだけでは済まない。
いざとなれば自分を捕え、穏やかな尋問を駆使してでも真実を引き出そうとするはずだ。
シャルロッテはルイゼの言葉を無視し、さらに話しかけてきた。
「姫が言っていたのですが、あのリディア殿の髪の毛は、えーと、少しおかしいと」
「ロッテ、だから少し下がっていてください」
シャルロッテはリディアの髪について何か言おうとしたが、途中で言葉に詰まってしまった。今度はこちらがシャルロッテの軽挙に困ってしまう。
あの髪の毛に対して、ルイゼはどのような不審を見出したのかがわからない。シャルロッテが詰まったのは、不審な点を説明できなかったからだろう。
ルイゼはリディアが生きていると考えている。その根拠のひとつが、あの髪の毛なのだろう。だが、あんな髪だけで何かがわかるとは思えない。
こちらから尋ねるべきか、それともしばらく推移を見守るか。
どちらにしても、いつまでも会話を長引かせるのは得策ではない。
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