恋を再び

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傷心の赤毛

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 カレン・マーティン男爵令嬢は、リオ・トンプソン次期男爵からの礼状と花束を前にして笑みをうかべた。

 遠縁のサイモン・クラーク次期侯爵から頼まれ、リオの友人兼恋人役をすることになり、昨晩参加した夜会への同行にたいしてリオから礼状とお礼の品が届けられた。

 サイモンのクラーク侯爵家とマーティン男爵家は遠縁で、身分差はあるが父のケニスが侯爵家の設計をしたりで交流があった。カレンが父、ケニスと出かけたときにサイモンと偶然あったことから、リオの話がカレンにまわってきた。
 
 初めからカレンに偽の恋人役を頼むつもりはなかったようだが、のちのちのことを考え面倒にならない女性をということでカレンが選ばれたようだった。

 カレンは十五歳の時に婚約したクリストファーと婚約解消したばかりだった。表向きはお互いの家の状況が変わり新しい縁が必要になったためとされている。

 しかし実際はクリストファーが恋に落ち、恋した女性を選んだため婚約が解消された。

 クリストファーにとって幸運だったのは、恋した女性が相手側の都合で婚約が解消となっていただけでなく、相手の女性と家格的な問題がなかったことだ。

 そしてカレンにとって不幸だったのが、クリストファーの両親が政略結婚ではあったが仲睦まじかったこともあり、息子の結婚に対し政略的なことだけでなく息子の気持ちを考慮したいと考える人達だったことだ。

 家と家との契約である政略結婚だ。クリストファーの心変わりをクリストファーの両親がいさめてくれるとカレンは思っっていた。しかしクリストファーをいさめるどころか後押しした。

 そのためクリストファーの恋は叶い、カレンの恋は破れた。

 カレンはクリストファーのことが好きだった。四歳年上のクリストファーはいつも優しかった。年下であるカレンを子供扱いせず大人の女性として扱ってくれた。

 指の形がきれいな大きな手は男性的で、その大きな手にひかれエスコートされるのが好きだった。

 クリストファーが進めていた新事業がおちつく来年、二人は結婚することになっていた。あと一年と結婚するのをカレンは楽しみにしていた。

 しかしクリストファーが、カレンの誕生日の祝いにおとずれたカレンの従姉妹、マーガレットに一目惚れをした。

 従姉妹のマーガレットはカレンとちがい小柄で女性らしい丸みがあり、笑顔がとても愛らしかった。

 カレンは女性としては背が高くやせ気味で、マーガレットとは見た目がまったく違っていた。

 マーガレットも赤毛だが茶色の髪がほのかに赤いていどで、にんじんとからかわれるカレンのオレンジに近い赤毛とちがい落ち着いた印象をあたえた。

 クリストファーはカレンにいつも優しい笑顔をむけてくれた。カレンはクリストファーもカレンに好意を持ってくれていると思っていた。

 それだけにクリストファーがマーガレットにむける視線やしぐさ、顔の表情といったすべてが、カレンに向けていたものと違うことに気付き愕然とした。

 クリストファーはカレンのことを婚約者として優しく丁寧に接していただけで、女性として好意をもってくれていると思ったのはカレンの勘違いだったのだ。

 クリストファーとマーガレットは初めはカレンをふくめ三人で会っていたが、あっという間にカレンの存在はいないものとなっていた。

 それでもカレンはクリストファーの婚約者は自分で、きっとクリストファーの一時的な気の迷いだと思い込もうとした。

 結婚すればカレンのことを見てくれる、これまで婚約者として築いてきた関係を思い出してくれる。そのように思い、ふくれあがる不安を押しこめた。

 しかしカレンの不安は現実のものとして形をなした。婚約解消という形でカレンの恋は終わった。

 婚約の解消はあっけなかった。カレンはクリストファーと顔を合わせることもなく、親同士の、家同士の話として婚約関係は終了した。

 クリストファーからは手紙ひとつ届かず、まるでこれまでカレンとの婚約はなかったかのように、カレンの世界からクリストファーは消えてしまった。

 カレンの父、ケニスは、新しい婚約者さがしを待ってほしいというカレンの気持ちをくみ、婚約解消後はカレンの好きにさせてくれた。

 父のケニスは建築家として名をしられ、カレンは小さい頃からケニスのまねをして人形の家を設計して遊んでいた。二人の兄達のようにカレンも建築家になりたかったが、女性に対し門戸をひらいていなかった。

 しかし父のケニスがカレンに息子達の助手として手伝ってみてはどうだといってくれ、設計の基本的なことを学び手伝うようになった。

 気心がしれているだけでなく、兄達が設計する上での癖や傾向をふまえているカレンは、細かく指示しなくても兄達の意をくみ手伝うことができたため重宝された。兄達はカレンに設計もしてみてはとすすめた。

 邸宅の設計をする時に女主人の部屋や子供部屋といった、女性が過ごすことの多い部屋の設計をカレンにまかせてくれるようになった。

 カレンの兄達はクリストファーとの結婚後、手伝いをやめることになっていたカレンが家にいてくれることを喜んだ。

 状況が落ち着き、参加をはずせない夜会に出席することになった時に、カレンは婚約者がいないということはエスコートしてくれる相手を探さなくてはならないということに気付いた。

 しばらくは父や兄など身内を頼ればよいといわれそのようにしていたが、父や兄には母や義姉をパートナーとして連れていく必要があり、考えていたよりもエスコートしてくれる相手を探すのは大変だった。

 社交の場から遠ざかりたかったが、二十歳すぎての婚約解消で出来るだけ早く新しい婚約者をみつけなければと、カレンの母、シャロンはあせっていた。

 そのため母のシャロンは、これまで以上にカレンに社交をさせようと画策した。

 そのような時にサイモンからリオの話があり、リオの友人兼恋人役を引き受ける条件として、カレンがエスコートを必要とする時にリオにお願いできることにした。

 ひとつだけ懸念としてリオの愛人と思われる可能性があったが、リオはこれまでそのような浮名を流したことがなかった。

 そしてリオの妻、ヘザーが、ピアニストとして忙しいこともあり、リオが妻ではなく親類や友人女性をエスコートして参加することが多いことを知られていた。そのためリオがカレンをエスコートしても噂になりにくいだろうということだった。

 カレンは自分がヘザーにリオの恋人として紹介されることに申し訳なさをかんじていた。詳しい事情はしらないがリオとヘザーが離婚するということは聞いている。

 ヘザーには恋人がおり、政略結婚で二人の間に恋愛感情がなかったとしても、自分の夫から恋人や愛人を紹介されるのは不快なのではと思う。

 クリストファーのことを思い出しカレンは胸の痛みを感じた。もしカレンとクリストファーがすでに結婚しており、その後にクリストファーがマーガレットと出会ったなら、きっと二人は愛人として自分達の恋を成就させただろう。

 そのように考えるとヘザーに対し恋人といつわることに抵抗を感じたが、ヘザーと実際に会ってなぜサイモンがリオに恋人役をつくろうとしたのか理解した。

 ヘザーはリオの前で恋人のジョセフと親密なようすを見せつけていた。政略結婚でお互い愛人がいても、対外的には夫婦仲はよいと思われる振るまいをしなくてはならない。

 仲のよい夫婦という外面をたもつため、社交の場では愛人と親密さをみせないことが暗黙の了解としてあった。

 ヘザーがリオと同じ場にいるにもかかわらず、ジョセフと睦みあうのは社交的にまずいことだった。

 リオ本人はなぜヘザーに対し見栄をはる必要があるのか分からないといっていたが、サイモンがヘザーに、リオにはカレンがいるとヘザーを牽制したかったのだ。

 サイモンはリオを蔑ろにするヘザーを許せないのだろう。

 サイモンとリオは幼馴染みで、大学を卒業するまでずっと一緒だったと聞いている。サイモンとリオは見目からして正反対で性格も正反対だった。

 サイモンは眉が太く灰色がかった青い目から放たれる眼光がするどく近寄りがたい。肩幅がひろくがっしりとした体つきも近寄りがたい印象を大きくし、名門侯爵家の次期当主様と自然とひれ伏したくなる威厳があった。

 そしてサイモンは貴族としては型破りなほど直接的な物言いをする。名門侯爵家の嫡男だから許されていることだと陰口をたたく人もいるが、意地の悪さがないことからサイモンらしいと受け入れられていた。

 リオは背が高くやせていることもあり存在感がうすかった。いつも優しげな笑顔をうかべており雰囲気が柔らかい。物言いも柔らかかった。

 カレンは初めてリオにあった時にリオの穏やかさが印象に残った。リオはサイモンがいったように「知的で穏やかな男」という言葉通りの男性だった。

 少し頭髪が後退しているせいか三十二歳という年よりも年齢が高く見えるが、穏やかな表情で話をするリオは、声色もふくめて全ての印象が柔らかかった。

 年下のカレンにも丁寧な言葉遣いで、カレンがエスコートが必要なときは協力するといってくれる態度も好ましかった。

 カレンは男性に対し父親世代は横柄さが気になり、若い年代層に対しては苦手意識があった。

 婚約者と一緒にいるカレンへ体をなめまわすかのような無遠慮な視線をむけてきたり、若くて愚かな女といった態度をとられたりすることがあった。

 礼儀正しい若い男性も多くいることはしっているが、胸を凝視されたり、エスコートをする時にわざと体に触れようとしたり、ダンスの時に不必要な接触をしようとするなど、不快なことをされた時の嫌悪感がさきだち出来るだけ距離をとるようにしていた。

 しかしリオにはそのような警戒心をもつことなく普通に接することができ、エスコートも礼儀からはずれることは一切なかった。そのためリオの恋人役について話をされた時に素直にうなずくことができた。

 カレンはヘザーに会い、ヘザーに対し罪悪感をもつ必要はないと分かりほっとした。今後どれだけ顔を合わせることになるのか分からないが、会うたびに罪悪感をおぼえるのではつづけられない。

 カレンの存在がヘザーに何らかの痛手を与えるとはあまり思えないが、少しでもリオの役に立てばと思う。

 カレンはリオから贈られた、感謝の花言葉をもつ薄桃色の薔薇の香りを楽しむ。ほのかな香りがリオの柔らかい笑顔を思いおこさせた。
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