名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

文字の大きさ
432 / 586
第二部 第三章

夜の帰り道

しおりを挟む



 村が夜の帳に閉ざされた頃、ソフィは家にへ向かう道を歩いていた。エッケルはランタンを右手に持ち、左手でイレーネの手を握っている。

 エッケルの家でご馳走になり、その後は送ってもらえることになった。正直なところ、家までくらいなら一人でも帰れるが、エッケルがどうしてもというので一緒に歩くことになった。

 イレーネは夜のお散歩に少し興奮気味のようだった。このくらいの子どもにとって、夜の世界というのはまったく見慣れないものなのだろう。

 夜に出歩くというだけで楽しいに違いない。



 エッケルはイレーネが転んでしまわないよう手をぎゅっと強く握っているようだ。確かにイレーネなら転んでしまいかねない。



「ほら、あんまりはしゃがない」



 エッケルはそう言って諭しているが、イレーネの耳に入っているようには見えなかった。

 イレーネは夜の世界に物珍しさを感じているようだ。



「いいかいイレーネ、夜にはね、怖いお化けが出るんだよ。だから絶対に夜に外に出ちゃいけないよ」

「お化け……」



 イレーネの表情は輝いている。エッケルとしては子どもを怖がらせて、夜中に外に出ないようにしたかったのだろうが、あまり効果があるようには見えなかった。

 この辺りはやはりイレーネも子どもだ。



「ソフィちゃんも、夜にはお化けが出るから一人で出歩いたりしちゃダメだよ」

「む、妾はお化けなどを恐れるほど子どもではないのじゃ。お化けなど返り討ちにしてくれる」

「あれぇ?」



 エッケルは首を捻ってしまった。まったく、子ども扱いも甚だしい。

 大体、お化けなど見たことが無い。いるのならいるで見てみたい気もするが、本当にそんなものがいるのか疑問だった。



 エッケルはランタンを前に掲げながら溜め息を吐いた。



「うーん、お化けの話なら沢山知ってるんだけどなぁ、でもイレーネに話しても怖がるどころかなんだか楽しそうにするばっかりで」

「ふむ……」

「なんでかは知らないけど、この辺りの地域って昔話がどれもこれも怖かったりなんていうか酷い話ばっかりというか……、森の中に魔女が出て子どもを食べるだとか、仕事を手伝ってくれる小人に頼りきってたら小人に煮て食べられちゃうとか」





 何度か村長に本を借りたが、昔話に関する本もその中に含まれていた。それほど興味も無かったので真剣に読まなかったが、言われてみれば凄惨な話が多かった気がする。

 さすがに、傾向までは読み取ろうとは思っていなかったので、エッケルの言葉は新たな発見となった。



「確かに、言われてみれば村長の語る話にもそういうものが多い気がするのじゃ」

「うん、村長も昔話みたいなのを本で読んで、それで村の子どもたちに話すからね。でもそのせいで、話の内容がどうしても被っちゃって……、イレーネからその話は前に聞いたとか言われたり」



 きっと、エッケルは眠りに就くイレーネに対して色んな昔話を語り聞かせたりするのだろう。

 ただ、お話の数は夜の数より少ない。



 エッケルは感心したように頷いた。



「だから、ソフィちゃんが今日話してくれた話は新鮮だったよ。ああいう綺麗な話はこの辺りにあんまり無いからね」

「イレーネにとってはあまり面白くなかったようなのじゃ」



 イレーネは話を聞き終えてもよくわかっていなかったようだ。そもそも、子どもが夫婦の愛情に関する話を聞かされても面白くなかったかもしれない。

 そう思ったのだがエッケルは首を振った。



「そんなことはないよ、イレーネにとっては大好きなソフィお姉ちゃんがお話してくれたっていうのが嬉しいんだから」

「ふむ……、そうかのう」



 イレーネの様子を見てもちっともそんな気はしない。イレーネは闇の中からお化けが出てくるのを待ちわびているようだった。

 エッケルが手を繋いでいなかったら、駆け出していたかもしれない。



「これイレーネよ、危ないことをしてはいかんぞ」



 そう言うとエッケルが笑みを漏らした。



「はは、ソフィちゃんがそうやって心配してくれてるとありがたいよ。今日もイレーネが水場に落ちそうになったのを咄嗟に助けようとしてくれたし」

「あれは別に何か考えがあってやったわけではないのじゃ」

「だから凄いんじゃないか。利益を考えて人助けをするんじゃなくて、子どもが危ないと思ったから助けた。このほうが大切で、素晴らしいことだと思うよ」

「ふーむ、そういう考えもあるということじゃな」

「ソフィちゃんだって別にご馳走になりたいからイレーネに手を差し伸べたわけじゃないんでしょ。ソフィちゃん自身の優しさがそうやってイレーネを助けようとしてくれたわけだから、やっぱりそういう子がイレーネを見てくれてるってのは本当に嬉しいよ」



 きっと褒めてくれているのだろう。水場に落ちそうなイレーネを助けようとした時、これといって何も考えていなかったような気がする。

 イレーネが危ないと思ったから手を伸ばしただけだ。



 人の優しさというものはそういうものなのだろうか。確かに、イレーネがまた危ない目に遭いそうだったら、咄嗟にどうにか助けようと思うかもしれない。

 ただ、自分はいつもイレーネの傍にいるわけではないのだ。イレーネ自身が色々と気をつけて、危ないことを避けなければいけない。



「これイレーネよ、よいか、父や母に心配をかけてはいかんのじゃ。ゆえに普段から気をつけて、危ないことに首を突っ込んだりしてはいかんのじゃ」

「えー?」



 イレーネは首を捻っている。どうやら通じなかったようだ。まったく、子どもというのは困ったものだ。

 そんなことを考えていると、エッケルが苦笑した。



「ソフィちゃんもあんまり危ないことしちゃダメだよ。アデルが心配するし」

「妾は問題ないのじゃ。アデルが心配性過ぎて逆にアデルのことが心配になるくらいなのじゃ」

「ははは、確かにアデルは変なところで心配性だからなぁ」



 エッケルが笑い、ランタンが揺れた。道に深く圧し掛かる闇はランタンの光に少しだけ道を譲り、わずかな視界をもたらしてくれている。

 イレーネはきょろきょろとあちこちを見ている。どうやらお化けを探しているようだ。

 そんなイレーネにエッケルは溜め息を吐いた。



「はぁ、どうしてこう好奇心旺盛なのかな。魔女とか小人とかお化けとか言われたら普通は怖がると思うんだけど」

「うむ、しかも小人など人を煮込んで食べてしまうくらいじゃからのう」

「そうそう、えーとなんだっけ、掃除を手伝ってくれてた小人をアテにして、あれを掃除しとけとか命令したら、小人が怒って」

「その後で小人が家の中を家畜の糞まみれにした挙句、屋敷の主人を殺してスープの具にしてしまったのじゃ」

「あれ、そうだっけ。屋敷の主人だったかな。お手伝いさんじゃなかった?」



 エッケルは視線をわずかに上へと向けた。どうやら記憶を辿っているようだ。

 辿った先に正解は見当たらないようだ。おそらく、その話に関してはエッケルより自分のほうが確かに覚えているはず。



「その話は村長の本に書いてあったのじゃ。子どものための民話という本の35頁目の4行目に屋敷の主人を小人が殺したと書いてある」

「え?」

「ちょうど右側に挿絵があって、その下のあたりに書いてあるのじゃ」

「えーと……、そ、そうなの?」

「うむ、以前読んだことがある」

「えっと、読んだことがあって、それでページとか、書いてある場所を覚えてるの?」

「うむ」

「うむって……」



 エッケルは目を細めてしまった。何かおかしなことを言っただろうか。



 お喋りをしながら歩いていたが、もう家が見えてきた。これ以上送ってもらうのも気が引けたので、ソフィは道の途中で二人を分かれた。



「それじゃソフィちゃん、アデルによろしく伝えておいてくれ」

「わかったのじゃ、よろしくと伝えておくのじゃ」

「いや、そういう意味じゃないけど……、まぁいいや。それじゃおやすみ、ほらイレーネも」

「おねーちゃんおやすみ!」

「うむ、イレーネもおやすみなのじゃ。おねしょなどしてはいかんぞ」

「うん!」



 本当にわかっているのだろうか。



 ソフィは家に入らず、しばらくの間去ってゆく二人を見送った。仲良く手を繋ぎながら、二人は家へと向かっている。

 父と娘の仲睦まじい光景は何故か懐かしいものに見えた。



 ランタンの光が遠ざかってゆく。二人の姿が遠くなるまで、ソフィはその場に留まった。























しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

田舎おじさんのダンジョン民宿へようこそ!〜元社畜の俺は、民宿と配信で全国初のダンジョン観光地化を目指します!〜

咲月ねむと
ファンタジー
東京での社畜生活に心身ともに疲れ果てた主人公・田中雄介(38歳)が、故郷の北海道、留咲萌町に帰郷。両親が遺したダンジョン付きの古民家を改装し、「ダンジョン民宿」として開業。偶然訪れた人気配信者との出会いをきっかけに、最初の客を迎え、民宿経営の第一歩を踏み出す。 笑えて、心温かくなるダンジョン物語。 ※この小説はフィクションです。 実在の人物、団体などとは関係ありません。 日本を舞台に繰り広げますが、架空の地名、建造物が物語には登場します。

扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。

みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。 勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。  辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。  だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...