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第二部 第三章
歌唱訓練
しおりを挟むエルナとカールはタブラに興じていたが、それも終わったらい。タブラは一局が長くなりがちだが、二人の対戦はそれほど時間をかけずに終わった。
カールはエルナに勝とうという気は無かったようで、たどたどしいエルナに指導さえしていた。その結果、エルナが勝利を収めた。
もちろんカールが手加減して勝たせてやっただけなのだが、エルナはそれでも嬉しそうに顔をほころばせていた。カールもエルナの勝利を祝って拍手をしていた。
次に何かしようかという空気になった時、エルナがギターに目を留めた。アデルが借りているものだ。やはり楽器をやっているから、楽器があると気になるのだろう。
エルナがギターに触りたそうにしていたので、勝手に許可してやった。
どうやらエルナはギターに触るのは初めてらしい。
それならどうせちょっと音を鳴らすだけで終わるだろうと思った。
しかしエルナはいとも簡単に旋律を奏でていく。
「な、何故弾けるのじゃ……」
衝撃を受けた。エルナはギターを弾くのは初めてだと言ったが、それは嘘だったのかもしれない。
エルナは少し怪訝そうに眉の間に皺を作った。
「いえ、弾けるというほどでもありませんわ」
「しかし何やら旋律を奏でておったではないか」
「別にそれくらいのことは全然難しくありませんわ」
椅子に座り、エルナはポロロンとギターを鳴らしている。不思議なことに、エルナが鳴らすとちゃんと曲の旋律が生まれてくるのだ。
「やはり初めてというのは嘘なのであろう」
「いえ、初めてですわ。とはいえ、ギターを弾いている人を見たことはありますから、大体はわかりますわ。弦が四度違いで張られてるのさえわかれば後は……、それにフィルギナルで音感は鍛えてますから」
エルナがなんでもないことのように言う。これにはカールも感心したらしく明るい顔でエルナを褒め称えた。
「すごいなぁエルナちゃん」
「そ、それほどでは」
想い人に褒められてエルナはくすぐったそうに体をよじった。エルナが評価されるのは良いことだが、それより気になることがあった。
「何故楽器が違うのに音がわかるのじゃ」
「なぜって……、楽器が違っても同じ音の高さは出せますわ」
「何故じゃ? 楽器が違うのであれば音も違うではないか」
「え……?」
エルナは理解できないといった様子で小首をかしげている。
「フィルギナルとギターは違う楽器なのじゃ。違う音が出ておるではないか」
「それは、そうですけど、それは音色であって、え……?」
エルナは本当に理解できないとばかりに目を細めた。
それから思案するように目を伏せて、机の脚のあたりをじっと見つめたまま指を顎先に当てた。
「その……、ソフィさん。音が違っても、同じ高さの音は出せますわ。わたしとソフィさんは違う声の持ち主ですけど、それでもちゃんと同じ高さの音は出せますもの」
「なんと! それは驚きなのじゃ!」
「それに驚くほうが驚きですわ。なんとなくわかりました。どうしてソフィさんがあんなに歌が下手なのか」
「歌が下手とはなんじゃ。少し苦手なだけなのじゃ」
「でももう安心ですわ。それがわかれば少し練習すればすぐ上手くなりますわ」
「なぬ?! そうなのか!」
「ええ、幸い、わたしとソフィさんなら音域も変わりませんし、女同士で声も重なりやすいですから、わたしと同じ声の高さを出せばきっと声がキレイに重なって、ちゃんとした音が出せているかどうかわかるはずです」
「ほう、何やら理屈は理解できんが、さすがエルナ、音楽の女神に愛された女なのじゃ」
「それは大袈裟すぎますわ」
こんなことをする予定ではなかったが、エルナによる歌唱指導が始まった。エルナがギターをポーンと鳴らし、その高さの声を出した。
「あ~~~~、はい、こんな感じですわ」
「あーーーーー、うむ、こんな感じなのじゃ」
「ぜ、全然違いますわ! なんでそんなに喉に力が入ってますの」
その後もエルナの言う通りにやっているはずなのだが、エルナはどれに対してもダメ出しをしてきた。
これはさすがにエルナがあまりに厳しいか、もしくはこちらがちゃんと声を出せているが、それを認めないだけではないかと思ってしまう。
そこでカールにたずねてみた。
「これカールよ、妾はしっかりとできておるであろう?」
「え……、えーと……」
「なんじゃはっきりと言わんか!」
「ええっ?!」
「ちょっとソフィさん、カールくんを困らせてはダメですわ。カールくんも、ソフィにさんに気を使って無理に褒める必要はありませんわ」
エルナがそうまくしたてる。どうやらエルナは段々と使命感が出てきたというか、熱が入ってきたようで、指導も段々と厳しくなってきた。
「もっとあくびをするように喉を広げれば、喉の力が抜けますわ」
「ふゎぁ……、んあ」
「んあ、はいりませんわ」
喉を縦に広げるだとか、軟口蓋を上げるだとか、何やら色々と指導が入るのだが、そのどれも今ひとつ分かりづらい。
そもそも、喉の奥など今まで操作したことがなかった。しかも見えもしない場所だ。果たして上手く動いているのかなどわかるはずもない。
「うーむ、難しいのじゃ」
「わたしも少しむずかしいことを言い過ぎたかもしれませんわ。と、ともかく、ソフィさんは普段は普通の声で喋っているのですから、歌を歌うからといって変に気合を入れずに、喋る延長のような感じで声を出せば良い感じになるはずですわ」
「なるほど」
そういえばシシィの歌い方はそんな感じだった気がする。リディアは普段の喋り声とは違って、歌のために声を作っていたが、シシィのほうはそうではなかった。
エルナの指示通りにやっているつもりなのだが、なかなか上手くいかない。
ギターを腿の上に乗せたエルナは、困ったように唇の下に指先を当てた。
「そ、そうですわね、きっと、ソフィさんには同じ音が出ている感覚というのがわからないんですわ。ここは逆に、ソフィさんが出している音にわたしが合わせてみて、音が重なる感覚を掴んでみるのがいいかもしれません」
「ふむふむ?」
「ではソフィさん、出しやすい高さであーっと声を長く出してみてください」
「あーーーーーー」
そうやって声を出すと、エルナは即座に同じ高さの音を出して音を重ねてきた。
「なんじゃと?! おいカールよ! 今のを聞いたか、エルナはとんでもない天才なのじゃ。妾が出した声とまったく同じ音を出したのじゃ。なんと恐ろしい。エルナは将来は音楽家になるかもしれんのじゃ」
「ソフィさん大袈裟ですわ、今くらい誰でもできますわ」
「おお、謙遜も度が過ぎると失礼なのじゃ。エルナよ、このようなことが出来るものは万人に一人に違いあるまい。少しは誇ってもよかろう」
「いや……、本当に、今のくらいは誰でもできますわ」
「そんなバカな、のうカールよ」
エルナの頑なな態度が信じられず、カールに話を振る。カールだって今のエルナの妙術を見れば、凡人にはできないことくらいわかるはずだ。
しかしカールは口ごもって視線を逸した。
「え、えっと、今のだったら、多分誰でもできるんじゃないかな……」
「なんじゃとーっ!! おのれカールめ、そうまで言うからにはおぬしもできるのであろうな」
「う、うん……」
「ほう、そこまで言うのであれば見せてもらうとするのじゃ」
ギラリとカールを睨みつけた。
その顔が恥で歪むまで責め続けてやろう。そう思ったのだが、カールはエルナと同じことをあっさりとやってのけた。
「な、なんということなのじゃ……。カールにもそんな音楽の才があったとは」
「えっと……。う、うん、どうなんだろう」
カールは不思議そうに首をひねった。
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