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第3章:偽帝国の拡大
第15話:名を呼ぶ声
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天守閣の石段を降り、十兵衛は城下町を見下ろしていた。
安土は、かつての戦火を超えて復興の最中にあった。
民衆は“信長”の帰還を喜び、商人たちは“平和の兆し”に沸いていた。
(これが俺の築いたものか……)
否。築いたのは信長。
自分はその遺産に乗っているだけ。
そう思うたび、胸がざらつく。
——だが、それでも。
「十兵衛……!」
背後から、過去の名が、鋭く突き刺さった。
十兵衛の背中が、凍りついたように止まる。
「……!」
振り向く。
人混みの中に、ひとりの女が立っていた。
粗末な袷、煤けた指先、だがその目は澄んでいた。
「おみよ……」
思わず名を呟いた。
かつて村で共に麦を刈った、幼馴染の女。
信長の影としての訓練に入る前、唯一“心を通わせた”相手だった。
「生きてたんだね、十兵衛……!」
嬉しさと混乱、再会と恐怖が、彼女の表情に入り混じっていた。
だが、十兵衛はとっさに口元を歪めた。
「誰だ、お前は」
「……え?」
「俺の名は、織田上総介信長。民の名を、勝手に口にするな」
凍えるような声だった。
周囲の兵がザワつき、剣に手をかけた。
「十兵衛……ちがうよ、そんなの……!」
おみよが震える声で叫んだ。
「たしかに……たしかに昔とは違うよ……でも、でも目は同じだった! 私、絶対に間違えない!」
兵が彼女を取り押さえようとした瞬間、十兵衛は手を上げて制した。
「放せ。俺が話す」
人払いが行われ、小道の陰に連れられたおみよは泣きながら言った。
「どうして……あんな嘘をつくの? 生きててよかったって思ったのに……私、あの夜からずっと……」
「……違うんだ」
十兵衛は呟いた。
「俺は“もう”十兵衛ではない。あの夜、焼けた村と一緒に、十兵衛は死んだ」
「そんなの、あなたが決めることじゃない!」
「俺が決めた。俺が“信長”を生きると決めた」
おみよはその目を見て、すべてを悟った。
「……殺すの?」
震える声。
「それが“信長”なら、私のことを消すでしょ……十兵衛……」
その瞬間、十兵衛の心に二つの声が重なった。
ひとつは、かつて畑で笑っていた自分。
もうひとつは、玉座から冷たく見下ろす“偽の将”。
「……消す必要はない。ただ、信じてほしい」
十兵衛は、静かに近づいた。
「——お前が、俺を“信長”だと信じてくれるなら」
おみよは息を呑んだ。
「……わかった。なら、私はこう呼ぶよ」
彼女は涙をこらえて微笑んだ。
「私の信長さまですって」
十兵衛は、はじめて——
ほんの一瞬だけ、目を伏せて笑った。
安土は、かつての戦火を超えて復興の最中にあった。
民衆は“信長”の帰還を喜び、商人たちは“平和の兆し”に沸いていた。
(これが俺の築いたものか……)
否。築いたのは信長。
自分はその遺産に乗っているだけ。
そう思うたび、胸がざらつく。
——だが、それでも。
「十兵衛……!」
背後から、過去の名が、鋭く突き刺さった。
十兵衛の背中が、凍りついたように止まる。
「……!」
振り向く。
人混みの中に、ひとりの女が立っていた。
粗末な袷、煤けた指先、だがその目は澄んでいた。
「おみよ……」
思わず名を呟いた。
かつて村で共に麦を刈った、幼馴染の女。
信長の影としての訓練に入る前、唯一“心を通わせた”相手だった。
「生きてたんだね、十兵衛……!」
嬉しさと混乱、再会と恐怖が、彼女の表情に入り混じっていた。
だが、十兵衛はとっさに口元を歪めた。
「誰だ、お前は」
「……え?」
「俺の名は、織田上総介信長。民の名を、勝手に口にするな」
凍えるような声だった。
周囲の兵がザワつき、剣に手をかけた。
「十兵衛……ちがうよ、そんなの……!」
おみよが震える声で叫んだ。
「たしかに……たしかに昔とは違うよ……でも、でも目は同じだった! 私、絶対に間違えない!」
兵が彼女を取り押さえようとした瞬間、十兵衛は手を上げて制した。
「放せ。俺が話す」
人払いが行われ、小道の陰に連れられたおみよは泣きながら言った。
「どうして……あんな嘘をつくの? 生きててよかったって思ったのに……私、あの夜からずっと……」
「……違うんだ」
十兵衛は呟いた。
「俺は“もう”十兵衛ではない。あの夜、焼けた村と一緒に、十兵衛は死んだ」
「そんなの、あなたが決めることじゃない!」
「俺が決めた。俺が“信長”を生きると決めた」
おみよはその目を見て、すべてを悟った。
「……殺すの?」
震える声。
「それが“信長”なら、私のことを消すでしょ……十兵衛……」
その瞬間、十兵衛の心に二つの声が重なった。
ひとつは、かつて畑で笑っていた自分。
もうひとつは、玉座から冷たく見下ろす“偽の将”。
「……消す必要はない。ただ、信じてほしい」
十兵衛は、静かに近づいた。
「——お前が、俺を“信長”だと信じてくれるなら」
おみよは息を呑んだ。
「……わかった。なら、私はこう呼ぶよ」
彼女は涙をこらえて微笑んだ。
「私の信長さまですって」
十兵衛は、はじめて——
ほんの一瞬だけ、目を伏せて笑った。
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