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番外編
次期侯爵の恋物語
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サイモン・クラーク次期侯爵は、ディアス国で流行った恋愛小説を読みおえ大きく息をはいた。
国をまたいで成就させた恋。すれ違いにすれ違いをかさね、どちらも一度はあきらめた恋だったが、最後の望みをかけ物理的な距離をものりこえ結ばれた。
「うん、すれ違い具合が絶妙でなかなかよかった」
サイモンは満足すると、読みおえた本を恋愛小説棚におさめた。
恋愛小説は女性が好むものとされているので、その恋愛小説棚は表向きは愛人のリサの物となっている。
リサはサイモンの従姉妹で、寄宿校在学中に真剣に結婚を考えた相手だった。
伯母が隣国の侯爵家へ嫁いだこともあり、サイモンとリサは彼女がこちらの寄宿校へ入学するまで顔をあわせたことがなかった。
リサが学んでいた寄宿校と、サイモンが学んでいた寄宿校が近く、ダンスの授業などを合同でおこなうといった学校同士の交流があった。
それだけでなくサイモンとリサは週末に友人達をまじえ、一緒にすごすことが多かった。
サイモンはリサに恋をし結婚したいと思ったが、サイモンにはすでに婚約者がいた。政略的に必要な婚姻なので、それを解消してリサと結婚するには双方に同等以上の利がなければならない。
そのためサイモンは婚約者の次の相手や、リサとの結婚には国がかかわってくるのでその調整など、婚約解消とリサと結婚するための下地作りにひそかに奔走した。
「サイモン、お前の気持ちは分かるが、お前とナンシーの婚約は何があっても解消できない」
父に呼び出されたサイモンは、父に自分の動きがばれていることは分かっていたが、まさか自分の計画が却下されるとは思ってもいなかった。
ナンシーの婚約者候補は家格的にも政治的にも問題なく、派閥としても問題がないはずだ。リサとの婚姻は国がからむので少し手間取っていたが、何の問題もないはずだった。
「なぜですか。家の利益を損なわない形を用意しています」
サイモンの父が楽しそうな表情をうかべた。
「そうだな。わが息子は優秀だ。それは認めよう。しかしいまのお前には欠けているものがある。
それは経験と情報、人脈だ。お前の婚約に国家の思惑がからまなければお前のたてた筋書きは悪くない。
しかしこの婚約はノルン国を牽制する意味がある。お前はナンシーの祖母の存在を忘れている」
そのように言われサイモンは、ナンシーの家であるハリス家についての情報を頭のなかでさらう。そしてハリス家がノルン国と国境をあらそっている国と縁が深いことを思い出した。
サイモンは自分の婚約に国が関わっているとはしらなかった。まさかの事態に頭を全力で回転させる。
「なるほど。この婚姻が成立しなければ、いろいろと具合の悪いことが多いのですね」
サイモンは理性で婚約がくつがえせないことを理解したが、感情がそれを拒んでいるのを感じる。
「もし国の思惑がからんでいなければ、お前の好きにさせるのもやぶさかではないほど状況を読み切ったとほめたい。クラーク侯爵家の嫡男として家の繁栄と、お前個人の幸せの両方を手に入れられただろう。
しかし残念ながらこの政略結婚はくつがえせない。お前がリサを近くにおきたいなら、リサにユール国内での縁をとりもとう。しかしリサを遠くにやりたいなら予定どおり卒業後は国へ帰す。
どうしたい?」
サイモンはリサが国へもどることを希望した。手に入らないなら、自分の目に入らない所にいてほしい。サイモンはそう思った。
好きあう者が他の相手と政略結婚し、子をなしたあとに愛人として一緒に過ごす道はある。しかしそれまで他の男の妻としてリサが近くに存在することにサイモンは不快感をかんじた。
好きな相手が目に入れば一緒にいたいと思う。抱きしめたい、口づけたいと思う気持ちをおさえるのはむずかしい。しかし表面上はそのような感情など存在しないかのように振るまわなくてはならない。
次期侯爵として感情を人に悟らせない訓練は十分してきている。感情をかくすこと自体は誰よりもうまくできる自信がある。
しかし自分の中でわき起こる感情をうまく処理することができるのかは自信がなかった。リサと結婚できないと分かった時におそった痛みは、時間がたってもひくことがなかった。
これが恋というものがもたらす感情の揺れなのだろう。感情に振り回されては、将来、侯爵として多くの人達の生活をおびやかすことになる。
サイモンは大きく育っていたリサへの感情を封印する。先のない恋にいつまでも囚われているわけにはいかない。
サイモンはリサとの未来がないことが分かった頃に、当時流行っていた恋愛小説をよむ機会をえた。
「それおもしろいのか?」
寄宿舎で同室になったニールが本を読みながら笑みをうかべていた。
「姉がいま女性の間で大流行している恋愛小説をかしてくれたんだがおもしろい。
読むまでは大したことはないだろうと思っていたが、国家間の陰謀や王宮内での心理戦など恋愛以外の部分でもはらはらさせられ、読むのをやめられない。終わったら貸すよ」
サイモンはニールと読む本の傾向がにていたことから、ニールが読み終えたあとサイモンもその本を読むことにした。
サイモンは主人公の女王が、愛する婚約者を生きて帰ってこられないのが分かっている戦に送らなければならず、大きく葛藤する部分に感情をゆさぶられた。
女王として国を守るために負けが分かっていても引けない戦いがあり、その犠牲をはらわなくては敵国と交渉できない。戦争を回避するためありとあらゆる可能性を試し、もてる人脈のすべてを使って交渉したが、その状況を回避することができなかった。
愛する婚約者を死地へおくるかわりに、自分の命をさしだしたい。愛する人を守るためなら自分の首などいくらでもさしだす。しかし女王という地位がそれを許さない。
二人が今生の別れをする場面でサイモンは泣き、しばらく先を読み進めることができなかった。
それ以来、サイモンはひそかに恋愛小説を読むようになった。恋愛小説は女性が読むものとされているので、次期侯爵としては大っぴらに読むのがはばかられた。
母が、姉が、妻がと身近にいる誰かを言い訳にして恋愛小説を手に入れ読んできたが、周りにはサイモン自身が好んで読んでいるとばれているかもしれない。
サイモンはリサにいわれたことを思い出す。
「あなたは立場的につねに冷静かつ理性的でなければならないでしょう。だから感情だけで突っ走り、理性なぞどこ吹く風と動く人達を恋愛小説でよむことで、自分にはできないことを発散させているのだと思う。
だから冒険小説や戦記は、あなたにとっては現実世界に似すぎていてはまれないのよ。冷静にこうすればよいだろう、どうしてあの手を打たないといった感想をもってしまって、楽しむよりも情報として処理をしてしまう。
だから思う存分、恋愛小説で感情をこれでもかとゆさぶられればよいのよ。好きなだけ泣いて笑って楽しめばよいの」
恋愛小説をよみ泣いているサイモンに、リサはそのようにいってくれた。
それ以来、サイモンはリサの前で小説を読んで泣くのを隠さなくなった。リサの場合、恋愛小説では泣けないが、戦記で敗戦した将軍の無念に泣けるタイプであることから、リサも「将軍が……」といってよく泣いていた。
リサは寄宿校を卒業したあと自国へ戻り結婚した。夫が不慮の事故で亡くなったあとユール国へやってきた。寄宿校時代の楽しい思い出をなぞるためで短期の滞在の予定だったが、サイモンと再会して旧交をあたためる中、お互いの気持ちをしり一緒にいることを選んだ。
リサはユール国で未亡人として自由に生きられることを喜んだ。自国での結婚生活は義家族との関係に振り回され、夫の愛人が性悪女だったことから何かと嫌がらせをされたという。
その上、夫を亡くしてすぐに再婚をという周りからの圧力もあったので、国を離れられたこと、そしてすべてのしがらみから自由になれたことを感謝していた。
リサはこれまで出来なかったことを楽しんだ。兵法好きのリサは、実際に戦いがあった場所へおもむき、地形やその土地の開発ぐあい、周囲との地理的な関係を検証し、敗者側の敗因や打てたであろう戦法を考える趣味にはしった。
それはリサが子供の頃からやってみたいことだったが、それが許される環境ではなかった。それでもリサはいつか実行すると決め、自衛しながら遠出できるようにと乗馬や弓の腕をみがいていたという。
それだけでなく自分好みの歴史小説や戦記、冒険小説をよみたいと出版業を立ち上げた。
リサはサイモンのために恋愛小説の出版も手がけようとしたが、サイモンは却下した。
「自分好みの話を書ける人を発掘するのは楽しいのに」
リサは残念そうにしていたが、サイモンにとって恋愛小説は娯楽だ。商売をからめると、どうしても利益をだそうとしてしまう己の性分をわかっている。純粋に楽しめなくなるので断った。
サイモンはリサを視界にいれると、若い頃、一生をともに過ごしたいと思った女性が目の前にいること、そしてそれをいまだに信じられないと思っている自分に笑みがこぼれた。
リサと再会して五年がたっている。
離れている間にいろいろなことがあった。お互い昔と変わってしまったことは多い。
しかし昔と変わらないリサの姿を、彼女の行動のはしばしにみることができた。
戦法を分析しているときに関連する書籍を床いっぱいに広げ、本の間をいったりきたりしながら思いついたことを書きとめる姿。話に夢中になり興奮すると両手を胸の前にあわせ小刻みにゆらす癖。そして大きく笑ったときの顔が少女の時と同じだった。
あの頃と同じリサをみつけるたびに、離れていた年月、そしてお互いの距離について考える。
リサはサイモンにとって従姉妹ではあるが、恋した相手として心の距離をとらなくてはならない相手だった。リサが自国へもどってからは新年のあいさつといった礼儀的な手紙のやりとりしかしなかった。
一度はすっぱり切れた縁だった。もうその縁がつながることなどないだろうと思っていた。
「胸が張り裂けそうなほどの絶望があったからこそ、願いがかなった喜びが深い」
アーロンからもらった本で主人公がいった言葉がうかんだ。
「この幸せを大切にする」
サイモンはリサへの想いをあらたにする。一度はあきらめた恋だった。もう二度とリサの手を離さない。つかんだ幸せを決して手放さない。
サイモンはリサに愛をささやくためにソファーから立ち上がる。
愛している人に愛しているといえる喜び。見つめれば見つめかえされ、抱きしめると抱きしめかえされる。その幸せを胸にきざみながら、サイモンはリサを抱きしめ愛していると言葉をつむいだ。
国をまたいで成就させた恋。すれ違いにすれ違いをかさね、どちらも一度はあきらめた恋だったが、最後の望みをかけ物理的な距離をものりこえ結ばれた。
「うん、すれ違い具合が絶妙でなかなかよかった」
サイモンは満足すると、読みおえた本を恋愛小説棚におさめた。
恋愛小説は女性が好むものとされているので、その恋愛小説棚は表向きは愛人のリサの物となっている。
リサはサイモンの従姉妹で、寄宿校在学中に真剣に結婚を考えた相手だった。
伯母が隣国の侯爵家へ嫁いだこともあり、サイモンとリサは彼女がこちらの寄宿校へ入学するまで顔をあわせたことがなかった。
リサが学んでいた寄宿校と、サイモンが学んでいた寄宿校が近く、ダンスの授業などを合同でおこなうといった学校同士の交流があった。
それだけでなくサイモンとリサは週末に友人達をまじえ、一緒にすごすことが多かった。
サイモンはリサに恋をし結婚したいと思ったが、サイモンにはすでに婚約者がいた。政略的に必要な婚姻なので、それを解消してリサと結婚するには双方に同等以上の利がなければならない。
そのためサイモンは婚約者の次の相手や、リサとの結婚には国がかかわってくるのでその調整など、婚約解消とリサと結婚するための下地作りにひそかに奔走した。
「サイモン、お前の気持ちは分かるが、お前とナンシーの婚約は何があっても解消できない」
父に呼び出されたサイモンは、父に自分の動きがばれていることは分かっていたが、まさか自分の計画が却下されるとは思ってもいなかった。
ナンシーの婚約者候補は家格的にも政治的にも問題なく、派閥としても問題がないはずだ。リサとの婚姻は国がからむので少し手間取っていたが、何の問題もないはずだった。
「なぜですか。家の利益を損なわない形を用意しています」
サイモンの父が楽しそうな表情をうかべた。
「そうだな。わが息子は優秀だ。それは認めよう。しかしいまのお前には欠けているものがある。
それは経験と情報、人脈だ。お前の婚約に国家の思惑がからまなければお前のたてた筋書きは悪くない。
しかしこの婚約はノルン国を牽制する意味がある。お前はナンシーの祖母の存在を忘れている」
そのように言われサイモンは、ナンシーの家であるハリス家についての情報を頭のなかでさらう。そしてハリス家がノルン国と国境をあらそっている国と縁が深いことを思い出した。
サイモンは自分の婚約に国が関わっているとはしらなかった。まさかの事態に頭を全力で回転させる。
「なるほど。この婚姻が成立しなければ、いろいろと具合の悪いことが多いのですね」
サイモンは理性で婚約がくつがえせないことを理解したが、感情がそれを拒んでいるのを感じる。
「もし国の思惑がからんでいなければ、お前の好きにさせるのもやぶさかではないほど状況を読み切ったとほめたい。クラーク侯爵家の嫡男として家の繁栄と、お前個人の幸せの両方を手に入れられただろう。
しかし残念ながらこの政略結婚はくつがえせない。お前がリサを近くにおきたいなら、リサにユール国内での縁をとりもとう。しかしリサを遠くにやりたいなら予定どおり卒業後は国へ帰す。
どうしたい?」
サイモンはリサが国へもどることを希望した。手に入らないなら、自分の目に入らない所にいてほしい。サイモンはそう思った。
好きあう者が他の相手と政略結婚し、子をなしたあとに愛人として一緒に過ごす道はある。しかしそれまで他の男の妻としてリサが近くに存在することにサイモンは不快感をかんじた。
好きな相手が目に入れば一緒にいたいと思う。抱きしめたい、口づけたいと思う気持ちをおさえるのはむずかしい。しかし表面上はそのような感情など存在しないかのように振るまわなくてはならない。
次期侯爵として感情を人に悟らせない訓練は十分してきている。感情をかくすこと自体は誰よりもうまくできる自信がある。
しかし自分の中でわき起こる感情をうまく処理することができるのかは自信がなかった。リサと結婚できないと分かった時におそった痛みは、時間がたってもひくことがなかった。
これが恋というものがもたらす感情の揺れなのだろう。感情に振り回されては、将来、侯爵として多くの人達の生活をおびやかすことになる。
サイモンは大きく育っていたリサへの感情を封印する。先のない恋にいつまでも囚われているわけにはいかない。
サイモンはリサとの未来がないことが分かった頃に、当時流行っていた恋愛小説をよむ機会をえた。
「それおもしろいのか?」
寄宿舎で同室になったニールが本を読みながら笑みをうかべていた。
「姉がいま女性の間で大流行している恋愛小説をかしてくれたんだがおもしろい。
読むまでは大したことはないだろうと思っていたが、国家間の陰謀や王宮内での心理戦など恋愛以外の部分でもはらはらさせられ、読むのをやめられない。終わったら貸すよ」
サイモンはニールと読む本の傾向がにていたことから、ニールが読み終えたあとサイモンもその本を読むことにした。
サイモンは主人公の女王が、愛する婚約者を生きて帰ってこられないのが分かっている戦に送らなければならず、大きく葛藤する部分に感情をゆさぶられた。
女王として国を守るために負けが分かっていても引けない戦いがあり、その犠牲をはらわなくては敵国と交渉できない。戦争を回避するためありとあらゆる可能性を試し、もてる人脈のすべてを使って交渉したが、その状況を回避することができなかった。
愛する婚約者を死地へおくるかわりに、自分の命をさしだしたい。愛する人を守るためなら自分の首などいくらでもさしだす。しかし女王という地位がそれを許さない。
二人が今生の別れをする場面でサイモンは泣き、しばらく先を読み進めることができなかった。
それ以来、サイモンはひそかに恋愛小説を読むようになった。恋愛小説は女性が読むものとされているので、次期侯爵としては大っぴらに読むのがはばかられた。
母が、姉が、妻がと身近にいる誰かを言い訳にして恋愛小説を手に入れ読んできたが、周りにはサイモン自身が好んで読んでいるとばれているかもしれない。
サイモンはリサにいわれたことを思い出す。
「あなたは立場的につねに冷静かつ理性的でなければならないでしょう。だから感情だけで突っ走り、理性なぞどこ吹く風と動く人達を恋愛小説でよむことで、自分にはできないことを発散させているのだと思う。
だから冒険小説や戦記は、あなたにとっては現実世界に似すぎていてはまれないのよ。冷静にこうすればよいだろう、どうしてあの手を打たないといった感想をもってしまって、楽しむよりも情報として処理をしてしまう。
だから思う存分、恋愛小説で感情をこれでもかとゆさぶられればよいのよ。好きなだけ泣いて笑って楽しめばよいの」
恋愛小説をよみ泣いているサイモンに、リサはそのようにいってくれた。
それ以来、サイモンはリサの前で小説を読んで泣くのを隠さなくなった。リサの場合、恋愛小説では泣けないが、戦記で敗戦した将軍の無念に泣けるタイプであることから、リサも「将軍が……」といってよく泣いていた。
リサは寄宿校を卒業したあと自国へ戻り結婚した。夫が不慮の事故で亡くなったあとユール国へやってきた。寄宿校時代の楽しい思い出をなぞるためで短期の滞在の予定だったが、サイモンと再会して旧交をあたためる中、お互いの気持ちをしり一緒にいることを選んだ。
リサはユール国で未亡人として自由に生きられることを喜んだ。自国での結婚生活は義家族との関係に振り回され、夫の愛人が性悪女だったことから何かと嫌がらせをされたという。
その上、夫を亡くしてすぐに再婚をという周りからの圧力もあったので、国を離れられたこと、そしてすべてのしがらみから自由になれたことを感謝していた。
リサはこれまで出来なかったことを楽しんだ。兵法好きのリサは、実際に戦いがあった場所へおもむき、地形やその土地の開発ぐあい、周囲との地理的な関係を検証し、敗者側の敗因や打てたであろう戦法を考える趣味にはしった。
それはリサが子供の頃からやってみたいことだったが、それが許される環境ではなかった。それでもリサはいつか実行すると決め、自衛しながら遠出できるようにと乗馬や弓の腕をみがいていたという。
それだけでなく自分好みの歴史小説や戦記、冒険小説をよみたいと出版業を立ち上げた。
リサはサイモンのために恋愛小説の出版も手がけようとしたが、サイモンは却下した。
「自分好みの話を書ける人を発掘するのは楽しいのに」
リサは残念そうにしていたが、サイモンにとって恋愛小説は娯楽だ。商売をからめると、どうしても利益をだそうとしてしまう己の性分をわかっている。純粋に楽しめなくなるので断った。
サイモンはリサを視界にいれると、若い頃、一生をともに過ごしたいと思った女性が目の前にいること、そしてそれをいまだに信じられないと思っている自分に笑みがこぼれた。
リサと再会して五年がたっている。
離れている間にいろいろなことがあった。お互い昔と変わってしまったことは多い。
しかし昔と変わらないリサの姿を、彼女の行動のはしばしにみることができた。
戦法を分析しているときに関連する書籍を床いっぱいに広げ、本の間をいったりきたりしながら思いついたことを書きとめる姿。話に夢中になり興奮すると両手を胸の前にあわせ小刻みにゆらす癖。そして大きく笑ったときの顔が少女の時と同じだった。
あの頃と同じリサをみつけるたびに、離れていた年月、そしてお互いの距離について考える。
リサはサイモンにとって従姉妹ではあるが、恋した相手として心の距離をとらなくてはならない相手だった。リサが自国へもどってからは新年のあいさつといった礼儀的な手紙のやりとりしかしなかった。
一度はすっぱり切れた縁だった。もうその縁がつながることなどないだろうと思っていた。
「胸が張り裂けそうなほどの絶望があったからこそ、願いがかなった喜びが深い」
アーロンからもらった本で主人公がいった言葉がうかんだ。
「この幸せを大切にする」
サイモンはリサへの想いをあらたにする。一度はあきらめた恋だった。もう二度とリサの手を離さない。つかんだ幸せを決して手放さない。
サイモンはリサに愛をささやくためにソファーから立ち上がる。
愛している人に愛しているといえる喜び。見つめれば見つめかえされ、抱きしめると抱きしめかえされる。その幸せを胸にきざみながら、サイモンはリサを抱きしめ愛していると言葉をつむいだ。
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