名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

大詰め

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 旧市街に近づけば近づくほど、建物の色は濃くなってゆく。建物に使われている石材は数百年の時間を経て色を濃くし、路地の石畳はどこか磨り減って丸みを帯びている。

 今までどれだけの人がこの路地を通ったのかはわからないが、非常に滑りやすかった。



 シシィは駆けながら後ろを振り返った。シャルロッテが剣を握ったまま追いかけてくる。

 あの速さではすぐに追いつかれてしまう。慌てていくつもの火球を浮かべた。シャルロッテが飛び上がれないよう、高い位置にも火球を配置しておく。

 シャルロッテが近づくのを確認して、火球を爆発させる。狭い路地でそんなことをされれば、さすがのシャルロッテも足が鈍る。



 さらに駆け、曲がり角を曲がる。それと同時に石畳の上に氷を撒き散らした。追ってきたシャルロッテは曲がり角で減速すると同時に、凍った石の上で足を滑らせた。



「うおっ?!」



 そのまま壁に激突するかと思いきや、壁に蹴りを放って自身の勢いを殺した。あんなことをして足が痛くならないのだろうかと思ってしまう。

 シャルロッテは怒りの形相でさらに追いかけてくる。



「おのれシシィ殿、卑怯な! 正々堂々戦いなさい!」



 そんなことを言われても今更止まるわけにはいかない。シシィはさらに火球を浮かべた。駆けながら、物を置いてゆくかのようにいくつも火球を並べてゆく。

 火による攻撃は威力があるものの、シャルロッテと正面から戦って使うには遅すぎる。しかしこのような方法であれば、シャルロッテが相手でも効果的に使うことが出来た。



 次々と鳴り響く爆発音。路地という狭い場所ではその勢いが四散することなく、路地全体を覆ってゆく。ついてくるシャルロッテにとってはたまらないだろう。

 さすがに速度が落ちたようだった。





 この隙にさらに距離を離したい。シャルロッテが相手なら、ちょっとした罠で道を誤らせることも可能だろう。

 シャルロッテの視界から消えることが出来たら、試してみる価値があるかもしれない。



















 ルイゼは城門の前の広場で空を睨んでいた。次々と上がっていた信号弾が途絶えている。騎士たちが聞き込みをすればシシィの居場所を特定するのは容易なはずだが、次の信号は上がってこない。

 位置から換算すれば、シシィは旧市街のほうへ向かっていることは明らかだった。



 旧市街に何があるのかはわからない。シシィしか知らないような隠れ家なり抜け道があるのだろうか。

 あまり考えたくないことだが、もしかしたら教会へ向かっているのかもしれない。



 この場所からどう動くのかを考えていると、信号弾がひとつ上がった。その高さは他のものとは違い、際立って高い場所にまで飛び上がり、そして一際大きな爆発を伴った。

 今の信号弾はクラウディアが放ったに違いない。



 クラウディアはシャルロッテに付けた二人のうちの一人で、魔法を得意としている。魔力の量も多い上に、いくつもの魔法を使いこなす専門家だ。

 そのクラウディアがあれだけ高く信号を上げた理由はふたつ。つまり、誰があの信号弾を放ったのかをこちらに伝えようとしているのと、実際にシシィを発見したということだろう。



 つまり、シャルロッテとシシィが遭遇したと伝えたいのだ。

 シシィに追いついたのは分かったが、その後どうなったのかがわからない。



 どうするべきか悩んでいると、さらにひとつ信号弾が上がった。先ほどと同じく、クラウディアが放ったものだ。

 それで状況は理解できた。信号弾が上がった場所は、さきほどより少し位置がずれていた。クラウディアは、戦っているのではなく追いかけているのだとこちらに伝えようとしている。



 持つべきは賢い部下だ。こちらが何を求めているのかを察して、最適な行動で返してくれた。

 シャルロッテにクラウディアをつけたのは正解だったようだ。





 これで見えない場所で何が起こっているのか大体理解できた。

 シシィはシャルロッテに追いかけられながら逃げ惑っている。

 そろそろこちらも動くべきだろう。



「伝令を出します。おそらくあの魔法使いは旧市街へ逃げ込んだようです。区画を囲むために散開していた騎士たちは旧市街へ急行するように」



 伝令を出し終え、今度は野次馬に目を向けた。都市の人たちは、一体何が起こっているのかわからず不安そうにこちらを遠巻きに見ていた。

 その中にいるはずだ。



「誰か、自警団の者はいますか」



 野次馬の中に声を飛ばすと、中から二人の男が進み出た。そのうちの一人には見覚えがある。

 中年の男性が緊張した面持ちで言う。



「はい、私は自警団の者です。殿下、私どもにご用でしょうか」

「久しぶりですね、あなたは坑道の英雄ではありませんか」



 そう言うと中年の男がパッと目を大きく開いた。

 その瞳が潤み、声が震える。



「で、殿下、私のような者をお、覚えておいでで」

「もちろんです、魔族大寇の時、あなたは敵の坑道の位置を割り出した上に、敵による爆破を未然に防いだではないですか。まさしく英雄と呼ぶに相応しい行為です」

「も、勿体無いお言葉でございます」



 この都市が二十万の魔族に囲まれた時、守備兵だけでは数が足りず、一般市民からも兵を集めることになった。この男はその時に多大な活躍をし、戦が終わった後の論功行賞で十分な褒美を貰ったはずだ。

 そして、自分もこの男の功績を利用させてもらったが、それはまた別の話だ。

 今はそれよりも、自警団の協力を取り付けなければいけない。



「これは力強い味方を得ました。あなたに頼みたいことがあります」

「なんでしょう、私に出来るようなことであれば、命に換えてでも」

「馬が全力で駆けるために道が必要です。自警団の者たちに命じて、人払いをお願いします」

「お任せ下さい、すぐ人を用意し、殿下が随意にお動きになれるように致します」



 それからさらに命令を付け加えた。どこからどこまでの道を開くか、いつまでその命令が続くのか。完全に道を通行止めにするわけにはいかないので、その辺りのさじ加減は任せるしかない。

 とにかく、必要な時に馬が全力で走れるだけの道を用意してもらわなければいけない。





 あらかた命令を出し終えた後で、ルイゼは供回りを連れ、旧市街へと向かって馬を進めた。

 自警団の者たちだけでなく、そこらの市民までもが声を掛け合いはじめる。おかげで馬の速度を殆ど落とさずに移動が出来る。

 馬を走らせながら、ルイゼは並走していた騎士に命じた。



「さらに馬を用意する必要があります。誰かに命じて馬を用意させてください」

「はっ、それでは厩舎へ向かいます」



 そろそろ大詰めだ。



 すべてが終われば、きっと、リディアともまた会えるに違いない。

 ルイゼは馬の腹を蹴り、さらに速度を上げた。見据えた先に、大聖堂の塔が見えた。

 この都市で最も高い建築物で、都市のどこからでもあの塔は見える。

 旧市街のちょうど中央に位置し、この都市で最も重要な教会でもあった。



「……まさか」



 塔を睨みながらルイゼは目を細めた。



「シシィさんはアジールを宣言するつもりでは」



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