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第196回 偽りの即身仏
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都市伝説レポート 第196回
「偽りの即身仏」
取材・文: 野々宮圭介
筆者の元に一本の電話がかかってきたのは、秋も深まった十月の夕刻のことだった。電話の主は長野県の建設会社で解体工事を請け負っているという男性で、「とんでもないものが出てきた」という切羽詰まった声であった。
「即身仏が出てきたんです。でも、何かおかしい。警察も困っているし、マスコミにも出せない。どうしたらいいか分からなくて...」
男性の話によると、長野県北部の山間部にある廃寺・慈光院の解体作業中、本堂の床下から蓮華座を組んだ状態のミイラ化した遺体が発見されたという。一見すると即身仏そのものの姿勢だったが、警察による詳しい調査で奇妙な事実が判明したのだった。
筆者は翌週、その慈光院の跡地を訪れた。既に本堂は解体されており、コンクリートの基礎部分が露出している状況だった。現場監督の田中氏(仮名)が筆者を案内してくれた。
「ここです」
田中氏は基礎の一角を指差した。
「床板を剥がしたら、いきなり出てきたんです。最初は本物の即身仏かと思って慌てました。でも...」
田中氏の表情が曇る。
「警察が来て、科学的な調査をしたら、頭に殴られた跡があるって分かったんです。それに肋骨も何本か折れていた。即身仏になるために修行していた人が、そんな怪我をするはずがないでしょう?」
慈光院は江戸時代後期に建立された真言宗の寺院だったが、戦後の過疎化で檀家が減少し、1985年に無住となっていた。最後の住職・宮下慈雲師は1983年に亡くなっており、その後は無人のまま朽ち果てるに任されていたという。
県警の捜査関係者は匿名を条件に次のように語った。
「DNA鑑定の結果、1978年に行方不明届が出されていた男性と一致しました。当時30代だった会社員の方です。失踪当時の状況を調べ直してみると、興味深い事実が浮かび上がってきました」
その男性・A氏(仮名)は東京都内の商社に勤める真面目なサラリーマンだった。しかし1978年の春頃から、大学時代の親友が新興宗教団体に入信し、多額の献金をしていることを深刻に心配するようになった。
「友人を取り戻しに行く」
A氏は家族にそう告げて東京を発ったまま、消息を絶った。当時の捜査資料には「蒸発事案」として処理されており、事件性は認められていなかった。
A氏が追っていた新興宗教団体について、筆者は民俗学者の乙羽教授に話を聞いた。
「1970年代後半のその地域には、確かに問題のある宗教団体がありました。『光明真理会』という名前でしたが、実態は霊感商法まがいの集金システムでした。教祖は元々は別の宗派の僧侶でしたが、独立して自分の教団を作ったのです」
乙羽教授によると、光明真理会は1979年に突然解散している。教祖の行方も分からなくなり、信者たちも散り散りになったという。
「解散の時期とA氏の失踪時期が重なっているのは、偶然とは思えません。何らかの事件が起きて、隠蔽工作が行われた可能性が高い」
幸い、最後の住職・宮下慈雲師の甥にあたる宮下氏が健在で、筆者は話を聞くことができた。
「叔父は晩年、『寺に変な連中が出入りするようになった』と心配していました。1978年頃からでしょうか。『修行をさせてほしい』と言って若い男女のグループが来るようになったと」
宮下氏の話では、そのグループは光明真理会の関係者だったらしい。住職は最初は善意で境内の使用を許可したが、次第に不審な行動が目立つようになった。
「叔父は『あいつらは本当の修行をしているのではない。何か別の目的がある』と言っていました。でも、高齢で体も弱っていたので、強く断ることもできなかったようです」
住職は1983年に亡くなったが、死の直前に甥に奇妙なことを語っていたという。
「『本堂の床下に、仏様でないものが眠っている』と。その時は何のことか分かりませんでしたが...」
筆者は大学病院の法医学教室にも取材を行った。匿名の法医学者は次のように分析する。
「頭蓋骨の損傷パターンから見て、鈍器で殴打された可能性が高い。右肋骨の複数箇所骨折も、激しい暴行を受けたことを示している。即身仏になる修行過程で、このような外傷が生じることは考えられない」
さらに、遺体の保存状態についても疑問が残るという。
「真の即身仏であれば、生前から厳格な食事制限を行い、体内の脂肪分を極限まで減らしている。しかしこの遺体は、そうした準備段階を経ていない一般的な成人男性の体型だった。自然にミイラ化したというより、人工的に処理された可能性が高い」
光明真理会の元信者を探し出すことは困難を極めた。教団の解散から40年以上が経過し、関係者の多くが死亡するか連絡がつかない状態だった。
わずかに見つかった元信者の一人は、「あの教団では確かにおかしなことがあった」と証言したが、詳細については「思い出したくない」として多くを語ろうとしなかった。
慈光院の床下で発見された「偽りの即身仏」は、現在、県警によって厳重に保管されている。しかし関係者の多くが鬼籍に入り、物的証拠も乏しいため、事件として立件される可能性は低いとされている。
この事件が示唆するのは、1970年代という時代の暗部である。高度経済成長が終焉を迎え、人々が精神的な支柱を求めていた時代。そんな混迷の中で、宗教を隠れ蓑にした詐欺や暴力が横行していたのかもしれない。
A氏は友人を救おうとして、自らが犠牲となった。その遺体は「即身仏」という神聖な姿に偽装され、長い間、山寺の床下に隠されていた。
この事件の真相が明らかになることはもうないだろう。しかし廃寺の床下から現れた「偽りの仏」は、私たちに何かを語りかけているのかもしれない。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
「偽りの即身仏」
取材・文: 野々宮圭介
筆者の元に一本の電話がかかってきたのは、秋も深まった十月の夕刻のことだった。電話の主は長野県の建設会社で解体工事を請け負っているという男性で、「とんでもないものが出てきた」という切羽詰まった声であった。
「即身仏が出てきたんです。でも、何かおかしい。警察も困っているし、マスコミにも出せない。どうしたらいいか分からなくて...」
男性の話によると、長野県北部の山間部にある廃寺・慈光院の解体作業中、本堂の床下から蓮華座を組んだ状態のミイラ化した遺体が発見されたという。一見すると即身仏そのものの姿勢だったが、警察による詳しい調査で奇妙な事実が判明したのだった。
筆者は翌週、その慈光院の跡地を訪れた。既に本堂は解体されており、コンクリートの基礎部分が露出している状況だった。現場監督の田中氏(仮名)が筆者を案内してくれた。
「ここです」
田中氏は基礎の一角を指差した。
「床板を剥がしたら、いきなり出てきたんです。最初は本物の即身仏かと思って慌てました。でも...」
田中氏の表情が曇る。
「警察が来て、科学的な調査をしたら、頭に殴られた跡があるって分かったんです。それに肋骨も何本か折れていた。即身仏になるために修行していた人が、そんな怪我をするはずがないでしょう?」
慈光院は江戸時代後期に建立された真言宗の寺院だったが、戦後の過疎化で檀家が減少し、1985年に無住となっていた。最後の住職・宮下慈雲師は1983年に亡くなっており、その後は無人のまま朽ち果てるに任されていたという。
県警の捜査関係者は匿名を条件に次のように語った。
「DNA鑑定の結果、1978年に行方不明届が出されていた男性と一致しました。当時30代だった会社員の方です。失踪当時の状況を調べ直してみると、興味深い事実が浮かび上がってきました」
その男性・A氏(仮名)は東京都内の商社に勤める真面目なサラリーマンだった。しかし1978年の春頃から、大学時代の親友が新興宗教団体に入信し、多額の献金をしていることを深刻に心配するようになった。
「友人を取り戻しに行く」
A氏は家族にそう告げて東京を発ったまま、消息を絶った。当時の捜査資料には「蒸発事案」として処理されており、事件性は認められていなかった。
A氏が追っていた新興宗教団体について、筆者は民俗学者の乙羽教授に話を聞いた。
「1970年代後半のその地域には、確かに問題のある宗教団体がありました。『光明真理会』という名前でしたが、実態は霊感商法まがいの集金システムでした。教祖は元々は別の宗派の僧侶でしたが、独立して自分の教団を作ったのです」
乙羽教授によると、光明真理会は1979年に突然解散している。教祖の行方も分からなくなり、信者たちも散り散りになったという。
「解散の時期とA氏の失踪時期が重なっているのは、偶然とは思えません。何らかの事件が起きて、隠蔽工作が行われた可能性が高い」
幸い、最後の住職・宮下慈雲師の甥にあたる宮下氏が健在で、筆者は話を聞くことができた。
「叔父は晩年、『寺に変な連中が出入りするようになった』と心配していました。1978年頃からでしょうか。『修行をさせてほしい』と言って若い男女のグループが来るようになったと」
宮下氏の話では、そのグループは光明真理会の関係者だったらしい。住職は最初は善意で境内の使用を許可したが、次第に不審な行動が目立つようになった。
「叔父は『あいつらは本当の修行をしているのではない。何か別の目的がある』と言っていました。でも、高齢で体も弱っていたので、強く断ることもできなかったようです」
住職は1983年に亡くなったが、死の直前に甥に奇妙なことを語っていたという。
「『本堂の床下に、仏様でないものが眠っている』と。その時は何のことか分かりませんでしたが...」
筆者は大学病院の法医学教室にも取材を行った。匿名の法医学者は次のように分析する。
「頭蓋骨の損傷パターンから見て、鈍器で殴打された可能性が高い。右肋骨の複数箇所骨折も、激しい暴行を受けたことを示している。即身仏になる修行過程で、このような外傷が生じることは考えられない」
さらに、遺体の保存状態についても疑問が残るという。
「真の即身仏であれば、生前から厳格な食事制限を行い、体内の脂肪分を極限まで減らしている。しかしこの遺体は、そうした準備段階を経ていない一般的な成人男性の体型だった。自然にミイラ化したというより、人工的に処理された可能性が高い」
光明真理会の元信者を探し出すことは困難を極めた。教団の解散から40年以上が経過し、関係者の多くが死亡するか連絡がつかない状態だった。
わずかに見つかった元信者の一人は、「あの教団では確かにおかしなことがあった」と証言したが、詳細については「思い出したくない」として多くを語ろうとしなかった。
慈光院の床下で発見された「偽りの即身仏」は、現在、県警によって厳重に保管されている。しかし関係者の多くが鬼籍に入り、物的証拠も乏しいため、事件として立件される可能性は低いとされている。
この事件が示唆するのは、1970年代という時代の暗部である。高度経済成長が終焉を迎え、人々が精神的な支柱を求めていた時代。そんな混迷の中で、宗教を隠れ蓑にした詐欺や暴力が横行していたのかもしれない。
A氏は友人を救おうとして、自らが犠牲となった。その遺体は「即身仏」という神聖な姿に偽装され、長い間、山寺の床下に隠されていた。
この事件の真相が明らかになることはもうないだろう。しかし廃寺の床下から現れた「偽りの仏」は、私たちに何かを語りかけているのかもしれない。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
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