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番という呪い2
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※残酷な描写があります。
リーハがカヤをかばうように手に力を込めたのが見えた。
驚いた。こんな風になってもまだ、正気を保っているのか。
「……頼む」
リーハが、懇願するように、がらがらにしゃがれた声で言った。
こんな番でも、守ろうとするのかと思った。感心に近い思いだった。
だからと言って、許せたかといえば、答えは否だが。
「私は、どうなってもいい……だから、カヤだけは、カヤだけは……許してやってほしい」
リーハの肌がまた、ぼろりと剥がれ落ちる。
けれど――けれど、クリスは続く言葉を止めることはできなかった。
「僕も、エリスティナのことを、そう思った」
「えり、すてぃな。ああ……そうだな……」
リーハの目にはもう眼球が残っていない。焼ける過程で溶け落ちたのだろう。竜王の再生能力の限界に近付いているのかもしれない。
「私は、あの娘を殺したんだったな……」
リーハはそう言って、一度口を噤んだ。
嗄れ声で、咳まじりのひどい言葉。クリスは、どこか凪いだ目をしてそれを聞いていた。
「許されない、か……」
再び口を開いたリーハはそう言って、カヤを抱きかかえなおした。
リーハの腕は、骨が剥きだしで、その体に隠されたカヤも似たような状態なのだろう。濁ったカヤの目はどこを見るでもなく、ただうわ言のようにあー、うー、と繰り返すだけ。
「許されない、だと……」
クリスは、そう、怨嗟のにじんだ声を吐き出した。
「あたりまえだろう……!お前は、お前は――無実の、エリーを、き――さま――」
クリスは叫ぶように言った。
エリスティナの墓前で、空虚のように生きた70年分の怒りが帰ってくる。
許しを求めたのはクリスだって同じだ。
何度も、何度も、自分を身代わりにしてエリスティナを助けてくれと願った。
それを、自分が当事者になって許してほしいというのは、あまりにも勝手だ。
「……わかっている」
リーハは、そう言って、カヤをそばに横たわらせた。
そうして、肉の見える頭を固い石の床にこすりつけた。
「わかっている、わかっているんだ……私が間違っていた。私がカヤの願いを聞いたのは、間違いだったとわかっている……。エリスティナ・ハーバルを殺したことが、どれだけ罪深いことだったか、もう、理解している。カヤにも、同じ罪があることを」
燃えて、治って、また、燃えて。
肉の焦げた臭いが鼻をつく。
「それでも、番なんだ……私の、命より大切な番なんだ……。頼む……お願いします……カヤを、カヤを助けてください……」
――その姿は、竜王だと思えないほど、無様だった。
あまりにも痛々しく、それでいて、滑稽だった。
けれど、クリスはそれを笑うことはできなかった。
番は、呪いに似ていると、その時になって強く思った。
おそらく、リーハはあの時に戻ったとして、また同じようにエリスティナへと襲撃をかけるだろう。
番の願いをかなえるために。
竜種にとっての番とは、そういうものだ。
それまでの倫理観も、常識も、すべてを投げ捨てて、その番のために捧げようとする。
リーハも昔はまともな王だったらしい。
カヤに出会って、愚王となったリーハ。今は、70年の拷問の末に、リーハは死に体となり、カヤは狂った。
それでも――それでも、守ろうとするのだ。
クリスは、奥歯を強く噛んだ。許せない。今、この言葉を聞いても、この無様なさまを見ても、許そうと思えない。
だが、リーハは、もしかすると、恋した相手がエリスティナでなかった場合のクリスだったかもしれないと思ってしまった。
クリスは、絞り出すように言った。
「これから、お前と番を引き離して幽閉する」
「あ――」
「許すのではない。お前はもう間もなく死ぬだろう。最後に、番と引き離される苦しみを味わって、死ね」
「あ――ああ――、カヤ、カヤぁ……」
リーハの目から、血に汚れた涙があふれる。
絶望にまみれた嗄れ声。それを聞けば胸がすくと思っていたのに、今のクリスには喉奥から染み出るような苦しみが増しただけだった。
クリスは黒炎の魔法を解いた。
けれどやはり、リーハの治癒能力はもうほとんど残っていなかったのだろう。
肉体が治ることはなく、兵士によってカヤと引き離されても抵抗らしい抵抗をできていなかった。
その腕から無理矢理に落とされたカヤの、落ちくぼんだ眼窩と視線が合う。
「あー……」
狂った女は、引き離されたことにも気づけないのか、ただそう口にして、兵士に運ばれていった。
ひと月ののち、リーハは死んだ。
肉体の摩耗、ではなく、番と引き離されたことによる衰弱死だった。
その三日後に、カヤも後を追うようにして息を引き取った。
罪人として、歴代の竜王の墓地にも埋葬されないふたりの話を聞いても、クリスは何とも思わなかった。
自分でも非情だと思う。
それでも、同じ選択を迫られたとして、クリスは同じことをするだろう。
番が竜種をそうさせる。番は、呪いだ。もう一度、そう思った。
■■■
リーハがカヤをかばうように手に力を込めたのが見えた。
驚いた。こんな風になってもまだ、正気を保っているのか。
「……頼む」
リーハが、懇願するように、がらがらにしゃがれた声で言った。
こんな番でも、守ろうとするのかと思った。感心に近い思いだった。
だからと言って、許せたかといえば、答えは否だが。
「私は、どうなってもいい……だから、カヤだけは、カヤだけは……許してやってほしい」
リーハの肌がまた、ぼろりと剥がれ落ちる。
けれど――けれど、クリスは続く言葉を止めることはできなかった。
「僕も、エリスティナのことを、そう思った」
「えり、すてぃな。ああ……そうだな……」
リーハの目にはもう眼球が残っていない。焼ける過程で溶け落ちたのだろう。竜王の再生能力の限界に近付いているのかもしれない。
「私は、あの娘を殺したんだったな……」
リーハはそう言って、一度口を噤んだ。
嗄れ声で、咳まじりのひどい言葉。クリスは、どこか凪いだ目をしてそれを聞いていた。
「許されない、か……」
再び口を開いたリーハはそう言って、カヤを抱きかかえなおした。
リーハの腕は、骨が剥きだしで、その体に隠されたカヤも似たような状態なのだろう。濁ったカヤの目はどこを見るでもなく、ただうわ言のようにあー、うー、と繰り返すだけ。
「許されない、だと……」
クリスは、そう、怨嗟のにじんだ声を吐き出した。
「あたりまえだろう……!お前は、お前は――無実の、エリーを、き――さま――」
クリスは叫ぶように言った。
エリスティナの墓前で、空虚のように生きた70年分の怒りが帰ってくる。
許しを求めたのはクリスだって同じだ。
何度も、何度も、自分を身代わりにしてエリスティナを助けてくれと願った。
それを、自分が当事者になって許してほしいというのは、あまりにも勝手だ。
「……わかっている」
リーハは、そう言って、カヤをそばに横たわらせた。
そうして、肉の見える頭を固い石の床にこすりつけた。
「わかっている、わかっているんだ……私が間違っていた。私がカヤの願いを聞いたのは、間違いだったとわかっている……。エリスティナ・ハーバルを殺したことが、どれだけ罪深いことだったか、もう、理解している。カヤにも、同じ罪があることを」
燃えて、治って、また、燃えて。
肉の焦げた臭いが鼻をつく。
「それでも、番なんだ……私の、命より大切な番なんだ……。頼む……お願いします……カヤを、カヤを助けてください……」
――その姿は、竜王だと思えないほど、無様だった。
あまりにも痛々しく、それでいて、滑稽だった。
けれど、クリスはそれを笑うことはできなかった。
番は、呪いに似ていると、その時になって強く思った。
おそらく、リーハはあの時に戻ったとして、また同じようにエリスティナへと襲撃をかけるだろう。
番の願いをかなえるために。
竜種にとっての番とは、そういうものだ。
それまでの倫理観も、常識も、すべてを投げ捨てて、その番のために捧げようとする。
リーハも昔はまともな王だったらしい。
カヤに出会って、愚王となったリーハ。今は、70年の拷問の末に、リーハは死に体となり、カヤは狂った。
それでも――それでも、守ろうとするのだ。
クリスは、奥歯を強く噛んだ。許せない。今、この言葉を聞いても、この無様なさまを見ても、許そうと思えない。
だが、リーハは、もしかすると、恋した相手がエリスティナでなかった場合のクリスだったかもしれないと思ってしまった。
クリスは、絞り出すように言った。
「これから、お前と番を引き離して幽閉する」
「あ――」
「許すのではない。お前はもう間もなく死ぬだろう。最後に、番と引き離される苦しみを味わって、死ね」
「あ――ああ――、カヤ、カヤぁ……」
リーハの目から、血に汚れた涙があふれる。
絶望にまみれた嗄れ声。それを聞けば胸がすくと思っていたのに、今のクリスには喉奥から染み出るような苦しみが増しただけだった。
クリスは黒炎の魔法を解いた。
けれどやはり、リーハの治癒能力はもうほとんど残っていなかったのだろう。
肉体が治ることはなく、兵士によってカヤと引き離されても抵抗らしい抵抗をできていなかった。
その腕から無理矢理に落とされたカヤの、落ちくぼんだ眼窩と視線が合う。
「あー……」
狂った女は、引き離されたことにも気づけないのか、ただそう口にして、兵士に運ばれていった。
ひと月ののち、リーハは死んだ。
肉体の摩耗、ではなく、番と引き離されたことによる衰弱死だった。
その三日後に、カヤも後を追うようにして息を引き取った。
罪人として、歴代の竜王の墓地にも埋葬されないふたりの話を聞いても、クリスは何とも思わなかった。
自分でも非情だと思う。
それでも、同じ選択を迫られたとして、クリスは同じことをするだろう。
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