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第二部 第三章
夜の帰り道
しおりを挟む村が夜の帳に閉ざされた頃、ソフィは家にへ向かう道を歩いていた。エッケルはランタンを右手に持ち、左手でイレーネの手を握っている。
エッケルの家でご馳走になり、その後は送ってもらえることになった。正直なところ、家までくらいなら一人でも帰れるが、エッケルがどうしてもというので一緒に歩くことになった。
イレーネは夜のお散歩に少し興奮気味のようだった。このくらいの子どもにとって、夜の世界というのはまったく見慣れないものなのだろう。
夜に出歩くというだけで楽しいに違いない。
エッケルはイレーネが転んでしまわないよう手をぎゅっと強く握っているようだ。確かにイレーネなら転んでしまいかねない。
「ほら、あんまりはしゃがない」
エッケルはそう言って諭しているが、イレーネの耳に入っているようには見えなかった。
イレーネは夜の世界に物珍しさを感じているようだ。
「いいかいイレーネ、夜にはね、怖いお化けが出るんだよ。だから絶対に夜に外に出ちゃいけないよ」
「お化け……」
イレーネの表情は輝いている。エッケルとしては子どもを怖がらせて、夜中に外に出ないようにしたかったのだろうが、あまり効果があるようには見えなかった。
この辺りはやはりイレーネも子どもだ。
「ソフィちゃんも、夜にはお化けが出るから一人で出歩いたりしちゃダメだよ」
「む、妾はお化けなどを恐れるほど子どもではないのじゃ。お化けなど返り討ちにしてくれる」
「あれぇ?」
エッケルは首を捻ってしまった。まったく、子ども扱いも甚だしい。
大体、お化けなど見たことが無い。いるのならいるで見てみたい気もするが、本当にそんなものがいるのか疑問だった。
エッケルはランタンを前に掲げながら溜め息を吐いた。
「うーん、お化けの話なら沢山知ってるんだけどなぁ、でもイレーネに話しても怖がるどころかなんだか楽しそうにするばっかりで」
「ふむ……」
「なんでかは知らないけど、この辺りの地域って昔話がどれもこれも怖かったりなんていうか酷い話ばっかりというか……、森の中に魔女が出て子どもを食べるだとか、仕事を手伝ってくれる小人に頼りきってたら小人に煮て食べられちゃうとか」
何度か村長に本を借りたが、昔話に関する本もその中に含まれていた。それほど興味も無かったので真剣に読まなかったが、言われてみれば凄惨な話が多かった気がする。
さすがに、傾向までは読み取ろうとは思っていなかったので、エッケルの言葉は新たな発見となった。
「確かに、言われてみれば村長の語る話にもそういうものが多い気がするのじゃ」
「うん、村長も昔話みたいなのを本で読んで、それで村の子どもたちに話すからね。でもそのせいで、話の内容がどうしても被っちゃって……、イレーネからその話は前に聞いたとか言われたり」
きっと、エッケルは眠りに就くイレーネに対して色んな昔話を語り聞かせたりするのだろう。
ただ、お話の数は夜の数より少ない。
エッケルは感心したように頷いた。
「だから、ソフィちゃんが今日話してくれた話は新鮮だったよ。ああいう綺麗な話はこの辺りにあんまり無いからね」
「イレーネにとってはあまり面白くなかったようなのじゃ」
イレーネは話を聞き終えてもよくわかっていなかったようだ。そもそも、子どもが夫婦の愛情に関する話を聞かされても面白くなかったかもしれない。
そう思ったのだがエッケルは首を振った。
「そんなことはないよ、イレーネにとっては大好きなソフィお姉ちゃんがお話してくれたっていうのが嬉しいんだから」
「ふむ……、そうかのう」
イレーネの様子を見てもちっともそんな気はしない。イレーネは闇の中からお化けが出てくるのを待ちわびているようだった。
エッケルが手を繋いでいなかったら、駆け出していたかもしれない。
「これイレーネよ、危ないことをしてはいかんぞ」
そう言うとエッケルが笑みを漏らした。
「はは、ソフィちゃんがそうやって心配してくれてるとありがたいよ。今日もイレーネが水場に落ちそうになったのを咄嗟に助けようとしてくれたし」
「あれは別に何か考えがあってやったわけではないのじゃ」
「だから凄いんじゃないか。利益を考えて人助けをするんじゃなくて、子どもが危ないと思ったから助けた。このほうが大切で、素晴らしいことだと思うよ」
「ふーむ、そういう考えもあるということじゃな」
「ソフィちゃんだって別にご馳走になりたいからイレーネに手を差し伸べたわけじゃないんでしょ。ソフィちゃん自身の優しさがそうやってイレーネを助けようとしてくれたわけだから、やっぱりそういう子がイレーネを見てくれてるってのは本当に嬉しいよ」
きっと褒めてくれているのだろう。水場に落ちそうなイレーネを助けようとした時、これといって何も考えていなかったような気がする。
イレーネが危ないと思ったから手を伸ばしただけだ。
人の優しさというものはそういうものなのだろうか。確かに、イレーネがまた危ない目に遭いそうだったら、咄嗟にどうにか助けようと思うかもしれない。
ただ、自分はいつもイレーネの傍にいるわけではないのだ。イレーネ自身が色々と気をつけて、危ないことを避けなければいけない。
「これイレーネよ、よいか、父や母に心配をかけてはいかんのじゃ。ゆえに普段から気をつけて、危ないことに首を突っ込んだりしてはいかんのじゃ」
「えー?」
イレーネは首を捻っている。どうやら通じなかったようだ。まったく、子どもというのは困ったものだ。
そんなことを考えていると、エッケルが苦笑した。
「ソフィちゃんもあんまり危ないことしちゃダメだよ。アデルが心配するし」
「妾は問題ないのじゃ。アデルが心配性過ぎて逆にアデルのことが心配になるくらいなのじゃ」
「ははは、確かにアデルは変なところで心配性だからなぁ」
エッケルが笑い、ランタンが揺れた。道に深く圧し掛かる闇はランタンの光に少しだけ道を譲り、わずかな視界をもたらしてくれている。
イレーネはきょろきょろとあちこちを見ている。どうやらお化けを探しているようだ。
そんなイレーネにエッケルは溜め息を吐いた。
「はぁ、どうしてこう好奇心旺盛なのかな。魔女とか小人とかお化けとか言われたら普通は怖がると思うんだけど」
「うむ、しかも小人など人を煮込んで食べてしまうくらいじゃからのう」
「そうそう、えーとなんだっけ、掃除を手伝ってくれてた小人をアテにして、あれを掃除しとけとか命令したら、小人が怒って」
「その後で小人が家の中を家畜の糞まみれにした挙句、屋敷の主人を殺してスープの具にしてしまったのじゃ」
「あれ、そうだっけ。屋敷の主人だったかな。お手伝いさんじゃなかった?」
エッケルは視線をわずかに上へと向けた。どうやら記憶を辿っているようだ。
辿った先に正解は見当たらないようだ。おそらく、その話に関してはエッケルより自分のほうが確かに覚えているはず。
「その話は村長の本に書いてあったのじゃ。子どものための民話という本の35頁目の4行目に屋敷の主人を小人が殺したと書いてある」
「え?」
「ちょうど右側に挿絵があって、その下のあたりに書いてあるのじゃ」
「えーと……、そ、そうなの?」
「うむ、以前読んだことがある」
「えっと、読んだことがあって、それでページとか、書いてある場所を覚えてるの?」
「うむ」
「うむって……」
エッケルは目を細めてしまった。何かおかしなことを言っただろうか。
お喋りをしながら歩いていたが、もう家が見えてきた。これ以上送ってもらうのも気が引けたので、ソフィは道の途中で二人を分かれた。
「それじゃソフィちゃん、アデルによろしく伝えておいてくれ」
「わかったのじゃ、よろしくと伝えておくのじゃ」
「いや、そういう意味じゃないけど……、まぁいいや。それじゃおやすみ、ほらイレーネも」
「おねーちゃんおやすみ!」
「うむ、イレーネもおやすみなのじゃ。おねしょなどしてはいかんぞ」
「うん!」
本当にわかっているのだろうか。
ソフィは家に入らず、しばらくの間去ってゆく二人を見送った。仲良く手を繋ぎながら、二人は家へと向かっている。
父と娘の仲睦まじい光景は何故か懐かしいものに見えた。
ランタンの光が遠ざかってゆく。二人の姿が遠くなるまで、ソフィはその場に留まった。
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