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【番外編】
因果応報
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――――――――◆◇◆――――――――――
本編7話と8話で二人が夜会に初参加した時のアレクシス視点での話です。
アレクシスが全く紳士ではないです。(苦笑)
―――――――――――――――――――――
アレクシスは、非常に後悔していた。
つい、悪ノリしてしまった自分自身の浅はかな行動に……。
本日はオーガスト家で行われる夜会に初めてアイリスと一緒に参加する。
夜会の主役はオーガスト伯爵の息子で、ティアドロップ家の雨巫女セルネリアの婚約者でもあるリュカオスの誕生パーティー的な夜会だ。
今まで王妃教育を理由に夜会参加を免除とされている事になっていたアイリスにとっては、今回が夜会への初陣となる。
しかし、あえて初参加の夜会をアイリスと親しいフィーネリアの姉セルネリアの婚約者がメインの夜会にしたのは、アレクシスの優しさだ。
そして今回のアイリスの夜会用のドレスは、全てアレクシスが用意した。
その際、アイリスからは『あまり胸元の開いていないデザインのドレスで!』と要望が出ていたのだが……。ついイタズラ心が疼き、肩まで大きく開いた鎖骨がバッチリ見える首回りのデザインのドレスをあえて選んだ。
きっとこのドレスを着せられたアイリスは、要望にそぐわないこのデザインについてネチネチ不満を訴えてくるだろう。
その反応が見たかったアレクシスは、わざとこのデザインにしたのだが……。
実際にドレスを着たアイリスの姿を見て困惑した……。
小柄で身長が160センチもないアイリスだが、バストサイズは一般女性の平均と比べると、かなり豊かな方だ。それ故に胸元が開いているデザインのドレスを嫌がっていた様なのだが……。
あえてそのデザインのドレスを用意したアレクシスは、単純にその事で自分に文句を言ってくるアイリスの反応を楽しむ事しか考えていなかった。
しかし、そのイタズラ心のツケは、全て自分自身へと返って来てしまう。
正直、このドレスを着ているアイリスは、目のやり場に困る……。
それなのにこれから二時間以上もこの魅惑的な白い肌と、豊満なバストを目の前でチラつかせるアイリスを平常心で、ずっとエスコ―トしなければならない……。
ただでさえ嫌われている自分なのに夜会中、目線がアイリスの胸元ばかりに行ってしまえば、それこそ10年前の関係に逆戻りだ……。
こんな事なら大人しくアイリスの要望通りのドレスのデザインにしておけば良かった、と早くも後悔し始めている……。
対してアイリスなのだが、ひとしきりアレクシスに文句を言った後は、特に気にもせず普通にそのドレスを着る事に甘んじてくれている。
というより……完全にアレクシスにとって自身がそういう目で見られる事はないと、安心しきっている。
しかし実際は、アイリスと対面している時のアレクシスは冷や汗ものだ。
馬車で移動している最中のアイリスが、行儀良く膝上で両手を重ね合わせて座っているだけで、胸元に見事な程の美しい谷間を作り出す……。
会場に着いてからは、エスコート中にアイリスの顔を覗き込もうとしただけで、アレクシスの身長の高さでは、アイリスの胸元が丸見えだ……。
エスコートや不仲説の払拭の口実で、やっとアイリスに触れる事が出来るようになった事に純粋な気持ちで胸を高鳴らせていたアレクシスだが……。
これでは、不純な気持ちの方でも胸が高鳴ってしまいそうだ……。
そんなアレクシスは、この苦行から早くも逃れたいという思いに駆られていた。
すると、今回の夜会の主役であるリュカオスが、二人の許へ挨拶にやってくる。
「アレクシス殿下、ようこそお越しくださいました!」
「久しぶりだね、リュカ。叔父が祝いに来れなくて本当に申し訳ないね……」
「いえいえ。私と致しましては、こうしてお二人に来て頂いた事に感動しております。こちらが雨巫女アイリス様でございますね? お初にお目にかかります」
リュカオスがアイリスに挨拶すると、初参加の夜会にも関わらず、アイリスは落ち着いた様子で優雅に挨拶を返す。
アレクシスが、アイリスを高評価している部分に彼女のこの度胸の良さがある。
腹を決めた時のアイリスの堂々とした優雅な振る舞いは、男性の自分から見ても美しさと凛々しさを同時に感じさせる。
アイリスの凄い所は、彼女自身が内面に秘めている強さが、恵まれ過ぎた美しい容姿と上手く掛け合わさって、相乗効果を生み出しているところだ。
その為、彼女の美しい容姿は、同性の女性から見ても鼻に付く印象が少ない。
それどころか、同性すらも魅了してしまう程の美しさなのだ。
そんな挨拶を交わしていたら、リュカオスから助け舟の様な言葉が掛かる。
「アイリス様、よろしければ私の婚約者のセルネリアとお話をして頂けないでしょうか? 彼女はもう今朝から私の誕生会の準備をそっちのけで、あなたにお会い出来る事を楽しみにしておりましたので……」
するとアイリスが、完璧なまでの婚約者を立てる令嬢を演じ、アレクシスに了承を得るようにふわりと微笑んで来た。
普段からこの微笑みを演技抜きにして、もっと自分に向けてくれないものだろうか……と思わず願ってしまう様な甘い微笑みだ。
そのアイリスの微笑みに周囲の人間が息を呑む気配が感じられる。
「アイリス、行っておいで」
アレクシスの方も精一杯優しい笑みを浮かべてアイリスに許可を出すと、アイリスはリュカオスの婚約者である雨巫女セルネリアの許へと歩き出す。
すると会場の人間が、一斉にアイリスの動きに合わせて彼女を目で追った。
その光景にリュカオスが思わず呟く。
「噂には聞いておりましたが……アイリス様は大変お美しい方なのですね」
その言葉にアレクシスは、思わず苦笑してしまう。
「ありがとう。でもねリュカ、美しいバラには強烈な鋭い棘があるんだよ?」
そう言って、何度自分がその棘に刺されたかをアレクシスは改めて思い返す。
そんな話をしていると、王族である自分との交流を望む貴族達が、続々とアレクシスの周りに集まって来た。
「アレクシス殿下、お久しぶりでございます」
「やぁ、ノイスラート卿にレイモンズ卿。久しぶりだね。前回お会いしたのは……シモンズ伯爵主催の夜会だったかな?」
「はい。それにしても今回は驚きました! ご婚約者様をお連れになるのは、今回初めてでいらっしゃいますよね?」
「噂は兼ねてより伺っておりましたが、まさかあそこまでお美しいお方とは……存じ上げませんでした」
「彼女は非常に真面目な性格でね……。王妃教育をしっかり身に付けた後でないと、夜会には参加する資格などないと言い張って、今までそちらを優先していたんだ。だから、なかなか連れて来れなくてね……」
そう困った様な笑みを浮かべながら、アレクシスが流れる様に嘘を吐く。
「そんなご謙遜を! 先程からアイリス様の立ち振る舞いを拝見させて頂きましたが、誠に優雅で品位ある立ち振る舞いではありませんか」
「アレクシス殿下? もしやあまりにも素晴らし過ぎるご婚約者様を公の場にお連れする事を勿体ぶっておられたのでは、ございませんか?」
その問いかけにアレクシスが苦笑する。
「そういうつもりは無かったのだけれど……。とにかく彼女は完璧主義でね」
「でしたら、ダンスの方もさぞ素晴らしいのでしょうね……」
その言葉にアレクシスが一瞬だけ動きを止めた。
そういえば自分は、今まで一度もアイリスと踊った事がない。
ただ母の話では、アイリスのダンス技術は指導を担当した伯爵夫人が、大絶賛する程だとは聞いている。
「いや~、それは是非拝見させて頂きたいですな~」
いつの間にかアレクシスの周りには5人程の伯爵貴族が集まっていた。
その全員にアイリスのダンスを披露して欲しいとせがまれ、アレクシスの心もその魅惑的な提案に一瞬、揺らいだ。しかし……そのダンスを披露する事は、その後あまりアレクシスが望まない事態を発生させやすくする。
彼らがやたらと、自分とアイリスのダンスする姿を望むのは、その後に他の男達がアイリスへのダンスの申し込みをしやすくする流れを作りたいからだ。
婚約者であるアレクシスとのダンス後なら、その後は「社交辞令で……」という流れで、アイリスにダンスを申し込みやすくなる。
だが今日のアイリスのドレス姿を自分以外の男に見られたくはない。
その為には、ダンスを披露しない方がいいと判断したアレクシス。
しかし、ある一言によって、あっという間にその誘惑に負けてしまう。
「殿下とアイリス様が手に手を取り合って、仲睦まじく優雅に踊られる姿は、さぞ素晴らしい光景でしょうね……」
その一言でアレクシスの天秤は一気にアイリスと踊りたいという方に傾いた。
「流石にそこまで言われてしまっては出し惜しみする訳にはいかないな……。だが夜会初参加の彼女の意向もあるだろうし、一応確認はしてみるよ」
そう言ってセルネリアと姉妹達の所にいるアイリスの許へと向かう。
自分でもこんな見え見えの誘導に引っかかるのは癪なのだが……未だに一度もアイリスと踊った事のないアレクシスには、十分すぎる程の魅力的な提案だった。
「アイリス。盛り上がっているところ申し訳ないのだけれど……実は向こうの殿方達にどうしても君の踊っている姿が見たいと、せがまれてしまっていてね……」
アレクシスのその言葉に一瞬、アイリスが目を見開く。
しかしすぐににっこり微笑みながら、アレクシスが差し出した手を取った。
あまりにもアイリスが協力的なので、少し試してやろうとアレクシスはその取った手に口付けを落とす。
すると、アイリスの手から唇伝いに一瞬だけビクリとしたのが分かった。
その反応に内心思わず、にんまりとしてしまう。
そんな風に思われている事には気づかない様で、すぐにアイリスは完璧な微笑みを貼り付け、アレクシスにエスコートを促してきた。
それに応える様にアイリスをダンスの輪の中へとエスコートする。
二人が踊り出すと、会場全体のざわめきが一瞬だけ止んだ。
そして二人のダンスを見ようと、次々と踊っているカップルの数が減る。
そんな注目される中、アイリスは先程の手に口付けされた事を幸福そうな笑顔を張りつけながら、こみかみには器用に青筋を立ててアレクシスに抗議して来た。
「ねぇ、アレク。あの掌に口付けは、必要ない行為だと思うのだけれど」
「でもあの家の姉妹達は、フィーネ同様ロマンス小説が大好きだからね。ああいうシチュエーションを見せつけておけば、勝手に僕らの事を仲睦まじい二人って吹聴してくれるから、不仲説を覆すのには効率のいい方法だと思ったんだけど」
「だからって別に口付けしなくても言葉だけでいいでしょっ!!」
「アイリス~? 笑顔が崩れかけてるよ~? 僕ら今、物凄く注目されているのだから、ちゃーんと笑顔は維持してね?」
「分かってるわよっ!」
表情は幸福そうに、でも口調は忌々し気に吐き捨てたアイリスは、周りの人間に振りまく様にその微笑みを向けた。
その瞬間、アイリスの白く滑らかそうな美しい首筋が目に入る。
思わず噛みつきたくなる魅惑的なその首筋にアレクシスの目が釘付けになった。
その視線に気が付いたアイリスが、怪訝そうな表情を向けてきた。
「何よ?」
「いやね、このドレスのデザインにして大正解だったなと思って……」
まるで自分の口付けを誘うようなあまりにも魅惑的な白い滑らかそうな美しいアイリスの首筋に気を取られて、アレクシスは思わず本音を漏らしてしまう。
その瞬間、「しまった!」と後悔するももう遅い……。
しかしアイリスは、まだ自身にアレクシスがそういう目を向けている事に気付いてはいなかった。
だが、後ろめたい気持ちのあるアレクシスは違う。
普段では冷静に対処出来るはずの彼は、その時に限ってアイリスの首筋に邪な感情を抱いてしまった事を必死で隠そうと慌ててしまった。
「何を急に改まって……」
「この目線の高さで向き合った体勢だと……かなりの絶景なんだよねー」
思わず誤魔化そうとして出てきた言葉は、更に最悪なもので……。明らかにアイリスの胸元を凝視していた事を示唆する様な言葉を放ってしまう。
その瞬間、アイリスが思いっきりアレクシスの足を踏んづける。
その激痛にアレクシスは、一瞬息を呑んだ。
「まぁ! 申し訳ございません! わたくしダンスは少々苦手なもので……」
アレクシスにとっては、わざとらしいとしか言い様がない可憐で守りたくなる様な儚げな表情を作って、アイリスが大袈裟に謝罪する。
しかしアイリスが演技を続けている以上、自分がダンスを止めてしまう訳にはいかなくなったアレクシスは、足の激痛に耐えながら必死でダンスを続けた。
がだ、もしこれが靴の先端部分でなく、ヒール部分で足を踏まれていたらと思うとゾッとする。恐らくアレクシスは、その場でうずくまっていただろう……。
それでも激痛である事には変わらず、結局すぐに夜会会場を後にした二人。
帰りの馬車では、すっかりアイリスに警戒され、肩からショールを羽織られ、白い目を向けられ続ける始末……。
確かに邪な思いを抱いたのは事実だが……。
誤解を与えてしまった方の邪な思いは、抱かぬ様に堪えていたアレクシス。
この後、残りの参加予定だった夜会用のアイリスのドレスは、全て胸元が開きすぎないデザインのドレスに変更された。
そしてその後、アイリスには夜着以外は胸元が開いた首回りがオフショルダーデザインになっている衣服は、二度と用意されなくなったそうな……。
本編7話と8話で二人が夜会に初参加した時のアレクシス視点での話です。
アレクシスが全く紳士ではないです。(苦笑)
―――――――――――――――――――――
アレクシスは、非常に後悔していた。
つい、悪ノリしてしまった自分自身の浅はかな行動に……。
本日はオーガスト家で行われる夜会に初めてアイリスと一緒に参加する。
夜会の主役はオーガスト伯爵の息子で、ティアドロップ家の雨巫女セルネリアの婚約者でもあるリュカオスの誕生パーティー的な夜会だ。
今まで王妃教育を理由に夜会参加を免除とされている事になっていたアイリスにとっては、今回が夜会への初陣となる。
しかし、あえて初参加の夜会をアイリスと親しいフィーネリアの姉セルネリアの婚約者がメインの夜会にしたのは、アレクシスの優しさだ。
そして今回のアイリスの夜会用のドレスは、全てアレクシスが用意した。
その際、アイリスからは『あまり胸元の開いていないデザインのドレスで!』と要望が出ていたのだが……。ついイタズラ心が疼き、肩まで大きく開いた鎖骨がバッチリ見える首回りのデザインのドレスをあえて選んだ。
きっとこのドレスを着せられたアイリスは、要望にそぐわないこのデザインについてネチネチ不満を訴えてくるだろう。
その反応が見たかったアレクシスは、わざとこのデザインにしたのだが……。
実際にドレスを着たアイリスの姿を見て困惑した……。
小柄で身長が160センチもないアイリスだが、バストサイズは一般女性の平均と比べると、かなり豊かな方だ。それ故に胸元が開いているデザインのドレスを嫌がっていた様なのだが……。
あえてそのデザインのドレスを用意したアレクシスは、単純にその事で自分に文句を言ってくるアイリスの反応を楽しむ事しか考えていなかった。
しかし、そのイタズラ心のツケは、全て自分自身へと返って来てしまう。
正直、このドレスを着ているアイリスは、目のやり場に困る……。
それなのにこれから二時間以上もこの魅惑的な白い肌と、豊満なバストを目の前でチラつかせるアイリスを平常心で、ずっとエスコ―トしなければならない……。
ただでさえ嫌われている自分なのに夜会中、目線がアイリスの胸元ばかりに行ってしまえば、それこそ10年前の関係に逆戻りだ……。
こんな事なら大人しくアイリスの要望通りのドレスのデザインにしておけば良かった、と早くも後悔し始めている……。
対してアイリスなのだが、ひとしきりアレクシスに文句を言った後は、特に気にもせず普通にそのドレスを着る事に甘んじてくれている。
というより……完全にアレクシスにとって自身がそういう目で見られる事はないと、安心しきっている。
しかし実際は、アイリスと対面している時のアレクシスは冷や汗ものだ。
馬車で移動している最中のアイリスが、行儀良く膝上で両手を重ね合わせて座っているだけで、胸元に見事な程の美しい谷間を作り出す……。
会場に着いてからは、エスコート中にアイリスの顔を覗き込もうとしただけで、アレクシスの身長の高さでは、アイリスの胸元が丸見えだ……。
エスコートや不仲説の払拭の口実で、やっとアイリスに触れる事が出来るようになった事に純粋な気持ちで胸を高鳴らせていたアレクシスだが……。
これでは、不純な気持ちの方でも胸が高鳴ってしまいそうだ……。
そんなアレクシスは、この苦行から早くも逃れたいという思いに駆られていた。
すると、今回の夜会の主役であるリュカオスが、二人の許へ挨拶にやってくる。
「アレクシス殿下、ようこそお越しくださいました!」
「久しぶりだね、リュカ。叔父が祝いに来れなくて本当に申し訳ないね……」
「いえいえ。私と致しましては、こうしてお二人に来て頂いた事に感動しております。こちらが雨巫女アイリス様でございますね? お初にお目にかかります」
リュカオスがアイリスに挨拶すると、初参加の夜会にも関わらず、アイリスは落ち着いた様子で優雅に挨拶を返す。
アレクシスが、アイリスを高評価している部分に彼女のこの度胸の良さがある。
腹を決めた時のアイリスの堂々とした優雅な振る舞いは、男性の自分から見ても美しさと凛々しさを同時に感じさせる。
アイリスの凄い所は、彼女自身が内面に秘めている強さが、恵まれ過ぎた美しい容姿と上手く掛け合わさって、相乗効果を生み出しているところだ。
その為、彼女の美しい容姿は、同性の女性から見ても鼻に付く印象が少ない。
それどころか、同性すらも魅了してしまう程の美しさなのだ。
そんな挨拶を交わしていたら、リュカオスから助け舟の様な言葉が掛かる。
「アイリス様、よろしければ私の婚約者のセルネリアとお話をして頂けないでしょうか? 彼女はもう今朝から私の誕生会の準備をそっちのけで、あなたにお会い出来る事を楽しみにしておりましたので……」
するとアイリスが、完璧なまでの婚約者を立てる令嬢を演じ、アレクシスに了承を得るようにふわりと微笑んで来た。
普段からこの微笑みを演技抜きにして、もっと自分に向けてくれないものだろうか……と思わず願ってしまう様な甘い微笑みだ。
そのアイリスの微笑みに周囲の人間が息を呑む気配が感じられる。
「アイリス、行っておいで」
アレクシスの方も精一杯優しい笑みを浮かべてアイリスに許可を出すと、アイリスはリュカオスの婚約者である雨巫女セルネリアの許へと歩き出す。
すると会場の人間が、一斉にアイリスの動きに合わせて彼女を目で追った。
その光景にリュカオスが思わず呟く。
「噂には聞いておりましたが……アイリス様は大変お美しい方なのですね」
その言葉にアレクシスは、思わず苦笑してしまう。
「ありがとう。でもねリュカ、美しいバラには強烈な鋭い棘があるんだよ?」
そう言って、何度自分がその棘に刺されたかをアレクシスは改めて思い返す。
そんな話をしていると、王族である自分との交流を望む貴族達が、続々とアレクシスの周りに集まって来た。
「アレクシス殿下、お久しぶりでございます」
「やぁ、ノイスラート卿にレイモンズ卿。久しぶりだね。前回お会いしたのは……シモンズ伯爵主催の夜会だったかな?」
「はい。それにしても今回は驚きました! ご婚約者様をお連れになるのは、今回初めてでいらっしゃいますよね?」
「噂は兼ねてより伺っておりましたが、まさかあそこまでお美しいお方とは……存じ上げませんでした」
「彼女は非常に真面目な性格でね……。王妃教育をしっかり身に付けた後でないと、夜会には参加する資格などないと言い張って、今までそちらを優先していたんだ。だから、なかなか連れて来れなくてね……」
そう困った様な笑みを浮かべながら、アレクシスが流れる様に嘘を吐く。
「そんなご謙遜を! 先程からアイリス様の立ち振る舞いを拝見させて頂きましたが、誠に優雅で品位ある立ち振る舞いではありませんか」
「アレクシス殿下? もしやあまりにも素晴らし過ぎるご婚約者様を公の場にお連れする事を勿体ぶっておられたのでは、ございませんか?」
その問いかけにアレクシスが苦笑する。
「そういうつもりは無かったのだけれど……。とにかく彼女は完璧主義でね」
「でしたら、ダンスの方もさぞ素晴らしいのでしょうね……」
その言葉にアレクシスが一瞬だけ動きを止めた。
そういえば自分は、今まで一度もアイリスと踊った事がない。
ただ母の話では、アイリスのダンス技術は指導を担当した伯爵夫人が、大絶賛する程だとは聞いている。
「いや~、それは是非拝見させて頂きたいですな~」
いつの間にかアレクシスの周りには5人程の伯爵貴族が集まっていた。
その全員にアイリスのダンスを披露して欲しいとせがまれ、アレクシスの心もその魅惑的な提案に一瞬、揺らいだ。しかし……そのダンスを披露する事は、その後あまりアレクシスが望まない事態を発生させやすくする。
彼らがやたらと、自分とアイリスのダンスする姿を望むのは、その後に他の男達がアイリスへのダンスの申し込みをしやすくする流れを作りたいからだ。
婚約者であるアレクシスとのダンス後なら、その後は「社交辞令で……」という流れで、アイリスにダンスを申し込みやすくなる。
だが今日のアイリスのドレス姿を自分以外の男に見られたくはない。
その為には、ダンスを披露しない方がいいと判断したアレクシス。
しかし、ある一言によって、あっという間にその誘惑に負けてしまう。
「殿下とアイリス様が手に手を取り合って、仲睦まじく優雅に踊られる姿は、さぞ素晴らしい光景でしょうね……」
その一言でアレクシスの天秤は一気にアイリスと踊りたいという方に傾いた。
「流石にそこまで言われてしまっては出し惜しみする訳にはいかないな……。だが夜会初参加の彼女の意向もあるだろうし、一応確認はしてみるよ」
そう言ってセルネリアと姉妹達の所にいるアイリスの許へと向かう。
自分でもこんな見え見えの誘導に引っかかるのは癪なのだが……未だに一度もアイリスと踊った事のないアレクシスには、十分すぎる程の魅力的な提案だった。
「アイリス。盛り上がっているところ申し訳ないのだけれど……実は向こうの殿方達にどうしても君の踊っている姿が見たいと、せがまれてしまっていてね……」
アレクシスのその言葉に一瞬、アイリスが目を見開く。
しかしすぐににっこり微笑みながら、アレクシスが差し出した手を取った。
あまりにもアイリスが協力的なので、少し試してやろうとアレクシスはその取った手に口付けを落とす。
すると、アイリスの手から唇伝いに一瞬だけビクリとしたのが分かった。
その反応に内心思わず、にんまりとしてしまう。
そんな風に思われている事には気づかない様で、すぐにアイリスは完璧な微笑みを貼り付け、アレクシスにエスコートを促してきた。
それに応える様にアイリスをダンスの輪の中へとエスコートする。
二人が踊り出すと、会場全体のざわめきが一瞬だけ止んだ。
そして二人のダンスを見ようと、次々と踊っているカップルの数が減る。
そんな注目される中、アイリスは先程の手に口付けされた事を幸福そうな笑顔を張りつけながら、こみかみには器用に青筋を立ててアレクシスに抗議して来た。
「ねぇ、アレク。あの掌に口付けは、必要ない行為だと思うのだけれど」
「でもあの家の姉妹達は、フィーネ同様ロマンス小説が大好きだからね。ああいうシチュエーションを見せつけておけば、勝手に僕らの事を仲睦まじい二人って吹聴してくれるから、不仲説を覆すのには効率のいい方法だと思ったんだけど」
「だからって別に口付けしなくても言葉だけでいいでしょっ!!」
「アイリス~? 笑顔が崩れかけてるよ~? 僕ら今、物凄く注目されているのだから、ちゃーんと笑顔は維持してね?」
「分かってるわよっ!」
表情は幸福そうに、でも口調は忌々し気に吐き捨てたアイリスは、周りの人間に振りまく様にその微笑みを向けた。
その瞬間、アイリスの白く滑らかそうな美しい首筋が目に入る。
思わず噛みつきたくなる魅惑的なその首筋にアレクシスの目が釘付けになった。
その視線に気が付いたアイリスが、怪訝そうな表情を向けてきた。
「何よ?」
「いやね、このドレスのデザインにして大正解だったなと思って……」
まるで自分の口付けを誘うようなあまりにも魅惑的な白い滑らかそうな美しいアイリスの首筋に気を取られて、アレクシスは思わず本音を漏らしてしまう。
その瞬間、「しまった!」と後悔するももう遅い……。
しかしアイリスは、まだ自身にアレクシスがそういう目を向けている事に気付いてはいなかった。
だが、後ろめたい気持ちのあるアレクシスは違う。
普段では冷静に対処出来るはずの彼は、その時に限ってアイリスの首筋に邪な感情を抱いてしまった事を必死で隠そうと慌ててしまった。
「何を急に改まって……」
「この目線の高さで向き合った体勢だと……かなりの絶景なんだよねー」
思わず誤魔化そうとして出てきた言葉は、更に最悪なもので……。明らかにアイリスの胸元を凝視していた事を示唆する様な言葉を放ってしまう。
その瞬間、アイリスが思いっきりアレクシスの足を踏んづける。
その激痛にアレクシスは、一瞬息を呑んだ。
「まぁ! 申し訳ございません! わたくしダンスは少々苦手なもので……」
アレクシスにとっては、わざとらしいとしか言い様がない可憐で守りたくなる様な儚げな表情を作って、アイリスが大袈裟に謝罪する。
しかしアイリスが演技を続けている以上、自分がダンスを止めてしまう訳にはいかなくなったアレクシスは、足の激痛に耐えながら必死でダンスを続けた。
がだ、もしこれが靴の先端部分でなく、ヒール部分で足を踏まれていたらと思うとゾッとする。恐らくアレクシスは、その場でうずくまっていただろう……。
それでも激痛である事には変わらず、結局すぐに夜会会場を後にした二人。
帰りの馬車では、すっかりアイリスに警戒され、肩からショールを羽織られ、白い目を向けられ続ける始末……。
確かに邪な思いを抱いたのは事実だが……。
誤解を与えてしまった方の邪な思いは、抱かぬ様に堪えていたアレクシス。
この後、残りの参加予定だった夜会用のアイリスのドレスは、全て胸元が開きすぎないデザインのドレスに変更された。
そしてその後、アイリスには夜着以外は胸元が開いた首回りがオフショルダーデザインになっている衣服は、二度と用意されなくなったそうな……。
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エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
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