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3話
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エリスは数日間、屋敷の部屋に閉じこもっていた。
食事もろくに喉を通らず、窓辺から外を眺めるだけの時間が続く。
「……私に残されたものなんて、何もない」
涙も出なくなり、虚ろな目で呟いたその時――。
「――失礼いたします」
重厚な扉が静かに開いた。
侍女たちでさえ遠慮していたその部屋に入ってきたのは、年老いた男。
白い法衣に金糸の刺繍を施した衣をまとい、穏やかな眼差しをたたえていた。
「……あなたは?」
「私は大神官セラフィム。神殿を預かる者です」
その名を聞いて、エリスははっと息を呑んだ。
王都に生きる誰もが知る存在――神殿の長、神意を代弁する高位の聖職者。
なぜ、このような人物が自分の部屋に?
「急に押しかけてしまい、申し訳ありません。しかし、どうしても貴女と話す必要がありました」
セラフィムはゆっくりと椅子に腰を下ろし、静かに彼女を見つめる。
その眼差しは、突き刺すような批判でも、哀れみでもなかった。
まるで、すべてを受け入れるような温かさがそこにはあった。
「……今さら私に何の用があるのですか」
「何の用、ですか。ふむ……それは神の導き、とだけ申し上げておきましょう」
謎めいた答えに、エリスは眉をひそめる。
セラフィムはさらに言葉を続けた。
「婚約破棄で心を痛めておられると伺いました。ですが……エリス嬢、どうかご自身を卑下なさらぬように。貴女には――まだ誰も気づいていない、大切な役割がある」
「……私に、役割?」
「はい。時が来れば、誰もがその真実を知るでしょう」
老人の声は確信に満ちていた。
けれど、それが何を意味するのかエリスにはわからない。
ただ、絶望の闇に沈んでいた彼女の心に、その言葉は小さな灯火をともした。
「……私に、まだ……価値がある、と?」
震える声で尋ねるエリスに、セラフィムは微笑んだ。
「価値、などというものではありません。――貴女は神に選ばれし存在なのです」
はっと顔を上げるエリス。
だがセラフィムはそれ以上多くを語らず、立ち上がった。
「近いうちに、社交界の場で再びお会いしましょう。その時こそ、真実が明らかになります」
そう告げると、彼はまるで風のように静かに去っていった。
残されたエリスは胸に手を当て、まだ速く脈打つ鼓動を感じていた。
「……私が、神に……選ばれた……?」
信じられない。けれど、その言葉は確かに彼女を縛る絶望の鎖を少しだけ緩めていた。
◇
一方その頃、王都の社交界では――。
アランとリディアが、婚約発表を盛大に行おうとしていた。
その背後で、何かが静かに動き始めていることに、彼らはまだ気づいていなかった。
食事もろくに喉を通らず、窓辺から外を眺めるだけの時間が続く。
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「……あなたは?」
「私は大神官セラフィム。神殿を預かる者です」
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なぜ、このような人物が自分の部屋に?
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セラフィムはゆっくりと椅子に腰を下ろし、静かに彼女を見つめる。
その眼差しは、突き刺すような批判でも、哀れみでもなかった。
まるで、すべてを受け入れるような温かさがそこにはあった。
「……今さら私に何の用があるのですか」
「何の用、ですか。ふむ……それは神の導き、とだけ申し上げておきましょう」
謎めいた答えに、エリスは眉をひそめる。
セラフィムはさらに言葉を続けた。
「婚約破棄で心を痛めておられると伺いました。ですが……エリス嬢、どうかご自身を卑下なさらぬように。貴女には――まだ誰も気づいていない、大切な役割がある」
「……私に、役割?」
「はい。時が来れば、誰もがその真実を知るでしょう」
老人の声は確信に満ちていた。
けれど、それが何を意味するのかエリスにはわからない。
ただ、絶望の闇に沈んでいた彼女の心に、その言葉は小さな灯火をともした。
「……私に、まだ……価値がある、と?」
震える声で尋ねるエリスに、セラフィムは微笑んだ。
「価値、などというものではありません。――貴女は神に選ばれし存在なのです」
はっと顔を上げるエリス。
だがセラフィムはそれ以上多くを語らず、立ち上がった。
「近いうちに、社交界の場で再びお会いしましょう。その時こそ、真実が明らかになります」
そう告げると、彼はまるで風のように静かに去っていった。
残されたエリスは胸に手を当て、まだ速く脈打つ鼓動を感じていた。
「……私が、神に……選ばれた……?」
信じられない。けれど、その言葉は確かに彼女を縛る絶望の鎖を少しだけ緩めていた。
◇
一方その頃、王都の社交界では――。
アランとリディアが、婚約発表を盛大に行おうとしていた。
その背後で、何かが静かに動き始めていることに、彼らはまだ気づいていなかった。
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