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第10章:虚構の終焉
第70話:双つの遺言
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春雷が遠くで鳴っていた。
濃姫は、安土城の一室にいた。
かつて信長の正室として暮らし、いまは“影”の支配を静かに見届ける傍観者。
その手には、二通の文。
一つは、燃え残った手帳の切れ端――
「俺が、信長だった」と書かれた十兵衛の最期の筆跡。
もう一つは、豪奢な筆致で書かれた正式な遺言状――
「嫡子・信高に天下を継がせる。信長、ここに記す」
濃姫は、どちらが“真実”かを知っていた。
だが、それを語るべきか否か。
迷いは、かつて愛した男の顔を浮かび上がらせる。
――本物の信長。
――そして、影であった十兵衛。
どちらが“夫”だったかと問われれば、濃姫は躊躇するだろう。
十兵衛の声、手、まなざし――それはもう、“信長”だった。
「名は、数だ」と、彼は言った。
信じる者の数こそが、真実となる。
それが、影が生きた論理だった。
扉を叩く音。
現れたのは、若き“信高”だった。
「……濃姫様。明日、即位の式に臨みます。その前に、確かめたくて」
濃姫は文を背に隠し、微笑を浮かべる。
「あなたは……あの人の目をしている」
「“信長”の目、ですか?」
「いいえ。“信じた者の目”よ。あの人が見ていたものを、あなたも見ている」
信高は静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。私がこの名を継ぐ限り、影は消えません」
濃姫は、ふと火鉢に目をやった。
そして、ひとつの選択をする。
――手帳の切れ端を、ゆっくりと炎に落とした。
燃える文字。「俺が、信長だった」
それは、真実の一片を抱いたまま、闇へと還っていった。
残されたのは、ひとつの公式な遺言。
歴史に残るべき“嘘”――いや、“信じられた真実”。
夜が明ける。
天下は、新たな“信長”の手に委ねられる。
そして、影は誰の記憶にも刻まれぬまま、確かに世界を変えたのだった。
濃姫は、安土城の一室にいた。
かつて信長の正室として暮らし、いまは“影”の支配を静かに見届ける傍観者。
その手には、二通の文。
一つは、燃え残った手帳の切れ端――
「俺が、信長だった」と書かれた十兵衛の最期の筆跡。
もう一つは、豪奢な筆致で書かれた正式な遺言状――
「嫡子・信高に天下を継がせる。信長、ここに記す」
濃姫は、どちらが“真実”かを知っていた。
だが、それを語るべきか否か。
迷いは、かつて愛した男の顔を浮かび上がらせる。
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どちらが“夫”だったかと問われれば、濃姫は躊躇するだろう。
十兵衛の声、手、まなざし――それはもう、“信長”だった。
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信じる者の数こそが、真実となる。
それが、影が生きた論理だった。
扉を叩く音。
現れたのは、若き“信高”だった。
「……濃姫様。明日、即位の式に臨みます。その前に、確かめたくて」
濃姫は文を背に隠し、微笑を浮かべる。
「あなたは……あの人の目をしている」
「“信長”の目、ですか?」
「いいえ。“信じた者の目”よ。あの人が見ていたものを、あなたも見ている」
信高は静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。私がこの名を継ぐ限り、影は消えません」
濃姫は、ふと火鉢に目をやった。
そして、ひとつの選択をする。
――手帳の切れ端を、ゆっくりと炎に落とした。
燃える文字。「俺が、信長だった」
それは、真実の一片を抱いたまま、闇へと還っていった。
残されたのは、ひとつの公式な遺言。
歴史に残るべき“嘘”――いや、“信じられた真実”。
夜が明ける。
天下は、新たな“信長”の手に委ねられる。
そして、影は誰の記憶にも刻まれぬまま、確かに世界を変えたのだった。
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