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10.にんにくましましラーメン
しおりを挟む会社の休憩時間にPCを見ながらメモを取っていると、横デスクの同僚の岡村が覗き込んでくる。
「三栗さん、真剣に何見てんの……うわっ」
岡村が大声を出したけど、丁度部署に人は出払っていて迷惑にならずに済んだ。
俺が真剣に見ていたのは【退職届の書き方】【退職届の出す時期】だ。そして、俺がPCを見ながら書いているのはメモじゃなくて退職届だ。
岡村は椅子に座って、小声になった。
「え。なんで? 三栗さん、うちの職場天職だって言ってなかった?」
「……」
うん。この前まで本当にそう思っていた。フェロモンが分からないこの体質のおかげで感謝されることが多く、やりがいを感じていた。
「全部、この体質のせいなんだ……くぅ!」
今まで何不自由なかったこの体質が仇となった!
俺にフェロモンを感知する感覚があれば、八乙女に運命だと“勘違い”していることに気づかせてやれるんだ!
話が全然っ通じないし、話せば話すほど相手のペースになってしまう。
「なになに? 辞める程悩むこと? あ、もしかして今担当している八乙女様がヤバい客とか? 担当変更してもらえばいいじゃん。うちの会社そういうの融通利くでしょ?」
「どうだろう……、八乙女さん、アルファでヤクザの顧問弁護士なんだ。俺に執着して周りが見えてないんだ。下手に刺激したくない」
「あぁ……アルファの執着って怖いからね。災難だね」
岡村はこの話には触れないでおこうと席を立つが、がしっと腕を掴んだ。
まぁ、聞けよ。
興味があったんだろ?
中途半端に聞くなら最後まで聞いていけ。
俺が、そう目で訴えると、岡村は苦笑いしながらしぶしぶ椅子に座り直した。
「前から言っているように、俺はフェロモンが分からない」
「あぁ、それが三栗さんの長所だから」
「今回は、それが仇になったんだ……」
俺は八乙女とのこれまでの経緯を伝えた。
とある問題に巻き込まれてヤクザ事務所に連れて行かれて八乙女と出会い執着されることとなったこと。
──そして、仕事中の様子。
八乙女の家では、買い出し、料理、掃除を行っている。……掃除って言ったって、元々汚れていない場所を掃除するのだから、非常に楽な仕事だ。
ただ、問題は仕事が終わった後……。
仕事が終わる時間帯になると、今までPCを触っていた八乙女がじぃっと俺を見始める。
水中にいるあざらしが水辺に顔を出すのを待つ白熊かのような計画的で獰猛な目だ。
ギクリギクリしながら、「用事があるので仕事終わったら急いで帰りますね」なんて誤魔化そうとしてもそうは問屋が卸さない。
「なら車で送っていきます」
すぐさま、そう言われる。
調子が悪いと言えば、泊っていけ・外に出るな。
部屋から急いで出ようとすれば、追いかけられてキス。
無駄に早く動いたせいで息が上がってすげぇ苦しいキス。
友達と約束していると言えば、待ち合わせは何時かと聞かれ時間ギリギリまでねちっこいキス。
「あ! 俺、今日はにんにくましましラーメンを食べたので、恥ずかしいので近寄らないでくださいねぇ!」
言い訳のために本当に二郎系ラーメンににんにくましましで食べたのだ。
普段こういう仕事しているから絶対に食べないけれど、嫌われる勇気を持つべきだ! と。
この何とも言えない脂っこい臭いは一緒の部屋にいる八乙女だって気付いているだろう。
──が。
「七生さんの匂いがいつもと違って興奮しますね」
この男は、口臭など些細なものだと言わんばかりにキスをしやがった。
逃げる言い訳もネタ切れ。
「俺、もうどうしたらいいのか分からないんだよぉ」
「……凄いことになっていたんだな」
「そう! そうなんだよ。だからこれははお守りだ」
「どんまい……」
俺は退職届をデスクの一番上の引き出しに入れた。
いざという時にこれを出す。そう思うと幾分気分がマシになった。
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