名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第二章

くちびる合わせ

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 魔法使いの杖に炎が灯る。その炎は人の背丈を大きく越え、アデルの眼前で熊の巨体ほどの大きさにまで膨らんだ。その炎がアデルに向かって倒れこむように襲い掛かる。
「うおおおっ?!」
 アデルは力を振り絞って横へと跳んだ。魔力が残り少ないと思い込んでいたので、まだこれほどの炎を出してくるとは思っていなかった。髪が焦げるような匂いを振り切り、アデルは魔法使いの横へと周りこむ。だが、そこに向かって魔法使いはすでに杖を向けていた。

 その杖の先に氷の矢が五本浮かんでいる。
「いかん!」
 その矢が一斉に放たれ、アデルの体へ向かう。足が千切れるような気がした。体を捻るのと同時に、体中を鋭い痛みが襲う。歯が欠けそうなほど強く食い縛り、アデルは矢を寸前のところで避ける。一本が肩の先を掠めた。
 まだ止まらない。上体を捻って無防備になったアデルの体へ魔法使いのナイフが迫る。転ぶしかない、そう判断してアデルは地面へと倒れこみ距離を取る。
 炎の球が床を這うアデルに撃ち出された。

「ぬおおおっ」

 必死で地面を転がり、その勢いのまま足をついて立ち上がる。まだ魔力は切れないのか?
 一体どうなっているのかさっぱりわからない。これだけの魔力が残っているのなら、取引など持ち掛けずにさっさと戦闘でこちらをねじ伏せればよかったはず。
 これで終わりだと信じたい。

 甘い予想は再び氷の矢によって貫かれて霧散する。立ち上がったアデルは飛んで来る氷の矢を避けるために走った。このままではまずい、避け続けるのにも限度がある。
 さらにあの魔法使いは戦闘においても決して劣っているわけではない。これ以上負傷すれば、あの魔法使いの動きに対処できなくなる。そうなれば後は嬲り殺しだ。

 氷の矢を避けることに成功し、アデルはようやく一息ついた。魔法使いも若干の疲れがあるのか、肩で息をしている。

「可憐な魔法使いシシィよ! こんな戦いはもうやめてしまえ! おぬしの戦う理由はもう失われたであろう! わしはおぬしに惚れた、その可憐さを独り占めしたい! もう戦いなどやめて二人で共に眠ろうではないか!」

 返答は無かった。魔法使いがアデルに向かって駆ける。距離を詰められて、アデルは腰を落とした。
 魔力が尽きたのかどうか、判断がつかない。格闘でも、魔法でも、向こうにはこちらを仕留める手段があるのに対して、こちらの攻撃は防御魔法によって弾かれる。もしも魔力が尽きたのであれば、防御魔法は使えなくなるだろう。
 それを見越して、攻撃魔法を過度に使うことを躊躇うはずだ。
 こうやって距離を詰めてきたのがその証拠だろうと思えた。

「ええい! 何度も言うように、わしはもはやおぬしの敵ではない。わしはおぬしの体に触れたい、抱きしめたい、愛しておるぞ!」
「うるさい!」

 怒鳴られた。どうやら怒り心頭の様子だ。魔法使いは怒りに歯を食い縛り、アデルの顔を睨んでいる。
 アデルは覚悟を決めた。上手くいくのかどうかはわからない。すでに布石は十分すぎるほどに打っておいた。

 こうやって対峙しながら、何故自分がこうやって口説くような事を言い続けたのか、惚れたなどと告げ続けたのか、この魔法使いはきっと理解していないだろう。

 魔法使いがナイフを振るおうとしていた。まっすぐ自分の喉へと向かう。
 その攻撃は一度見た。アデルは体を捻りながら、一歩魔法使いへと近づく。あの勇者の剣を避けた自分にとって、この程度なら難しいことではない。
 これだけ近づかれても、魔法使いは自分の防御魔法を過信して何も対応をしないだろうということも予想できた。

「魔法使いシシィよ、心から愛しておるぞ」

 アデルはそう言ってさらに一歩魔法使いに近づいた。優しく手を伸ばし、魔法使いの頬に触れる。魔法使いの表情が驚愕に染まった。さらに半歩、魔法使いの顔に自分の顔を近づける。アデルはその小さな唇に、自分の唇を強く重ね合わせた。






 魔法使いの唇は柔らかかった。こんな戦いの最中でなければ、いつまでも貪っていたいと思える。だが、今はそんなことをしている場合ではない。
 アデルは魔法使いの足に自分の足を絡ませた。ナイフを振るうために伸びきった魔法使いの右肘を左手で掴み、一気に後ろへ引く、同時にその足を払った。いくら強かろうとも、体重は軽い。自分が力づくで投げ飛ばせばその体は簡単に宙を舞う。

 魔法使いの体が地面に叩きつけられる瞬間に、アデルはその左腕を捻った。左手首を内側に折り曲げる。こうされれば、どんな人間でも握力を保つことが出来ない。地面に倒れこんだ拍子に、魔法使いがその手から杖を取り落とした。
 地面に倒れこんだ魔法使いの体に圧し掛かり、アデルは魔法使いの右手からナイフを奪う。そのナイフを遠くに向かって放り投げた。

「大人しくしろ」

 魔法使いの右腕を取って、アデルが関節を極める。この魔法使いの腕には相当な負担がかかっているはずだ。それでもなお魔法使いはもがきながら、この窮地を脱しようと試みている。
「いいから大人しくしていろ、おぬしの負けじゃ」
 アデルは魔法使いの背に軽く体重をかけながら強い口調で言った。魔法使いはこちらの指示に従う気はないようで、もがき続ける。さらに強く押さえ込むことも出来たが、アデルは魔法使いの関節が痛まないように力を加減しながら押さえ続ける。

「大人しくしろと言うておるじゃろ、腕が壊れるぞ!」
「くっ……」

 それでもなお魔法使いはアデルの体の下から抜け出そうと必死になっていた。このままでは本当に腕の関節が壊れかねない。

「おぬしの負けじゃ! いいから、ここは大人しくしろ!」

 そう言われても、この魔法使いにとっては死が訪れるかどうかの瀬戸際なのは間違いない。ここで自分の腕を惜しんでしまえば、命が失われると考えているのだろう。
 こういう相手には命令よりも、理詰めで説いたほうがいい。

「殺しはせん、とにかく、おぬしには聞きたいことが色々あるでな。わかるであろう、前に言ったように、わしはこれからも自分たちの安全を確保したい。この場でおぬしを殺したとしても、他の誰かがやってきては困る。おぬしたちの背後について尋ね、その危険があるかどうかを判断せねばならん」
「……くっ」
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