我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助

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【我が家の元愛犬】

58.我が家の元愛犬は乗馬も得意①

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 フィリアナ達をじっと見つめている黒猫を目にした瞬間、アルスが駆け寄る。

「いた! パルマンの黒猫!」

 しかし、大声を出しながら急に駆け寄ってきたアルスに驚いたのか、黒猫はビクリと体を強張らせた後、逃げるように籠から脱出し、「シャー!」と威嚇しながらアルスと対峙しする。その黒猫の態度にアルスが不機嫌そうに片眉をあげた。

「こいつ……可愛くない」

 そう呟いたアルスにロアルドが呆れる。

「今のはどう見てもアルスの接し方が悪かったと思うぞ? ただでさえリオレス陛下の聖魔獣に睨まれてビクビクしていたのに……。今度は動きがダイナミックな少年にいきなり離距離を詰められたら、怯えてしまうのも当然だろう?」
「いいや。こいつは、かなり臆病な性格をしている! そもそも逃げたのは強面のマルコムが近くにいたからじゃないのか? おい、マルコム。お前、いつまで俺達に引っ付いているつもりだ。早く自分の職務に戻れ!」

 アルスがリオレスと同じ様な理由で、黒猫に避けられた原因をマルコムに責任転嫁すると、マルコムの方も演技がかった言い回しで抗議して来た。

「7年ぶりに健やかで小生意気にご成長された殿下のお姿に感涙する勢いで喜んでいた私に対し、なんと心無いお言葉……。殿下! 見損ないましたぞ!」
「お前、そう言って仕事をサボりたいだけだろう……?」
「更に私の職務怠慢を疑われるとは……何と嘆かわしい!」
「いいから、さっさと仕事をしろ!」

 アルスに一喝されるもマルコムはニコニコしながら「はいはい。では私は、これにて失礼致しますね」と部屋を出て行った。その二人のやり取りから、マルコムがアルスの帰還をとても喜んでいる事が窺える。恐らく以前から二人は、このようなやりとりでコミュニケーションを取っていたのだろう。
 そんな事を感じながらフィリアナがほっこりしていると、マルコムと入れ違いでシークがレイを連れて入室してきた。

「殿下、レイを連れてきました」
「遅いぞ、シーク」
「連れてきて貰っておいて、それは無いと思います」
「お前、しばらくレイと遊んでいただろう?」
「バレました? レイはどっかの俺様犬と違って人懐っこくて可愛いので、つい……」

 全く悪びれる様子もなくシークがそう告げると、再びアルスが不機嫌そうに片眉をあげる。対して連れてこられたレイは、主人達との再会に喜んでいるのか、三人の間を行ったり来たりしてピョンピョンと飛び跳ねていた。

「レイ、後で遊んでやるから、今は俺達の頼みを聞いてくれないか?」
「キャウ?」

 アルスに前足を引っ掛け、遊んで欲しそうなレイが不思議そうに首を傾げる。すると、アルスが目線を合わせるようにしゃがみ込み、レイの視線を黒猫の方に誘導した。

「あいつに契約主の居場所まで俺達を案内するよう説得して欲しい」
「キャウ!」

 聖魔獣契約をしているからか、アルスの言葉の意味を理解出来るレイが、黒猫に近づく。しかし、黒猫は更に警戒心をむき出しにし、毛を逆立て始めた。威嚇というよりも怯えから、そのような行動をしているようだ。

 そんな反応をされたレイが戸惑いから黒猫の周りをグルグルし始める。その状況を見かねたフィリアナがゆっくりと黒猫に近づき、宥めるようにレイを撫でながら目の前にしゃがみ込んだ。

「こんにちは、黒猫ちゃん。大丈夫、誰もあなたを虐めたりしないから、ちょっと落ち着こうね?」

 その瞬間、何故かアルスがロアルドの腕を思いっきり引っ張った。

「痛っ! 何だよ! アルス!」
「フィーが……フィーが猫に話しかけている……。しかも『黒猫ちゃん』って言った!」
「だから何だよ! それが僕の腕を強く引っ張る事と、どう関係しているんだ!」
「フィーの可愛さの破壊力が凄過ぎて、荒ぶる感情を抑えられなかった……」
「お前、絶対に犬だった頃の方が、まともだったと思うぞ?」
「ロア。残念だが殿下は犬になる前から、こんな感じだ」
「シーク様……。そんな身も蓋もない言い方を……」
「でも事実だ」
「お前達、うるさいぞ! フィーと黒猫ちゃんの会話が聞こえないだろう!?」
「「黒猫ちゃん……」」

 急に黒猫を気持ちの悪い呼び方でし始めたアルスにロアルドとシークが白い目を向ける。その後ろでは、フィリックスも盛大に呆れ返っていた。
 そんな中でフィリアナは真面目にレイと共にパルマンの居場所を教えてもらう為、黒猫を宥めだす。

「あのね。今からこの子が、ある頼み事を伝えるから協力して欲しいの。さぁ、レイ」

 そう言ってフィリアナがレイを前に出すが、怯え切っている黒猫は再び「シャー!」とフィリアナ達を威嚇する。その状況から、まずはレイが安全だという事と証明しようとフィリアナは考えた。

「大丈夫。この子はとても優しい子だから怖くないよ? ほら!」

 それを証明するようにフィリアナは、勢いよくレイに抱きついた。
 すると、ロアルドの隣のアルスが、まるで潰されたカエルのような声を上げる。

「アルス?」
「あれは俺の特権だったのに……レイの奴!」
「自分の聖魔獣に嫉妬するなよ……。言っておくが、この先フィーとレイのああいうやり取りは、頻繁に目撃する事になるからな?」
「やはりモフモフか!? モフモフじゃないとダメなのか!?」
「アルスー。とりあえず、少し落ち着こうなー」

 嫉妬心を剥き出しにし始めたアルスをロアルドが宥める。その間、フィリアナは黒猫の警戒心を緩ませる事に専念していた。

「ね? レイは大人しくていい子でしょ? だから大丈夫」

 そう言って黒猫にそっと手を伸ばすが、再び怯えられてしまったので少し落ち着くまで待とうと、一度手を引っ込める。

「大丈夫だよ。大丈夫だから……」

 そして更に言い聞かせながら、再びフィリアナがゆっくりと手を差し出す。すると少し落ち着いたのか、黒猫が自らその手に顔を擦りつけてきた。そんな黒猫をフィリアナは、にっこりしながら優しく撫でてやる。

「いい子ねー。それじゃ、今度はレイとも仲良くしてくれる?」
「なぁー」

 気持ちよさそうに撫でられている黒猫が、独特な鳴き声で返事をしてくれたのでレイを促す。するとレイがゆっくりと黒猫に近づき、そのまま自分の額を黒猫に押し当てた。どうやら、これが聖魔獣同士で意思疎通をする方法のようだ。レイの銀色の毛が黒猫の真っ黒な毛の中に埋もれる。

 そんな二匹の背をフィリアナが同時に撫でていると、レイがスッと額を離す。すると黒猫がフィリアナの方に向かって「なぁー」と鳴いた。

「もしかして……パルマン様のところまで案内してくれるの?」
「なぁー」

 承諾するように一声鳴いた黒猫は、今度はフィリアナの足に甘えるように額をこすり付けてきた。その光景を目にしたアルスが、再び嫉妬心を燃やしかけたが……くるりと振り返ったフィリアナの笑顔を見た途端、すぐに機嫌が直る。

「アルス! 黒猫ちゃん、パルマン様のところまで案内してくれるって!」
「そ、そうか……。流石フィーだ。動物の扱いが上手いな」
「ふふっ! だって私、7年間も犬だったアルスをお世話していたからね! 動物を宥めるコツは心得ているの!」

 両手を腰に当てながら、得意げな表情を見せるフィリアナに自然とアルスの口元が緩む。だが空気を読まない黒猫は、これ見よがしにゴロゴロと喉を鳴らしてフィリアナに甘えだす。その状況に思わずアルスが黒猫を引き離しに掛かろうした。だが、すぐにそれを察したロアルドに阻止される。

「ほら、アルス。折角フィーが黒猫を手なずけてくれたのだから、早くパルマン殿を探さないと!」

 犬だった頃から自分以外の動物をフィリアナが可愛がる事に対するアルスの嫉妬心に対応慣れしているロアルドは、その両肩を背後からガッチリ掴んで押しだすように退室を促す。
 その間、フィリアナは黒猫を抱き上げ、そのほわほわの毛に頬ずりをしていた。

「黒猫ちゃん、ほわほわだね~」
「フィー……」
「ほらほら。涙目にならない! この後パルマン殿を探しに行くつもりなら、さっさと準備する!」
「ロア……お前はたまに無情過ぎる時があるぞ?」
「今のアルスでは、もうモフモフ対決では絶対に勝てないんだから諦めろよ」
「俺はまたフィーに頬ずりされたい……」

 そんなアルスの嘆きを聞いてしまったロアルドが盛大に呆れ、レイはアルスを慰めるようと擦り寄る。すると、その様子を見て苦笑していたシークがアルスに声を掛けてきた。

「殿下、いかがなさいますか? すぐにでもパルマン殿の捜索に向かわれるのであれば、馬車の手配を致しますが……」
「馬車だと時間が掛かる……。それよりも現在駿馬はいるか……? いたら二頭用意してくれ……」
「そんなしょんぼりした様子で指示を出されると、こちらのやる気も失せます。もう少しシャキッとして頂けませんか?」
「俺は今、傷心なんだ……。いいから、さっさと馬の手配をしろ……」
「はいはい」

 アルスから馬の手配を指示されたシークが、苦笑しながら一足早く馬小屋の方へと向かう。そんな二人の会話を聞いていたロアルドが怪訝そうな表情を浮かべる。

「アルス……。お前、乗馬なんて出来るのか?」
「ああ。一応、犬にされる前から王子教育で乗馬は嗜んでいた」
「ちょっと待て。それってお前が、まだ7歳くらいの頃の話だよな!?」
「リートフラム王家では、男児は3歳くらいから王族としての英才教育が始まる。だから7歳くらいには、基本的な貴族マナーや教養が身についている事が多い」
「なるほど。だが、何で馬は二頭なんだ? フィーもいるのに……」

 すると、アルスが黒猫を愛でる事に夢中になっているフィリアナにチラリと視線を向ける。

「確かにフィーは乗馬を学んでいたが……あまり得意ではないだろう? だからフィーは俺と相乗りするから馬は必要ない」
「いや、だからって何でアルスとなんだ! 婚約者でもない男と相乗りだなんて体裁が良くないだろう!?」
「だったら、俺を護衛魔導士という設定にすればいい。大体、ロアは子供の頃からフィーと相乗りしていたのだから、今回は俺にその権利を譲るべきだ!」

 どうやらアルスは犬だった頃、フィリアナと馬に相乗りしていたロアルドの事を羨んでいたらしい……。今回はその積年の願いを叶えたいが為に馬車ではなく、馬で移動する事に決めたのだろう。ロアルドから見ても7年間犬の姿を強いられ、ずっと歯がゆい思いを多々してきたアルスの気持ちは分からなくもないが……。兄として、妹の安全面と体裁に問題がありそうな状況は見過ごせない。

「だからって7年ぶりに乗馬をするのに相乗りだなんて大丈夫なのか?」
「舐めるな! 俺は4歳でロバを乗りこなし、5歳で当時暴れ馬として有名だったマルコムの愛馬を乗りまわしていた男だぞ!」
「お前、それ絶対に怒られてたやつだよな?」
「とにかく、俺はどんな暴れ馬でも制する!」
「分かった……。そこまで自信があるのならば、フィーが承諾すれば相乗りは許す。フィー! 馬での移動になるけれどアルスと相乗りでいいか?」

 すると、黒猫を撫でつけていたフィリアナが一瞬、固まる。その反応をアルスは見逃さなかった。
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