名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

文字の大きさ
96 / 586
第二部 第二章

帰宅

しおりを挟む

 森では未だに炎が熾っているようだった。夜空を赤く染める火を避けるようにアデルは道を選んで進む。煙に巻かれてもいけないので、炎から大きく離れた場所を進まざるを得ない。
 この調子では、家に着く頃にはもう夜明けのほうが近くなるのではないかとさえ思えた。体に溜まる疲労が眠気を催し、頭がぼんやりとしてくる。
 魔法使いの手首を縛った縄から、さらに少し縄を伸ばしてある。魔法使いを先に歩かせて、アデルは後ろから少しの距離を保って魔法使いを歩かせた。手に持った縄は自分の手にぐるぐると巻きつけて、簡単に離せないようにしてある。魔法使いはこの窮地から逃れる方法を練っているのだろうか、それともこれから訪れるかもしれない事を想像して恐れているのだろうか、アデルにはわからなかった。
 何歳なのかはわからないが、二十歳には達していないだろう。そんな少女が、この状況でも落ち着いていられるというのは驚きだった。この状況から脱する方法があるとは思えないが、わずかに不安はある。

 ソフィは杖の先に小さな炎を灯して、魔法使いの前を歩いていた。魔法使いが何か妙な行動を起こした場合は危険が及ぶかもしれないが、明かり無しで夜道を進むこともできない。これ以外に方法は思いつかなかった。
 夜の森を一時間ほど進んで、ようやく森から抜け出ることが出来た。これで少しは楽になる。

 夜空に浮かんでいた月も、やがて地に引かれて傾き始めていた。

「ソフィ、一旦休憩しよう。わしもさすがに疲れた。この魔法使いも、歩幅が取れずチョコチョコ歩いて疲れたであろうしな」
「……わかったのじゃ」
 少し言葉に不満の色合いが混じっていたような気がしたが、アデルは追求しようとは思わなかった。


 座る場所もないので、地面に直接座るしかない。アデルは魔法使いに座らせて、その後ろで腰を下ろした。

「さすがに疲れた……。シシィさんもお疲れじゃろうが、もう少し我慢してもらうぞ」
「アデルよ、そんな小娘のことなど心配する必要はないのじゃ」
 ソフィがむっとした様子でそう言う。少し離れたところで座り、足を伸ばしてぶらぶらと揺らしていた。

「これソフィ、そう邪険にするでない」
「邪険もなにも、妾たちはこの小娘に殺されるところであったのじゃぞ、おぬしのほうこそ何故そのようにこの小娘のことを気遣っておるのじゃ」
「ま、そういきりたつなソフィ。優しさを忘れてはいかんぞ」
「……まぁよい、妾はアデルに任せる。妾は、アデルを頼りにするしかないのじゃからな」
 納得はしていないようだった。
 宥めるようにアデルはゆっくりとソフィに話しかける。

「ソフィが言いたいこともわかる。わしだって大怪我したし、死にかけた。緑色の魔物など、消えてしまったしのう」
「……そうじゃ、奴は妾たちの為に必死になって戦ってくれたのじゃ。妾は、また礼を言うことも出来んかった」
「奴は死んだのか? わしは魔物とかそういうことには詳しくなくてのう」
「妾にもわからん。そもそも、妾はあの魔物が喋れるということすら今日まで知らんかったのじゃ」
「そうか……」

 命がけで戦ってくれた。死ぬのではなく消えると言っていたが、本当のところはどうなのかわからない。
 ソフィは俯いて、地面に生えている草を指先でいじっていた。
「妾も知らんことばかりじゃのう。魔王が死者を蘇らせるなどという話があるのも知らんかった、アデルは知っておったのじゃろう?」
「なに、アテにならん伝説のひとつのようなものじゃろ。鉄の雨を降らせただの、洪水を起こしただの、魔王ともなれば色々と妙な尾ひれ背びれがついて回るみたいじゃな」
「……アデルは、妾を引き取ったわけではないか。それでじゃな、もし妾が死人を生き返らせることが出来たとしたら、アデルは妹を生き返らせて欲しいと妾に頼んだりはせんのか? 妾は、アデルが本気であったなら、おそらく、大抵のことは、してやりたいと思っておるのじゃ」

 暗闇の中を手探りで歩くかのような喋り方だった。

「難しい質問じゃな。まぁ、わからん。そんな恥知らずな真似はせん、などとこの魔法使いを動揺させるために格好つけて言ってはみたが、生憎わしは聖人でもなければ立派な人物でもないでの。命というものを人間がどうこうするというのはおこがましいと、頭では思っているが、頭でどうこう出来ないものを持つのが人間というものでもある」
「なんともはっきりせん答えなのじゃ」
「うむ、わしもまた未熟でのう。ソフィの前で格好付けたいと思っておるのじゃが」
「心配するでない、アデルはほとんどの場合は格好良いのじゃ」
「その男前の顔を治してくれたわけじゃから、ソフィには感謝じゃのう」
「別に顔のことを言っておるわけではないのじゃ」

 ソフィが視線を逸らして唇を尖らせた。








 家に辿り着いた時にはもう一歩も動きたくないほどに疲れきっていた。あの戦いから帰ってくることが出来て多少の喜びも湧いてきたが、それよりも疲れのほうが勝っていた。休憩の後はもう一言も喋ることなく黙々と歩き続けていたため、気分も沈んでいる。
 これで終わりではない。まだ色々とやらなければいけないことがある。

「さて、シシィさんよ、わしは少し着替えをしたいのでな。ちょっとここら辺にくくりつけておく。しばし待っておれ」
 家の外にある井戸の柱に、縄をくくりつけておく。
「ソフィ、悪いがこの魔法使いから少し離れたところに立って、杖を向けておいてくれ」
「焼くのがよいか、ずたずたに切り裂くのが良いか迷うのう」
「これ、この魔法使いが大人しくしておるなら何もせんでよい。シシィさんもわかったな、大人しくしておるんじゃぞ。あと、ソフィに話しかけるでないぞ」

 魔法使いは返事を寄越さなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。

みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。 勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。  辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。  だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

田舎おじさんのダンジョン民宿へようこそ!〜元社畜の俺は、民宿と配信で全国初のダンジョン観光地化を目指します!〜

咲月ねむと
ファンタジー
東京での社畜生活に心身ともに疲れ果てた主人公・田中雄介(38歳)が、故郷の北海道、留咲萌町に帰郷。両親が遺したダンジョン付きの古民家を改装し、「ダンジョン民宿」として開業。偶然訪れた人気配信者との出会いをきっかけに、最初の客を迎え、民宿経営の第一歩を踏み出す。 笑えて、心温かくなるダンジョン物語。 ※この小説はフィクションです。 実在の人物、団体などとは関係ありません。 日本を舞台に繰り広げますが、架空の地名、建造物が物語には登場します。

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...