我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助

文字の大きさ
46 / 103
【我が家の番犬】

46.我が家の番犬は飼い主を号泣させる

しおりを挟む
―――――【★注意★】―――――
【残酷な描写あり】の重い展開が、まだ続いております……。
一応、感受性が強い方、涙腺が弱い方、キャラに感情移入をしやすい方が読まれる際はご注意を。
(心配な方はご自宅でゆっくり読める時にお読みください)
※尚、次の47話ですぐに救い展開は来ます。
――――――――――――――――

 

 フィリアナの叫び声と同時に部屋の中を駆け抜けていった稲妻は、アルスが倒れ込んでいる辺りから奥の方にバチバチ音を立てながら、侵入者に向かって走っていく。そしてその稲妻とすれ違うように部屋の奥から順に強固な岩壁がフィリアナ達の方に向かうように床から三枚現れた。
 その状況にフィリアナは、縋るような視線で勢いよく扉の方へと振り返る。

「に、兄様ぁぁぁ!!」

 そこには兄ロアルドとレイの姿があった。
 恐らくアルスの危機的状況を感じ取ったレイが、ロアルドをここまで連れてきてくれたのだろう。そんなレイは部屋に入るなり、一直線に侵入者のもとへと突進しながら、雷属性の魔法を広範囲に放つ。
 レイの素早い動きで防御魔法を放つ余裕がなかった侵入者は、その攻撃が直撃し、やや痙攣したような動きを見せた後、そのまま前方に倒れた。

 すると、ロアルドが地属性魔法で即座に強固な岩壁を作り出し、侵入者全体を覆うように捕縛しながら、フィリアナ達のもとへ駆けつけた。

「フィー! 無事……」

 フィリアナの安全を確認しながら近づいてきたロアルドだが、目の前の惨状が視界に入った瞬間、言葉を失い立ち尽くす。

「何で……こんな事に……」
「に、兄様ぁ! ど、どうしよう……どうしようどうしようどうしよう!! こ、このままじゃアルスが……アルスが死んじゃう!!」

 顔色を失い放心状態のロアルドの腕を半狂乱になったフィリアナが大粒の涙をこぼしながら、乱暴に掴んで揺さぶる。

「落ち……つけ……。止血……そうだ! 早く止血をしないと!!」

 あまりにも衝撃的な状況で頭が全く回らない状態になりつつも、ロアルドはピアノに向かって走り出し、そこに掛かっていた埃除け用のカバーを乱暴に引っ掴んだ。
 その間、フィリアナは必死にアルスに呼びかける。

「お願い……お願いだからアルス、目を開けていて! 私をしっかり見て!」

 フィリアナが必死に呼びかけるも当のアルスは青みがかった薄灰色の瞳を虚にしながら、ヒューヒューと喉を鳴らす。だが呼びかけには反応し、微かに視線だけをフィリアナに向けてきた。だが、腹部からの出血は全く止まる様子がない。
 するとピアノカバーを抱えて戻ってきたロアルドが、アルスの傍に膝から滑り込むように座り込む。

「とりあえず、これで……。レイ! お前は急いで父上を呼んできてくれ!」
「キャウ!」

 ロアルドに指示を出されたレイが、物凄い勢いで部屋を出ていく。
 しかし目の前のアルスは、フィリックスの到着を待つのが難しいくらいに衰弱していた。
 そんなアルスの腹部を刺さっている石槍ごと、ピアノカバーでしっかり巻き付けたロアルドだが、これ以上の応急処置が自分に出来ない事に苛立ちを見せる。

「まずい……。血が止まらない……」

 必死で止血を試みるも、すでに手遅れとしか思えないアルスの状態にロアルドも瞳に涙を溜めだす。そんな兄の様子を目にしたフィリアナが、発狂するようにアルスに声をかけ始める。

「ダメ……ダメだよ、アルス!! お願いだから目を閉じないで! 私を……私をちゃんと見て!」

 発狂気味で泣き叫ぶフィリアナに瀕死のアルスが眼球のみ動かして視線だけ向ける。
 だが、それ以上の反応はない……。
 それどころか徐々に瞳が虚ろになり、白目部分が目立ってきていた。
 そんな今にも意識を失いそうなアルスにフィリアナが必死で呼びかける。

「アルス、お願い! お願いだから……目を……目を閉じないでぇー……」

 今、アルスが瞳を閉じてしまったら、そのまま逝ってしまう……。
 その事に気付いているフィリアナは、必死でアルスの意識をとどめようとした。
 そしてアルスの方もフィリアナの願いを聞き入れようと、必死で瞳を見開いてくれている。

 しかし、その瞳は徐々に白目部分の領域は増えいく……。
 その状態からアルスが意識を失いかけている事だと理解しているフィリアナは、いつも窮地から自分を救ってくれる兄に縋りつく。

「ダメぇ……。目を閉じないでぇ……。に、兄様……アルスが………アルスがぁ……」
「くそっ! アルス、しっかりしろ! 頼む……。頼むから、まだ行くな!!」

 いつの間にか涙をこぼしながら止血をしている兄の様子から、もうアルスは手の施しようが無いほどの状態なのだと、嫌でもフィリアナは痛感する。
 その瞬間、フィリアナは勢いよくアルスに縋りついた。

「や……やだぁぁぁー!! アルス、行かないでぇ!! 私を……私を置いて行かないでぇぇぇ!!」

 そんなフィリアナの悲痛な訴えも虚しく、目の前のアルスは意識が朦朧とし始めたのか、眼球が天を仰ぎ始める。それが事切れる寸前である事を察したフィリアナが、アルスの顔を両手で覆いながら半狂乱になって叫び出す。

「やだやだやだぁぁぁー!! ダメ!! アルス、目を閉じたらダメェェェー!!」
「アルス!! 行くな……。行くなぁぁぁー!!」

 フィリアナだけでなく、ロアルドも涙を零しながら必死で呼びかけるが、残酷な事にアルスの呼吸の間隔が、まるで命のカウントをするかのように徐々に長くなる。その状況に堪らなくなったフィリアナが、両手でアルスの顔を覆ったまま、アルスの額に自身の額をくっ付け、祈るように懇願する。

「お願い……お願いだから……行かないでぇ……」

 ギュッと瞳を閉じながら呟くフィアナが、ボロボロと涙を零しながらゆっくりと目を開ける。すると、虚ろなアルスの瞳が、一瞬だけ穏やかそうな光を宿してフィリアナを見つめ返して来た。
 しかしその瞳は、そのままゆっくりとフィリアナの目の前で閉じられる。

 それと同時に苦しそうだったアルスの呼吸音が、ふっと消えた。
 その瞬間、フィリアナが苦痛に耐えるように自身の唇を強く噛む。
 そして、そのまま動かなくなったアルスに縋りつくように覆い被さる。

「嫌ぁ……嫌ぁぁぁぁぁぁー!! アルス……起きてぇ……。アルス……アルスゥゥゥー!!」

 防音措置がされている室内に深い絶望感と、フィリアナの悲痛な叫びが響き渡る。そして何度も何度もアルスの体を揺すって起こそうとしている妹をロアルドが涙を拭いながら、そっと肩を抱き寄せ、アルスから引き離した。

「フィー……。アルスは、もう……」

 兄のその言葉にフィリアナの顔が、更にくしゃりと歪む。

「嘘……。こんなの……嘘よぉぉ!! だって、これは夢でしょう!? 現実じゃないから……私が目を覚ませば、きっと―――!」 
「フィー!!」

 ショックからか虚ろな瞳で妄想めいた事を言い出した妹の両肩をロアルドは掴み、自分の方に向かせた。対するフィリアナは、駄々をこねる幼子のようにイヤイヤと首を激しく振る。

「嫌ぁぁぁ!! 兄様、離して!! アルスは……アルスは、まだ生きてるんだからぁぁぁ!!」
「フィー!!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁー!!」

 半狂乱になって泣き叫びながら暴れる妹を瞳に涙を溜めたまま、ロアルドが必死に押さえつける。

「フィー!! 頼むから、落ち着いてくれ!! これは現実に起こってしまった事なんだよ!! それに……どんなにフィーが暴れたって、アルスは……もう戻ってはこないんだ!!」

 兄のその言葉で放心状態になっていたフィリアナが、ビクリと体を強張らせてと動きを止める。そしてそのまま俯き、自身の寝間着用の裾を指が白くなる強さでギュッと握りしめ、涙をハラハラとこぼし始める。

「何……で……? 何でぇ……? だ、だって、ついさっきまで、アルスは元気だったのに……。わ、私と一緒に眠っていたのにぃー……」
「フィー……」

 顔をくしゃくしゃにしながらボタボタと涙をこぼし、アルスの亡骸に縋りつく妹の肩をそっと掴んで、そこから優しく引き離したロアルドは、痛みを堪えるような表情を浮かべ、そのまま妹の肩を優しく撫でる。

「うっ……ふぅ……。に、兄様ぁ……。嫌ぁ……、アル、アルスゥー……」

 そのまま兄に縋り付くように静かに泣き始めたフィリアナを労るようにロアルドは何度も頭を撫でた。
 だが、どれだけ悲しんでもアルスは、もう動かない……。
 妹の背中越しに見える微動だにしないアルスの姿にロアルドも再び涙をこぼし始める。

「くそっ……。なんでもっと早く……僕は駆けつけられなかったんだ……」
「兄様ぁ……」

 アルスを失って辛いのは、ロアルドも同じだ。
 ましては、あと少し早く自分が駆けつけていれば、アルスは死なずにすんだかもしれないと思うと、自分に対して物凄い怒りが込み上げてくる。

 だが、今更それを思い返したところでアルスは、もう二度と帰っては来ない。
 ならば、アルスの為に出来る事をこれからしなければと、フィリアナよりも先に気持ちを落ち着かせたロアルドは妹から体を離し、すでに事切れてしまったアルスの亡骸を優しく撫でる。

「ごめんな、アルス……。間に合わなくて……」
「に、兄様のせいじゃ……ない……。私が……油断しなければ……。私がもっと強力な防御魔法が使えたら……。ごめんね、アルス。ごめんねぇー……」

 フィリアナも何度も謝罪を口にしながら、兄と同じくアルスの事を撫でようと手を伸ばす。
 しかしその瞬間、突如としてアルスの体が光り始めた。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

勇者辞めます

緑川
ファンタジー
俺勇者だけど、今日で辞めるわ。幼馴染から手紙も来たし、せっかくなんで懐かしの故郷に必ず帰省します。探さないでください。 追伸、路銀の仕送りは忘れずに。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

特技は有効利用しよう。

庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。 …………。 どうしてくれよう……。 婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。 この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。

処理中です...