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第10回 ひしゃげ様
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都市伝説レポート 第10回
「ひしゃげ様」
取材・文: 野々宮圭介
「その話は、もう二十年も聞いてないよ。若い人には教えんようにしとるからね」
そう語るのは、九州K県の山間にある小さな村、T村の古老・井上さん(仮名・78歳)だ。私が「ひしゃげ様」の話を聞きたいと切り出した途端、彼の表情は曇った。
この「ひしゃげ様」という名前自体、ほとんど資料に残っていない。偶然、佐伯記者が九州取材の際に地元の酒場で耳にした断片的な会話が発端だった。「あの道は夜に歩いたらアカン。ひしゃげ様に出会うで」——その一言だけで、私は取材の許可を取り、翌週には現地に飛んでいた。
本誌読者はご存知の通り、日本の山間部には無数の妖怪・怪異伝承が残っている。しかし「ひしゃげ様」は既存の図鑑や民俗資料にその名がない。これは埋もれていた地方伝承なのか、あるいは比較的新しい都市伝説なのか。その真相を求めて、私は3日間の現地調査を行った。
T村は人口わずか500人ほどの小さな村だ。過疎化が進み、若者の多くは都市部へと流出している。山間の谷あいに点在する家々は、昼なお薄暗い印象を受ける。
最初に訪れた村役場では、誰もが「ひしゃげ様」についての質問に首を傾げた。「そんな話は聞いたことがない」と若い職員は答える。しかし、地元の郷土史家を紹介してもらい、訪ねてみると状況は一変した。
「若い人には話さないようにしているんですよ」
郷土史家の田中氏(仮名・69歳)は、周囲に人がいないことを確認してから、小声で語り始めた。
「ひしゃげ様というのは、この村とその周辺だけで語り継がれてきた妖怪というか、怪異なんです。特に、村の北側にある『カラ谷』と呼ばれる道を夜に通ると出会うとされています」
田中氏によれば、ひしゃげ様の特徴は次のようなものだという。
1. 異常に関節が曲がった人間のような影
2. 四つん這いで這い回る姿
3. 動くたびに「ガリガリ」と骨を鳴らす音がする
4. 見た人間は少しずつ体が曲がり始め、最終的には同じ姿になる
「かつては、行方不明になった人が『ひしゃげ様になった』と言われることもありました」と田中氏は語る。
さらに調査を進めるうちに、実際に「ひしゃげ様」を見たという証言者と接触することができた。
「あれは15年前の冬です。午後6時頃でしたが、山間部は既に真っ暗でした」
そう語るのは、現在は隣町に住む佐藤さん(仮名・42歳)だ。
「カラ谷の道を車で走っていたとき、ヘッドライトに何かが映りました。最初は野良猫か何かと思ったんです。でも、近づくにつれて…」
佐藤さんは言葉を詰まらせた。
「人間の形なんですが、四肢の関節が全て逆に曲がっている。そんな姿で道路を横切っていったんです。ガリガリという音が、車の中にいても聞こえました」
佐藤さんは翌日から右腕の肘が痛み始め、徐々に曲がり始めたという。恐怖を感じた彼は、すぐに村を出た。
「都会の病院で診てもらったら、一種の筋肉の痙攣だと言われました。治療を受けて今は普通に動きますが、時々、夜中に肘が勝手に曲がる感覚で目が覚めることがあります」
もう一人の証言者、現在もT村に住む森さん(仮名・65歳)は、より詳細な描写をしてくれた。
「あれは人間じゃない。でも、かつて人間だったものだと思います」と森さんは言う。「ひしゃげ様は、元は普通の人間だったんです。でも、『先に見たひしゃげ様』に取り憑かれて、少しずつ体が歪み、最後には人間ではなくなる。そうしてまた新しい犠牲者を作る」
この「連鎖」の要素は、日本各地に存在する「見てはいけない」系の都市伝説に共通するものだ。「口裂け女」や「テケテケ」のように、遭遇した者が次の伝承者または媒介者になるという構造である。
証言を集めた私は、問題の「カラ谷」を訪れることにした。村の北側に位置するこの道は、周囲を杉林に囲まれた細い山道だ。昼間でさえ薄暗く、道端には苔むした古い地蔵が点在している。
地元の案内人は夜間の同行を頑なに拒否したため、日中の調査にとどめざるを得なかった。カラ谷には特に目立った特徴はない。しかし、一か所だけ気になる場所があった。道の途中にある小さな三叉路だ。
「あそこは昔、自殺があった場所です」と案内人は指差した。「40年ほど前、関節リウマチを患っていた老人が、苦しみに耐え切れずに…」
その後の詳細は語られなかったが、この場所にお地蔵さんが祀られていることから、何らかの事故や事件があったことは間違いないだろう。
3日間の調査で集めた情報を整理すると、「ひしゃげ様」伝説にはいくつかの特徴的な要素がある。
まず、その外見は明らかに人間の身体の「歪み」や「変形」に焦点を当てている。これは身体的な病や障害への恐怖が昇華された可能性がある。特に関節リウマチのような疾患は、かつての農村地域では適切な治療が難しく、進行すると関節の変形を招くことがある。
また、夜道で出会う「異形のもの」という設定は、山間部特有の暗闇への恐怖と結びついている。街灯のない山道は、月明かりさえない夜には完全な闇に包まれる。そんな環境で見る人影は、容易に想像力を掻き立てるだろう。
最後に、「見た者が同じになる」という要素は、多くの伝染性都市伝説に共通するパターンだ。これは単なる恐怖を超えて、「禁忌を破った者への罰」という道徳的な側面も持っている。「夜に一人で出歩くな」という教訓を含んでいるとも解釈できる。
「ひしゃげ様」は、文献に残らない口承の怪異として、小さな村の中だけで密かに語り継がれてきた。若者の流出と共に、この伝承も徐々に風化しつつあるようだ。
しかし、最後に訪れた地域の小学校で、意外な発見があった。休み時間に校庭で遊ぶ子どもたちの間で、「ひしゃげ鬼」という鬼ごっこが行われていたのだ。「鬼」になった子どもは、関節を曲げた奇妙な姿勢で這いながら他の子を追いかける。
伝承は形を変え、時に子どもの遊びとなって生き続けるのかもしれない。
この「ひしゃげ様」の話をどう解釈するかは、読者の皆様にお任せしたい。単なる迷信か、何らかの実体験に基づく伝承か、あるいは全く別の真実があるのか——。
ただ一つ言えるのは、日本の片隅には、まだ私たちの知らない怪異が潜んでいるということだ。そして私は、これからもそれらを追い続けるだろう。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
「ひしゃげ様」
取材・文: 野々宮圭介
「その話は、もう二十年も聞いてないよ。若い人には教えんようにしとるからね」
そう語るのは、九州K県の山間にある小さな村、T村の古老・井上さん(仮名・78歳)だ。私が「ひしゃげ様」の話を聞きたいと切り出した途端、彼の表情は曇った。
この「ひしゃげ様」という名前自体、ほとんど資料に残っていない。偶然、佐伯記者が九州取材の際に地元の酒場で耳にした断片的な会話が発端だった。「あの道は夜に歩いたらアカン。ひしゃげ様に出会うで」——その一言だけで、私は取材の許可を取り、翌週には現地に飛んでいた。
本誌読者はご存知の通り、日本の山間部には無数の妖怪・怪異伝承が残っている。しかし「ひしゃげ様」は既存の図鑑や民俗資料にその名がない。これは埋もれていた地方伝承なのか、あるいは比較的新しい都市伝説なのか。その真相を求めて、私は3日間の現地調査を行った。
T村は人口わずか500人ほどの小さな村だ。過疎化が進み、若者の多くは都市部へと流出している。山間の谷あいに点在する家々は、昼なお薄暗い印象を受ける。
最初に訪れた村役場では、誰もが「ひしゃげ様」についての質問に首を傾げた。「そんな話は聞いたことがない」と若い職員は答える。しかし、地元の郷土史家を紹介してもらい、訪ねてみると状況は一変した。
「若い人には話さないようにしているんですよ」
郷土史家の田中氏(仮名・69歳)は、周囲に人がいないことを確認してから、小声で語り始めた。
「ひしゃげ様というのは、この村とその周辺だけで語り継がれてきた妖怪というか、怪異なんです。特に、村の北側にある『カラ谷』と呼ばれる道を夜に通ると出会うとされています」
田中氏によれば、ひしゃげ様の特徴は次のようなものだという。
1. 異常に関節が曲がった人間のような影
2. 四つん這いで這い回る姿
3. 動くたびに「ガリガリ」と骨を鳴らす音がする
4. 見た人間は少しずつ体が曲がり始め、最終的には同じ姿になる
「かつては、行方不明になった人が『ひしゃげ様になった』と言われることもありました」と田中氏は語る。
さらに調査を進めるうちに、実際に「ひしゃげ様」を見たという証言者と接触することができた。
「あれは15年前の冬です。午後6時頃でしたが、山間部は既に真っ暗でした」
そう語るのは、現在は隣町に住む佐藤さん(仮名・42歳)だ。
「カラ谷の道を車で走っていたとき、ヘッドライトに何かが映りました。最初は野良猫か何かと思ったんです。でも、近づくにつれて…」
佐藤さんは言葉を詰まらせた。
「人間の形なんですが、四肢の関節が全て逆に曲がっている。そんな姿で道路を横切っていったんです。ガリガリという音が、車の中にいても聞こえました」
佐藤さんは翌日から右腕の肘が痛み始め、徐々に曲がり始めたという。恐怖を感じた彼は、すぐに村を出た。
「都会の病院で診てもらったら、一種の筋肉の痙攣だと言われました。治療を受けて今は普通に動きますが、時々、夜中に肘が勝手に曲がる感覚で目が覚めることがあります」
もう一人の証言者、現在もT村に住む森さん(仮名・65歳)は、より詳細な描写をしてくれた。
「あれは人間じゃない。でも、かつて人間だったものだと思います」と森さんは言う。「ひしゃげ様は、元は普通の人間だったんです。でも、『先に見たひしゃげ様』に取り憑かれて、少しずつ体が歪み、最後には人間ではなくなる。そうしてまた新しい犠牲者を作る」
この「連鎖」の要素は、日本各地に存在する「見てはいけない」系の都市伝説に共通するものだ。「口裂け女」や「テケテケ」のように、遭遇した者が次の伝承者または媒介者になるという構造である。
証言を集めた私は、問題の「カラ谷」を訪れることにした。村の北側に位置するこの道は、周囲を杉林に囲まれた細い山道だ。昼間でさえ薄暗く、道端には苔むした古い地蔵が点在している。
地元の案内人は夜間の同行を頑なに拒否したため、日中の調査にとどめざるを得なかった。カラ谷には特に目立った特徴はない。しかし、一か所だけ気になる場所があった。道の途中にある小さな三叉路だ。
「あそこは昔、自殺があった場所です」と案内人は指差した。「40年ほど前、関節リウマチを患っていた老人が、苦しみに耐え切れずに…」
その後の詳細は語られなかったが、この場所にお地蔵さんが祀られていることから、何らかの事故や事件があったことは間違いないだろう。
3日間の調査で集めた情報を整理すると、「ひしゃげ様」伝説にはいくつかの特徴的な要素がある。
まず、その外見は明らかに人間の身体の「歪み」や「変形」に焦点を当てている。これは身体的な病や障害への恐怖が昇華された可能性がある。特に関節リウマチのような疾患は、かつての農村地域では適切な治療が難しく、進行すると関節の変形を招くことがある。
また、夜道で出会う「異形のもの」という設定は、山間部特有の暗闇への恐怖と結びついている。街灯のない山道は、月明かりさえない夜には完全な闇に包まれる。そんな環境で見る人影は、容易に想像力を掻き立てるだろう。
最後に、「見た者が同じになる」という要素は、多くの伝染性都市伝説に共通するパターンだ。これは単なる恐怖を超えて、「禁忌を破った者への罰」という道徳的な側面も持っている。「夜に一人で出歩くな」という教訓を含んでいるとも解釈できる。
「ひしゃげ様」は、文献に残らない口承の怪異として、小さな村の中だけで密かに語り継がれてきた。若者の流出と共に、この伝承も徐々に風化しつつあるようだ。
しかし、最後に訪れた地域の小学校で、意外な発見があった。休み時間に校庭で遊ぶ子どもたちの間で、「ひしゃげ鬼」という鬼ごっこが行われていたのだ。「鬼」になった子どもは、関節を曲げた奇妙な姿勢で這いながら他の子を追いかける。
伝承は形を変え、時に子どもの遊びとなって生き続けるのかもしれない。
この「ひしゃげ様」の話をどう解釈するかは、読者の皆様にお任せしたい。単なる迷信か、何らかの実体験に基づく伝承か、あるいは全く別の真実があるのか——。
ただ一つ言えるのは、日本の片隅には、まだ私たちの知らない怪異が潜んでいるということだ。そして私は、これからもそれらを追い続けるだろう。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
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