透明から、恋をする

すもも

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04.

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比嘉さんが選んだのは、軽いイタリアンのお店。店内は落ち着いた雰囲気でゆったりとした曲が流れている。上から下げられているドライフラワーもお洒落で、暖色の灯りが優しく店内を照らしていた。席に通されて座ったものの落ち着かなくて視線を彷徨わせる。

「何にする?」

すっとメニューを取って私の方へと向けてくれる。

「え、と」

視線を追ってどうしようかと悩みながらも、1番無難そうなトマトパスタを選ぶ。

「…、比嘉さんはどうします?お酒もあるみたいですよ」
「月子は飲む?」

話を振られて私は首を横に振るった。

「お酒は…あまり得意ではないから飲まないです」
「そうか、なら俺もいいかな。すみません」

手を上げると比嘉さんは私の分も注文してくれた、スムーズだ。あまりにも、デート慣れしているなと思いながら、それも当然かと頷く。だって比嘉さんは既婚者。こういうデートを経て結婚したのだろう。

「…比嘉さんは、奥さんとよくこういうところに来るんですか?」
「………、まぁ、昔はね」

長い沈黙の後に返事が返ってきた。その間が少し気になったけれど、追求するものでもない。ふと店内を見回してみる、客層は女性2人のペアや男女のペアが目立つ。私が黙ってしまうと、比嘉さんも何も言わない。他のお客さんが食事をしている食器の音ばかりを耳が拾ってしまう。視線を落としてコップを手に取って一口飲む。お冷の冷たさが喉を伝っていく。テーブルに戻すと結露がコップを伝ってテーブルに落ちた。手持ち無沙汰で目の前に座る比嘉さんに視線を向ける、落ち着いた様子でゆったりと座っていて、水を一口含んでいる。袖を上げる時に時計が見えて、いつも時計をしているなと気づく。

「……その時計って何か思い入れのあるものですか?」
「そうだな。初めての給料で買った」
「へぇ」

そこでまた沈黙が落ちて、私はもう一口水を含んだ。


ウエイターのお待たせしましたの声に顔を上げてほっとする。比嘉さんが担当として付いてくれている期間は長いけれど、彼とは友人でもなく何を話していいのか分からなかったから。湯気が上がる美味しそうなトマトパスタ。そういえばパスタを食べるのは久しぶりだ。

「いただきまーす」

両手を重ねて、一口食べてか気づく、比嘉さんのを待たないで食べてしまった。お腹が空いていたとはいえこれは軽率過ぎる。

「ご、ごめんなさい。…食べてしまいました」

慌ててフォークを置こうとしたけれど、かつんと食器に当ててしまいそのまま床に落としてしまう。

「あっ、」

慌てて拾おうとしたのがまずかった、テーブルの上に乗っていたコップに肘が当たって倒れる。水がテーブルに広がり、ぽたりと雫となって床に落ちていく。

「わ、あ、ご、ごめんなさい!」

慌ててコップを立てる。

「いいよ、ウエイター」

比嘉さんは手をあげてウエイターさんを呼ぶと、タオルを持ってきてもらってテーブルの上を比嘉さんが拭いてくれた。とんでもない粗相をしてしまった気持ちになって顔が熱くなる。

「あ、あの。濡れてませんか?ごめんなさい、先に食べるし…コップまで」
「気にしてない、コップを倒すのは誰でもやる。濡れてもないよ」

気まずくなって視線をパスタに落とす、ウエイターさんはすぐにやってきて新しい水と、比嘉さんの注文した赤くないパスタが運ばれてきた。

「あの、お昼払います」

ここでも会計を終わらせてくれた比嘉さんに、鞄の中から財布を取り出す。奢らせてはくれないと、事前に言われているけれど、自分の分くらいは自分で払いたい。なのに、比嘉さんは首を横に振るって受け取ろうとはしなかった。押し問答しても仕方がないので、渋々と財布をカバンの中へと仕舞った。


ふたりして街中を歩く、こうしてみても比嘉さんはあまり喋ってくれなくて、隣に歩く比嘉さんを見上げても表情を読み取ろうとして見たけれど、何を考えているのかよく分からない、ふと足が止まったことに少し驚いて一緒に立ち止まる。

「寄っていくか?」

比嘉さんが視線を向けたのは、街中でよく見かける書店だった。断る理由もなく頷く、店内は紙の匂いが
して少し気持ちが落ち着いた。最初に目についたのは何冊も平積みにされた書籍。新人賞受賞、本屋大賞受賞、近づいてそっと表紙を撫でる。10年前は、ここに自分の本が平積みにされていた。純愛フェアと謳われて、その中の目玉商品。あったあったと明るい声を上げて、買ってくれた高校生を見たこともある。けど、今はもうそこには無い、他の棚へと移動してつい自分の本を探してしまう。せめて一冊無いかとか探す。けれど、手を伸ばして指差し一冊ずつ著者を追いかけるけれど、「み」の棚には別の人の名前が並んでいるだけで、自分の本は一冊も扱っていなかった。力なく腕が落ちる。

「あ、あったあったこれ!最近ドラマで見た原作!」

10年前を掘り起こす女性の声に顔を上げる。

「このドラマ、泣けた!めっちゃ良かったんだよね!」

視線で追って、持っている本を見る。…最近ドラマ化されたという、私よりも後にデビューした人の作品だった。唇を噛んで視線を下に向ける。あまりにも、惨めだ。

「…、月子。気になる本はあったか?」

比嘉さんの声が聞こえて顔を見上げると、視界が揺らいで視線を逸らした。泣きそうになっている。自分の本が書店に置かれていないことなんて、分かっていたことなのに。

「……今日はいいです」

「そうか」
私の感情に気づいているのかいないのか、比嘉さんは短く頷いた。


比嘉さんの隣を歩く。デートって本当はもっと楽しいものの筈なのに、どんどん自分が惨めになっていくだけで、何も掴めないままただ時間を浪費している。

「今日はもう帰ろうか」
「…え」

比嘉さんの言葉に戸惑う、だってなにも掴めてない。腕時計を見る比嘉さんに、反対する言葉も見つからず私は頷いた。

マンションに戻ってきた私は、玄関の扉を背にして深くため息を吐いた。比嘉さんと疑似デートをしたものの結局分からず、失敗ばかりをした記憶しか残っていない。自分では選ぶことのないヒールを脱いで、愛用しているスニーカーと並べるとその対比に苦笑する。安物のスリッパを履いて部屋へと入ると、小さな鏡に姿が映ってまるで別人のように見えた。もうひとつため息を吐いて、ワンピースを脱いで本棚に引っ掛けた。途端に、比嘉さんの隣ではしっくりきたその服も、安物に成り下がっているように見えた。
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