影武者の天下盗り

井上シオ

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第9章:影と本物の決着

第64話:新たなる敵影

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 「“信長”が戻ったらしいな」

 その声は、湿った地を踏みしめる音とともに、山中の闇に響いた。

 朽ちた松明の残る古寺の奥、男は焚き火を前に腕を組んで座っている。
 口元に笑みを浮かべたその顔は、十兵衛とは似ても似つかぬ、しかし不思議と“あの男”を思わせる目をしていた。

 「偽物が本物になる……面白い話じゃないか。だがな、歴史は血で書かれる。墨ではねぇ」

 男の名は斎藤孫四郎。
 かつて信長に滅ぼされた斎藤道三の血を引く者。
 生き延び、名を捨て、山中で軍を蓄えていた。

 「この世に、信長は二人もいらねぇ。真実を暴いてやるよ、“影武者様”」
 

 一方、安土城。

 政務の合間、十兵衛は濃姫と対面していた。
 かつての“本物の夫”がすでに亡き者となったことを、彼女だけは知っている。

 「あなたが“信長”として振る舞うのを見るたびに思うの。
 本物よりも、ずっと本物らしいわ」

 「……それは皮肉か?」

 「違うわ。
  あなたは、あの人が持ちえなかった“痛み”を持っている。
  だから、私は――あなたを“信長”と呼ぶ」

 十兵衛はわずかに目を伏せた。

 偽りから始まった人生に、いくつもの命が重なり、嘘が真実になろうとしていた。
 

 その夜。密偵が持ち帰った文が、十兵衛のもとに届けられる。

 《斎藤孫四郎、生存。山中に兵を集め、“影武者”の名を掲げて蜂起の兆しあり》

 文を読み終えた瞬間、十兵衛の眉がわずかに動いた。

 “影武者”という言葉が、公の文書に記されている――。

 (まだ終わっていない。俺の“影”は……)

 静かに立ち上がり、筆を取り、命令を記す。

 「斎藤孫四郎討伐の軍、編成せよ。先鋒は――柴田勝家」

 風が窓を打つ。

 影を塗りつぶす戦いは、再び始まろうとしていた。
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