【完結】愛してたと告げられて殺された私、今度こそあなたの心を救います

椿かもめ

文字の大きさ
7 / 7

2度目は間違えない【完】

しおりを挟む


 部屋にはオデットと護衛一人の他に、寝ているジョナだけで沈黙が跨った。

「……ん」

 ふと、顔色の悪いジョナが身じろぎをしたあと、薄っすらと瞼を持ち上げる。そして──。

「腹が…………減った…………ご飯を…………」

 大きな腹の音が、静まり返った部屋の中に響き渡る。

 またこれだ。

 オデットは嘆息した。

 一度目のときは驚愕で瞬きを繰り返したが、二度目となればそうもいかない。確か以前は──。

「あなた、なにか食べるものを持っていないかしら?」

「へ、ああ、はい。保存用の干し肉ならいくつか」

「干し肉……空っぽのお腹に入れるにはあまりいいものではなさそうね。申し訳ないけれど、お金は渡すからシスターに頼んでお腹に優しいものをお願いしていただけない?」

「お嬢様の護衛は──」

 オデットの護衛役の男がいう。

「大丈夫よ」

 オデットがそう告げると、護衛の男は部屋の外へと小走りで出て行った。
 それを傍目で見ていたオデットは懐に隠していたお菓子を取り出す。
 オデットが好きな空きっ腹にも大丈夫なお菓子だった。

「起きて。これ、食べれる?」

 朦朧としていたジョナの目の前にお菓子を出すと、彼はそれを奪い取るようにして食べ出した。

 お菓子を持っていることは侍女のセーニャ以外秘密だった。
 年頃の淑女がそのようなものを持ち歩いていては食いしん坊のレッテルが貼られ、外聞的にもよくない。
 そのため、護衛がそばを離れた後でなければ彼にお菓子を食べさせることができなかったのだ。

 ジョナを見ると、比較的多く渡したお菓子は既に腹の中へと入っていたようだ。本当にお腹が空いていたのだろう。

 一心不乱に食べ終えた彼は、ベッドの側にあるチェアに腰掛けていたオデットの存在に気がついたようだった。
 それだけ食べることに夢中だったのだろう。

「少しはお腹の足しになった?」

 オデットが口を開くと、彼は顔を上げる。

「………………ええ。助けていただき、どうもありがとうございます」

 驚いた様子は見せなかったものの、彼は穴が空くほどじっとオデットを見つめたあと礼を告げた。
 その瞳からは感情が読み取れない。

 このときから、彼の中には根深い殺意と憎悪が渦巻いていたのだろう。
 だが、その相手を目の前におくびにも見せないとは大した精神力だ。 
 弱いオデットには真似することなど出来ない。

「いいえ…………助けるのは当然よ。道端に倒れていたもの。今、医者を呼んでいるから安静にしていてちょうだい。あなたはまだ、一応病人なのだから」 

「いえ、あなたのお陰で随分楽になりました。腹が減っていただけなんですから。本当に何から何まで、ご迷惑をおかけしました。このご恩は忘れません」

 すべて、一度目と同じ道を辿っている。
 オデットの言葉は一字一句同じかといえばそうではないが、大体は同様の会話をしていただろう。

「あなた、どうしてあんなところに倒れてたの? …………って見るからに空腹なのは分かるけれど」

 オデットが尋ねれば、彼はやはり一度目と同じ理由を語った。
 田舎から出てきたが職がなく、ふらふらと彷徨っているうちに金が尽きてしまったと。

 それを聞きながら、小さくため息をついた。

 今思えばおかしな話だ。
 なぜ自分は彼の話を信じていたのだろう。

 この時の自分がいかに世間知らずで、人助けをすることで罪の意識から逃れたいと考えていたのかが十分に分かる。

 このあと一年、ジョナはオデットの近くで働くことになるが、彼は真面目で勤勉な男だった。
 そのような人物であれば、どこかで雇い先など一つは見つかるはずだろう。

 田舎から出てきたという言葉一つで納得してしまった自分を恥じるほかない。

「……そうなの。それは大変、だったわね。それなら…………もしあなたが良ければ、次の職場が決まるまでうちで雇いましょうか?」

「いいのですか! それは大変光栄です。助けもらった上に、お菓子をいただき、さらには雇ってくださるだなんて。ご無礼を承知ですが、お願いしたいです!」

「分かったわ。でも一つお願い…………お菓子を持ち歩いている事は、周りに秘密にしておいて」

 全てが筋書き通りに進んでいく。
 端整な顔立ちをした彼のヘーゼル色の瞳がオデットに向けられる。
 柔和な微笑みの下には黒々とした悪感情が抑え付けられているのだろう。

 けれどもオデットはそれを心からの笑顔で受け取るつもりだ。
 それを真っ直ぐぶつけてきてくることを待ち望んでいるのだから。

「そういえばまだ自己紹介、していなかったわね。私の名前は……オデット・クレイモア。あなた……名前はなんて言うの?」




「ああ、僕はジョナ・オースティンです。よろしくお願い致します。クレイモア殿」



 真っ直ぐな視線に耐えきれずオデットは思わず目線を外す。
 仮面を被った彼を見るのは何故だか心が痛んだ。

 ここから彼を救う物語が始まる。

 オデットは気づいている。

 意味ありげに微笑む口元。
 そしえ泥土のようにまとわりつくような憎しみを帯びた彼の視線に。

 それでも今回は。


 オデットは心新たに2度目の人生を歩み始めるのだった。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

裏切者には神罰を

夜桜
恋愛
 幸せな生活は途端に終わりを告げた。  辺境伯令嬢フィリス・クラインは毒殺、暗殺、撲殺、絞殺、刺殺――あらゆる方法で婚約者の伯爵ハンスから命を狙われた。  けれど、フィリスは全てをある能力で神回避していた。  あまりの殺意に復讐を決め、ハンスを逆に地獄へ送る。

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。 そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。 死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

政略結婚のルールくらい守って下さい

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

初恋を奪われたなら

豆狸
恋愛
「帝国との関係を重視する父上と母上でも、さすがに三度目となっては庇うまい。死神令嬢を未来の王妃にするわけにはいかない。私は、君との婚約を破棄するッ!」

愛してもいないのに

豆狸
恋愛
どうして前と違うのでしょう。 この記憶は本当のことではないのかもしれません。 ……本当のことでなかったなら良いのに。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

死に戻り令嬢は橙色の愛に染まる

朝顔
恋愛
※02/13 本編最終話、ヒーロー視点の二話を修正して再投稿しています。 合わせてタイトルも変更しています。 塔の上から落ちて死んだ死んだミランダ。 目が覚めると、子供の頃に戻っていた。 人生をやり直せると分かった時、ミランダの心に浮かんだのは、子供時代の苦い思い出だった。 父親の言うことに従い、いい子でいようと努力した結果、周囲は敵だらけで、誰かに殺されてしまった。 二度目の人生では、父や継母に反抗して、自分の好きなように生きると決意する。 一度目の人生で、自分を突き落としたのは誰なのか。 死の運命から逃れて、幸せになることはできるのか。 執愛の色に染まる時、全てが明らかに…… ※なろうで公開していた短編(現在削除済み)を修正して、新たにお話を加えて連載形式にしました。 プロローグ 本編12話 エピローグ(ヒーロー視点一話)

貴方のいない世界では

緑谷めい
恋愛
 決して愛してはいけない男性を愛してしまった、罪深いレティシア。  その男性はレティシアの姉ポーラの婚約者だった。  ※ 全5話完結予定

処理中です...