6 / 46
第一章:黄金の瞳の令嬢
(後半)雪原に落ちた至宝(ヴィンセント視点)
しおりを挟む
兄である――この国の皇帝との会談は、実に愉快な時間だった。
唯一の肉親であり、良き理解者でもある彼と、帝国の未来について美酒を酌み交わしながら語り合う。それは私の数少ない安らぎのひとときだ。
「ヴィンセント、お前もそろそろ再度身を固めたらどうだ? お前の血を引く優秀な娘を見たいものだよ」
「ふっ、兄上。私に務まるような柄ではありませんよ」
そんな冗談を交わし、温かな余韻に浸りながら、私は漆黒の馬車で帰路についていた。
窓の外は、激しい吹雪。だが、皇帝から贈られた極上の毛布が、車内を春のような温もりに保っている。
「閣下、吹雪が強まってまいりました。お急ぎになりますか?」
御者台に座ってるカインの声が風に混じって届く。
「いや、構わん。急ぐ旅でもなし、ゆっくりと……」
言いかけた言葉が、不自然に止まった。
窓の外、真っ白な雪原の中に「異質な色」を認めたからだ。
私は、自分でも驚くほどの速さで馬車を止めさせた。
「閣下、何事ですか!」
慌てて駆け寄るアルベルトを制し、私は雪の上へと降り立つ。
そこには、汚れ一つない新雪の上に、銀色の糸を撒き散らしたような美しい髪が広がっていた。
近づけば近づくほど、それが「人」であることがわかる。それも、驚くほど小さな子供だ。
その子は、薄い部屋着一枚という、死を待つためだけに用意されたような姿で倒れていた。
あまりの痩せ細り方に、一瞬、胸が締め付けられるような不快感を覚えた。誰がこれほどの幼子を、このような場所に捨てたのか。
私がその頬に触れようとした、その時――。
雪に埋もれた小さな顔が動き、その瞳がカッと見開かれた。
「……っ!?」
息を呑んだ。
冬の闇を切り裂くような、鮮烈な黄金の輝き。
それは、先ほど皇帝の宮殿で見たどんな宝物よりも、遥かに尊く、そして呪わしいほどに澄んでいた。
瞬間、頭の中に強烈な衝撃が走る。
——視界共有(リンク)。
私の意識が少女の瞳に吸い込まれ、私は自分自身の姿を、雪の中に横たわる子供の低い視点から見上げていた。
絶望の淵に立ち、死を目前にしながら、この少女は私という存在を、その特異な能力で、しかと「捉えた」のだ。
(……なんと、凄まじい「生」への執念だ)
先ほどまで語り合っていた穏やかな世界とは、真逆の地獄。
この子は、自分を殺そうとする運命そのものを、その黄金の瞳で睨みつけている。
「……子供、選ばせてやろう」
私はその震える顎を持ち上げ、静かに、だが熱を持って告げた。
「このまま雪の中で眠るか、それとも、私という悪魔の手を取って、お前を捨てた世界を焼き尽くすか」
少女は、骨の浮いた細い指で、私の漆黒の外套を、必死に、ぎゅっと掴んだ。
「……た、すけて……。……おなかが、すいたの……」
そのあまりに切実で、幼い言葉。
復讐を唆す私に、この子は「生きたい」と乞うた。
その瞬間、私の中に、兄上との会話で感じた以上の、強烈な「所有欲」と「慈しみ」が湧き上がるのを感じた。
「……ふっ、いい答えだ」
私は、この世で最も貴重な「奇跡」を扱うように、彼女の体を抱き上げた。
兄上が跡継ぎの話をしていたのは、この出会いを予言していたからだろうか。
「カイン、クラウス。今日からこの子は私の『娘』だ。我が公爵家の最高傑作……いや、私が生涯をかけて守り抜く、我が愛娘だ」
馬車に戻り、皇帝から贈られた最高級の毛布で彼女を包み込む。
眠りについた少女の小さな手を見つめながら、私は心に決めた。
この子を捨てた愚か者どもには、皇帝に代わって私が裁きを。
そしてこの子には、帝国のすべてを跪かせるだけの「愛」を。
兄上、私にもようやく守るべきものが見つかりましたよ。
漆黒の馬車は、冷たい雪原を後にし、新たな「希望」を乗せて走り出した。
唯一の肉親であり、良き理解者でもある彼と、帝国の未来について美酒を酌み交わしながら語り合う。それは私の数少ない安らぎのひとときだ。
「ヴィンセント、お前もそろそろ再度身を固めたらどうだ? お前の血を引く優秀な娘を見たいものだよ」
「ふっ、兄上。私に務まるような柄ではありませんよ」
そんな冗談を交わし、温かな余韻に浸りながら、私は漆黒の馬車で帰路についていた。
窓の外は、激しい吹雪。だが、皇帝から贈られた極上の毛布が、車内を春のような温もりに保っている。
「閣下、吹雪が強まってまいりました。お急ぎになりますか?」
御者台に座ってるカインの声が風に混じって届く。
「いや、構わん。急ぐ旅でもなし、ゆっくりと……」
言いかけた言葉が、不自然に止まった。
窓の外、真っ白な雪原の中に「異質な色」を認めたからだ。
私は、自分でも驚くほどの速さで馬車を止めさせた。
「閣下、何事ですか!」
慌てて駆け寄るアルベルトを制し、私は雪の上へと降り立つ。
そこには、汚れ一つない新雪の上に、銀色の糸を撒き散らしたような美しい髪が広がっていた。
近づけば近づくほど、それが「人」であることがわかる。それも、驚くほど小さな子供だ。
その子は、薄い部屋着一枚という、死を待つためだけに用意されたような姿で倒れていた。
あまりの痩せ細り方に、一瞬、胸が締め付けられるような不快感を覚えた。誰がこれほどの幼子を、このような場所に捨てたのか。
私がその頬に触れようとした、その時――。
雪に埋もれた小さな顔が動き、その瞳がカッと見開かれた。
「……っ!?」
息を呑んだ。
冬の闇を切り裂くような、鮮烈な黄金の輝き。
それは、先ほど皇帝の宮殿で見たどんな宝物よりも、遥かに尊く、そして呪わしいほどに澄んでいた。
瞬間、頭の中に強烈な衝撃が走る。
——視界共有(リンク)。
私の意識が少女の瞳に吸い込まれ、私は自分自身の姿を、雪の中に横たわる子供の低い視点から見上げていた。
絶望の淵に立ち、死を目前にしながら、この少女は私という存在を、その特異な能力で、しかと「捉えた」のだ。
(……なんと、凄まじい「生」への執念だ)
先ほどまで語り合っていた穏やかな世界とは、真逆の地獄。
この子は、自分を殺そうとする運命そのものを、その黄金の瞳で睨みつけている。
「……子供、選ばせてやろう」
私はその震える顎を持ち上げ、静かに、だが熱を持って告げた。
「このまま雪の中で眠るか、それとも、私という悪魔の手を取って、お前を捨てた世界を焼き尽くすか」
少女は、骨の浮いた細い指で、私の漆黒の外套を、必死に、ぎゅっと掴んだ。
「……た、すけて……。……おなかが、すいたの……」
そのあまりに切実で、幼い言葉。
復讐を唆す私に、この子は「生きたい」と乞うた。
その瞬間、私の中に、兄上との会話で感じた以上の、強烈な「所有欲」と「慈しみ」が湧き上がるのを感じた。
「……ふっ、いい答えだ」
私は、この世で最も貴重な「奇跡」を扱うように、彼女の体を抱き上げた。
兄上が跡継ぎの話をしていたのは、この出会いを予言していたからだろうか。
「カイン、クラウス。今日からこの子は私の『娘』だ。我が公爵家の最高傑作……いや、私が生涯をかけて守り抜く、我が愛娘だ」
馬車に戻り、皇帝から贈られた最高級の毛布で彼女を包み込む。
眠りについた少女の小さな手を見つめながら、私は心に決めた。
この子を捨てた愚か者どもには、皇帝に代わって私が裁きを。
そしてこの子には、帝国のすべてを跪かせるだけの「愛」を。
兄上、私にもようやく守るべきものが見つかりましたよ。
漆黒の馬車は、冷たい雪原を後にし、新たな「希望」を乗せて走り出した。
7
あなたにおすすめの小説
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結】ある二人の皇女
つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。
姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。
成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。
最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。
何故か?
それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。
皇后には息子が一人いた。
ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。
不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。
我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。
他のサイトにも公開中。
どうぞお好きに
音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。
王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!
よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。
“いつまでも一緒”の鎖、貴方にお返しいたします
柊
ファンタジー
男爵令嬢エリナ・ブランシュは、幼馴染であるマルグリット・シャンテリィの引き立て役だった。
マルグリットに婚約が決まり開放されると思ったのも束の間、彼女は婚約者であるティオ・ソルベに、家へ迎え入れてくれないかというお願いをする。
それをティオに承諾されたエリナは、冷酷な手段をとることを決意し……。
※複数のサイトに投稿しております。
私の、虐げられていた親友の幸せな結婚
オレンジ方解石
ファンタジー
女学院に通う、女学生のイリス。
彼女は、親友のシュゼットがいつも妹に持ち物や見せ場を奪われることに怒りつつも、何もできずに悔しい思いをしていた。
だがある日、シュゼットは名門公爵令息に見初められ、婚約する。
「もう、シュゼットが妹や両親に利用されることはない」
安堵したイリスだが、親友の言葉に違和感が残り…………。
王太子妃が我慢しなさい ~姉妹差別を受けていた姉がもっとひどい兄弟差別を受けていた王太子に嫁ぎました~
玄未マオ
ファンタジー
メディア王家に伝わる古い呪いで第一王子は家族からも畏怖されていた。
その王子の元に姉妹差別を受けていたメルが嫁ぐことになるが、その事情とは?
ヒロインは姉妹差別され育っていますが、言いたいことはきっちりいう子です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる