14 / 65
生まれ変わって
しおりを挟む
■■■
と、いうのが、今は平民であるエリナの前世、エリスティナ・ハーバルの末路だ。
偶然にも前世と同じような赤毛に青い目で生まれたエリナは、名前まで前世とよく似ていた。
違うのはエリナの顔にはそばかすがたくさん散っている、ということだろうか。
日に当たってレストランの日雇い仕事をするエリナの肌は、貴族だったころとは違ってまともな手入れもしていない。
けれども、エリナは今の自分が大好きだった。
平民で、竜種とかかわりのないこともそうだし、平凡な容姿も好ましい。
孤児であることには少しのさみしさ覚えたけれど、両親の顔も名前も知らないのは返って気楽でよいと思えた。
幼い頃、転んで頭を打って思い出したエリナの前世は散々で、自分で自分がままならない立場だった。
その証拠に、下町にはやっている娯楽小説には、エリナの前世である悪役王妃エリスティナがモデルの悪役がたいそうな頻度で登場する。
悪役王妃、エリスティナ。
竜王の伴侶に選ばれたというのをいいことに贅沢三昧をして国庫を損なわせ、あげく不貞を働いた王妃。
番である平民の少女をいじめ尽くし、最後には当代の竜王に断罪され、不帰の森へ追放処分となった悪女である。
エリスティナだったエリナからすれば嘘八百も甚だしい内容だが、あれから90年近く経っても話題にされるとは、悪役王妃エリスティナ、というのはなかなかに悪くないのではないだろうか。なんだか響きがかっこいいし。
唯一気がかりなのはかつての家族だが、ハーバル家は人間貴族とはいえ貴族で、平民のエリナがやすやすと情報を入手できるべくもない。
まだ幼かった妹や母はどうなったのか、それだけ知りたかった。
ちなみに、不帰の森は今はない。地図上から消滅したのだ。
聞けば、エリナが生まれるよりずっと前に、20年前に即位した今の竜王――即位前の――が、森を焦土に変えたらしい。
つまり、エリスティナとクリスが過ごしたあの家も、畑も、もはやこの世のどこにもにありはしない、ということだ。
大切な思い出の場所だったのに、竜種は何もかもを簡単に破壊してしまう。
悲しい――おっと、おお、怖い怖い。
余計な感傷をごまかすように、エリナは首をぶんぶん振った。
エリナは洗濯ものをぱん、と広げ、物干しざおに干していく。
今日のご飯は何にしよう。お給料が入ったから、肉を少し買おうか。シチューなんかいいかもしれない。
そんなことを考えつつも、エリナは生まれ変わってから何度目かの決意をさらに固めた。
「絶対、竜種と結婚なんかごめんよ。今世は一生、竜種にかかわらず生きてやるんだから!」
ふんすふんす!と鼻息を荒くして、エリナはもう一度、ぱん!と小気味いい音を立てて洗濯物を広げた。
「今日は景気よくシチューにしましょ!ミルクとバターをたっぷり使ってやるんだから!」
平民のほうが貴族よりいい暮らしをしている、なんてこの国では常識だろう。……人間貴族の間では。
今生は人間貴族に生まれなくて、本当によかった!と思いながら、エリナは安いアパートのベランダから家に引っこみ、財布を握り締めて町へ駆け出した。
太陽はまだ高い。きっと今日はいい日になる。だって、毎日こんなに自由なのだから!
……そう、思っていたのだけれど。
「なにこれ」
シチューをかき混ぜているとき、家の外で物音が聞こえた。
具体的には、エリーの住む二階のベランダの下あたりで。平和なこのご時世ではあるが、下町でも貧富の差がないわけではなく、行き倒れも少なくない。たまにこの辺をうろつくものにはガラの悪いのもいるが、恵まれない孤児だってまだまだいるのだ。
エリナはそういう子供たちに施しを与えるのが好きだった。貴族だった時の習慣が抜けていないせいだ。
自己満足、というひともいる。しかし自己満足上等、である。エリナは今世はしたいことをするのだ。
さあ今日は野良犬?野良猫?それともおなかをすかせた子どもかしら、なんて思って、アパートの階段を駆け下りて、その「おちていたもの」を目にしたエリナは思わず疑問符満載の言葉をつぶやいた。
もうひとつおまけに。
「いや、ほんと、なにこれ。でかい男が行き倒れてるなんて予想してないわよ」
などとつぶやき、額を押さえた。
夜でもわかる鮮やかな金髪は、今は後頭部しか見えない。
倒れているがけがはしていないようで、エリスティナはそこだけはほっとした。
怪我でもされていたらトラブルのもとだからだ。
薄情かもしれないが、厄介ごとには首をつっこまないのが処世術である。だってエリナは平凡に生きていきたい。
エリナはそろりそろりと踵を返し、見なかったことにしようとして――……。
ぐきゅうるるるる。
と、なんともまあ、間抜け極まりない腹の虫の音に、ぴたりとその動きを止め――しばしの逡巡のあと、はああ、とため息をついて、行き倒れた男の足をむんずとつかんだ。
そして掴んだその男の足を引きずり、がんがんと階段に男の顔をぶつけながら、意外と重かった男の体重に苦心しつつ、ほうほうのていで自分の部屋へと連れ帰ったのであった。
■■■
と、いうのが、今は平民であるエリナの前世、エリスティナ・ハーバルの末路だ。
偶然にも前世と同じような赤毛に青い目で生まれたエリナは、名前まで前世とよく似ていた。
違うのはエリナの顔にはそばかすがたくさん散っている、ということだろうか。
日に当たってレストランの日雇い仕事をするエリナの肌は、貴族だったころとは違ってまともな手入れもしていない。
けれども、エリナは今の自分が大好きだった。
平民で、竜種とかかわりのないこともそうだし、平凡な容姿も好ましい。
孤児であることには少しのさみしさ覚えたけれど、両親の顔も名前も知らないのは返って気楽でよいと思えた。
幼い頃、転んで頭を打って思い出したエリナの前世は散々で、自分で自分がままならない立場だった。
その証拠に、下町にはやっている娯楽小説には、エリナの前世である悪役王妃エリスティナがモデルの悪役がたいそうな頻度で登場する。
悪役王妃、エリスティナ。
竜王の伴侶に選ばれたというのをいいことに贅沢三昧をして国庫を損なわせ、あげく不貞を働いた王妃。
番である平民の少女をいじめ尽くし、最後には当代の竜王に断罪され、不帰の森へ追放処分となった悪女である。
エリスティナだったエリナからすれば嘘八百も甚だしい内容だが、あれから90年近く経っても話題にされるとは、悪役王妃エリスティナ、というのはなかなかに悪くないのではないだろうか。なんだか響きがかっこいいし。
唯一気がかりなのはかつての家族だが、ハーバル家は人間貴族とはいえ貴族で、平民のエリナがやすやすと情報を入手できるべくもない。
まだ幼かった妹や母はどうなったのか、それだけ知りたかった。
ちなみに、不帰の森は今はない。地図上から消滅したのだ。
聞けば、エリナが生まれるよりずっと前に、20年前に即位した今の竜王――即位前の――が、森を焦土に変えたらしい。
つまり、エリスティナとクリスが過ごしたあの家も、畑も、もはやこの世のどこにもにありはしない、ということだ。
大切な思い出の場所だったのに、竜種は何もかもを簡単に破壊してしまう。
悲しい――おっと、おお、怖い怖い。
余計な感傷をごまかすように、エリナは首をぶんぶん振った。
エリナは洗濯ものをぱん、と広げ、物干しざおに干していく。
今日のご飯は何にしよう。お給料が入ったから、肉を少し買おうか。シチューなんかいいかもしれない。
そんなことを考えつつも、エリナは生まれ変わってから何度目かの決意をさらに固めた。
「絶対、竜種と結婚なんかごめんよ。今世は一生、竜種にかかわらず生きてやるんだから!」
ふんすふんす!と鼻息を荒くして、エリナはもう一度、ぱん!と小気味いい音を立てて洗濯物を広げた。
「今日は景気よくシチューにしましょ!ミルクとバターをたっぷり使ってやるんだから!」
平民のほうが貴族よりいい暮らしをしている、なんてこの国では常識だろう。……人間貴族の間では。
今生は人間貴族に生まれなくて、本当によかった!と思いながら、エリナは安いアパートのベランダから家に引っこみ、財布を握り締めて町へ駆け出した。
太陽はまだ高い。きっと今日はいい日になる。だって、毎日こんなに自由なのだから!
……そう、思っていたのだけれど。
「なにこれ」
シチューをかき混ぜているとき、家の外で物音が聞こえた。
具体的には、エリーの住む二階のベランダの下あたりで。平和なこのご時世ではあるが、下町でも貧富の差がないわけではなく、行き倒れも少なくない。たまにこの辺をうろつくものにはガラの悪いのもいるが、恵まれない孤児だってまだまだいるのだ。
エリナはそういう子供たちに施しを与えるのが好きだった。貴族だった時の習慣が抜けていないせいだ。
自己満足、というひともいる。しかし自己満足上等、である。エリナは今世はしたいことをするのだ。
さあ今日は野良犬?野良猫?それともおなかをすかせた子どもかしら、なんて思って、アパートの階段を駆け下りて、その「おちていたもの」を目にしたエリナは思わず疑問符満載の言葉をつぶやいた。
もうひとつおまけに。
「いや、ほんと、なにこれ。でかい男が行き倒れてるなんて予想してないわよ」
などとつぶやき、額を押さえた。
夜でもわかる鮮やかな金髪は、今は後頭部しか見えない。
倒れているがけがはしていないようで、エリスティナはそこだけはほっとした。
怪我でもされていたらトラブルのもとだからだ。
薄情かもしれないが、厄介ごとには首をつっこまないのが処世術である。だってエリナは平凡に生きていきたい。
エリナはそろりそろりと踵を返し、見なかったことにしようとして――……。
ぐきゅうるるるる。
と、なんともまあ、間抜け極まりない腹の虫の音に、ぴたりとその動きを止め――しばしの逡巡のあと、はああ、とため息をついて、行き倒れた男の足をむんずとつかんだ。
そして掴んだその男の足を引きずり、がんがんと階段に男の顔をぶつけながら、意外と重かった男の体重に苦心しつつ、ほうほうのていで自分の部屋へと連れ帰ったのであった。
■■■
35
あなたにおすすめの小説
同期とルームシェアしているつもりなのは、私だけだったようです。
橘ハルシ
恋愛
お世話されヒロインです。
魔術師で研究所勤めのラシェルは、没頭すると何もかも忘れてしまいがち。なので魔術学校で同級生だった同期のルキウスが一緒に暮らしつつ、衣食住の面倒を見てくれている。
実はルキウスは卒業時にプロポーズをしたのだが、遠回し過ぎて彼女に気づかれず失敗に終わった。現在、彼女は彼とルームシェアをしていると思っている。
彼女に他の男が寄って来ないようこっそり魔術をかけたり、自分の髪や目の色の髪飾りをつけたりして周りに主張しつつも、再度想いを告げることには消極的なルキウスだったが。
全24話+番外編です。
大事にお世話されるヒロインが書きたくなったので…。
設定に矛盾があるかもしれませんが、そこはあまり突っ込まないでいただけるとありがたいです。
他サイトにも投稿しております。
呪われた黒猫と蔑まれた私ですが、竜王様の番だったようです
シロツメクサ
恋愛
ここは竜人の王を頂点として、沢山の獣人が暮らす国。
厄災を運ぶ、不吉な黒猫─────そう言われ村で差別を受け続けていた黒猫の獣人である少女ノエルは、愛する両親を心の支えに日々を耐え抜いていた。けれど、ある日その両親も土砂崩れにより亡くなってしまう。
不吉な黒猫を産んだせいで両親が亡くなったのだと村の獣人に言われて絶望したノエルは、呼び寄せられた魔女によって力を封印され、本物の黒猫の姿にされてしまった。
けれど魔女とはぐれた先で出会ったのは、なんとこの国の頂点である竜王その人で─────……
「やっと、やっと、見つけた────……俺の、……番……ッ!!」
えっ、今、ただの黒猫の姿ですよ!?というか、私不吉で危ないらしいからそんなに近寄らないでー!!
「……ノエルは、俺が竜だから、嫌なのかな。猫には恐ろしく感じるのかも。ノエルが望むなら、体中の鱗を剥いでもいいのに。それで一生人の姿でいたら、ノエルは俺にも自分から近付いてくれるかな。懐いて、あの可愛い声でご飯をねだってくれる?」
「……この周辺に、動物一匹でも、近づけるな。特に、絶対に、雄猫は駄目だ。もしもノエルが……番として他の雄を求めるようなことがあれば、俺は……俺は、今度こそ……ッ」
王様の傍に厄災を運ぶ不吉な黒猫がいたせいで、万が一にも何かあってはいけない!となんとか離れようとするヒロインと、そんなヒロインを死ぬほど探していた、何があっても逃さない金髪碧眼ヤンデレ竜王の、実は持っていた不思議な能力に気がついちゃったりするテンプレ恋愛ものです。世界観はゆるふわのガバガバでつっこみどころいっぱいなので何も考えずに読んでください。
※ヒロインは大半は黒猫の姿で、その正体を知らないままヒーローはガチ恋しています(別に猫だから好きというわけではありません)。ヒーローは金髪碧眼で、竜人ですが本編のほとんどでは人の姿を取っています。ご注意ください。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。
それでもフランソアは
“僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ”
というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。
そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。
聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。
父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。
聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…
婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~
白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」
枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。
土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。
「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」
あなた誰!?
やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!
虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!
宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。
静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。
……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか?
枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと
忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称)
これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、
――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる