恋を再び

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間の悪い男

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 アーロン・フォスターは自分の間の悪さを呪った。

 十日間の船旅をおえ解放感にひたっていたが、友人宅についた途端、男女の愛憎のもつれで修羅場となりかねない状況に身をおくことになった。居心地の悪さに酒がすすむ。

 かつて留学していたユール国での商談があり、いつもユール国の宿泊先として世話になっているリオ・トンプソン次期男爵の屋敷をおとずれた。

 モーガン大学で学友であったリオに久しぶりに会えるのを楽しみにしていたが、なぜか歓迎という名のもとリオとリオの妻、ヘザー、そしてリオ夫妻がそれぞれ自分達の恋人を招待し、訳ありの四人が屋敷の応接間で顔を合わせていた。

「どういうことだよ、リオ」

「どういうこととは?」

「なぜ俺が刃傷沙汰がおきてもおかしくない状況に放りこまれているんだ?」

 リオが驚いた顔をしている。どうやら本人はまったく問題ない状況だと思っていたらしい。

 リオいわく、リオ夫婦はどうしてもはずせない夜会に招待されており、ヘザーがエスコートを自分の恋人であるジョセフに頼んだので、ジョセフがリオ夫婦の屋敷に迎えにくる。そしてリオは恋人のカレンをエスコートすることになっていた。

 今日はアーロンがディアス国から到着するので、アーロンを歓迎するためカレンにリオの屋敷にきてもらい、四人でアーロンを歓迎しようという話になったという。

「勘弁してくれよ。この中の誰かが嫉妬に狂って刃物をふりまわしても不思議じゃない間柄だってことは分かっているのか?

 それに俺の国には貴族制度がないとはいえ商売相手がこの国の貴族だ。お前達が夫婦で招待されているにもかかわらず、違う相手を連れて行くのがまずいといった知識はある」

 アーロンがそのようにいうとリオは納得がいった表情になった。

「今日の集まりは園芸協会の懇親会で個人的な集まりだ。だから心配ない。それに貴族は愛人がいて当たり前だ。格の高い夜会や王主催の夜会でなければ何の問題もない」

 アーロンはこのような発言をさらりとする友を貴族だとあらためて思う。

 普段はリオと気安くつきあっているので身分を意識することはないが、貴族として生まれ、貴族として育ってきたリオは、骨の髄まで貴族だと思わせることがあった。

 それは商売相手の貴族にも感じることなので、リオが特別貴族臭が強いというわけではないが、自分が親しく付き合っている友と自分との違いを痛感する。

 アーロンは思わずため息をついた。このような状況を平気でやりすごすことが貴族には必要らしい。

 ディアス国は一夫一妻で配偶者が浮気をすれば姦通罪にとわれる。このような集まりはありえない。

 自分には貴族の真似などとても出来そうにない。いや、商売に必要ならやるが、このような状況でにこやかにしなくてはならない生き方をしたくないと思う。

「新興国出身の俺にはまったく分からない世界で、俺は非常に居心地がわるい。

 挨拶もすんだし旅の疲れもある。部屋で休ませてもらう」

 アーロンはリオに明日の約束を確認したあと、ヘザーに滞在させてもらう礼をいい、カレンとジョセフに挨拶をして客室へむかった。

 アーロンは客室にむかいながら大きく息をはいた。急に酔いがまわったようで体がふらつく。

「そういえば揺れていない静かな場所で寝るのは久しぶりだな」

 アーロンは海をへだてた自国から、十日の船旅をしてリオの屋敷にたどりついた。

 アーロンの出身国であるディアス国は、ユール国とは海で大きくへだたっている。そしてディアス国はユール国を含めたこちら側の大陸にある国々からの移民によって発展した。

 そのおかげで大陸の国々と似た部分は多かったが、大きく違うのが身分制度だった。移民をした人間のほとんどが平民だったこともあり貴族は存在しない。

 しかし数は多くないが貴族も移民しており、彼らの知識や統治力で移民達をまとめあげ発展させた者もいる。

 とはいえそもそも数が少なく、そして土地を開拓し町を作りあげるのと、すでに町としてそれなりに整った状況で領地経営するのとでは求められる能力が違う。

 そのため新しい土地で生き残った貴族は少なく、平民で工夫をこらし新しい土地になじみ町を作りだす努力をした人達が自然と指導者として力を持つようになった。

 実力主義で国を大きくしたこともあり、ディアスの人間は身分にしばられる大陸側の人間を遅れていると思っているが、大陸側の人間はディアスを未開で野蛮な国だとさげずんだ。

 アーロンはディアス国で大商会を築きあげた一家の次男で、大陸との貿易を任されていた。そのため貴族の礼儀作法と語学を習得し、貴族とのつながりをつくるため十代のうちにユール国と、商会にとってもう一つの最大得意先であるノルン国へ留学した。

 野蛮な国の平民がという態度をとられることは多かったが、留学先でリオのような親友に出会うことができた。

 リオの家は本家も分家も男爵位だが、本家が貿易を牛耳っている家であることから影の外交官とよばれていた。爵位こそ低いが政治や経済で力をもつ家だ。

 分家でリオの生家であるコリンズ家は芸術方面、とくに絵画に強く画商としてしられている。

 リオはコリンズ家の三男で、リオの叔父に跡継ぎがいないことから叔父の養子になり小さな領地を継ぐことになっている。園芸で有名な領地だ。

 リオは大学を卒業してから政略結婚でピアニストのヘザーと結婚した。二人の関係は悪くはなさそうだったが、子をなしたあとヘザーは恋多き女として浮名をながすようになった。

 リオは政略結婚では普通のことだというが、リオは結婚後女性と付き合うことはなかった。

 リオはヘザーに家族として好意をもっているようだったが、女性として恋愛感情をもっているようには見えなかった。

 ディアス国でも親が子供の結婚相手を決めることは多いが、お互いが好きあって結婚する形が増えている。アーロンの両親は幼馴染みで好きあって結婚していた。

 アーロンは十代半ばに留学してからこちらの大陸で過ごしてきたので、貴族が政略結婚することや、子をなしたあとに夫婦それぞれが愛人と過ごすことが普通なのもしっている。

 しかしそのような状況を普通のこととして育っていないアーロンにとって、文化の違いだと理解してはいるが好きになれない仕組みだった。

 そのためリオとヘザーの関係をみるたび、リオはつらくないのかと思った。ヘザーに恋愛感情をいだいてはいないとしても、家族としての情はあるだろう。

 そのような相手が自分を大切にしない。家族であるヘザーが自分以外の誰かを大切にし自分は蔑ろにされる。負の感情をもって当たり前だと思う。

 家族の間では、兄の皿にある肉が自分の皿の肉よりも大きいといったささいなことで、親の愛情が誰により多くそそがれているのかを感じ、そのことに傷つき、親子や兄弟のあいだで遺恨となっていく。

 そして嫌いな相手であっても、相手から無視されると腹がたつものだ。そのような意味でもヘザーから関心をもたれず、大切にされない状況はリオにとってつらいはずだ。

 ディアス国であればヘザーの行動は浮気で配偶者に対する裏切りだ。体の関係があれば姦通罪になる。もしヘザーが自分の妻なら姦通罪で、即、牢屋行きだ。

 リオはこの国の貴族として愛人をもつのが当然でありながら、愛人をつくることがなかった。その理由はきっと面倒くさいからだろうとアーロンは推測している。

 リオはもともと恋愛に対し冷めている。愛人をつくる、つまり人を好きになることは、楽しいことではなく面倒ごとだと思っているだろう。

 そのようなリオに大きな心境の変化があったのか、リオがアーロンに恋人だといってカレンを紹介した。

 一ヶ月前にもらった手紙にヘザーから離婚をきりだされたと書いていた。離婚をするので、すでに再婚相手をみつけようとしているのだろうか。

 しかし恋人をつくるのはよいとして、夫婦がそれぞれ自分の恋人をつれてあのように四人でそろうというのは悪趣味としかいいようがない。

 カレンとジョセフも貴族なので、誰ひとりあの状況をおかしいと思わなかったのだろう。

「ああ、お貴族様の決まりごとは何かと面倒くさくて奇っ怪だ」

 アーロンは長旅で疲れた体を寝心地のよさそうなベッドへと倒れこませた。
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