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アルカナム王立貴族学院。
ここは貴族のみが通うことを許され、幼い頃から学問、武術、社交を身につけ、他の家系と交友を深め、次の世代を担う優秀な人物を輩出するための静謐なる庭園。
その裏庭は喧騒を嫌う一人の白ウサギ、ノエルにとって唯一の、そしてささやかな聖域だった。
ノエルは国内有数の名門貴族であるレルプス家の長男として生まれた純白の毛皮を持つウサギで、おっとりした優しい性格を持ち、家族を愛し、花を愛で、白詰草を編むことが特技。
小柄な体はやや弱く勉強も遅れがちだったが、愛らしい見た目と相まって誰もが愛する存在だった。
―――彼が生まれた先が、レルプス家の長男でなければ。
レルプス家は『交差する双剣』を紋章とし、『オオカミを宿すウサギ』と呼ばれるほどの武力と知略を武器としてきた一族で、現当主であるギルバート・レルプスもまた、若い頃は勇猛果敢な男として名を馳せ『王国の鋭き刃』の異名を轟かせていた。
そんな血と謀略に彩られ、代々長兄が爵位を継ぐ血の掟が存在しているこの家系において、ノエルは長男でありながら理想の対極にいる存在だった。
木漏れ日が降り注ぐ芝生の上、ノエルは細い指先を動かしてゆっくりと丁寧に白詰草を編み込んでいた。
「……できた。これはメアリちゃんに、こっちはカイルくんに」
純白の毛並みを震わせ、友人へのプレゼントを編み終えたノエルは小さく微笑む。亡き母リリィから教わった、この家系には似つかわしくないほど穏やかな特技。
しかし、その安らぎは無慈悲な足音によって破られた。
「おや、レルプス家の『出来損ない』が、また草遊びか?」
冷ややかな声に、ノエルの肩が跳ねる。振り返ると、そこには取り巻きを引き連れた有力貴族の息子―――鋭い牙を持つ大型犬の血を引く少年たちが、ニヤニヤと笑いながら見下ろすように立っていた。
「……あ、あの、これは……」
「あのレルプス家の当主の座に就く者が、土にまみれて花冠だと? お前の父や、あの忌々しいほど優秀な弟が見たら、さぞ嘆かれるだろうな」
リーダー格の少年ウェルデ・ビスコフが、ノエルの手から編み終えた花冠をひったくる。
「返して……ください……っ」
「返してほしければ、少しはレルプス家らしく牙を剥いてみろよ。……おっと、無理だったな。お前の中にはオオカミどころか、ネズミ一匹住んでいないようだ。なぁ?」
彼らの下卑た笑い声と共に、真っ白な花冠が地面に叩きつけられる。ノエルが青ざめて手を伸ばそうとした瞬間、ウェルデの磨き上げられた革靴が、それを無残に踏みにじった。
「やめて……!」
「黙れ。身体も弱く、勉強も遅れ、挙句の果てには女のような手慰み。お前がレルプスの名を冠しているだけで、この学院の品位が落ちるんだよ」
そう嘲られながら突き飛ばされたノエルは、力なく地面に倒れ込む。汚れなき白の毛並みに、どろりとした泥が跳ねた。
遠くの校舎の陰で、友人である狐の少年カイルと羊の少女メアリが震えながらこちらを見ているのがわかったが、彼らに助けを求めることはできない。自分に関われば、ビスコフ家と比べて遥かに小さな彼らの家門など簡単に握りつぶされてしまう。
ノエルはただ、ギュッと目をつぶり、耳を垂らして嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。
(……ごめんね、みんな。僕が、僕がもっと強ければ……)
心の中で謝り続けるノエルの耳に、ふと、風に乗って噂話が聞こえてきた。
「……例の『氷の天才』、レオン様が帰国されるそうだ」
「飛び級で兄を追い越した、あの若き獅子が?」
踏みつけられた白詰草を見つめながら、ノエルは切なさに胸を締め付けられた。
レオン・レルプス。二つ年下の弟でありながら優秀な成績で飛び級し、今やノエルと同じ学年に在籍している。
現在長期留学中で、留学先でもオオカミどころか獅子を宿していると噂される、自慢の弟。
……ノエルと何もかも正反対の、レルプス家の真の後継者。
彼が帰ってくれば、この惨めな日々は終わるのかもしれない。
しかし同時に、『不要な兄』として自分はその影に消えていくのだという予感と共に、ノエルは震える手で泥まみれの花びらを拾い上げていた。
無惨に踏みにじられた白詰草と、泥に汚れた純白の毛並み。
ウェルデたちが嘲笑いながら去っていくと、静まり返った裏庭に、押し殺していたすすり泣きが小さく漏れた。
「ノエル……っ!」
「ノエル様っ!」
物陰から、カイルとメアリが弾かれたように駆け寄ってきた。
「ひどい……こんなの、あんまりだ!いくら学院に多額の寄付をしているからって……こんな、こんな事していいはずがない!」
カイルが憤りに声を震わせ、泥を払おうとハンカチを取り出す。メアリもまた、涙をいっぱいに溜めた瞳でノエルの傷ついた手をそっと取った。
「ノエル様、お怪我はないですか?保健室へ行きましょう。私が付き添います」
二人の温かい言葉。けれど、ノエルは肩を揺らし、慌ててその手を振り払った。
「だめだよ……二人とも、近寄っちゃだめだ……」
力なく首を振るノエルの瞳には、恐怖ではなく、二人を巻き込むことへの強い拒絶の色が浮かんでいた。
「……お願い。今のことは、誰にも言わないで。特にお父様や……これから帰ってくるレオンには、絶対に」
「でも、ノエルはずっと我慢してるじゃないか!君が何も言わないから、あいつらは調子に乗ってるんだよ!?」
「いいんだよ、カイル。僕が……僕が、レルプスの名にふさわしくないのが悪いんだから」
ノエルは地面に散らばった無残に潰された白詰草の残骸を震える手でかき集める。
カイルとメアリに贈るはずだった、選び抜いた形の良い花たち。今は泥まみれで、茎は折れ、編み込みもばらばらになってしまっていた。
「二人が声を上げたら、君たちの家まで目を付けられちゃうよ。……僕のせいで、友達まで苦しむのは耐えられないんだ。だから、お願い……。僕は、大丈夫だから」
ノエルは無理に口角を上げ、歪な微笑みを作る。泥のついた顔で笑うその姿は、泣き顔よりもずっと悲痛に見えた。
「僕がどんくさくてちょっと転んじゃっただけ。……約束だよ? 二人とも」
ノエルの切実な、懇願するような視線に、カイルとメアリは言葉を飲み込む。二人は握りしめた拳を震わせながら、力なくうなずいた。
夕暮れが迫る学院の裏庭で、ノエルは一人、汚れきった花冠の残骸をポケットに隠す。父に弱さを見せれば、さらに厳しい試練が待っている。弟に知られれば、自分は兄としての尊厳を完全に失ってしまう。
ただひとり痛みを飲み込むことが、臆病な彼なりの『家族を守る方法』だった。
◆
レルプス家の晩餐は、常に凍てつくような静寂に支配されていた。
高く広大な天井、磨き抜かれた銀食器。そこにあるのは家族の団欒ではなく、当主としての品格を問う試験場のような空気。
ノエルは汚れを落とし、着替えて席に着いていたが、食卓に並ぶ豪華な料理へ一切手を付ける気になれない。向かいに座る父・ギルバートの視線が、ナイフよりも鋭く自分を射抜いているのを感じていた。
「ノエル。中等部の月次報告が届いている」
ギルバートの声が低く響く。彼は手元にある書類に目を落としたまま、表情一つ変えない。
「……はい、お父様」
「座学は及第点にすら届かず、武術の訓練は体調不良で欠席。……お前は、自分がこの家を背負っていくという自覚はあるのか?」
「……申し訳、ありません。もっと、努力いたします……」
ノエルが耳を垂れ、消え入りそうな声で答えたその時、ギルバートは傍らに置かれたもう一束の書簡を手に取る。そこには、王国の紋章と共に最高評価を示す金印が押されていた。
「対して、レオンはどうだ。留学先の高等学術院から、また表彰の知らせが来た。学問、武術、そして各国の公使を招いた社交……そのすべてで首席だ。奴はすでに、お前が今通っている中等部の課程など数年前に終わらせ、さらにその先へ行っている」
ギルバートがノエルの前にその書簡を放り投げる。ちらりと目をやるだけで、弟を絶賛する内容がびっしりと書かれているのが手に取らずとも分かった。
「お前より二つも年下の弟がレルプスの名を世界に轟かせている一方で、当主となるはずの兄が庭で草をいじり、同級生に付け入る隙を与えている。……亡き妻、リリィがこの惨状を見たら、どれほど嘆くことか」
母の名を出された瞬間、ノエルの胸に鋭い痛みが走った。
最愛の母。花の美しさや花冠の編み方を教え、花冠を編むたびに優しく撫でてくれた。
毎夜ベッドに寄り添い、眠るまで手を握りながら歌を歌ってくれた。
それが当然だという表情で、日々たくさんの愛を注いでくれていた。
……そんな母が病に倒れ、治療の甲斐なくあっという間にこの世を去ったときから、父は笑わなくなってしまった。
「レオンは再来月、全課程を修了して帰国する。そして、奴はそのまま高等部へさらに飛び級して編入することが決まった。いまだ中等部のお前より遥か上に、年下の弟が君臨することになるのだ」
ギルバートは食事を切り上げ、椅子を引いて立ち上がった。
「ノエル。お前の中にわずかでも『レルプスの渇き』があるのなら、少しはレオンの背中を追ってみせろ。このままでは、お前は弟の輝きに焼き尽くされるだけの影に終わるぞ」
「……はい。申し訳、ありません」
―――『レルプスの渇き』。それは、代々レルプスの男に発現するという、富や名声、宝飾品や領土などその種類を問わず、人生にひとつ、心に決めたものを死ぬまで追い求める常軌を逸した執着心。
歴代の当主たちもその渇きに突き動かされて武功を立て、商圏を広げ、莫大な富を築いてきた。
しかし、今はまだ花を編むことにしか楽しみを見出せないノエルの人生は、そんな『渇き』とは無縁のものだった。
父が去った後の食堂で、一人残されたノエルが震える手でレオンの成績表に触れる。そこには、自分と同じ純白の毛並みを持ちながら、圧倒的な強さと輝きを放つ弟の影があった。
(……レオン。君が帰ってきたら、僕はもう、どこにも居場所がなくなってしまうのかな)
ノエルの瞳からこぼれ落ちた一粒の涙が、レオンの名が記された金印の上で、静かに弾けた。
◆
国境を越えた先にある、冷厳な石造りの寄宿舎。その最上階にある特別室で、レオンは窓辺に腰掛けて青白い月光を浴びていた。
その手の中にあるのは、数日前に届いた兄・ノエルからの手紙。
『学院での生活はとても楽しいよ。友達のカイルくんとメアリちゃんに囲まれて、毎日笑って過ごしているから、レオンも僕のことは心配しないでお勉強を頑張ってね。帰ってくる日を楽しみに待っているよ』
レオンの端正な顔立ちに、ふっと柔らかい笑みが浮かんだ。
父や歴代の当主たちに似て鋭く理知的な双眸と冷徹な振る舞いで、周囲から『氷の天才』と恐れられる彼が、唯一その氷を溶かす瞬間だった。
「……相変わらず、兄様は優しいな」
レオンが手紙の行間から溢れる兄の穏やかな声を思い浮かべるように、何度も、何度もその文字をなぞると、レオンの脳裏に幼い頃の兄との思い出が蘇った。
転んで泣いていた時に兄が手を取って起こしてくれたあの日のこと。
兄の誕生日だったのに、ケーキに乗った大好物のいちごを食べず、自分のケーキに乗せてくれた時の笑顔。
風邪を引いて寝込んだ時、ずっと隣で本を読んでくれた優しい声。
母から教わりながら一生懸命編み、初めて作れたんだと照れながら渡してくれたあの花冠。
……そして一番思い出深く残っている、嵐の夜。雷鳴に怯える自分を見て、きっと兄のほうが怖かったはずなのに、「お兄ちゃんがいるから大丈夫だよ」と笑いながら一晩中手を握ってくれていたあの温もり。
人を疑うことを知らず、純粋で優しく、誰にでも屈託のない笑顔を見せるノエルという存在は、彼にとって、この濁った社交界において不可侵であるべき聖域だった。
自分とは違い、争いを好まず、陽だまりのような温かさを持つ自慢の兄。
自分には一生身に付けられないであろうそれを惜しみなく周囲に分け与えることのできる、聖母のようなレルプスの至宝。
レオンは、その兄が語る『楽しい生活』を、微塵も疑うことなく信じていた。
レオンは机の引き出しの奥、鍵のかかった小さな木箱を取り出す。 中には、六年前の出発の日に半泣きしながら兄が編んでくれた白詰草の花冠が入っていた。
「……もう、こんなにボロボロだ」
月光に照らされたそれは六年の歳月ですっかり茶色く枯れ、触れれば崩れてしまいそうなほど脆くなっている。しかし、レオンにとってはどんな勲章や宝飾品よりも価値のある宝物だった。
彼は細く長い指先で、枯れた花びらを愛おしそうに撫でながら、ぴんと立った耳を僅かに揺らした。
(……待っていてください、兄様。僕が帰ったら、また真っ先にあの庭園へ行きましょう)
レオンの脳裏には、一面に咲き誇る白詰草の中で自分を呼ぶ兄の愛らしい姿が浮かんでいた。
(帰ったらすぐに、新しい花冠を僕のために編んでもらおう。今度はもっと大きなものを、僕が膝をついて、兄様に頭に乗せてもらわないと)
「あと、二ヶ月……」
レオンは独りごちて、大事な手紙を胸に抱きしめる。楽しく暮らしているはずの兄が学校で泥にまみれ、自分の成績と比較されて涙していることなど、今の彼はまだ知らなかった。
◆
レオンが帰国を目前に控え、兄への再会を夢見ているその一方。
アルカナム王立貴族学院では、ノエルにとって地獄のような日々が加速していた。
「……ねえ、聞いた? レオン様、すべての課程で首席なんですって」
「それに比べて、その兄ときたら……今日も中庭で泥まみれになっていたわ」
放課後の廊下、ノエルの背中に無数の棘のようなささやきが突き刺さる。 教科書を抱え、俯いて歩くノエルの前を、ウェルデを筆頭にいつもいじめてくる生徒たちが立ちふさがる。今やレオンの輝かしい噂を聞きつけた他クラスの生徒たちまでもが、好奇の目で見物していた。
「おい、レルプスの面汚し。例の弟君が再来月には高等部に入るらしいじゃないか」
リーダー格の少年、ウェルデがノエルの肩を強く突き飛ばす。ノエルは壁に背中を打ち付け、苦痛に顔をゆがめた。
「……レオンは、すごいですから。僕なんかとは、違うんです」
ノエルの絞り出したような声を聞き、ウェルデはニヤニヤと下品な笑みを浮かべた。
「ああ、違いない。お前はレルプス家の『枷』なんだよ。優秀な弟がこんなマヌケな兄を持っているなんて、彼の輝かしい経歴に傷がつくとは思わないのか?」
レオンの経歴に傷がつく。その言葉にノエルの心臓がドクンと跳ねた。
「お前が当主の座に居座り続ける限り、彼は一生『出来損ないの兄を持つ弟』として後ろ指をさされるんだ。……お前さえいなければもっと完璧なレルプスになれるのに。お前がレルプス家の邪魔をしているんだよ」
「……邪魔……僕が……」
ノエルの瞳が大きく揺れた。
自分を慕ってくれていた、あの可愛い弟。
遠い国で必死に努力している彼にとって、自分という存在が足枷になっている。その考えは、どんな身体的な暴力よりも深く、ノエルの心を切り裂いた。
「お前の家系には『レルプスの渇き』とやらがあるそうだが……お前如きの渇きなんて、泥水で潤すのがお似合いだ」
それを聞いたカイルとメアリが遠くから悲痛な表情で駆け寄ろうとするのが見えたが、ノエルは首を振ってそれを制した。
(そうだ……レオンは、僕なんかと違って、太陽みたいな子なんだ。僕がいなければ……お父様も、レオンも、もっと誇らしくいられるはずなのに……)
「……ごめん、なさい……」
ノエルは涙ぐみながら震える声で謝り続ける。何に対しての謝罪なのかも分からず、ただ、自分が存在していることそのものが罪であるかのように、泥にまみれて小さく丸まり、ひたすらに許しを請うた。
帰国を控える弟が何より愛するその純粋な心は、弟の帰還を待つ喜びよりも、『弟を汚したくない』という絶望に染まりつつあった。
◆
レオンが帰国する当日。空は抜けるように青く、日差しは皮肉なほどに穏やかだった。
しかし、そんな天気とは裏腹に、連日の執拗ないじめと『お前がレオンの邪魔になっている』という呪詛のような言葉は、ノエルの心を限界まで摩耗させていた。
昼休みの裏庭で、ノエルはいつものように地面に座り込んでいる。そこへ、取り巻きを連れたウェルデたちが最後の仕打ちとばかりに歩み寄った。
「今日、ついに弟君が帰ってくるそうだな。……どうだ? 自分の無能さをその目で突きつけられる気分は」
「……ええ。レオンは、本当に素晴らしい弟です」
俯いたまま小さな声で答えるノエルを囲み、取り巻きがクスクスと笑い声を上げる。ノエルの耳がぺたんと力なく垂れ、肩は小さく震えていた。
「ふん、殊勝なことだ。だがな、お前がそこにいるだけで、とても優秀な弟は『無能な兄の面倒を見る』という余計な労力を割かなきゃならない。……もし、お前が今日このまま姿を消せば、彼はどれほど晴れ晴れとした気持ちで当主の座に就けるんだろうな?」
「……消える……」
ウェルデがノエルの耳を掴んで引き寄せ、顔を近づけながらニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。
「そうさ。爵位を継ぐ条件は『長男』じゃなくて『長兄』なんだろう?……それが唯一、お前が弟にできる『兄らしいこと』なんじゃないか?」
そう吐き捨ててウェルデたちがゲラゲラと嘲笑いながら去っていくなか、一人残されたノエルは、虚ろな目で手元の白詰草を見つめている。……その瞳には、もう涙すら浮かんでいなかった。
(そうだ……レオンの輝きに、僕はいらない。僕がいなくなれば、お父様もレオンも、悲しまなくて済むんだ。……僕の最後の役割は、これなんだ)
「ノエル!」
「ノエル様!」
ノエルがふらふらと立ち上がり歩き出すと、カイルとメアリが血相を変えて駆け寄ってくる。途中からノエルがずっと幽霊のように青白い顔をしていたのを見て、二人は不安で仕方がない様子だった。
「ノエル、大丈夫か!? またあいつらに何か……」
「……ううん。大丈夫だよ、カイルくん。メアリちゃん」
そう言ってノエルは顔を上げる。その顔には、ここ数ヶ月一度も見せなかったような、穏やかで美しい笑顔が浮かんでいた。
しかし、その微笑みには生命の温度が全く感じられず、まるで精巧に作られた磁器の人形のようだった。
「……えっ?」
メアリが思わず後ずさる。いつもなら涙で潤んでいるはずのノエルの瞳は、どこか遠い場所を見つめているように澄み渡っていた。
「今日、レオンが帰ってくるんだ。だから、一番きれいな花冠を作ってお祝いしなきゃ。……僕はもう、全部わかったんだ。どうすればみんなが幸せになれるか、やっと答えが出たんだよ」
「ノエル、何を言ってるんだ……?その、なんだか様子が変だぞ?今日はお屋敷に帰るまで、僕たちがついていくから……」
カイルが必死にノエルの手を取ろうとするも、ノエルはそれを優しく、けれど断固として拒否した。
「ううん、一人で大丈夫。……ねえ、二人とも。いつものお願いなんだけど……」
ノエルは人差し指を口元に当て、茶目っ気たっぷりに、けれど氷のように冷たい声で囁いた。
「僕のこと、誰にも言わないでね。……お父様にも、学校の先生にも。もちろん、夜に帰ってくるレオンにも。……約束だよ?」
「ノエル!待って、待ってよ!ねえ……!」
二人の制止を振り切り、ノエルは軽やかな足取りで立ち去っていく。その背中は、まるですべての重荷から解放されたかのように軽やかで、同時に、二度と捕まえられないほど遠くへ消えてしまいそうな危うさを孕んでいた。
◆
夜の帳が下りたレルプス家。
屋敷の玄関ホールには、数年ぶりの帰郷を果たしたレオンの堂々たる姿があった。
「兄様! 今帰りました!」
馬車を降りるなり、出迎えの列を無視して兄のもとへ駆け寄るレオン。その瞳は、最愛の兄に会える喜びに爛々と輝いている。 対面したノエルは、泥を綺麗に洗い流し、月の光を浴びた絹のように真っ白な毛並みを整えて立っていた。
「おかえりなさい、レオン。……立派になったね」
ノエルはいつものように、穏やかで優しい笑みを浮かべている。 しかし、レオンの鋭い感覚は、その笑顔の奥に隠された異変を見逃さなかった。
自分を見る兄の瞳が、かつての純粋な敬愛ではなく、まるで鋭利な刃物を突きつけられた獲物のように、かすかに震え、怯えていた。
(……兄様? なぜそんな目で僕を見るのですか。僕が怖いのですか?)
胸を突き刺すような違和感。しかし、レオンはそれを一旦心の奥に押し込んだ。
まずは、この家における自分の立場を磐石にしなければならない。兄様を永遠に守り、その笑顔を独占するための権利を。レオンはそのまま、父ギルバートの待つ書斎へと向かった。
「父上。ただいま帰国いたしました。報告の通り、すべての課程を修了しております」
「ああ、見事な成績だ、レオン。お前こそがレルプスの誇りだ」
重厚な扉の向こうから聞こえる父の冷徹な声。レオンは一切の迷いなく、本題を切り出した。
「父上、単刀直入に申し上げます。次期当主の座を、私に譲ってください。……兄様には、重荷すぎます。レルプス家の実権は私が握り、兄様には何も憂うことのない隠居生活を送っていただく。それがこの家にとって最善の道です」
レオンにとって、それは兄を守るための提案。爵位という泥沼の責任から兄を解放し、自分がすべてを背負って兄を囲い込もうという、彼なりの愛に基づいた行動だった。
しかし、その会話を扉の外で漏れ聞いていたノエルがどう受け止めるか、その予測まではできていなかった。
(……ああ、やっぱり)
ノエルが震える手で口元を覆う。ウェルデたちの言葉が、鋭い楔となって脳裏を打ち抜いた。
『こんなマヌケな兄を持っているなんて知られたら、彼の輝かしい経歴に傷がつく』
『お前が当主の座に居座り続ける限り、彼は一生『出来損ないの兄を持つ弟』として後ろ指をさされる』
『お前さえいなければもっと完璧なレルプスになれるのに』
『お前が彼の邪魔をしているんだよ』
『もし、お前が今日このまま姿を消せば、彼はどれほど晴れ晴れとした気持ちで当主の座に就けるんだろうな?』
(レオンは、僕から当主の座を奪いたいんじゃない。……僕という出来損ないが、彼の人生の邪魔にならないように、後始末をしようとしてくれているんだ。……優しいレオンに、そんな気遣いまでさせてしまっている)
父と弟が自分の処遇について、まるで不要な荷物の置き場所を決めるように話し合っている。ノエルにとって、それは家族に疎まれているという確信に変わるのに十分すぎる状況だった。
「……ごめんね、レオン。……お父様」
ノエルは音を立てずにその場を離れる。 向かう先は、自分の寝室。 そこには帰り道で編み上げた、かつてないほど完璧で、かつてないほど悲しい白詰草の花冠が置かれていた。
◆
窓を叩く雨音はいつしか激しい土砂降りへと変わり、書斎の中では父ギルバートが氷のような声を響かせていた。
「……ならん。爵位はあくまで長男であるノエルが継ぐ。お前はそれを支える剣となれと言ったはずだ、レオン」
「それが何の解決になる!この家を壊しているのは父上、貴方だ!」
……平行線のまま終わった対話。苛立ちを剥き出しにしたレオンが扉を蹴るようにして廊下へ出たその時、正面玄関の方が騒がしいことに気づいた。
「離してください! ノエル様に……ノエル様に会わせて!」
「お願いです、早くしないと大変なことになるんです!」
ずぶ濡れになり、泥にまみれたキツネの少年と羊の少女。守衛に取り押さえられながらも必死に叫ぶ二人を見て、レオンは足を止めた。
(……カイルとメアリ。兄様の手紙にあった友人たちか)
「二人とも、落ち着け。兄様がどうしたというんだ」
レオンの冷徹な威圧感に二人が一瞬怯むも、しかし、カイルが意を決して叫んだ。
「ノエルがおかしいんだ! お昼、あんなにひどい目に遭わされたのに……急に笑って、『どうすればみんなが幸せになれるか答えが出た』なんて!誰にも言うなって口止めされたけど、あんな笑顔、絶対におかしい!」
レオンの胸がチリチリと痛み、背中を冷や汗が伝う。何かがおかしい。ノエルの様子も、この二人の様子も、自分の想定と噛み合わなかった。
「……ひどい目だと?どういう意味だ。手紙では兄様は学院で楽しく過ごしていると―――」
「嘘だよ!ずっと、ずっといじめられてたんだ!『ノエルはレルプス家の恥だ』、『ノエルがレオン様の邪魔をしてる』って……毎日、毎日!」
その言葉が耳に入った瞬間、レオンの脳裏で何かが弾けた。
兄のあの怯えた瞳は、自分を邪魔な存在だと思っていたから?あの心優しい兄様が、自分自身の存在を呪うほどに追い詰められていたというのか?
「……兄様!」
心臓が早鐘を打つ。レオンは階段を駆け上がり、ノエルの部屋の扉を肩でぶち破るようにして開け放った。
「兄様! どこですか、兄様!」
しかし、そこにノエルの姿はなかった。
開け放たれた窓から吹き込む雨風が、薄いカーテンを激しく揺らしている。 主の消えた机の上には、雨に濡れないよう大切に置かれた白詰草の花冠がひとつ。それは、かつてないほど丁寧に編み込まれた、美しくも悲しい傑作。
……そして、その横には一通の手紙が残されていた。
『お父様へ。僕を強くしようとしてくれてありがとう。期待に応えられなくてごめんなさい。
カイルくん、メアリちゃんへ。友達になってくれてありがとう。僕がいなくなったら、自分たちの幸せを一番に考えてね。
僕を嫌っていたみんなへ。僕が至らないばかりに嫌な思いをさせてごめんなさい。もう邪魔はしません。
そして、大好きなレオンへ。君は僕の誇りだよ。これからは、僕のことは忘れて、君の望む未来を歩んでください。わがままを言うなら、その花冠を君に受け取ってほしかったな。
最後に。みんな今までありがとう。愛しています。
これからはお母様と一緒に、空から見守っているからね。』
文章の端々は、零れ落ちた涙の跡で文字が滲んでいた。
それでも誰も恨むことなく、自分が消えることが唯一の解決策だと信じ込んでしまった。
泣きながら書いたであろう遺書にでさえ、綴られていたのは恨みでも呪いでもなく、自分を虐げた者たちにまでも謝罪と愛を綴るほどの純粋さだった。
「……あ……あああああッ!!!」
レオンの喉から、獣のような絶叫が漏れる。彼の中に蠢く『渇き』が、どろり、とした黒い殺意と執着に変貌した瞬間だった。
「誰が……誰が、兄様にこんなものを書かせた……!」
震える手で花冠を握りしめたレオンの瞳からは光が消え、土砂降りの外へ向かって狂気じみた速さで飛び出した。
机の上の遺書は、まだ湿っていた。
吹き込む雨はまだ部屋の一部しか濡らしていなかった。
一刻の猶予もない中、部屋の様子を思い返しながら部屋の主が去ったであろう時間を瞬時に計算し、行き先の予想を立てていった。
「まだ……まだ遠くへは行けていないはずだ……!」
庭に出たレオンの視界を土砂降りの雨が遮り、激しい風の音がノエルの足音をかき消していた。
( どこだ? 兄様ならどこへ行く? 死を選ぼうとするほど絶望した兄様が、最後に身を寄せる場は……!)
その瞬間、レオンの脳裏に、留学前に見たある光景がフラッシュバックする。それは、今は亡き母リリィとまだ幼かったノエルが、寄り添いながら白詰草を編んでいた場所。
「……裏庭の、奥……母上のガゼボ……!」
そこは屋敷から離れた、森の入り口にある古いガゼボ。
今は手入れもされず、父が母を思い出して苦しまぬよう立ち入りを禁じていた場所だったが、ノエルにとってはそこだけが唯一愛されていた記憶が残る聖域だった。
「行かせてたまるか……そんな場所を、終焉の地になんてさせてたまるか!!」
叫びは雨音に飲み込まれ、かき消されていく。 ぬかるんだ泥がレオンの純白の毛並みを容赦なく汚すのも厭わず、全力で走り続ける。歴代最高と謳われる身体能力は、今や一刻を争う兄の救出のために限界を超えて発揮されていた。
肺が焼けるように熱い。視界が雨で歪む。しかし、森の境界に佇む蔦に覆われたガゼボのシルエットが見えた瞬間、レオンの心臓はさらに激しく鳴り響いた。
真っ暗なガゼボの中に、一点だけ。 雨に打たれ、透けるように白く、今にも消えてしまいそうなほど小さな背中が、うずくまっているのが見えた。
「……兄様……ッ!!」
ガゼボの梁にかけられた一本の麻縄。
雨に濡れた指先がかじかんでうまく力が入らないのか、ノエルは何度も、何度も、震える手で不器用に結び目を作ろうとしていた。
そして結び目が解けるたびに「……っ、ごめんなさい、こんなことさえ、うまくできない……」と、掠れた声で自分を責め続け、目をこすり、鼻をすすりながら結び目を作っていた。
「兄様ッ!!!」
「レ、レオン……? どうして……」
稲光のような勢いでガゼボに転がり込んできた弟を見て、ノエルが驚きに目を見開く。
その細い首に縄がかかる前に、レオンはなりふり構わず兄の身体を突き飛ばすようにして冷たい床に押し倒し、きつく抱き寄せた。
「何をしている……何を、何をしようとしているんですか兄様!!」
「離して、レオン……っ。君は、見ちゃいけない。綺麗なままで……僕みたいな、君の邪魔になるものは……」
「邪魔!?邪魔だと!?誰がそんなことを言った!誰が貴方をそう思い込ませた!!」
レオンはノエルの肩を壊さんばかりに掴み、激しく揺さぶる。その瞳からは、雨か涙か判別のつかない雫が溢れ落ち、ノエルの頬を濡らしていった。
「僕が……僕が何のために、この数年間、死に物狂いで研鑽を積んできたと思っているんですか!貴方が笑って花を編める世界を作るためだ!貴方を害する全ての雑音を、僕の力でねじ伏せるためだったんだ!!」
レオンの獣じみた慟哭が雷鳴の中に響いた。
「成績も、武術も、社交も……すべては貴方を護るための道具に過ぎなかった!なのに、その僕の成果が、貴方を死に追いやる刃になっていたなんて……!!」
レオンは狂乱したように、自分の胸を拳で何度も殴りつけた。
「……ごめんなさい。ごめんなさい、兄様……っ。僕が愚かだった。貴方が学校でどれほど孤独だったか、父上の言葉にどれほど傷ついていたか……知っていたつもりで、何も分かっていなかった!挙句、僕の存在そのものが、貴方を追い詰めていたなんて……!!」
レオンは床に額をこすりつけ、喉を震わせて咽び泣く。 学院では天才の名をほしいままにし、怪物とまで呼ばれるその男が、泥にまみれ、惨めに許しを請うていた。
「死なないで……お願いだ。兄様がいない世界で、僕に何をしろと言うんですか。貴方が消えるなら、僕は今ここで、この家も、貴方を傷つけた奴らも、この国さえも全部、跡形もなく焼き尽くしてやる……!!」
レオンの腕が、折れんばかりの力でノエルを抱き締める。それは救済というにはあまりに重く、執着というにはあまりに悲しい、呪いのような抱擁。
雨音が響くガゼボの中で、ノエルは弟の震えを肌で感じていた。
そして、心身の疲れから意識が遠のく中、自分を見て泣きじゃくる弟を見て、自分がどれほど残酷な『愛』を突きつけようとしていたかを、初めて悟ったのだった。
◆
激しい雨が降り続く中、レオンは意識を失ったノエルを壊れ物を扱うように抱きかかえ、屋敷へと戻った。
「湯浴みの準備を。ただし誰も入れるな。全て僕がやる」
使用人たちの動揺を冷徹な一瞥で封じ、レオンは兄を私室の浴室へと運んでいった。
湯船に溜まった温かな湯に、泥と雨で汚れきったノエルの身体を静かに沈めていく。湯が触れた自分の手にも微かな痺れが伝わり、冷え切った体が温まっていくのを感じた。
「……もう大丈夫ですよ、兄様。温かいでしょう。ここは安全ですからね」
レオンは震える手で、愛おしそうに兄の純白の毛並みを洗っていく。おっとりとして、自分よりもずっと小柄で、折れた花をいたわる心を持つ、何よりも大切に守るべき小さな背中。
よかった。間に合った。そんな達成感に長い息をひとつ吐いた。
何よりも大切なものが指からこぼれ落ちていく恐怖をかき消すように、ノエルの細い腕を握ると、少しずつ体温が伝わってきた。
湯に浸かったことで、ノエルの身体が少しずつ本来の体温を取り戻していく。彼の耳の先に僅かに赤みがさしていくその安堵にレオンの頬がかすかに緩んだ。
その時だった。
「……あ……」
濡れて肌に張り付いていた首元の毛を手櫛で掻き分けた瞬間。 レオンの思考が、真っ白に凍りついた。
そこには、『あるはずのないもの』があった。
それは、ノエルの細く美しい首筋をぐるりと一周するようにして赤黒く腫れ上がった、真新しい麻縄の痕跡。
レオンの心臓がどくんと音を立てて跳ねた。
―――あのガゼボで、縄をうまく結べなくて涙目で鼻をすすっていた兄。
なんとか間に合ったと思っていた。
自分だから助けられたと思い上がっていた。
しかし、違った。
……兄は、既に一度、踏み台を蹴っていた。
レオンが駆けつけるほんの数分、あるいは数秒前。
一度は麻縄がその細い首を締め上げ、しかし、不器用な結び目が重さに耐えきれず解けてしまっただけだった。
……自分は間に合ってなどいなかった。
もう数分でも長く父と言い合いをしていたら。
カイルとメアリが守衛に阻まれていたら。
兄の行き先に思い当たらなかったら。
走る最中、泥に足を取られて転んでいたら。
兄の手先があとほんの少しでも器用だったら。
そのどれか一つでも現実になっていたら……自分は、あの時、何を目にしていた?
「……ッ、ああ……っ!!」
レオンは喉の奥で悲鳴を飲み込んだ。
自分の知らない一瞬の中で、兄は絶望をさまよい、死の淵を覗き込んでいた。
その瞬間、レオンの中で何かが決定的に、そして修復不能なまでに崩壊し、再構築されていくのを感じた。
ノエルの首に残る無残なあざを、レオンは狂おしいほどの熱を持って指先でなぞる。その瞳からは、それまでは僅かに残っていた少年らしい迷いが消え去っていた。
レルプス家の男が人生で一つだけに捧げる異常な執着―――『レルプスの渇き』、その完全なる発現だった。
「……わかりました。兄様」
レオンは、眠る兄の耳元で、甘く、毒を含んだ声で囁いた。
「兄様がこれほどまでに世界を愛し、慈しみ、それゆえに苦しむというのなら。……その優しさを踏みにじった『ゴミ』を、すべて僕が片付けてあげます」
学院のクズ共も、彼らの背後にある家門も、そして兄を追い詰めた父ギルバートの歪んだ方針も。
兄が二度と死にたいなどと思わなくて済むよう、この世のすべてを整理する。
この家も、社交界も、すべてを自分の支配下に置き、兄がただ花を編むためだけの美しい世界を作り上げる。
「もう何にも、兄様を傷つけさせない。……死ぬことさえ、僕が許しません」
湯気に霞む浴室で、レオンは兄の額に深い口づけを落とした。
◆
浴室から上がったレオンは、柔らかいタオルに包まれたノエルを慎重な手つきで寝室へと運ぶ。 ベッドに横たわったノエルの首元には、先ほどの索状痕が痛々しく浮かび上がっていた。
目を覚ますまでその傍らで一晩中手を握っていたい。少しも目を放したくない。もしまた何かあったらと思うと恐怖で全身が震えた。
しかし、そんな兄を想う狂おしいほどの情動を、レオンは冷徹なまでの意志で抑え込んだ。
「……兄様を、守らなくては」
ゆっくりと立ち上がり、部屋を出る。部屋の前で控えていた従者たちに対し、レオンはかつてないほどの殺気を放って言い放った。
「一瞬だ。一瞬たりとも、兄様から目を離すな。もし次に兄様が指一本でも自分を傷つけるようなことがあれば、その時はお前たちだけでなく、その家族の首も並ぶと思え」
蛇に睨まれた蛙のように硬直する従者たちを残し、レオンは踵を返す。 玄関ホールではいまだに濡れた体で震えていたカイルとメアリが守衛の陰でレオンを待っており、彼らの顔には親友を救えなかった後悔と恐怖が入り混じっていた。
「カイル、メアリ。……兄様を救ってくれたこと、感謝する」
レオンの声は、感情が削ぎ落とされたように平板だった。カイルたちがその声に体を震わせるも、『救ってくれた』という言葉に、最悪の事態だけは免れたのだと、震えながらも僅かに緊張がほぐれるのが分かった。
「詳細は後日、僕が直接聞く。従者に送らせるからお前たちはもう帰れ。……ここから先は、レルプス家の『内戦』だ。部外者を巻き込むつもりはない」
二人が言葉を発する間もなくレオンは背を向け、父の待つ書斎へと向かう。 重厚なマホガニーの扉の前に立った瞬間、レオンの内に燻っていた業火が爆ぜた。
「父上ッ!!」
ノックもせず、蹴破るような勢いで扉を開け放ち、レオンは怒鳴り込んだ。
「よくも……よくも、兄様をあそこまで追い詰めてくれたな!!」
机に向かっていたギルバートが驚愕に目を見開く中、レオンは机を激しく叩き、父の顔を至近距離で睨みつける。その双眸には、もはや息子としての情愛など欠片も残っておらず、ただ『レルプスの渇き』に突き動かされた、若き獣の尽きぬ狂気だけが宿っていた。
「これを見ろッ!!」
レオンは、まだ雨と涙で滲んだあの遺書を、ギルバートの机に叩きつけた。
「兄様は死のうとした! 貴方が『強くあれ』と強いた結果、兄様が導き出した答えは、自らの首を吊ることだったんだ!これが貴方の望んだ『名門の当主』の姿か!?」
ギルバートは遺書の文面に目を落とした瞬間、顔から血の気が失せ、指先を震わせた。
「黙れ!私があの子を愛していないとでも思うのか!リリィが遺した宝だぞ!私はあの子が誰かの道具にされるのを防ぎたかっただけだ!互いに笑みを浮かべて喉元に剣を突きつける、この残酷な社交界で生き残る力を……!」
「その『教育』という名の暴力が、兄様から生きる希望を奪ったんだ!」
レオンの咆哮が、静かな書斎に響き渡った。
「貴方は兄様を愛していると言いながら、その実、自分の恐怖を兄様に押し付けていただけだ!兄様は、貴方に安心してほしくて、貴方の期待に応えられない自分を殺そうとした!あの人は……最後まで、自分をいじめた奴らや、貴方のことさえ愛していると書いて死のうとしたんだぞ!!」
「黙れッ!!お前に何がわかる!!」
ギルバートもまた咆哮する。その瞳には、隠しきれない動揺と、悲痛な光が溢れていた。
「私がどれほどの夜、あの子の将来を案じて眠れぬ日々を過ごしたか! レルプスの名は呪いだ! 弱者は食い物にされる! 私はただ、あの子に生きていてほしかっただけだ!そのために花ではなく剣を持ってほしかっただけだ!ただ、生き残ってほしかっただけなんだ!」
「生きる!?魂を殺して、心を引き裂いて、ただ呼吸をしていれば満足か!?……兄様が欲しかったのは、あなたからの『承認』でも、僕からの『救済』でもない!ただ、家族と一緒に笑える日々だったんだ!あなたが『無能』と切り捨て、僕が『護っている』と自惚れていた間に、兄様は『自分のせいで家族が不幸になる』と……僕たちのために、あの不器用な手で、何度も何度も、首に縄をかけていたんだぞ!!」
二人のレルプスは、机を挟んで互いの胸ぐらを掴み合わんばかりの距離で睨み合う。互いにノエルを世界で一番愛していると自負しながら、その愛し方の間違いがその最も愛する者を極限まで追い詰めたという残酷な事実に、互いを罵り合わずにはいられなかった。
「……あの子は、今どうしている」
「眠っています。だが、首にあざが残っていた。僕が間に合ったのではない……偶然、縄が解けただけだ。神が一度だけ、僕たちに与えてくれた『やり直しの猶予』だ……」
その言葉を聞いた瞬間、ギルバートの膝から力が抜け、彼はその場に崩れ落ちた。
「ああ……ああ、リリィ……私は、なんということを……」
強面で、常に鉄の仮面を被っていた父の目から、溢れんばかりの涙が零れ落ちる。レオンもまた、机に拳を叩きつけながら、溢れる涙を隠そうともせずに声を上げて泣いていた。
「……父上。もう、貴方の教育は終わりです。兄様を傷つけた者たちを、僕は明日、地獄へ送ります。……貴方がそれを止めると言うなら、今ここで、貴方も殺して行きますよ」
ギルバートの手から遺書が滑り落ち、力なく椅子に座り込む。 かつて最強の騎士と謳われた男の背中は今や、最愛の息子の心を殺してしまったという後悔で無残に小さく丸まっていた。
書斎を支配していた狂乱の嵐が去り、重苦しい静寂が二人を包む。ギルバートは床に落ちた遺書を壊れ物を扱うように、今もなお細かく震える指でそっと拾い上げた。
「……私の負けだ、レオン」
地を這うような低い声。かつて鉄の規律で一族を統べてきた当主の面影はなく、そこにはただ、自らの過ちで息子を殺しかけた、一人の無力な父親がいた。
「お前の言う通りだ。私はあの子に『強さ』を求めたが、その結果、あの子が持つ最大の美徳である『優しさ』を、自らへの刃に変えてしまった。……私のやり方では、あの子を壊すことしかできなかった」
ギルバートは顔を上げ、赤く腫らした目でレオンを真っ直ぐに見据えた。
「レオン。お前なら……いかなる犠牲を払ってでも、あの子の笑顔を守り抜けると断言できるか。たとえその手が、どれほど醜く汚れようとも」
レオンは一瞬の躊躇もなく、冷徹な光を宿した瞳で答えた。
「もちろんです。兄様がただ白詰草を編んで笑っていられるのなら、僕は神さえも欺き、この国のすべてを敵に回しても構わない。兄様を傷つけるあらゆる要因を、僕がこの世から根絶します。……いかなる手段を用いてでも」
「……レオン、お前。その目は……」
ギルバートは、戦慄とともに悟った。
レオンの瞳に宿っていたのは、もはや兄を想う肉親の情愛などではなかった。
それは、もっと根源的で、どろりとした執着。
対象を独占し、崇め奉り、そのためには自らの魂さえ差し出す、『渇き』に狂った猛獣の目。
「……それは修羅の道だぞ、レオン。世界のすべてを拒絶し、永遠に解けぬ呪いをお前自身にかけることになる」
「望むところです。立ち塞がる者すべてを縊り殺し、地を均し、花を植えてみせましょう。―――それに」
レオンが遠い目をする。その瞳には兄との思い出のひとつひとつが映っているようだった。
「呪いなら、遠い昔……今のような雷雨の夜。ベッドで兄様に手を握られた時から、もうかかっていますよ」
レオンは、氷のように冷たく、しかし狂おしいほどに熱い微笑みを浮かべる。その言葉に含まれた狂気に近い決意を聞き、ギルバートは力なく、けれどどこか安堵したように口角を上げた。
「……ならば、受け取れ」
ギルバートは机の引き出しから、レルプス家の当主のみが持つことを許される重厚な印章と、爵位継承の鍵を取り出し、それをレオンの前へと押し出した。
「今日この時から、レルプス家の全権はお前に譲る。武力、財力、情報網……すべてを好きに行使しろ。あの子を阻むものを焼き払うための武器として、お前の『渇き』のままに振るうがいい。ただし、あの子には……あの子にだけは、その血の臭いを嗅がせるな」
「言われるまでもありません」
レオンは印章を強く握り締める。銀の冷たさが、彼の決意をさらに硬く研ぎ澄ませた。
当主の証を差し出したギルバートは、まるで憑き物が落ちたかのように椅子に深く背を預け、力なくうなだれる。その姿は、一晩で十数年も老け込んだかのようだった。
「……レオン。私は、もう一度……あの子の『父親』に戻れると思うか」
絞り出すような問いかけ。
「あの子に『生きていてくれて良かった』と、『すまなかった』と、『愛している』と言い、その頭を撫でてやる資格が……あの子を絶望の淵へ突き落としたこの私に、まだ残されているのだろうか」
かつて畏怖の対象でしかなかった父の、あまりにも弱々しい独白。 レオンは当主の印章を冷たい手で握りしめ、出口へと向かいながら、振り返らずに告げた。
「その資格があるかどうかを決めるのは、僕ではありません。……兄様です」
レオンはドアノブに手をかけつつ言葉を続ける。その声は冷たかったが、ほんの僅か、家族への想いが込められていた。
「兄様は、あの遺書に『ありがとう』と書いていました。死ぬ間際でさえ、貴方を恨むことすらできなかった。明日、兄様が目覚めたとき……最初に謝罪し、抱きしめる役目だけは、貴方に譲ってあげます。それ以降、兄様を泣かせるような真似をすれば……その時は、実の父であっても容赦はしません」
そう言ってレオンは書斎を後にする。 残されたギルバートは一人、慟哭を耐えるように顔を覆った。
外の雨は、いつの間にか小降りになっていた。
ここは貴族のみが通うことを許され、幼い頃から学問、武術、社交を身につけ、他の家系と交友を深め、次の世代を担う優秀な人物を輩出するための静謐なる庭園。
その裏庭は喧騒を嫌う一人の白ウサギ、ノエルにとって唯一の、そしてささやかな聖域だった。
ノエルは国内有数の名門貴族であるレルプス家の長男として生まれた純白の毛皮を持つウサギで、おっとりした優しい性格を持ち、家族を愛し、花を愛で、白詰草を編むことが特技。
小柄な体はやや弱く勉強も遅れがちだったが、愛らしい見た目と相まって誰もが愛する存在だった。
―――彼が生まれた先が、レルプス家の長男でなければ。
レルプス家は『交差する双剣』を紋章とし、『オオカミを宿すウサギ』と呼ばれるほどの武力と知略を武器としてきた一族で、現当主であるギルバート・レルプスもまた、若い頃は勇猛果敢な男として名を馳せ『王国の鋭き刃』の異名を轟かせていた。
そんな血と謀略に彩られ、代々長兄が爵位を継ぐ血の掟が存在しているこの家系において、ノエルは長男でありながら理想の対極にいる存在だった。
木漏れ日が降り注ぐ芝生の上、ノエルは細い指先を動かしてゆっくりと丁寧に白詰草を編み込んでいた。
「……できた。これはメアリちゃんに、こっちはカイルくんに」
純白の毛並みを震わせ、友人へのプレゼントを編み終えたノエルは小さく微笑む。亡き母リリィから教わった、この家系には似つかわしくないほど穏やかな特技。
しかし、その安らぎは無慈悲な足音によって破られた。
「おや、レルプス家の『出来損ない』が、また草遊びか?」
冷ややかな声に、ノエルの肩が跳ねる。振り返ると、そこには取り巻きを引き連れた有力貴族の息子―――鋭い牙を持つ大型犬の血を引く少年たちが、ニヤニヤと笑いながら見下ろすように立っていた。
「……あ、あの、これは……」
「あのレルプス家の当主の座に就く者が、土にまみれて花冠だと? お前の父や、あの忌々しいほど優秀な弟が見たら、さぞ嘆かれるだろうな」
リーダー格の少年ウェルデ・ビスコフが、ノエルの手から編み終えた花冠をひったくる。
「返して……ください……っ」
「返してほしければ、少しはレルプス家らしく牙を剥いてみろよ。……おっと、無理だったな。お前の中にはオオカミどころか、ネズミ一匹住んでいないようだ。なぁ?」
彼らの下卑た笑い声と共に、真っ白な花冠が地面に叩きつけられる。ノエルが青ざめて手を伸ばそうとした瞬間、ウェルデの磨き上げられた革靴が、それを無残に踏みにじった。
「やめて……!」
「黙れ。身体も弱く、勉強も遅れ、挙句の果てには女のような手慰み。お前がレルプスの名を冠しているだけで、この学院の品位が落ちるんだよ」
そう嘲られながら突き飛ばされたノエルは、力なく地面に倒れ込む。汚れなき白の毛並みに、どろりとした泥が跳ねた。
遠くの校舎の陰で、友人である狐の少年カイルと羊の少女メアリが震えながらこちらを見ているのがわかったが、彼らに助けを求めることはできない。自分に関われば、ビスコフ家と比べて遥かに小さな彼らの家門など簡単に握りつぶされてしまう。
ノエルはただ、ギュッと目をつぶり、耳を垂らして嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。
(……ごめんね、みんな。僕が、僕がもっと強ければ……)
心の中で謝り続けるノエルの耳に、ふと、風に乗って噂話が聞こえてきた。
「……例の『氷の天才』、レオン様が帰国されるそうだ」
「飛び級で兄を追い越した、あの若き獅子が?」
踏みつけられた白詰草を見つめながら、ノエルは切なさに胸を締め付けられた。
レオン・レルプス。二つ年下の弟でありながら優秀な成績で飛び級し、今やノエルと同じ学年に在籍している。
現在長期留学中で、留学先でもオオカミどころか獅子を宿していると噂される、自慢の弟。
……ノエルと何もかも正反対の、レルプス家の真の後継者。
彼が帰ってくれば、この惨めな日々は終わるのかもしれない。
しかし同時に、『不要な兄』として自分はその影に消えていくのだという予感と共に、ノエルは震える手で泥まみれの花びらを拾い上げていた。
無惨に踏みにじられた白詰草と、泥に汚れた純白の毛並み。
ウェルデたちが嘲笑いながら去っていくと、静まり返った裏庭に、押し殺していたすすり泣きが小さく漏れた。
「ノエル……っ!」
「ノエル様っ!」
物陰から、カイルとメアリが弾かれたように駆け寄ってきた。
「ひどい……こんなの、あんまりだ!いくら学院に多額の寄付をしているからって……こんな、こんな事していいはずがない!」
カイルが憤りに声を震わせ、泥を払おうとハンカチを取り出す。メアリもまた、涙をいっぱいに溜めた瞳でノエルの傷ついた手をそっと取った。
「ノエル様、お怪我はないですか?保健室へ行きましょう。私が付き添います」
二人の温かい言葉。けれど、ノエルは肩を揺らし、慌ててその手を振り払った。
「だめだよ……二人とも、近寄っちゃだめだ……」
力なく首を振るノエルの瞳には、恐怖ではなく、二人を巻き込むことへの強い拒絶の色が浮かんでいた。
「……お願い。今のことは、誰にも言わないで。特にお父様や……これから帰ってくるレオンには、絶対に」
「でも、ノエルはずっと我慢してるじゃないか!君が何も言わないから、あいつらは調子に乗ってるんだよ!?」
「いいんだよ、カイル。僕が……僕が、レルプスの名にふさわしくないのが悪いんだから」
ノエルは地面に散らばった無残に潰された白詰草の残骸を震える手でかき集める。
カイルとメアリに贈るはずだった、選び抜いた形の良い花たち。今は泥まみれで、茎は折れ、編み込みもばらばらになってしまっていた。
「二人が声を上げたら、君たちの家まで目を付けられちゃうよ。……僕のせいで、友達まで苦しむのは耐えられないんだ。だから、お願い……。僕は、大丈夫だから」
ノエルは無理に口角を上げ、歪な微笑みを作る。泥のついた顔で笑うその姿は、泣き顔よりもずっと悲痛に見えた。
「僕がどんくさくてちょっと転んじゃっただけ。……約束だよ? 二人とも」
ノエルの切実な、懇願するような視線に、カイルとメアリは言葉を飲み込む。二人は握りしめた拳を震わせながら、力なくうなずいた。
夕暮れが迫る学院の裏庭で、ノエルは一人、汚れきった花冠の残骸をポケットに隠す。父に弱さを見せれば、さらに厳しい試練が待っている。弟に知られれば、自分は兄としての尊厳を完全に失ってしまう。
ただひとり痛みを飲み込むことが、臆病な彼なりの『家族を守る方法』だった。
◆
レルプス家の晩餐は、常に凍てつくような静寂に支配されていた。
高く広大な天井、磨き抜かれた銀食器。そこにあるのは家族の団欒ではなく、当主としての品格を問う試験場のような空気。
ノエルは汚れを落とし、着替えて席に着いていたが、食卓に並ぶ豪華な料理へ一切手を付ける気になれない。向かいに座る父・ギルバートの視線が、ナイフよりも鋭く自分を射抜いているのを感じていた。
「ノエル。中等部の月次報告が届いている」
ギルバートの声が低く響く。彼は手元にある書類に目を落としたまま、表情一つ変えない。
「……はい、お父様」
「座学は及第点にすら届かず、武術の訓練は体調不良で欠席。……お前は、自分がこの家を背負っていくという自覚はあるのか?」
「……申し訳、ありません。もっと、努力いたします……」
ノエルが耳を垂れ、消え入りそうな声で答えたその時、ギルバートは傍らに置かれたもう一束の書簡を手に取る。そこには、王国の紋章と共に最高評価を示す金印が押されていた。
「対して、レオンはどうだ。留学先の高等学術院から、また表彰の知らせが来た。学問、武術、そして各国の公使を招いた社交……そのすべてで首席だ。奴はすでに、お前が今通っている中等部の課程など数年前に終わらせ、さらにその先へ行っている」
ギルバートがノエルの前にその書簡を放り投げる。ちらりと目をやるだけで、弟を絶賛する内容がびっしりと書かれているのが手に取らずとも分かった。
「お前より二つも年下の弟がレルプスの名を世界に轟かせている一方で、当主となるはずの兄が庭で草をいじり、同級生に付け入る隙を与えている。……亡き妻、リリィがこの惨状を見たら、どれほど嘆くことか」
母の名を出された瞬間、ノエルの胸に鋭い痛みが走った。
最愛の母。花の美しさや花冠の編み方を教え、花冠を編むたびに優しく撫でてくれた。
毎夜ベッドに寄り添い、眠るまで手を握りながら歌を歌ってくれた。
それが当然だという表情で、日々たくさんの愛を注いでくれていた。
……そんな母が病に倒れ、治療の甲斐なくあっという間にこの世を去ったときから、父は笑わなくなってしまった。
「レオンは再来月、全課程を修了して帰国する。そして、奴はそのまま高等部へさらに飛び級して編入することが決まった。いまだ中等部のお前より遥か上に、年下の弟が君臨することになるのだ」
ギルバートは食事を切り上げ、椅子を引いて立ち上がった。
「ノエル。お前の中にわずかでも『レルプスの渇き』があるのなら、少しはレオンの背中を追ってみせろ。このままでは、お前は弟の輝きに焼き尽くされるだけの影に終わるぞ」
「……はい。申し訳、ありません」
―――『レルプスの渇き』。それは、代々レルプスの男に発現するという、富や名声、宝飾品や領土などその種類を問わず、人生にひとつ、心に決めたものを死ぬまで追い求める常軌を逸した執着心。
歴代の当主たちもその渇きに突き動かされて武功を立て、商圏を広げ、莫大な富を築いてきた。
しかし、今はまだ花を編むことにしか楽しみを見出せないノエルの人生は、そんな『渇き』とは無縁のものだった。
父が去った後の食堂で、一人残されたノエルが震える手でレオンの成績表に触れる。そこには、自分と同じ純白の毛並みを持ちながら、圧倒的な強さと輝きを放つ弟の影があった。
(……レオン。君が帰ってきたら、僕はもう、どこにも居場所がなくなってしまうのかな)
ノエルの瞳からこぼれ落ちた一粒の涙が、レオンの名が記された金印の上で、静かに弾けた。
◆
国境を越えた先にある、冷厳な石造りの寄宿舎。その最上階にある特別室で、レオンは窓辺に腰掛けて青白い月光を浴びていた。
その手の中にあるのは、数日前に届いた兄・ノエルからの手紙。
『学院での生活はとても楽しいよ。友達のカイルくんとメアリちゃんに囲まれて、毎日笑って過ごしているから、レオンも僕のことは心配しないでお勉強を頑張ってね。帰ってくる日を楽しみに待っているよ』
レオンの端正な顔立ちに、ふっと柔らかい笑みが浮かんだ。
父や歴代の当主たちに似て鋭く理知的な双眸と冷徹な振る舞いで、周囲から『氷の天才』と恐れられる彼が、唯一その氷を溶かす瞬間だった。
「……相変わらず、兄様は優しいな」
レオンが手紙の行間から溢れる兄の穏やかな声を思い浮かべるように、何度も、何度もその文字をなぞると、レオンの脳裏に幼い頃の兄との思い出が蘇った。
転んで泣いていた時に兄が手を取って起こしてくれたあの日のこと。
兄の誕生日だったのに、ケーキに乗った大好物のいちごを食べず、自分のケーキに乗せてくれた時の笑顔。
風邪を引いて寝込んだ時、ずっと隣で本を読んでくれた優しい声。
母から教わりながら一生懸命編み、初めて作れたんだと照れながら渡してくれたあの花冠。
……そして一番思い出深く残っている、嵐の夜。雷鳴に怯える自分を見て、きっと兄のほうが怖かったはずなのに、「お兄ちゃんがいるから大丈夫だよ」と笑いながら一晩中手を握ってくれていたあの温もり。
人を疑うことを知らず、純粋で優しく、誰にでも屈託のない笑顔を見せるノエルという存在は、彼にとって、この濁った社交界において不可侵であるべき聖域だった。
自分とは違い、争いを好まず、陽だまりのような温かさを持つ自慢の兄。
自分には一生身に付けられないであろうそれを惜しみなく周囲に分け与えることのできる、聖母のようなレルプスの至宝。
レオンは、その兄が語る『楽しい生活』を、微塵も疑うことなく信じていた。
レオンは机の引き出しの奥、鍵のかかった小さな木箱を取り出す。 中には、六年前の出発の日に半泣きしながら兄が編んでくれた白詰草の花冠が入っていた。
「……もう、こんなにボロボロだ」
月光に照らされたそれは六年の歳月ですっかり茶色く枯れ、触れれば崩れてしまいそうなほど脆くなっている。しかし、レオンにとってはどんな勲章や宝飾品よりも価値のある宝物だった。
彼は細く長い指先で、枯れた花びらを愛おしそうに撫でながら、ぴんと立った耳を僅かに揺らした。
(……待っていてください、兄様。僕が帰ったら、また真っ先にあの庭園へ行きましょう)
レオンの脳裏には、一面に咲き誇る白詰草の中で自分を呼ぶ兄の愛らしい姿が浮かんでいた。
(帰ったらすぐに、新しい花冠を僕のために編んでもらおう。今度はもっと大きなものを、僕が膝をついて、兄様に頭に乗せてもらわないと)
「あと、二ヶ月……」
レオンは独りごちて、大事な手紙を胸に抱きしめる。楽しく暮らしているはずの兄が学校で泥にまみれ、自分の成績と比較されて涙していることなど、今の彼はまだ知らなかった。
◆
レオンが帰国を目前に控え、兄への再会を夢見ているその一方。
アルカナム王立貴族学院では、ノエルにとって地獄のような日々が加速していた。
「……ねえ、聞いた? レオン様、すべての課程で首席なんですって」
「それに比べて、その兄ときたら……今日も中庭で泥まみれになっていたわ」
放課後の廊下、ノエルの背中に無数の棘のようなささやきが突き刺さる。 教科書を抱え、俯いて歩くノエルの前を、ウェルデを筆頭にいつもいじめてくる生徒たちが立ちふさがる。今やレオンの輝かしい噂を聞きつけた他クラスの生徒たちまでもが、好奇の目で見物していた。
「おい、レルプスの面汚し。例の弟君が再来月には高等部に入るらしいじゃないか」
リーダー格の少年、ウェルデがノエルの肩を強く突き飛ばす。ノエルは壁に背中を打ち付け、苦痛に顔をゆがめた。
「……レオンは、すごいですから。僕なんかとは、違うんです」
ノエルの絞り出したような声を聞き、ウェルデはニヤニヤと下品な笑みを浮かべた。
「ああ、違いない。お前はレルプス家の『枷』なんだよ。優秀な弟がこんなマヌケな兄を持っているなんて、彼の輝かしい経歴に傷がつくとは思わないのか?」
レオンの経歴に傷がつく。その言葉にノエルの心臓がドクンと跳ねた。
「お前が当主の座に居座り続ける限り、彼は一生『出来損ないの兄を持つ弟』として後ろ指をさされるんだ。……お前さえいなければもっと完璧なレルプスになれるのに。お前がレルプス家の邪魔をしているんだよ」
「……邪魔……僕が……」
ノエルの瞳が大きく揺れた。
自分を慕ってくれていた、あの可愛い弟。
遠い国で必死に努力している彼にとって、自分という存在が足枷になっている。その考えは、どんな身体的な暴力よりも深く、ノエルの心を切り裂いた。
「お前の家系には『レルプスの渇き』とやらがあるそうだが……お前如きの渇きなんて、泥水で潤すのがお似合いだ」
それを聞いたカイルとメアリが遠くから悲痛な表情で駆け寄ろうとするのが見えたが、ノエルは首を振ってそれを制した。
(そうだ……レオンは、僕なんかと違って、太陽みたいな子なんだ。僕がいなければ……お父様も、レオンも、もっと誇らしくいられるはずなのに……)
「……ごめん、なさい……」
ノエルは涙ぐみながら震える声で謝り続ける。何に対しての謝罪なのかも分からず、ただ、自分が存在していることそのものが罪であるかのように、泥にまみれて小さく丸まり、ひたすらに許しを請うた。
帰国を控える弟が何より愛するその純粋な心は、弟の帰還を待つ喜びよりも、『弟を汚したくない』という絶望に染まりつつあった。
◆
レオンが帰国する当日。空は抜けるように青く、日差しは皮肉なほどに穏やかだった。
しかし、そんな天気とは裏腹に、連日の執拗ないじめと『お前がレオンの邪魔になっている』という呪詛のような言葉は、ノエルの心を限界まで摩耗させていた。
昼休みの裏庭で、ノエルはいつものように地面に座り込んでいる。そこへ、取り巻きを連れたウェルデたちが最後の仕打ちとばかりに歩み寄った。
「今日、ついに弟君が帰ってくるそうだな。……どうだ? 自分の無能さをその目で突きつけられる気分は」
「……ええ。レオンは、本当に素晴らしい弟です」
俯いたまま小さな声で答えるノエルを囲み、取り巻きがクスクスと笑い声を上げる。ノエルの耳がぺたんと力なく垂れ、肩は小さく震えていた。
「ふん、殊勝なことだ。だがな、お前がそこにいるだけで、とても優秀な弟は『無能な兄の面倒を見る』という余計な労力を割かなきゃならない。……もし、お前が今日このまま姿を消せば、彼はどれほど晴れ晴れとした気持ちで当主の座に就けるんだろうな?」
「……消える……」
ウェルデがノエルの耳を掴んで引き寄せ、顔を近づけながらニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。
「そうさ。爵位を継ぐ条件は『長男』じゃなくて『長兄』なんだろう?……それが唯一、お前が弟にできる『兄らしいこと』なんじゃないか?」
そう吐き捨ててウェルデたちがゲラゲラと嘲笑いながら去っていくなか、一人残されたノエルは、虚ろな目で手元の白詰草を見つめている。……その瞳には、もう涙すら浮かんでいなかった。
(そうだ……レオンの輝きに、僕はいらない。僕がいなくなれば、お父様もレオンも、悲しまなくて済むんだ。……僕の最後の役割は、これなんだ)
「ノエル!」
「ノエル様!」
ノエルがふらふらと立ち上がり歩き出すと、カイルとメアリが血相を変えて駆け寄ってくる。途中からノエルがずっと幽霊のように青白い顔をしていたのを見て、二人は不安で仕方がない様子だった。
「ノエル、大丈夫か!? またあいつらに何か……」
「……ううん。大丈夫だよ、カイルくん。メアリちゃん」
そう言ってノエルは顔を上げる。その顔には、ここ数ヶ月一度も見せなかったような、穏やかで美しい笑顔が浮かんでいた。
しかし、その微笑みには生命の温度が全く感じられず、まるで精巧に作られた磁器の人形のようだった。
「……えっ?」
メアリが思わず後ずさる。いつもなら涙で潤んでいるはずのノエルの瞳は、どこか遠い場所を見つめているように澄み渡っていた。
「今日、レオンが帰ってくるんだ。だから、一番きれいな花冠を作ってお祝いしなきゃ。……僕はもう、全部わかったんだ。どうすればみんなが幸せになれるか、やっと答えが出たんだよ」
「ノエル、何を言ってるんだ……?その、なんだか様子が変だぞ?今日はお屋敷に帰るまで、僕たちがついていくから……」
カイルが必死にノエルの手を取ろうとするも、ノエルはそれを優しく、けれど断固として拒否した。
「ううん、一人で大丈夫。……ねえ、二人とも。いつものお願いなんだけど……」
ノエルは人差し指を口元に当て、茶目っ気たっぷりに、けれど氷のように冷たい声で囁いた。
「僕のこと、誰にも言わないでね。……お父様にも、学校の先生にも。もちろん、夜に帰ってくるレオンにも。……約束だよ?」
「ノエル!待って、待ってよ!ねえ……!」
二人の制止を振り切り、ノエルは軽やかな足取りで立ち去っていく。その背中は、まるですべての重荷から解放されたかのように軽やかで、同時に、二度と捕まえられないほど遠くへ消えてしまいそうな危うさを孕んでいた。
◆
夜の帳が下りたレルプス家。
屋敷の玄関ホールには、数年ぶりの帰郷を果たしたレオンの堂々たる姿があった。
「兄様! 今帰りました!」
馬車を降りるなり、出迎えの列を無視して兄のもとへ駆け寄るレオン。その瞳は、最愛の兄に会える喜びに爛々と輝いている。 対面したノエルは、泥を綺麗に洗い流し、月の光を浴びた絹のように真っ白な毛並みを整えて立っていた。
「おかえりなさい、レオン。……立派になったね」
ノエルはいつものように、穏やかで優しい笑みを浮かべている。 しかし、レオンの鋭い感覚は、その笑顔の奥に隠された異変を見逃さなかった。
自分を見る兄の瞳が、かつての純粋な敬愛ではなく、まるで鋭利な刃物を突きつけられた獲物のように、かすかに震え、怯えていた。
(……兄様? なぜそんな目で僕を見るのですか。僕が怖いのですか?)
胸を突き刺すような違和感。しかし、レオンはそれを一旦心の奥に押し込んだ。
まずは、この家における自分の立場を磐石にしなければならない。兄様を永遠に守り、その笑顔を独占するための権利を。レオンはそのまま、父ギルバートの待つ書斎へと向かった。
「父上。ただいま帰国いたしました。報告の通り、すべての課程を修了しております」
「ああ、見事な成績だ、レオン。お前こそがレルプスの誇りだ」
重厚な扉の向こうから聞こえる父の冷徹な声。レオンは一切の迷いなく、本題を切り出した。
「父上、単刀直入に申し上げます。次期当主の座を、私に譲ってください。……兄様には、重荷すぎます。レルプス家の実権は私が握り、兄様には何も憂うことのない隠居生活を送っていただく。それがこの家にとって最善の道です」
レオンにとって、それは兄を守るための提案。爵位という泥沼の責任から兄を解放し、自分がすべてを背負って兄を囲い込もうという、彼なりの愛に基づいた行動だった。
しかし、その会話を扉の外で漏れ聞いていたノエルがどう受け止めるか、その予測まではできていなかった。
(……ああ、やっぱり)
ノエルが震える手で口元を覆う。ウェルデたちの言葉が、鋭い楔となって脳裏を打ち抜いた。
『こんなマヌケな兄を持っているなんて知られたら、彼の輝かしい経歴に傷がつく』
『お前が当主の座に居座り続ける限り、彼は一生『出来損ないの兄を持つ弟』として後ろ指をさされる』
『お前さえいなければもっと完璧なレルプスになれるのに』
『お前が彼の邪魔をしているんだよ』
『もし、お前が今日このまま姿を消せば、彼はどれほど晴れ晴れとした気持ちで当主の座に就けるんだろうな?』
(レオンは、僕から当主の座を奪いたいんじゃない。……僕という出来損ないが、彼の人生の邪魔にならないように、後始末をしようとしてくれているんだ。……優しいレオンに、そんな気遣いまでさせてしまっている)
父と弟が自分の処遇について、まるで不要な荷物の置き場所を決めるように話し合っている。ノエルにとって、それは家族に疎まれているという確信に変わるのに十分すぎる状況だった。
「……ごめんね、レオン。……お父様」
ノエルは音を立てずにその場を離れる。 向かう先は、自分の寝室。 そこには帰り道で編み上げた、かつてないほど完璧で、かつてないほど悲しい白詰草の花冠が置かれていた。
◆
窓を叩く雨音はいつしか激しい土砂降りへと変わり、書斎の中では父ギルバートが氷のような声を響かせていた。
「……ならん。爵位はあくまで長男であるノエルが継ぐ。お前はそれを支える剣となれと言ったはずだ、レオン」
「それが何の解決になる!この家を壊しているのは父上、貴方だ!」
……平行線のまま終わった対話。苛立ちを剥き出しにしたレオンが扉を蹴るようにして廊下へ出たその時、正面玄関の方が騒がしいことに気づいた。
「離してください! ノエル様に……ノエル様に会わせて!」
「お願いです、早くしないと大変なことになるんです!」
ずぶ濡れになり、泥にまみれたキツネの少年と羊の少女。守衛に取り押さえられながらも必死に叫ぶ二人を見て、レオンは足を止めた。
(……カイルとメアリ。兄様の手紙にあった友人たちか)
「二人とも、落ち着け。兄様がどうしたというんだ」
レオンの冷徹な威圧感に二人が一瞬怯むも、しかし、カイルが意を決して叫んだ。
「ノエルがおかしいんだ! お昼、あんなにひどい目に遭わされたのに……急に笑って、『どうすればみんなが幸せになれるか答えが出た』なんて!誰にも言うなって口止めされたけど、あんな笑顔、絶対におかしい!」
レオンの胸がチリチリと痛み、背中を冷や汗が伝う。何かがおかしい。ノエルの様子も、この二人の様子も、自分の想定と噛み合わなかった。
「……ひどい目だと?どういう意味だ。手紙では兄様は学院で楽しく過ごしていると―――」
「嘘だよ!ずっと、ずっといじめられてたんだ!『ノエルはレルプス家の恥だ』、『ノエルがレオン様の邪魔をしてる』って……毎日、毎日!」
その言葉が耳に入った瞬間、レオンの脳裏で何かが弾けた。
兄のあの怯えた瞳は、自分を邪魔な存在だと思っていたから?あの心優しい兄様が、自分自身の存在を呪うほどに追い詰められていたというのか?
「……兄様!」
心臓が早鐘を打つ。レオンは階段を駆け上がり、ノエルの部屋の扉を肩でぶち破るようにして開け放った。
「兄様! どこですか、兄様!」
しかし、そこにノエルの姿はなかった。
開け放たれた窓から吹き込む雨風が、薄いカーテンを激しく揺らしている。 主の消えた机の上には、雨に濡れないよう大切に置かれた白詰草の花冠がひとつ。それは、かつてないほど丁寧に編み込まれた、美しくも悲しい傑作。
……そして、その横には一通の手紙が残されていた。
『お父様へ。僕を強くしようとしてくれてありがとう。期待に応えられなくてごめんなさい。
カイルくん、メアリちゃんへ。友達になってくれてありがとう。僕がいなくなったら、自分たちの幸せを一番に考えてね。
僕を嫌っていたみんなへ。僕が至らないばかりに嫌な思いをさせてごめんなさい。もう邪魔はしません。
そして、大好きなレオンへ。君は僕の誇りだよ。これからは、僕のことは忘れて、君の望む未来を歩んでください。わがままを言うなら、その花冠を君に受け取ってほしかったな。
最後に。みんな今までありがとう。愛しています。
これからはお母様と一緒に、空から見守っているからね。』
文章の端々は、零れ落ちた涙の跡で文字が滲んでいた。
それでも誰も恨むことなく、自分が消えることが唯一の解決策だと信じ込んでしまった。
泣きながら書いたであろう遺書にでさえ、綴られていたのは恨みでも呪いでもなく、自分を虐げた者たちにまでも謝罪と愛を綴るほどの純粋さだった。
「……あ……あああああッ!!!」
レオンの喉から、獣のような絶叫が漏れる。彼の中に蠢く『渇き』が、どろり、とした黒い殺意と執着に変貌した瞬間だった。
「誰が……誰が、兄様にこんなものを書かせた……!」
震える手で花冠を握りしめたレオンの瞳からは光が消え、土砂降りの外へ向かって狂気じみた速さで飛び出した。
机の上の遺書は、まだ湿っていた。
吹き込む雨はまだ部屋の一部しか濡らしていなかった。
一刻の猶予もない中、部屋の様子を思い返しながら部屋の主が去ったであろう時間を瞬時に計算し、行き先の予想を立てていった。
「まだ……まだ遠くへは行けていないはずだ……!」
庭に出たレオンの視界を土砂降りの雨が遮り、激しい風の音がノエルの足音をかき消していた。
( どこだ? 兄様ならどこへ行く? 死を選ぼうとするほど絶望した兄様が、最後に身を寄せる場は……!)
その瞬間、レオンの脳裏に、留学前に見たある光景がフラッシュバックする。それは、今は亡き母リリィとまだ幼かったノエルが、寄り添いながら白詰草を編んでいた場所。
「……裏庭の、奥……母上のガゼボ……!」
そこは屋敷から離れた、森の入り口にある古いガゼボ。
今は手入れもされず、父が母を思い出して苦しまぬよう立ち入りを禁じていた場所だったが、ノエルにとってはそこだけが唯一愛されていた記憶が残る聖域だった。
「行かせてたまるか……そんな場所を、終焉の地になんてさせてたまるか!!」
叫びは雨音に飲み込まれ、かき消されていく。 ぬかるんだ泥がレオンの純白の毛並みを容赦なく汚すのも厭わず、全力で走り続ける。歴代最高と謳われる身体能力は、今や一刻を争う兄の救出のために限界を超えて発揮されていた。
肺が焼けるように熱い。視界が雨で歪む。しかし、森の境界に佇む蔦に覆われたガゼボのシルエットが見えた瞬間、レオンの心臓はさらに激しく鳴り響いた。
真っ暗なガゼボの中に、一点だけ。 雨に打たれ、透けるように白く、今にも消えてしまいそうなほど小さな背中が、うずくまっているのが見えた。
「……兄様……ッ!!」
ガゼボの梁にかけられた一本の麻縄。
雨に濡れた指先がかじかんでうまく力が入らないのか、ノエルは何度も、何度も、震える手で不器用に結び目を作ろうとしていた。
そして結び目が解けるたびに「……っ、ごめんなさい、こんなことさえ、うまくできない……」と、掠れた声で自分を責め続け、目をこすり、鼻をすすりながら結び目を作っていた。
「兄様ッ!!!」
「レ、レオン……? どうして……」
稲光のような勢いでガゼボに転がり込んできた弟を見て、ノエルが驚きに目を見開く。
その細い首に縄がかかる前に、レオンはなりふり構わず兄の身体を突き飛ばすようにして冷たい床に押し倒し、きつく抱き寄せた。
「何をしている……何を、何をしようとしているんですか兄様!!」
「離して、レオン……っ。君は、見ちゃいけない。綺麗なままで……僕みたいな、君の邪魔になるものは……」
「邪魔!?邪魔だと!?誰がそんなことを言った!誰が貴方をそう思い込ませた!!」
レオンはノエルの肩を壊さんばかりに掴み、激しく揺さぶる。その瞳からは、雨か涙か判別のつかない雫が溢れ落ち、ノエルの頬を濡らしていった。
「僕が……僕が何のために、この数年間、死に物狂いで研鑽を積んできたと思っているんですか!貴方が笑って花を編める世界を作るためだ!貴方を害する全ての雑音を、僕の力でねじ伏せるためだったんだ!!」
レオンの獣じみた慟哭が雷鳴の中に響いた。
「成績も、武術も、社交も……すべては貴方を護るための道具に過ぎなかった!なのに、その僕の成果が、貴方を死に追いやる刃になっていたなんて……!!」
レオンは狂乱したように、自分の胸を拳で何度も殴りつけた。
「……ごめんなさい。ごめんなさい、兄様……っ。僕が愚かだった。貴方が学校でどれほど孤独だったか、父上の言葉にどれほど傷ついていたか……知っていたつもりで、何も分かっていなかった!挙句、僕の存在そのものが、貴方を追い詰めていたなんて……!!」
レオンは床に額をこすりつけ、喉を震わせて咽び泣く。 学院では天才の名をほしいままにし、怪物とまで呼ばれるその男が、泥にまみれ、惨めに許しを請うていた。
「死なないで……お願いだ。兄様がいない世界で、僕に何をしろと言うんですか。貴方が消えるなら、僕は今ここで、この家も、貴方を傷つけた奴らも、この国さえも全部、跡形もなく焼き尽くしてやる……!!」
レオンの腕が、折れんばかりの力でノエルを抱き締める。それは救済というにはあまりに重く、執着というにはあまりに悲しい、呪いのような抱擁。
雨音が響くガゼボの中で、ノエルは弟の震えを肌で感じていた。
そして、心身の疲れから意識が遠のく中、自分を見て泣きじゃくる弟を見て、自分がどれほど残酷な『愛』を突きつけようとしていたかを、初めて悟ったのだった。
◆
激しい雨が降り続く中、レオンは意識を失ったノエルを壊れ物を扱うように抱きかかえ、屋敷へと戻った。
「湯浴みの準備を。ただし誰も入れるな。全て僕がやる」
使用人たちの動揺を冷徹な一瞥で封じ、レオンは兄を私室の浴室へと運んでいった。
湯船に溜まった温かな湯に、泥と雨で汚れきったノエルの身体を静かに沈めていく。湯が触れた自分の手にも微かな痺れが伝わり、冷え切った体が温まっていくのを感じた。
「……もう大丈夫ですよ、兄様。温かいでしょう。ここは安全ですからね」
レオンは震える手で、愛おしそうに兄の純白の毛並みを洗っていく。おっとりとして、自分よりもずっと小柄で、折れた花をいたわる心を持つ、何よりも大切に守るべき小さな背中。
よかった。間に合った。そんな達成感に長い息をひとつ吐いた。
何よりも大切なものが指からこぼれ落ちていく恐怖をかき消すように、ノエルの細い腕を握ると、少しずつ体温が伝わってきた。
湯に浸かったことで、ノエルの身体が少しずつ本来の体温を取り戻していく。彼の耳の先に僅かに赤みがさしていくその安堵にレオンの頬がかすかに緩んだ。
その時だった。
「……あ……」
濡れて肌に張り付いていた首元の毛を手櫛で掻き分けた瞬間。 レオンの思考が、真っ白に凍りついた。
そこには、『あるはずのないもの』があった。
それは、ノエルの細く美しい首筋をぐるりと一周するようにして赤黒く腫れ上がった、真新しい麻縄の痕跡。
レオンの心臓がどくんと音を立てて跳ねた。
―――あのガゼボで、縄をうまく結べなくて涙目で鼻をすすっていた兄。
なんとか間に合ったと思っていた。
自分だから助けられたと思い上がっていた。
しかし、違った。
……兄は、既に一度、踏み台を蹴っていた。
レオンが駆けつけるほんの数分、あるいは数秒前。
一度は麻縄がその細い首を締め上げ、しかし、不器用な結び目が重さに耐えきれず解けてしまっただけだった。
……自分は間に合ってなどいなかった。
もう数分でも長く父と言い合いをしていたら。
カイルとメアリが守衛に阻まれていたら。
兄の行き先に思い当たらなかったら。
走る最中、泥に足を取られて転んでいたら。
兄の手先があとほんの少しでも器用だったら。
そのどれか一つでも現実になっていたら……自分は、あの時、何を目にしていた?
「……ッ、ああ……っ!!」
レオンは喉の奥で悲鳴を飲み込んだ。
自分の知らない一瞬の中で、兄は絶望をさまよい、死の淵を覗き込んでいた。
その瞬間、レオンの中で何かが決定的に、そして修復不能なまでに崩壊し、再構築されていくのを感じた。
ノエルの首に残る無残なあざを、レオンは狂おしいほどの熱を持って指先でなぞる。その瞳からは、それまでは僅かに残っていた少年らしい迷いが消え去っていた。
レルプス家の男が人生で一つだけに捧げる異常な執着―――『レルプスの渇き』、その完全なる発現だった。
「……わかりました。兄様」
レオンは、眠る兄の耳元で、甘く、毒を含んだ声で囁いた。
「兄様がこれほどまでに世界を愛し、慈しみ、それゆえに苦しむというのなら。……その優しさを踏みにじった『ゴミ』を、すべて僕が片付けてあげます」
学院のクズ共も、彼らの背後にある家門も、そして兄を追い詰めた父ギルバートの歪んだ方針も。
兄が二度と死にたいなどと思わなくて済むよう、この世のすべてを整理する。
この家も、社交界も、すべてを自分の支配下に置き、兄がただ花を編むためだけの美しい世界を作り上げる。
「もう何にも、兄様を傷つけさせない。……死ぬことさえ、僕が許しません」
湯気に霞む浴室で、レオンは兄の額に深い口づけを落とした。
◆
浴室から上がったレオンは、柔らかいタオルに包まれたノエルを慎重な手つきで寝室へと運ぶ。 ベッドに横たわったノエルの首元には、先ほどの索状痕が痛々しく浮かび上がっていた。
目を覚ますまでその傍らで一晩中手を握っていたい。少しも目を放したくない。もしまた何かあったらと思うと恐怖で全身が震えた。
しかし、そんな兄を想う狂おしいほどの情動を、レオンは冷徹なまでの意志で抑え込んだ。
「……兄様を、守らなくては」
ゆっくりと立ち上がり、部屋を出る。部屋の前で控えていた従者たちに対し、レオンはかつてないほどの殺気を放って言い放った。
「一瞬だ。一瞬たりとも、兄様から目を離すな。もし次に兄様が指一本でも自分を傷つけるようなことがあれば、その時はお前たちだけでなく、その家族の首も並ぶと思え」
蛇に睨まれた蛙のように硬直する従者たちを残し、レオンは踵を返す。 玄関ホールではいまだに濡れた体で震えていたカイルとメアリが守衛の陰でレオンを待っており、彼らの顔には親友を救えなかった後悔と恐怖が入り混じっていた。
「カイル、メアリ。……兄様を救ってくれたこと、感謝する」
レオンの声は、感情が削ぎ落とされたように平板だった。カイルたちがその声に体を震わせるも、『救ってくれた』という言葉に、最悪の事態だけは免れたのだと、震えながらも僅かに緊張がほぐれるのが分かった。
「詳細は後日、僕が直接聞く。従者に送らせるからお前たちはもう帰れ。……ここから先は、レルプス家の『内戦』だ。部外者を巻き込むつもりはない」
二人が言葉を発する間もなくレオンは背を向け、父の待つ書斎へと向かう。 重厚なマホガニーの扉の前に立った瞬間、レオンの内に燻っていた業火が爆ぜた。
「父上ッ!!」
ノックもせず、蹴破るような勢いで扉を開け放ち、レオンは怒鳴り込んだ。
「よくも……よくも、兄様をあそこまで追い詰めてくれたな!!」
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「生きる!?魂を殺して、心を引き裂いて、ただ呼吸をしていれば満足か!?……兄様が欲しかったのは、あなたからの『承認』でも、僕からの『救済』でもない!ただ、家族と一緒に笑える日々だったんだ!あなたが『無能』と切り捨て、僕が『護っている』と自惚れていた間に、兄様は『自分のせいで家族が不幸になる』と……僕たちのために、あの不器用な手で、何度も何度も、首に縄をかけていたんだぞ!!」
二人のレルプスは、机を挟んで互いの胸ぐらを掴み合わんばかりの距離で睨み合う。互いにノエルを世界で一番愛していると自負しながら、その愛し方の間違いがその最も愛する者を極限まで追い詰めたという残酷な事実に、互いを罵り合わずにはいられなかった。
「……あの子は、今どうしている」
「眠っています。だが、首にあざが残っていた。僕が間に合ったのではない……偶然、縄が解けただけだ。神が一度だけ、僕たちに与えてくれた『やり直しの猶予』だ……」
その言葉を聞いた瞬間、ギルバートの膝から力が抜け、彼はその場に崩れ落ちた。
「ああ……ああ、リリィ……私は、なんということを……」
強面で、常に鉄の仮面を被っていた父の目から、溢れんばかりの涙が零れ落ちる。レオンもまた、机に拳を叩きつけながら、溢れる涙を隠そうともせずに声を上げて泣いていた。
「……父上。もう、貴方の教育は終わりです。兄様を傷つけた者たちを、僕は明日、地獄へ送ります。……貴方がそれを止めると言うなら、今ここで、貴方も殺して行きますよ」
ギルバートの手から遺書が滑り落ち、力なく椅子に座り込む。 かつて最強の騎士と謳われた男の背中は今や、最愛の息子の心を殺してしまったという後悔で無残に小さく丸まっていた。
書斎を支配していた狂乱の嵐が去り、重苦しい静寂が二人を包む。ギルバートは床に落ちた遺書を壊れ物を扱うように、今もなお細かく震える指でそっと拾い上げた。
「……私の負けだ、レオン」
地を這うような低い声。かつて鉄の規律で一族を統べてきた当主の面影はなく、そこにはただ、自らの過ちで息子を殺しかけた、一人の無力な父親がいた。
「お前の言う通りだ。私はあの子に『強さ』を求めたが、その結果、あの子が持つ最大の美徳である『優しさ』を、自らへの刃に変えてしまった。……私のやり方では、あの子を壊すことしかできなかった」
ギルバートは顔を上げ、赤く腫らした目でレオンを真っ直ぐに見据えた。
「レオン。お前なら……いかなる犠牲を払ってでも、あの子の笑顔を守り抜けると断言できるか。たとえその手が、どれほど醜く汚れようとも」
レオンは一瞬の躊躇もなく、冷徹な光を宿した瞳で答えた。
「もちろんです。兄様がただ白詰草を編んで笑っていられるのなら、僕は神さえも欺き、この国のすべてを敵に回しても構わない。兄様を傷つけるあらゆる要因を、僕がこの世から根絶します。……いかなる手段を用いてでも」
「……レオン、お前。その目は……」
ギルバートは、戦慄とともに悟った。
レオンの瞳に宿っていたのは、もはや兄を想う肉親の情愛などではなかった。
それは、もっと根源的で、どろりとした執着。
対象を独占し、崇め奉り、そのためには自らの魂さえ差し出す、『渇き』に狂った猛獣の目。
「……それは修羅の道だぞ、レオン。世界のすべてを拒絶し、永遠に解けぬ呪いをお前自身にかけることになる」
「望むところです。立ち塞がる者すべてを縊り殺し、地を均し、花を植えてみせましょう。―――それに」
レオンが遠い目をする。その瞳には兄との思い出のひとつひとつが映っているようだった。
「呪いなら、遠い昔……今のような雷雨の夜。ベッドで兄様に手を握られた時から、もうかかっていますよ」
レオンは、氷のように冷たく、しかし狂おしいほどに熱い微笑みを浮かべる。その言葉に含まれた狂気に近い決意を聞き、ギルバートは力なく、けれどどこか安堵したように口角を上げた。
「……ならば、受け取れ」
ギルバートは机の引き出しから、レルプス家の当主のみが持つことを許される重厚な印章と、爵位継承の鍵を取り出し、それをレオンの前へと押し出した。
「今日この時から、レルプス家の全権はお前に譲る。武力、財力、情報網……すべてを好きに行使しろ。あの子を阻むものを焼き払うための武器として、お前の『渇き』のままに振るうがいい。ただし、あの子には……あの子にだけは、その血の臭いを嗅がせるな」
「言われるまでもありません」
レオンは印章を強く握り締める。銀の冷たさが、彼の決意をさらに硬く研ぎ澄ませた。
当主の証を差し出したギルバートは、まるで憑き物が落ちたかのように椅子に深く背を預け、力なくうなだれる。その姿は、一晩で十数年も老け込んだかのようだった。
「……レオン。私は、もう一度……あの子の『父親』に戻れると思うか」
絞り出すような問いかけ。
「あの子に『生きていてくれて良かった』と、『すまなかった』と、『愛している』と言い、その頭を撫でてやる資格が……あの子を絶望の淵へ突き落としたこの私に、まだ残されているのだろうか」
かつて畏怖の対象でしかなかった父の、あまりにも弱々しい独白。 レオンは当主の印章を冷たい手で握りしめ、出口へと向かいながら、振り返らずに告げた。
「その資格があるかどうかを決めるのは、僕ではありません。……兄様です」
レオンはドアノブに手をかけつつ言葉を続ける。その声は冷たかったが、ほんの僅か、家族への想いが込められていた。
「兄様は、あの遺書に『ありがとう』と書いていました。死ぬ間際でさえ、貴方を恨むことすらできなかった。明日、兄様が目覚めたとき……最初に謝罪し、抱きしめる役目だけは、貴方に譲ってあげます。それ以降、兄様を泣かせるような真似をすれば……その時は、実の父であっても容赦はしません」
そう言ってレオンは書斎を後にする。 残されたギルバートは一人、慟哭を耐えるように顔を覆った。
外の雨は、いつの間にか小降りになっていた。
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その様子を苛立たし気に見ているのがポールと同級の親友アンドルー。学力でも剣でも実力が拮抗する2人は一緒に行動することが多い。
そんなある日、転入して来た男爵令嬢にアンドルーがしつこくつきまとわれる。その姿がポールの心に激しい怒りを巻き起こす。自分の心に沸き上がる激しい気持に驚くポール。
時が経ち、マークは遂にユリアにプロポーズをする。ユリアの答えは?
ポールが気になって仕方ないアンドルー。実は、ユリアにもポールにも両方に気持が向いているマーク。初恋のマークと、いつも傍にいてくれるアンドルー。ポールが本当に幸せになるにはどちらを選ぶ?
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不定期ですが番外編更新していきます!
兄弟の恋のキューピッドはかわいい天使
ユーリ
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魔法省に勤める千歳は仕事で天使の子育てを言い渡された。しかしその天使はあまりにも元気で千歳の手に負えなくて…そんな時、自分を追いかけてきた弟が子育てに名乗り出て…??
「まさか俺と兄さんの子供!?」兄大好きな弟×初の子育てでお疲れな兄「お仕事で預かってる天使です…」ーー兄弟の恋のキューピッドはかわいい天使!
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
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優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
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平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。
やの有麻
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山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。
昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと?
前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。
*ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。
*フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。
*男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。
闇を照らす愛
モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。
与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。
どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。
抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。
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