414 / 586
第二部 第三章
避難所
しおりを挟む「うおおおおっ?! シシィ殿、一体どこですか?! 返事をしなさい!」
シシィを追っていたシャルロッテだが、その姿を見失ってしまった。旧市街に入ったところまでは良かったのだが、あまりに曲がり角が多すぎていつの間にか離されてしまったようだ。
シシィの行方を誰かに聞こうにも、周囲には誰もいない。
「むむ、こうなったら勘で」
「待ってくださいシャルロッテさま!」
後ろから声をかけられてシャルロッテは振り向いた。その先では息を切らしながら駆けて来る二人の騎士の姿があった。
この程度走っただけで息を切らすとは情けないにも程がある。何もかもが済んだら、この二人をもっと厳しく扱き上げなければいけない。
そんなことを考えていると、三つ編みの騎士が息交じりの声で言った。
「シャルロッテさま、はぁ、右です、翡翠の魔法使いは右へ向かいました」
「うわっ、クラウディアがそんな息を切らしていると、物凄くいやらしく見えるな」
クラウディアは胸も大きいし、顔立ちもまるで聖母のように穏やかだった。何処かの修道女のような容姿で、はぁはぁと荒い息を吐いている。
しかも前かがみになっているから、胸元がぐんと盛り上がっていた。走ったせいで服がやや乱れているのも無視しがたい。クラウディアは先ほどシャルロッテが放り投げた鞘を持ってきたようで、片手に鞘を持ったまま顔を上げた。
クラウディアは赤くなった顔でわずかに眉を吊り上げる。
「そ、そんなことありません。わたしはいやらしくなどありません」
「あ、ああ……、で、右だな。よし、わかった行くぞ!」
「ええっ?! 疑いもしないし理由も聞かないんですか?!」
「どうせカンに頼ろうとしていたところだ、わたしはクラウディアを信じる」
「あっ、ちょ、信頼してくださるのは嬉しいのですが、速すぎですっ!」
「気張れ!」
駆け出す。
小道を抜けると、広場へと出た。旧市街のほぼ中央で、大聖堂が建つ場所だ。狭い旧市街の中でも、大聖堂の前の広場だけはそれなりに人が集まれるように広くなっている。
そこには多くの人がいて、教会の前でお喋りに興じていた。
広場にいた人たちがこちらに視線を向けて目を丸めている。剣を握った騎士が突如として現れたのだから、驚くのも無理はないだろう。
誰かにシシィのことを聞こうと思った瞬間、シシィの小さな姿が目に入った。シシィは教会に通じる扉を開けて、その中へと体を滑り込ませた。
「なんと?! シシィ殿、一体何を」
ずっと道を逃げていたはずのシシィが、ここに来て建物の中へと入った。教会に一体何の用があるのかわからない。
しかも正面からではなく、正面の脇にある扉へと入ったのだ。
「おのれ、逃がしはしませんぞ!」
大聖堂の脇にある扉へと近づく。木製の分厚い板に、青銅らしき鋲がいくつも打ち込まれている。見るからに頑丈そうな扉を開こうとした瞬間、鍵が掛けられていることに気づいた。
どうやら内側から閂のようなものを掛けたらしい。
「とりゃあっ!」
思いっきり蹴っ飛ばす。重たい扉が鈍い悲鳴をあげ、内側に向かって開いた。
すぐさま中に入ろうとした時、後ろからクラウディアの甲高い声が届いた。
「いけませんシャルロッテさま!! 入ってはいけません!」
「は? どうして?」
「教会はアジールです」
「アジール? なんだそれは?」
「ええっ?! 知らないんですか?! 聖域ですよ」
驚かれても知らないものは知らない。
クラウディアはこちらに駆け寄り、袖を掴んできた。そのまま早口でまくしたてる。
「アジールは避難所です、そこに逃げ込んだとあれば例え親の仇であっても追いかけて捕えることは出来ません」
「なんと」
「武器を持ったままアジールに踏み込めば、こちらが悪になってしまいます。場合によってはルイゼさまにも塁が及ぶかもしれません。それに教会は裁判権を持っていますし、この大聖堂にいたっては」
「わかったわかった、落ち着いてくれ、息が切れてるのにそんなに喋っては余計いやらしく見えてしまう」
「い、いやらしくなどありません!」
クラウディアが顔を真っ赤にして怒鳴ったが、それに構ってはいられない。ただ、よくよく考えてみると、そういう避難所というものがあるという話を聞いたことがあったような気もする。
確か、墓に逃げ込んだ泥棒がどうこうとかいう昔話だ。
ある泥棒が墓に逃げ込んだため、捕まえることが出来なくなり、和解交渉か何かをする話だったような気がする。
犯罪者なのに捕まえられないだなんて、おかしいことだと思った記憶しかない。
そんな昔話が今頃になって自分の目の前に出てくるとは思わなかった。
シャルロッテは剣を掴みなおし、クラウディアに告げた。
「よし、事情はわかった、踏み込むぞ!」
「なんでそうなるんですかっ?!」
「ははは、決まっている。シシィ殿は犯罪者ではないから問題ない。逃げた子猫を追うようなものだ、さすがにこれなら文句はあるまい」
「そそ、そんな?!」
「なぁに、ダメだったら後で謝り倒すとしよう。一緒に頭を下げてくれ」
「えええっ?! そ、そんなぁ」
クラウディアの瞳が潤んだ。おかげで随分と扇情的になっているが、それを指摘すると多分怒られるだろう。
真面目でお堅いクラウディアにとって、自分が法を犯す側になるのは辛いのだろう。
シャルロッテは開いた扉の向こうに目を向け、体を中へ滑り込ませた。
「おや?」
教会の中へと通じているのだとばかり思っていたが、扉の向こうにあったのは螺旋階段だった。すべてが石造りの重厚な階段で、何度も人が通ったためか踏み石はどこか丸みを帯びていた。
申し訳程度に開けられた窓から日の光が差し込んでいるものの、外から来たばかりのシャルロッテには暗すぎて殆ど何も見えない。
「うーむ、シシィ殿は一体何を考えているのやら」
大聖堂の中にこんな場所があったとは知らなかった。ここが何なのか、ようやく気づいた。
これは大聖堂の塔に通じているのだ。この大聖堂はこの都市で最も高い建築物で、塔の上部には鐘台が設置してある。この螺旋階段はそこへ通じているのだろう。
だが、意味がわからない。この塔を登ったところで、行き止まりのはずだ。シシィは自ら逃げ場を無くすような真似をしている。
困惑に囚われてしまったが、今更ぐだぐだと考えている暇はない。どうせ自分にはわかりっこないのだ。
振り返ってクラウディアの顔を見たが、やはり驚いている。どうやらクラウディアもこんな場所があることを知らなかったようだし、シシィがこんな場所に来た理由がわからないらしい。
「考えるのは後だ。よし、追うぞ!」
螺旋階段を昇り始める。両手をわずかに広げれば螺旋階段の中央と壁に触れることが出来る。狭く暗い階段な上に、角度も急だ。しかも昇りの時は時計周りになるため、右手に持った剣は殆ど役に立たない。
階段を進んだところで、シャルロッテは足に激痛が走るのを感じた。足の裏に何かが突き刺さっている。思わず歯を食い縛り、立ち止まってしまう。
「っ、な、なんと卑怯な」
よく見れば階段のあちこちから氷の棘が生えている。シシィが設置していったのだろう。この暗い階段で足元がおろそかになるのを見越していたに違いない。
段々と腹が立ってきた。シシィは逃げ回る上にこんな罠まで仕掛けている。これのどこが騎士の戦いなのか。
「おのれシシィ殿、騎士としての誇りを忘れるとは、許しがたい」
「大丈夫ですかシャルロッテさま、今すぐ回復魔法を」
後ろからついてきていたクラウディアが杖をこちらへとかざす。手を伸ばせば届く場所にいるのに、クラウディアの頭の位置は自分の腰のあたりにあった。
これだけ急な階段では、まともに剣を振り回すこともできない。そんな場所にまで罠を仕掛け、さらに逃げ続けるとは卑怯にも程がある。
シャルロッテは苛立ちの中で剣を強く握り、精神を集中させた。この狭い階段の中では剣など振り回せないが、魔法なら使える。
「大気よ、我が命に従いて刃を為し万物を自ず裂かしめよ! 剣の風よ、来たれグラディ・ウェンテ・ウェニアット!!」
剣先から暴風が溢れる。生じた風は狭い階段を昇ってゆく。風が階段に設置された小窓を次々と破壊し、断続的に何かが割れる音が続いた。
「きゃあああっ?!」
後ろのクラウディアが悲鳴を上げる。
「ええい、うろたえるな! 戦いではうろたえている暇などない」
「いきなり詠唱魔法など使われては驚きます!」
「気にするな、それより行くぞ! 今ので罠の類は消し飛んだはずだが、足元に注意だ!」
さらに進もうとした瞬間、シャルロッテは背筋にチリチリとしたものを感じた。戦いで磨かれた勘が警鐘を鳴らす。
「防御だ!」
そう告げてから慌てて防御魔法を張る。ほぼ同時に階段の上から暴風が襲い掛かってきた。まるでヒルベルトの巨体に体当たりでもされたかのように足が滑る。
慌てて壁に手をつき、後ろへ倒れこまないように踏ん張った。
「ぬおおっ」
ただの風ではなく、風の中に氷の刃が含まれていた。その氷がびしびしと音を立てて防御魔法を切り裂こうとしている。
ようやく風も止んだところで、シャルロッテは額の汗を拭った。
こちらが詠唱魔法で繰り出した魔法を、シシィはあっさりと押し返してきたことになる。窓が割れるほどの圧力が掛かったのは、シシィが風魔法で押し返してきたせいなのだろう。
「おのれ、これほどの力があるなら正面から戦えばいいものを」
声に悔しさが滲む。真正面から戦ってくれたなら敗北してもまだ納得はいくが、こんな小賢しい手で追い払われるのは癪に障る。
「……そういえば、何故シシィ殿は逃げているんだ」
「捕まったら拷問にかけられると思っているのでは?」
「そうか……、あれ?」
何かが気になったが、今は考える時間ではない。とにかく、これで余計な罠は壊れただろうし、気をつけて進めば問題はないはずだ。
今はシシィを追い詰めることに集中しなければ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。
みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。
勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。
辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。
だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!
田舎おじさんのダンジョン民宿へようこそ!〜元社畜の俺は、民宿と配信で全国初のダンジョン観光地化を目指します!〜
咲月ねむと
ファンタジー
東京での社畜生活に心身ともに疲れ果てた主人公・田中雄介(38歳)が、故郷の北海道、留咲萌町に帰郷。両親が遺したダンジョン付きの古民家を改装し、「ダンジョン民宿」として開業。偶然訪れた人気配信者との出会いをきっかけに、最初の客を迎え、民宿経営の第一歩を踏み出す。
笑えて、心温かくなるダンジョン物語。
※この小説はフィクションです。
実在の人物、団体などとは関係ありません。
日本を舞台に繰り広げますが、架空の地名、建造物が物語には登場します。
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
美醜逆転世界の学園に戻ったおっさんは気付かない
仙道
ファンタジー
柴田宏(しばたひろし)は学生時代から不細工といじめられ、ニートになった。
トラックにはねられ転移した先は美醜が逆転した現実世界。
しかも体は学生に戻っていたため、仕方なく学校に行くことに。
先輩、同級生、後輩でハーレムを作ってしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる