婚約破棄された令嬢、商才と魅力で運命を変える

23話

　初秋の朝、冷たい霧が街を包み込む。アントン・ヴァレンティーノは重苦しい足取りで自宅の書斎に入った。窓の外には、かつて社交界での栄光を誇った庭園が静かに広がっている。
　しかし今、その庭園は無人で、花々の手入れもままならず、かつての華やかな日々の面影は薄れていた。

「この状況…どうすれば……」

　アントンは独り言のように呟き、机の上に広げられた手紙の束を見つめる。社交界の噂、取引先からの無視、そして失望の眼差し——あらゆる記録が、彼の失敗を無言で告げていた。

　一方、ヴィオラも同じく焦燥と嫉妬に駆られていた。彼女は朝食の席で、父親の前で微笑もうとするが、言葉が喉を通らない。

「ヴィオラ…どうして最近、皆が距離を置くのだ？」父の低い声。

「……わかりません、父上」

　ヴィオラは伏し目がちに答える。胸の中は不安と苛立ちでいっぱいだった。

　昨日の晩、社交界での小さな失態が、噂となり急速に広まった。かつて自分たちを軽蔑していた者たちが、今や冷ややかな視線を向けてくる。アントンとヴィオラの努力はすべて、もはや空回りにしか見えなかった。

　昼過ぎ、アントンは貴族の集まりに顔を出す。だが、周囲の挨拶は形ばかりで、視線の先には無言の批判が滲む。

「……これは……完全に信頼を失ったな」

　アントンは小さく息を吐く。かつて彼を称賛していた商人も、今や冷淡に視線を逸らすだけだった。

　ヴィオラは、鏡の前で自分の化粧を直す。だが、その瞳には、かつての自信や虚勢は跡形もなく、わずかな焦燥と苛立ちが残るだけだった。

「どうして…どうしてあの子が…」

　小声で呟くが、答えは風に流れ、誰の耳にも届かない。

　夕方、書斎で再び二人は顔を合わせる。

「このままじゃ……社交界での立場も、家の威厳も……」

　アントンの声はかすかに震えていた。

「……どうしたらいいの、アントン？」

　ヴィオラはついに涙をこぼした。自分たちの計略や策略がすべて裏目に出たことを、誰よりも痛感していた。

　アントンは視線を天井に向け、ため息をつく。

「…私たちは、自分たちの努力だけでは、何も変えられなかったのだ。あのエリス…いや、あの女性には、最初から底力があった」

　ヴィオラはうなずき、無言で涙をぬぐった。
　かつて軽蔑していた相手は、今や自分たちが届かない高さに立っていたのだ。嫉妬も怒りも、すべて虚しく消えていく。

　夜。窓の外には静かな月が輝く。アントンは自室で手紙をまとめ、社交界への出席も控える決意を固めた。ヴィオラもまた、無理に社交界で笑顔を作ることをやめ、自分の内面と向き合うことを余儀なくされる。

　二人の心には、静かな敗北感と、これから自らを再構築する必要性が残った。かつての栄光は失われたが、その喪失が、次の道を考えるきっかけとなる――

　だが、それはまだ苦く、冷たい現実として、二人の胸に重くのしかかっていた