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第二部 第二章
帰宅
しおりを挟む森では未だに炎が熾っているようだった。夜空を赤く染める火を避けるようにアデルは道を選んで進む。煙に巻かれてもいけないので、炎から大きく離れた場所を進まざるを得ない。
この調子では、家に着く頃にはもう夜明けのほうが近くなるのではないかとさえ思えた。体に溜まる疲労が眠気を催し、頭がぼんやりとしてくる。
魔法使いの手首を縛った縄から、さらに少し縄を伸ばしてある。魔法使いを先に歩かせて、アデルは後ろから少しの距離を保って魔法使いを歩かせた。手に持った縄は自分の手にぐるぐると巻きつけて、簡単に離せないようにしてある。魔法使いはこの窮地から逃れる方法を練っているのだろうか、それともこれから訪れるかもしれない事を想像して恐れているのだろうか、アデルにはわからなかった。
何歳なのかはわからないが、二十歳には達していないだろう。そんな少女が、この状況でも落ち着いていられるというのは驚きだった。この状況から脱する方法があるとは思えないが、わずかに不安はある。
ソフィは杖の先に小さな炎を灯して、魔法使いの前を歩いていた。魔法使いが何か妙な行動を起こした場合は危険が及ぶかもしれないが、明かり無しで夜道を進むこともできない。これ以外に方法は思いつかなかった。
夜の森を一時間ほど進んで、ようやく森から抜け出ることが出来た。これで少しは楽になる。
夜空に浮かんでいた月も、やがて地に引かれて傾き始めていた。
「ソフィ、一旦休憩しよう。わしもさすがに疲れた。この魔法使いも、歩幅が取れずチョコチョコ歩いて疲れたであろうしな」
「……わかったのじゃ」
少し言葉に不満の色合いが混じっていたような気がしたが、アデルは追求しようとは思わなかった。
座る場所もないので、地面に直接座るしかない。アデルは魔法使いに座らせて、その後ろで腰を下ろした。
「さすがに疲れた……。シシィさんもお疲れじゃろうが、もう少し我慢してもらうぞ」
「アデルよ、そんな小娘のことなど心配する必要はないのじゃ」
ソフィがむっとした様子でそう言う。少し離れたところで座り、足を伸ばしてぶらぶらと揺らしていた。
「これソフィ、そう邪険にするでない」
「邪険もなにも、妾たちはこの小娘に殺されるところであったのじゃぞ、おぬしのほうこそ何故そのようにこの小娘のことを気遣っておるのじゃ」
「ま、そういきりたつなソフィ。優しさを忘れてはいかんぞ」
「……まぁよい、妾はアデルに任せる。妾は、アデルを頼りにするしかないのじゃからな」
納得はしていないようだった。
宥めるようにアデルはゆっくりとソフィに話しかける。
「ソフィが言いたいこともわかる。わしだって大怪我したし、死にかけた。緑色の魔物など、消えてしまったしのう」
「……そうじゃ、奴は妾たちの為に必死になって戦ってくれたのじゃ。妾は、また礼を言うことも出来んかった」
「奴は死んだのか? わしは魔物とかそういうことには詳しくなくてのう」
「妾にもわからん。そもそも、妾はあの魔物が喋れるということすら今日まで知らんかったのじゃ」
「そうか……」
命がけで戦ってくれた。死ぬのではなく消えると言っていたが、本当のところはどうなのかわからない。
ソフィは俯いて、地面に生えている草を指先でいじっていた。
「妾も知らんことばかりじゃのう。魔王が死者を蘇らせるなどという話があるのも知らんかった、アデルは知っておったのじゃろう?」
「なに、アテにならん伝説のひとつのようなものじゃろ。鉄の雨を降らせただの、洪水を起こしただの、魔王ともなれば色々と妙な尾ひれ背びれがついて回るみたいじゃな」
「……アデルは、妾を引き取ったわけではないか。それでじゃな、もし妾が死人を生き返らせることが出来たとしたら、アデルは妹を生き返らせて欲しいと妾に頼んだりはせんのか? 妾は、アデルが本気であったなら、おそらく、大抵のことは、してやりたいと思っておるのじゃ」
暗闇の中を手探りで歩くかのような喋り方だった。
「難しい質問じゃな。まぁ、わからん。そんな恥知らずな真似はせん、などとこの魔法使いを動揺させるために格好つけて言ってはみたが、生憎わしは聖人でもなければ立派な人物でもないでの。命というものを人間がどうこうするというのはおこがましいと、頭では思っているが、頭でどうこう出来ないものを持つのが人間というものでもある」
「なんともはっきりせん答えなのじゃ」
「うむ、わしもまた未熟でのう。ソフィの前で格好付けたいと思っておるのじゃが」
「心配するでない、アデルはほとんどの場合は格好良いのじゃ」
「その男前の顔を治してくれたわけじゃから、ソフィには感謝じゃのう」
「別に顔のことを言っておるわけではないのじゃ」
ソフィが視線を逸らして唇を尖らせた。
家に辿り着いた時にはもう一歩も動きたくないほどに疲れきっていた。あの戦いから帰ってくることが出来て多少の喜びも湧いてきたが、それよりも疲れのほうが勝っていた。休憩の後はもう一言も喋ることなく黙々と歩き続けていたため、気分も沈んでいる。
これで終わりではない。まだ色々とやらなければいけないことがある。
「さて、シシィさんよ、わしは少し着替えをしたいのでな。ちょっとここら辺にくくりつけておく。しばし待っておれ」
家の外にある井戸の柱に、縄をくくりつけておく。
「ソフィ、悪いがこの魔法使いから少し離れたところに立って、杖を向けておいてくれ」
「焼くのがよいか、ずたずたに切り裂くのが良いか迷うのう」
「これ、この魔法使いが大人しくしておるなら何もせんでよい。シシィさんもわかったな、大人しくしておるんじゃぞ。あと、ソフィに話しかけるでないぞ」
魔法使いは返事を寄越さなかった。
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