婚約破棄された令嬢、商才と魅力で運命を変える

24話

　早朝の柔らかな光が、エリスの書斎に差し込む。窓の外には、彼女が手がけた市場や工房が広がり、忙しそうに働く人々の姿があった。木箱を運ぶ商人、品物を並べる職人、注文を確認する助手たち――その全てが、かつての自分には想像もできなかった光景だった。

　エリスは深く息を吸い込み、椅子に腰を下ろした。手元には、古い手帳が置かれている。そこには、婚約破棄の日、孤独に泣きながら書きつけた心の叫びや思考の断片が残っていた。

「こんな日が、あったんだ…」

　エリスはつぶやく。

　ページをめくると、あの日の記憶が鮮明に蘇る――侯爵家の社交パーティで、アントン・ヴァレンティーノに派手に婚約破棄された瞬間。会場の冷たい視線、胸を締め付ける羞恥、怒りと孤独感。手帳に書かれた文字が、まるで当時の自分の声のように揺れていた。

　次のページには、涙でにじんだ文字が並ぶ。

　 • 初めて小さな市場で手作り品を売った日
　 • 協力者カイとともに、困難な交渉を乗り越えた瞬間
　 • 取引先から初めての大口注文を受けた日
　 • 社交界で少しずつ評価され、元婚約者たちが小さく動揺した時

　その全てが、努力と知恵で築いた成果だった。

「私は、あのときの自分とはもう違う」

　エリスはそっと微笑む。胸に広がる充実感は、かつての孤独感とはまったく別物だった。

　机の上には、最近の取引報告書や手紙も広がっていた。

　 • 王族や有力者からの依頼
　 • 縁談の候補者からの礼儀正しい手紙
　 • 日々成長する事業の数字と報告

　一つ一つに目を通すたび、過去の自分では成し得なかったことが、現実として目の前に存在することを実感する。

「こうして振り返ると、あの苦しい日々も無駄じゃなかった…」

　そのとき、工房からカイの声が聞こえた。

「エリス様、今日の取引先との会議の準備、そろそろ始めませんか？」

「ありがとう、カイ。すぐに向かうわ」

　エリスは立ち上がり、窓の外の景色を見渡した。朝の光が、街の人々の活動を照らしている。過去の痛みも、失敗も、今の自分の力となっていることを改めて実感した。

　工房へ向かう途中、彼女は市場で働く人々の笑顔を目にした。

「今日もよろしくね」

　と声をかけると、皆が

「はい、エリス様！」

　と元気に応える。
　その反応に、胸が温かくなる。

「これが、私の場所――私が築いた世界」

　エリスは深呼吸をし、手帳を大切にしまい込んだ。過去の痛みは、もはや重荷ではない。成長の糧として、自信に変わっていた。

「さあ、今日も頑張ろう」

　希望と自信に満ちた瞳が、未来を見据えて輝いている。これまでの困難も、今の自分を形作る大切な一部だったのだ。