婚約破棄された令嬢、商才と魅力で運命を変える

腐ったバナナ

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20話

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 王都の朝は、春の訪れを告げるように穏やかだった。
 薄く曇った空の下、エリスは王宮の庭園を歩いていた。ここに来るのは、王の側近たちとの商談を終えた後のほんの短い休息のためだった。

 王宮の使用人たちは、いまや彼女を「商才ある令嬢」として尊敬の目で見るようになっていた。
 かつて社交界で陰口を囁かれ、顔を背けられていた頃とはまるで違う。

 けれど、エリスの表情にはおごりも誇りもなく、ただ静かな凛とした気配だけがあった。

 ──努力は報われる。だが、それは奇跡ではなく、積み重ねの結果。
 彼女はそれを誰よりも知っていた。

「エリス様」

 背後から聞こえた声に、彼女は振り返った。そこに立っていたのは、最近よく顔を合わせる青年貴族、アラン・レオネル卿だった。
 まだ若いが、地方領地をまとめ上げる才覚に優れ、誠実な人柄で知られている。

「王宮であなたを見かけるのは、これで三度目ですね。」

 アランは笑みを浮かべながら、軽く一礼した。
「あなたの働きぶりが噂になっています。まさか私の領地の製品まで改良されていたとは。」

「ええ、品質を安定させるには、供給側の整備が不可欠でしたから。」

 エリスは穏やかに微笑んだ。
 彼女の笑みは、柔らかくも芯があり、相手を自然に引き寄せる力があった。

 アランは少し目を細める。

「…あなたのような方が、もっと早く評価されるべきでしたね。」

 その言葉に、エリスの胸が一瞬だけ痛んだ。
 “もっと早く”。それは過去の自分を思い出させる言葉だった。
 ──あの日、婚約破棄を突きつけられた瞬間。
 あのとき自分を支えるものは、何もなかった。

「ありがとうございます。でも、私は今の道を選んだことを後悔していません。」

「強いんですね。」

「いえ…強くなりたかっただけです。」

 しばらく、二人の間に心地よい沈黙が流れる。庭園の花々が揺れ、春風がエリスの髪を優しく撫でた。

 アランが静かに切り出した。

「もし許されるなら…いつかあなたの事業の視察に伺ってもよろしいでしょうか?」

「視察、ですか?」

「ええ。ですが本音を言えば――あなたにもう少し会いたいだけです。」

 エリスは思わず息を呑んだ。

 こんな真っ直ぐな言葉を向けられたのは、いつ以来だろう。
 胸の奥で何かが小さく揺れ、彼女は視線を落とした。

「…今はまだ、すぐに答えを出せません。私は、仕事のことで頭がいっぱいで。」

「それでいいと思います。」

 アランの声は優しかった。

「焦る必要はありません。あなたが選ぶ時が来たら、その時に答えてください。」

 その言葉に、エリスの心の奥に温かいものが広がる。
 “選ぶ”――それは、かつて自分が奪われた自由だった。
 けれど今は違う。
 誰に強いられるでもなく、誰かに支配されるでもなく、自分の意思で選べる。

 夕方、屋敷に戻ったエリスは、書斎の机に並んだ契約書類を見つめながら、ふと微笑んだ。
 一通の手紙が目に留まる。アランからのものだった。

「あなたがどんな道を選んでも、私はその努力を敬意をもって見守ります。」

 エリスはペンを取り、短い返事を書いた。

「あなたの言葉を嬉しく思います。
 いつか、その日が来たら、きちんとお話しできるように努めます。」

 封を閉じ、机の上に置くと、彼女は窓辺に歩み寄った。
 街の灯が一つ、また一つと灯り始める。
 その光を見つめながら、彼女は心の中でそっと呟く。

 ──私はもう、過去に縛られない。
 努力も、選択も、愛も。
 すべて自分の意思で、手に入れてみせる。

 その横顔には、静かな自信と、未来への予感が宿っていた。
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