30 / 99
第5章:天下を盗る
第30話:影武者、死す
しおりを挟む
冬の朝、京は静かだった。
雪の舞う御所前に、ただ一騎の馬が佇んでいた。
その背には、“天下人・織田信長”の印。
だがその男の顔は、どこか疲れ果てていた。
十兵衛。
いや、世を制した“影武者”の、最後の姿だった。
「……これが、すべての果てか」
御所の奥、朝廷から届いた書状が手元にある。
「新たな制度と名のもと、“信長政権”を解体し、政を朝廷に返すこと」
――大政奉還であった。
「お前は名を盗み、世を創った。そして今、自らそれを壊すのか」
そう言ったのは、旧友の明智家臣――斎藤源三郎。
唯一、十兵衛の正体を知りながらも沈黙を貫いた男。
「……盗んだのではない。託されたと思っている」
「託された?」
「名も、国も、俺は“信長”として持った。ならば最後に残すべきは“意志”だろう」
その夜、十兵衛は濃姫と二人きりで盃を交わした。
「……あなた、もうここにはいないのね」
「俺がここにいれば、“信長”は永遠に生きることになる」
「それじゃいけないんだ。人はいつか、名から解き放たれなきゃならない」
濃姫の目に涙が浮かんだ。
「……じゃあ、あなたは何になるの?」
十兵衛は盃を置いて、静かに言った。
「ただの男だよ。雪の降るこの国を、歩いていく一人の……名もなき男に戻る」
翌朝――
織田信長公、急死。
世に伝えられたその死は、城中の者すら知らぬ間に布告されていた。
死因は心臓発作とされたが、遺体もなければ葬儀もなかった。
ただ、記録だけが残された。
「信長公は、本能寺を逃れ、天下統一を果たし、最後は政を朝廷に返した」
すべてが、静かに終わった。
十年後、越後の山中にて。
一人の旅人が、村の井戸で水を汲んでいた。
背は高く、顔は陽に焼け、粗末な着物に草履。
「お前さん、京の人かえ?」
老婆の問いに、旅人は首を振った。
「……いえ。昔は都にいたかもしれませんが、今はただの流れ者です」
「名前は?」
しばし沈黙の後、彼は静かに笑った。
「――十兵衛とでも、呼んでください」
名を捨て、名を奪い、名のもとに生きた男が、ようやく“自分”に還る時だった。
雪の舞う御所前に、ただ一騎の馬が佇んでいた。
その背には、“天下人・織田信長”の印。
だがその男の顔は、どこか疲れ果てていた。
十兵衛。
いや、世を制した“影武者”の、最後の姿だった。
「……これが、すべての果てか」
御所の奥、朝廷から届いた書状が手元にある。
「新たな制度と名のもと、“信長政権”を解体し、政を朝廷に返すこと」
――大政奉還であった。
「お前は名を盗み、世を創った。そして今、自らそれを壊すのか」
そう言ったのは、旧友の明智家臣――斎藤源三郎。
唯一、十兵衛の正体を知りながらも沈黙を貫いた男。
「……盗んだのではない。託されたと思っている」
「託された?」
「名も、国も、俺は“信長”として持った。ならば最後に残すべきは“意志”だろう」
その夜、十兵衛は濃姫と二人きりで盃を交わした。
「……あなた、もうここにはいないのね」
「俺がここにいれば、“信長”は永遠に生きることになる」
「それじゃいけないんだ。人はいつか、名から解き放たれなきゃならない」
濃姫の目に涙が浮かんだ。
「……じゃあ、あなたは何になるの?」
十兵衛は盃を置いて、静かに言った。
「ただの男だよ。雪の降るこの国を、歩いていく一人の……名もなき男に戻る」
翌朝――
織田信長公、急死。
世に伝えられたその死は、城中の者すら知らぬ間に布告されていた。
死因は心臓発作とされたが、遺体もなければ葬儀もなかった。
ただ、記録だけが残された。
「信長公は、本能寺を逃れ、天下統一を果たし、最後は政を朝廷に返した」
すべてが、静かに終わった。
十年後、越後の山中にて。
一人の旅人が、村の井戸で水を汲んでいた。
背は高く、顔は陽に焼け、粗末な着物に草履。
「お前さん、京の人かえ?」
老婆の問いに、旅人は首を振った。
「……いえ。昔は都にいたかもしれませんが、今はただの流れ者です」
「名前は?」
しばし沈黙の後、彼は静かに笑った。
「――十兵衛とでも、呼んでください」
名を捨て、名を奪い、名のもとに生きた男が、ようやく“自分”に還る時だった。
6
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
マルチバース豊臣家の人々
かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月
後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。
ーーこんなはずちゃうやろ?
それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。
果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?
そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる