前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる

文字の大きさ
65 / 65

【最終話】そして幸せな未来を歩み続ける

しおりを挟む

「ほんとう?」
「エリー?」
「本当に、綺麗?」

 エリナは自分の口が動くのを止めることができなかった。
 好きな人に花嫁姿を綺麗だと思われたいのは、古今東西の女性の常だ。
 エリナが緊張の面持ちでクリスに尋ねる。

 あ、とか、うー、とか言っていたクリスは、エリナのまっすぐな視線を受けてようやっと決心がついたのか、ややあって、はっきりした声色で「はい」と口にした。

「綺麗だ……綺麗です。誰より、何より。あなたが。透き通るみたいで……この世界の、なによりも綺麗です」

 一瞬だけ敬語を外したクリスが、耳までを赤くして告げた言葉は、エリナの胸を熱くした。
 こんなにもときめくことがあるのだろうかという思いだった。
 見つめあって、ただ胸の鼓動を高鳴らせて――傍らのエルフリートが「熱い熱い」と言っているのを聞き流しながら――しばし。

 式の始まりが迫っていることを告げる召使がやってきた。
 エリナははっと我に返って、けれど笑顔でクリスの手を取る。

「エリー?エリーはエルフリートと入場のはずでは……」

 チャペルで、エリナが父親役のエルフリートと腕を組んでクリスのもとへ歩いていく、という段取りのことを言っているのだろう。
 エリナはいいの、と短く返した。

 不思議そうな顔をするクリスに、言葉を続ける。

「エリスティナだったころはあなたを守ったわ。でも、今生で出会ってからはあなたが守ってくれたもの。今度は一緒に、守り守られて歩きたいの。隣で。ふたりで」

 そういって笑ったエリナに、クリスは一瞬呆けたような顔をした。
 けれど、だんだんと意味を理解したのか、その表情がほころんで――男の人にこんなことを言うのはおかしいかもしれないけれど――クリスは、花が咲くように笑った。

「ええ――ええ。エリー、一緒に歩きましょう。もう離れないように、ずっと隣で」
「そうね、クリス。最後の最後まで――……いいえ、その先も、あなたと一緒にいたいから。……これは最初の一歩なんだわ」

 そう言って笑う、エリナとクリス。
 背後で、そんなふたりを見つめるエルフリートとダーナは、あらあら、おやおや、と笑っていた。みんな、笑顔だった。いいや、この先も――ずっと。

 式はつつがなく進行した。
 はじめこそ、腕を組んで共に歩いて入場してくる新郎新婦に参列者は驚きの表情を見せたけれど、エリナとクリスの幸せそうな笑顔を見れば、納得したように祝福の視線を向けてくれた。

 そうして、誓いのキスの場面で。
 ヴェールをめくって、中のエリナの顔があらわになる。
 クリスはその顔にまた照れて、はにかむエリナの唇に、ずいぶん長いこと口づけをした。

 その時、クリスの、ガラスのように美しい、陽光に反射して虹色に輝く翼が出現し、エリナを包み、ほかのものに見えないようにしたので――もちろん、透けているので完全に見えなくなるわけではないけれど――一部の参列者、主にエルフリートの「見せ場を隠すなー!」などというヤジが飛んだりもした。

 けれど、そのすべてがいとおしく、エリナも、クリスも、ただただ幸せで、たまらない気持ちで。

 花びらを振りまく招待客の中を歩く。竜王と、その番が。
 番というだけの絆ではなく、恋し、愛されたその果ての二人――……。

 卵から孵した雛が、自分の最愛のひとになるのだと、昔のエリスティナは想像しただろうか。
 最愛であることは変わらずとも、こんなに愛おしく、こんなに恋焦がれる、慕情を向けられるひとになるのだと、あの時のエリスティナは。

 一陣の風が吹く。
 初夏の、やわらかな若葉の匂いを運んでくる。

 ふと、クリスはエリナの頬にそばかすがほとんどないのに気付いて、エリナを見つめた。

 それに気づいて、エリナは笑った。

「エリー、顔が……」
「エリスティナに近づいてる?」
「ええ、はい」
「ふふ」

 エリナは頬を押さえて、クリスに向き直る。

「もしかすると、記憶が混ざって、ちゃんと過去を受け入れられたから、エリスティナの顔に近づいているのかもね」

 クリスが少し驚いた顔をする。
 以前のエリナなら、過去にとらわれ、クリスを喪ったと自分を責めていたエリナなら、受け入れがたい変化だっただろう。
 けれど、今は。
 すがすがしい気持ちで、エリナはクリスとつないだ手を見つめた。

「――悪くないわ」

 ああ、本当に、生まれてきてよかった。
 産まれてくれてありがとう、生きていてくれてありがとう。
 そんな言葉から始まった恋の話は、こうして結末を迎えるけれど、ふたりのこれからはまだ終わらない。
 だって、あなたが私の幸いで、あなたが私の愛の証だから。
 竜種の王と、その番は、これから幸せな時を歩み続ける。

 ずっと――ずっと。永遠に。



しおりを挟む
感想 57

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(57件)

ファル子
2022.04.02 ファル子
ネタバレ含む
2022.04.03 高遠すばる

ご感想、ありがとうございます。
また、完結のお祝いありがとうございます。

カヤやリーハは悪役ですが、愛情を込めて書きましたのでそう言っていただけて嬉しいです。

イフのストーリーなんかもイメージして私もにこにこしました。

機会がありましたらまた番外編を書きたい気持ちです。

ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました!

解除
此処寝
2022.04.02 此処寝
ネタバレ含む
2022.04.02 高遠すばる

ご感想、ありがとうございます。

カヤの存在をそのように読んでいただけたこと、本当に嬉しく思います。

完結まで残りわずかですが、どうか楽しんでいただけますように。

解除
やなぎ
2022.03.31 やなぎ
ネタバレ含む
2022.03.31 高遠すばる

ご感想、ありがとうございます。

クライマックスを楽しんでいただければ幸いです。

解除

あなたにおすすめの小説

同期とルームシェアしているつもりなのは、私だけだったようです。

橘ハルシ
恋愛
お世話されヒロインです。 魔術師で研究所勤めのラシェルは、没頭すると何もかも忘れてしまいがち。なので魔術学校で同級生だった同期のルキウスが一緒に暮らしつつ、衣食住の面倒を見てくれている。    実はルキウスは卒業時にプロポーズをしたのだが、遠回し過ぎて彼女に気づかれず失敗に終わった。現在、彼女は彼とルームシェアをしていると思っている。  彼女に他の男が寄って来ないようこっそり魔術をかけたり、自分の髪や目の色の髪飾りをつけたりして周りに主張しつつも、再度想いを告げることには消極的なルキウスだったが。 全24話+番外編です。 大事にお世話されるヒロインが書きたくなったので…。 設定に矛盾があるかもしれませんが、そこはあまり突っ込まないでいただけるとありがたいです。 他サイトにも投稿しております。

呪われた黒猫と蔑まれた私ですが、竜王様の番だったようです

シロツメクサ
恋愛
ここは竜人の王を頂点として、沢山の獣人が暮らす国。 厄災を運ぶ、不吉な黒猫─────そう言われ村で差別を受け続けていた黒猫の獣人である少女ノエルは、愛する両親を心の支えに日々を耐え抜いていた。けれど、ある日その両親も土砂崩れにより亡くなってしまう。 不吉な黒猫を産んだせいで両親が亡くなったのだと村の獣人に言われて絶望したノエルは、呼び寄せられた魔女によって力を封印され、本物の黒猫の姿にされてしまった。 けれど魔女とはぐれた先で出会ったのは、なんとこの国の頂点である竜王その人で─────…… 「やっと、やっと、見つけた────……俺の、……番……ッ!!」 えっ、今、ただの黒猫の姿ですよ!?というか、私不吉で危ないらしいからそんなに近寄らないでー!! 「……ノエルは、俺が竜だから、嫌なのかな。猫には恐ろしく感じるのかも。ノエルが望むなら、体中の鱗を剥いでもいいのに。それで一生人の姿でいたら、ノエルは俺にも自分から近付いてくれるかな。懐いて、あの可愛い声でご飯をねだってくれる?」 「……この周辺に、動物一匹でも、近づけるな。特に、絶対に、雄猫は駄目だ。もしもノエルが……番として他の雄を求めるようなことがあれば、俺は……俺は、今度こそ……ッ」 王様の傍に厄災を運ぶ不吉な黒猫がいたせいで、万が一にも何かあってはいけない!となんとか離れようとするヒロインと、そんなヒロインを死ぬほど探していた、何があっても逃さない金髪碧眼ヤンデレ竜王の、実は持っていた不思議な能力に気がついちゃったりするテンプレ恋愛ものです。世界観はゆるふわのガバガバでつっこみどころいっぱいなので何も考えずに読んでください。 ※ヒロインは大半は黒猫の姿で、その正体を知らないままヒーローはガチ恋しています(別に猫だから好きというわけではありません)。ヒーローは金髪碧眼で、竜人ですが本編のほとんどでは人の姿を取っています。ご注意ください。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。 それでもフランソアは “僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ” というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。 そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。 聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。 父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。 聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。 静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。 ……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか? 枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと 忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称) これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、 ――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。