我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助

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【我が家の番犬】

44.我が家の番犬は守りを固められる

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 ルケルハイト公爵邸から戻ってから一週間が経った頃。
 アカデミーが夏季休暇に入った為、帰省していたロアルドと一緒に自宅でくつろいでいたフィリアナは、隣でまどろんでいたアルスが急に長椅子から降りたので、声を掛けた。

「アルスー、どこへ行くの? もしかしてお花摘み?」
「わふっ!」

 フィリアナの問い掛けに返答するように一声鳴いたアルスは、そのまま扉へと向かいだす。そんなアルスの後に続こうと、フィリアナも席を立ち上がる。
 すると、その様子を半ば呆れた表情で眺めていたロアルドが、盛大にため息をついた。

「フィー、お前はアルスが用を足す時にまで、後をついていくのか?」
「だって……もしアルスが、お花摘み小屋に籠もっている時に奇襲を掛けられたら大変でしょ?」
「その前に用を足している時に小屋の外で、フィーにジッと待たれる方が迷惑だと思う……。そんな状態じゃ、アルスも出すモノが出せないと思うぞ?」
「兄様、最低! そんな品のない言い方しないで!」
「愛犬が排泄中にそれが終わるまで、ジッと待とうとしているフィーの方が、伯爵令嬢として品位が問われる状態だからな!? そもそも……アルスも普通に返答するなよ!」

 するとフィリアナは不貞腐れるような表情を浮かべ、アルスの方はロアルドの言葉を無視するようにフンスっと鼻を鳴らして部屋を出て行く。
 そんなアルスの後をフィリアナは、慌てて追う。
 アルスが魔法を封じられてからのこの一週間、フィリアナは常にその後ろを引っ付くようになってしまったのだ……。

 その原因の一つに『闇属性魔法は光属性魔法以外の干渉を一切受けない』という特性がフィリアナを不安にさせていた。唯一対抗出来るのは王太子セルクレイスが扱える光属性魔法だけなのだが、その方法は互いの魔法をぶつけ合って相殺するという対処法になる。

 だが現状のセルクレイスがラテール伯爵邸に張った光属性魔法の結界は、闇属性魔法であっても外部からの魔法攻撃を全て防ぎきってくれる。その結果、ラテール伯爵邸はリートフラム城のように魔獣に襲撃される事はない。
 更に少し前まで強力な火属性魔法をアルスが使えた為、自ら刺客を返り討ちにしていたのだ。

 だが、内側から闇属性魔法で攻撃された場合は話が変わってくる。
 この場合、光と闇の相殺効果が適用されてしまい、セルクレイスの張った結界は内側から闇属性魔法によって打ち消されてしまうからだ……。
 その状態で闇属性魔法に操られた魔獣と、人間の刺客から同時に襲撃されてしまったら、守りに特化したラテール家といえどもアルスを守り切る事は難しい。

 その事についての対策案をフィリアナがオリヴィアとお茶に興じている間、ロアルドはルケルハイト公爵家の親子と話し合っていた。
 万が一に備えてフィリアナにも認識させた方が良いと情報共有したところ、現状のような状態にフィリアナは陥ってしまったのだ。

 そんな現在のフィリアナの一日の過ごし方は、毎日アルスと同じ寝台で寝起きし、日中の淑女教育中はアルスを傍らに侍らせ、午後はアルスとレイと過ごし、夕食後はアルスと別々に入浴を済ませた後、すぐに合流して同じ寝台で眠りにつく。

 アルスが魔法を使えなくなってしまってからのフィリアナは、その不安から片時もアルスと離れられない状態に陥ってしまったのだ。そんな酷い付きまとわれ方をされているアルスだが……鬱陶しく思うどころか、過剰に干渉してくるフィリアナを歓迎しているような様子が見受けられる。
 しかし、そんな病的な依存状態に陥っている妹の行動にここ最近のロアルドは、眉を顰めていた。

「フィー……。お前、最近アルスに対する依存の仕方が異常過ぎるぞ?」

 部屋を出ようとした瞬間、兄から不憫な目を向けられたフィリアナが気まずそうに視線を床に落とした後、すぐにアルスの後を追いかける。

 フィリアナも自分のアルスに対する過干渉ぶりが、異常過ぎる事は多少なりとも自覚していた。しかし、それでもアルスが傍にいないと不安で堪らなくなる。ふとした瞬間にアルスが魔法を封じられた場面が頭の中に蘇るのだ。

『もしあの時に放たれたのが魔法封じの魔法ではなく、命を奪うような攻撃魔法だったら――――』

 なるべく考えないようにはしているフィリアナだが、あの状況下ではその可能性もあった事に恐怖を感じてしまい、アルスが側にいないと不安で堪らなくなってしまう。

 そんな状態に陥ってしまった妹の気持ちが分かるロアルドは、妹の異常過ぎるアルスへの過干渉ぶりを最初の頃は黙認していた。だが、流石に排泄をしに自室に戻る愛犬の後を付いて行こうとする妹の奇行は目に余ったので、改めて注意したのだが……。

 現在のフィリアナは、それを奇行だと認識する事が出来ない程、アルスの身の安全を守る事に必死になり過ぎていた。そんなフィリアナは、もし今この場で襲撃を受けるような事があれば、魔法が使えないアルスを守れるのは自分だけだと思い込んでしまっている。

 それが極論だという事をフィリア自身も頭の隅では理解しているはずなのだが……それでもアルスを失うかもしれないという不安は、どんどん膨れ上がってしまう。
 そんな不安を感じながらアルスが入ったトイレ小屋を虚ろな瞳で見つめていると、半開きになっている扉から、するりとレイがと入ってきた。

「キャウー……」
「レイ、どうしたの? さっきまで兄様のところにいたのに」
「キャウ、キャウキャウ」
「もしかして……私とアルスの事を心配してくれているの?」
「キャウ!」
「ふふっ! ありがとう。でも大丈夫だから。アルスは私が絶対に守るし、今月いっぱいまでは兄様もお邸にいてくれるし……」

 そういってフィリアナは、足元にやってきたレイのフワフワな銀色の毛を優しく撫でる。

「でもね、出来ればレイにもアルスを守って欲しいな……。レイの雷属性の魔法は強力で私の水属性魔法とも相性がいいから、刺客なんてあっという間に倒せちゃうと思うの!」
「キャウ!」
「ありがとう。レイもアルスの事、大好きだもんね! 二人で一緒にアルスを守ろうね!」

 力強い返答をしてくれたレイをフィリアナが、ギュッと抱きしめる。
 そんなレイだが、何故か不思議な事にアルスに何かあった際は真っ先に気付き、アルスの正確な居場所を常に把握していた。その為、すぐにロアルドをアルスのもとに案内出来るようにと、現在は寝起きを共にしている。

 そこまで周囲から厳重に守りを固められているアルスだが……。
 自身ではあまり危機感を抱いていないようで、ふとした瞬間に自身だけで邸内をフラフラし、侵入者の襲撃があった際は、魔法が使えない状態でも真っ先にフィリアナを守るような動きを見せた。

 その事で毎回フィリアナと揉めてしまうのだが……。
 こればかりはアルスも譲れない事らしく、何度注意してもフィリアナの前に躍り出る事をやめてはくれなかった。



 そんな状況が二週間ほど続いた頃――――。
 王都から王太子セルクレイスと共にこの国の宰相と魔法研究所の責任者である所長、更にリートフラム城の警備責任者である第一騎士団長、そして第二王子のアルフレイスの五名が仰々しくラテール伯爵邸にやって来た。

 どうやら五人は、現在アルスが置かれている状況確認と安全対策をする為にこの邸に足を運んだようなのだが……約一名、明らかに警備関連に関係のない人間が同行している事にロアルドとフィリアナが首を傾げる。
 すると、話し合いを自身の兄に丸投げして呑気にお茶に興じている第二王子アルフレイスが、今回の邸の視察の詳細を説枚してくれた。

「今回仰々しいメンバーでここを訪れたのは、アルスの守りを更に固める為に特殊な魔道具の設置と、警備上問題が無いか徹底的に検証するためだよ。宰相のラッセルは、今回設置する魔道具が国宝に該当するから、その貸し出しの手続きをフィリックスとする為に。魔法研究所のパルマンと騎士団長のマルコムは、対魔法と対物理の両方の面から警備上で問題点が無いか徹底的に検証する為に連れて来たんだ」

 その話を聞かされたフィリアナはこの邸に国宝級の魔道具が設置されるという事に顔を青ざめさせ、ロアルドの方はあまりにも過剰すぎる警備体制に疑問を抱き、それを口にする。

「あ、あのー……アルスの安全の為にここまでして頂ける事は、大変ありがたいのですが……。その対策は、いささか大袈裟過ぎはしませんか?」
「そんな事はないよ。アルスが体内に宿している魔石はとても希少で、もし悪用されたら大変な事になるからね……。今回、国宝級の魔道具まで持ち出したのは、それだけその魔石が希少なだけでなく、悪用された場合、危険視されるレベルだと王家が判断したからなんだ」

 以前、アルスが過剰に命を狙われる経緯をアルフレイスから聞かされていたロアルドだが、まさか王家が懸念する程の強力な魔石をアルスが体内に宿しているとは思っていなかった。

「そんなに凄い魔石をアルスは体内に宿しているのですか?」
「うん。アルスの魔石は、恐らく魔力を何十倍……いや、もしかしたら何百倍も増幅出来る可能性がある事が、ここ最近で判明したんだ。現にアルスが放つ火属性魔法は僕よりも強力で、父上ですら押し負けてしまう程のレベルだ。はっきり言って一般的な聖魔獣の基準で考えると、規格外過ぎる魔力レベルなんだよ……。そんな魔石が闇属性魔法を悪用している今回の黒幕の手に渡ったら、王位継承問題どころか、この国の未来が危うくなってくる。それ程までにアルスの身を守る事は、この国にとって最重要案件になるんだよ」

 その信じ難い話にロアルドとフィリアナの顔色が、ますます青くなる。

「そ、そんなこの国にとって重要な存在のアルスを一介の伯爵家である我が家で護衛を任されるなんて……かなり無謀ではございませんか? 本来ならば城内で厳重に警護を……」
「いや、今の状況ではアルスを城で警護する事は無理だよ。だってあの城は、すでに闇属性魔法の使い手が潜伏しているから……。そもそも城内に操られた魔獣の侵入を許してしまっている状況が、セルク兄様の張った結界の内側で闇属性魔法を使われているという事なんだ……。もちろん、僕が狙われてからのこの14年間、城内を出入りしている人間の魔法属性は、必ず王家で把握するように徹底はしているよ? それでも未だに闇属性魔法を扱える人間は、把握出来ていない……。ならばその人間が、まだ出入りしていないラテール伯爵邸の方が安全性は高い。何よりもラテール伯爵家は、護衛専門の魔導士や騎士が多いから、今回アルスはここで匿った方がよいと父上は判断されたんだ」
「でも……」

 たとえ国王がそのように判断したとしても、ここまで仰々しくアルスの警護を固められている様子を目の当たりにしてしまうと、万が一アルスに何かあった際は、ラテール伯爵家にもその責任が、大きく圧し掛かってくる事は容易に想像出来た。

 その事の重大さにフィリアナが、胸の前で両手を組んで小さく震えだす。
 すると、アルフレイスが困った笑みを浮かべながら、ゆっくりとフィリアナの方へ歩み寄り、その目の前で片膝をつくように腰を下ろす。

「そんなに心配しないで……。これはあくまでも王家が下した判断なのだから。もしアルスに何かあっても僕らは君らに責任を問うつもりはないよ。何よりも……こんなにも気に病んでしまう程、アルスの事を大切に思ってくれている君達を責められない……。そもそも国宝級の魔道具を持ち出してまで対応しているのに、それでも防げなかったのならば、どんなに対策を立ててもアルスを守る事は無理だ。だから君らに責任が行く事などないから、そんな不安そうな顔をしないで?」

 そう言ってアルフレイスは、胸の前で組まれているフィリアナの手を取ろうとした。
 しかしその瞬間、フィリアナが座っている長椅子の下からアルスがぬっと顔を出し、勢いよくアルフレイスの左手に噛みつく。

「…………姿が見えないと思っていたら、君はそんなところに身を潜めていたのかい?」
「ウゥー……」
「唸らないでくれるかな? そもそも今回、僕達が仰々しいメンバーでここを訪れたのは、全て君の安全を確保する為なのだけれど? 感謝はされど噛みつかれる筋合いはないよ?」

 すると、アルスは第二王子の左手をペッと吐き出すように噛みつくのをやめる。

「こら、アルス!! 殿下に失礼だろう!?」
「フスッ!」
「『フスッ』じゃない!!」

 ロアルドに叱られるも全く反省している素振りがないアルスは、不機嫌そうに鼻を鳴らした。その様子にフィリアナが苦笑し、アルフレイスは呆れ返る。

「全く、相変わらず君は可愛げがないね……。この件が全て片付いたら覚えていろよ?」
「ウゥ―……バウッバウッバウッ!!」

 アルフレイスに睨まれたアルスが、まるで反撃するように吠え返す。
 すると、突然部屋の扉がノックされ、開かれた扉から長身の男性が顔を覗かせた。

「アルフレイス殿下。恐れ入りますが、魔道具設置の同意書に殿下のご署名も頂きたいのですが……」
「そういえば……セルク兄様の署名だけではダメだったね。分かった、今行くよ」

 そう言ってアルフレイスが立ち上がり、扉に向って歩き出す。
 その際、扉のむこうにいる人物の顔がフィリアナの視界に入った。
 その人物は背中の真ん中辺りまである艶やかな黒髪を後ろに束ね、控え目で落ち着いた雰囲気をまとった中年男性だった。その男性に何となくフィリアナが視線を向けると、一瞬だけ目が合う。するとフィリアナは、何故かその男性の顔立ちに既視感を抱いた。

「それじゃ、ロア、フィリアナ。またあとでね」

 そう言って退出していったアルフレイスを確認したフィリアナは、その男性の素性が何となく気になり、兄に尋ねる。

「兄様、あのスラっとした控え目な雰囲気の黒髪長髪の男性は、どなた? もしかして魔法研究所の所長さん?」
「フィー……。まさかこの国の宰相閣下のお顔を知らないとか言わないよな?」
「ええっ!? さ、宰相様!?」
「お前なぁー……。まぁ、ラッセル宰相閣下は、あまり公の場には出て来られないから、フィーが把握していないのも無理ないかー。でも今後の為にもお顔は絶対に覚えておいた方がいいぞ!」
「うん。そう……だね」

 何やら煮え切らない返答をしてきた妹にロアルドが、怪訝な表情を向ける。

「何か気になる事でもあったのか?」
「実は私、今回が宰相様と初対面のはずなのだけれど、どうもどこかでお会いしたような気がして……」
「一応、僕らは四年間も定期的に登城していたのだから、その間に無意識で城内ですれ違った事があるからじゃないのか?」
「でも……記憶に残っているという感じではないの」
「どういう事だ?」
「何というか……完全に初対面なはずなのにどこかで見た事があるお顔というか……」
「黒髪長髪は魔力が高い城務めの人間には多い髪型だから、お前が勝手に見た事があるって錯覚しているだけじゃないのか?」
「あー……。確かにそうかも」
「なんにせよ、後で父上かセルクレイス殿下から、宰相閣下だけでなく、魔法研究所の所長と第一騎士団長をご紹介頂けると思うぞ?」
「うん。そうだね。その時、また改めて確認してみる!」

 しかしこの後、セルクレイス達はラテール伯爵邸の今後の警備体制について早急に話し合いをしたいと三人と共に早々に城へと引き上げてしまったので、フィリアナは三人と挨拶を交わせなかった。

 そしてこの時に抱いたフィリアナの既視感は、実は重要な気付きでもあったのだが……。
 その事を誰も気に留める事が出来なかった。
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