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第二部 第三章
シシィ、捕まる
しおりを挟む外からシシィの気配がしたと言って、リディアは外に駆け出してしまった。
家の中で三人が会話している時に、外で大きな音がした。リディアはその音を立てたのはシシィだろうと当たりをつけ、シシィは誤魔化すためか猫の鳴き真似などをした。
その鳴き真似を思い出して、アデルは嘆息した。
「下手にも程があるじゃろう……」
いくらなんでも、にゃーん、はない。あの娘が一体どんな顔でそんな鳴き真似をしたのかは非常に気になってしまうが、おそらく自分の前では恥ずかしがってやってくれないだろう。
アデルは家の扉を開けて外の様子を伺った。薄い雲は未だに流されることなく村の上を覆っている。湿り気のある風が首筋を舐めて流れていった。
一体どうなったのだろうと視線をあちこちに移していると、ドーンと突然大きな音がした。
「なんじゃあ?!」
思わず音のしたほうへと視線を移すと、道のどこかから黒煙が上がっているのが見えた。その音は断続的に何度も響いて、地面から振動が伝わってくるほどだった。あんな炎が上がる原因はシシィの魔法以外に考えられないだろう。
リディアに追いかけられて捕まりそうになったから、リディアに対して魔法を使ったのだ。
「なんということを……」
いくらなんでも、悪いことをしたわけではないリディアに魔法を使うのは間違っている。しかも何気に強力な類のもののように思えた。
ソフィも音が気になったのか、アデルの腕の下から顔を出して外を見た。脇の下でソフィが言う。
「なんなのじゃ一体。シシィはなにゆえに外で盗み聞きなどしておったのじゃ」
「別に盗み聞きをしていたと決まったわけではなかろう」
「しかし、リディアが気づかんほどに気配を消しておったのじゃろう? なんぞ体を拭いておるとかならリディアは気づいたはずじゃ」
「う、うーむ」
確かにソフィの言っていることは筋が通っているように思えた。しかし、あの可憐な娘さんが何故家の裏で自分たちの会話を盗み聞きしていたのかはわからない。
堂々と入ってこればいいだけだ。リディアが怒っているのに気づいて、入るのが躊躇われたのだろうか。シシィがリディアに対してそこまで気を遣うようには思えないが、シシィという人間についてはなんとも理解しがたいことが多くてアデルは自信が持てなかった。
断続的に上がっていた魔法による爆発音も止んだ。どうなったのだろうと気になってしまう。リディアは剣など持っていなかったし、その状態であの優れた魔法使いを相手にするのはさすがに無理があるのではないかと思えた。
今から追いかけてもあの二人には追いつけないだろうし、二人が戻ってくるのを待つしかない。
ソフィは自分の脇の下から抜け出て家に入り、テーブルの上に置いてあった本をパラパラとめくっていた。どうやらソフィも多少は気になるらしい。
ちょうど真っ二つになったので、上下をくっつければ最初の方のページであれば読むのにそれほど苦労はしない。ソフィが字を追いながら何事か唸っている。
「アデルよ、しかしなんでまたこんな本を買ったのじゃ」
「いや、勇者さまについてちょっと知りたいと思ってな。折角知り合いになったわけじゃし、相手のことを知るのも重要かと」
「ふーむ、何やら有名らしいからのう。あのリディアが崇められているというのはなんとも奇妙な感じじゃ」
「あれだけ強ければそりゃ崇められるのではないか」
「そうかもしれん。しかし、妾は別にそんなことはどうでもよい。アデルも気にするべきではないのじゃ」
「そういうもんかのう」
「さて、それよりもじゃ、アデルよ、ひとつ聞きたい」
本を置いたソフィがこちらを見る。じとっとした目つきで睨みながらソフィが言った。
「リディアに好きと言ったのか? のうアデルよ、それは浮気ではないのか」
「こらこら、何を邪推しておるんじゃ。わしは戦いばかりしているリディアより、のんびりしているリディアのほうが好ましいと言っただけじゃ」
「あやしいのじゃ」
「あのなソフィ、わしのような田舎者があの有名な勇者さまに相手にされるわけがなかろう。そんなことまったく期待しておらんし、それにリディアもシシィも色々とやることがあるじゃろうから、いずれ去ってゆく」
そう言ってみたが、ソフィはまだ不満気にこちらを睨んでくる。どうやら納得がいかなかったようだ。
もっと何か言うべきかと迷っていると、家の外で足音がした。どうやら二人が帰ってきたらしい。
「やんちゃな子猫を捕まえたわ」
扉を開けるなり、リディアは不機嫌そうな声でそう言った。右手でシシィのうなじの辺りを掴んでいる。左手にはシシィの杖を持っていた。
捕まったシシィはというと、唇を尖らせて視線を逸らしている。まるで機嫌の悪い猫のようで下手に手を出したくはないが、一応言っておかないといけないだろう。
「あー、シシィよ、村の中でなんぞ爆発するような魔法を使うのはやめてくれんか。っていうかリディアは仲間じゃろう、攻撃してはいかんぞ」
「……」
優しい声で言ったつもりだったが、シシィは膨れっ面のままで返事をしてくれない。怒っているのは確かだろうが、その理由についてはどうも見当がつかなかった。盗み聞きしていた理由は問い質さないほうがいいのかもしれない、そうアデルが考えていると、リディアが直接尋ねた。
「あんたなんで盗み聞きなんかしてたのよ、馬鹿じゃないの」
「……」
尋ねられたシシィはなおも沈黙を保ち、視線を横に向けたままだった。付き合いの長いリディアにもわからないのだから、自分にわかるはずもない。
とにかく、これ以上話をややこしいものにする必要はないはずだ。アデルは腕を組み、リディアに向かって言った。
「リディアよ、とりあえず離してやったらどうじゃ。もうよかろう」
「別にいいけど、何よ、あんたなんでそんなにシシィに甘いのよ」
「いやシシィがどうとかではなく、誰が相手でも同じことを言うぞ」
リディアは納得していないのか機嫌悪そうに目を細めていた。それでも一応はシシィのうなじの辺りを掴んでいた手を離し、杖を壁に立て掛ける。
シシィが一歩前に進み、家の中に入る形になった。なんとなく気まずい雰囲気が漂い、アデルは腕組みしたまま視線を上に向ける。シシィがどうして機嫌悪そうにしているのかはわからないが、とにかくこれはちょうど良い機会だと思えた。
アデルは机の上に置かれた本を手に取って、その表紙がシシィに見えるように示す。
「ほれシシィ、さっきは誤解しておったようじゃが、わしはいやらしい本など読んでおらんぞ」
「それで?」
物凄く冷たい目で見られて、アデルは一瞬言葉を失った。
「あ……、いやつまり、わしは別にいやらしい本を読んでいたわけではないというわけじゃな。それだけはわかってほしい」
「……どうでもいい」
「そ、そうか」
なんで自分に対してこんなに辛辣なのかさっぱりわからない。妙な誤解も解けて万々歳のはずだが、シシィはどうにも機嫌が悪いようだ。リディアに追いかけられた時に何かあったのだろうかと勘ぐってしまう。
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