大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚

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第1章 2億年後

01-008 衝撃の事実

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 健吾は、North46からいくつかの文書を回収していた。
 残された文書は少なく、また、当然だが日本語ではなかった。それら資料を整理するには、少なくない時間が必要だった。
 そして、ジムニーシエラとトレーラーを失い、小型トラック1台と自動拳銃1挺を手に入れた。
 往復300キロ走って、得たものと失ったものを天秤に載せると、失ったもののほうが多いように感じる。
 燃費の悪いムンゴ装甲トラックは、必要ない。クルマとしての使い道がない。健吾の部屋としてしか使えない。
 かわいそうなことに、健吾の部屋はムンゴの荷台になった。

 耕介と健吾は、何となく「俺たち、虐げられている?」と疑問に感じ始めていた。

 厳冬期を抜けようとする頃、フィオラの弟エトゥがフェミ川を渡って仲間4人とキャンプにやって来た。
 朝の早い時間だった。
「姉さん、村に戻ってくれないか?」
「でも、父さんが……」
「父さんはどうでもいい。
 村が姉さんを必要としているんだ。
 それと、シルカ様も……」
 エトゥがシルカを見る。そして、続ける。
「シルカ様、戦士様、どうか俺たちに力を貸してください。
 それと、ヒトのみなさん。
 戦士様とみなさんの力添えがないと、村はシンガザリに奪われてしまいます。
 どうか、戻ってきてください」
 シルカが溜息をつく。
「私は戦いたくない。
 争い事は、もううんざりだ。
 畑を耕して、平和に暮らしたい」
 彩華が唐突に「百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」と言った。
 もちろん、日本語で。
 エトゥたちがポカンとする。
 亜子が解説する。
「戦いに勝つよりも、戦わずに勝つことこそが上手な対応という意味だよ。
 つまり、戦う前に、戦わなくてすむ方法を考えて、敵を退けるんだ」
 エトゥたちは、まったく理解していない。シルカが怒り出す。
「アヤカとアコは、戦いをいとわない相手をどうやって退けるというのか!
 魔法でも使うのか!」
 健吾が小首をかしげる。
「方法かぁ。
 シンガザリの戦術は村単位の各個撃破。クルナ村と周辺3カ村が連合して、派手な軍事演習をやれば、シンガザリは襲ってこない。
 シンガザリの指揮官に、そんな度胸はない」
 耕介がニヤつく。
「シンガザリに襲われて、全滅した村があるだろ。その村の畑で、大々的に演習をするんだ。
 2村が敵味方に分かれて、模擬戦闘訓練をする。
 まぁ、問題もあるけど。
 格好がつけばそれでいいさ。
 シンガザリのクソをビビらせられる。
 健吾、また爆弾を作れ!
 ドカンとやろうぜ!」
 シルカが呆れる。
「正規軍を侮ってはいけない。
 シンガザリの戦い方を知らねば、勝利はない」
 彩華が「彼を知り己を知れば百戦殆からず」と。
 亜子が解説。
「敵と味方の情勢をよく調べ、その上で戦えば、何回戦っても負けはしない、と言う意味。
 兵力差だけでなく、武器や装備の優劣、兵糧の多少、兵士の士気、戦略的目標の明確・不明確、機動力の有無、戦術的優劣など、あらゆることが勝敗に関係してくる。
 それと、必ずしも勝たなくていい、と言う考え方もある。負けなければ勝ちだ」
 エトゥが「やっぱり、ヒトのみなさんにいてもらいたい」と言い、彼の仲間が力強く頷く。

 シルカは悩んでいた。
 戦いを避けて旅に出るか、村にとどまって戦いを避ける方法を考えるか、だが、どちらにしてもエルフの世界にいるならば、戦いに巻き込まれていく。
 すでに巻き込まれている。
 では、ヒトやドワーフの領域に行けばいいのだが、そこでも争いはあるだろう。
 エルフの国は4つだが、ヒトは12もある。確かではないが、ヒト同士の対立は激しいらしい。国家間で罵り合いをしているとか。
 ドワーフの国は1つだが、内部はいくつもの勢力に分裂しているらしい。
 ドワーフの王は1人だが、王と比肩する勢力を持つ首長が何人もいる。

 シルカは3日迷ったが、意を決する。彼女は自分の気持ちを亜子に伝える。
「アコ、私は戦いにうんざりしている。
 本当に戦わなくてすむのか?」
「それは、成り行き次第だね。
 戦う意思がなければ、戦いは避けられない。
 平和を欲するならば、戦争に備えよ、だよ」
「アコは物知りだな。
 ヒトの言葉か?」
 亜子は、小さな弾をシルカに見せ、彼女の手のひらの上に置いた。
「9ミリ拳銃弾。
 小さな銃の弾。健吾がNorth46から回収してきた。
 パラベラムという名前なんだ。
 Para Bellumは、戦争の準備、という意味。
 汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。
 力による平和について、説いた言葉。
 完全に正しいわけじゃないけど、一面の正しさはあるね」

 夕食後、健吾が全員を集める。
「North46の報告をしたい」
 場が静まる。
「North46から回収したのは、トラック1台と拳銃1挺だけじゃないんだ。
 拳銃はもう1挺ある。それと、壊れた自動小銃1挺と壊れていない自動小銃1挺。
 兵士2人の遺体。
 1人は何かと戦って、片腕と片足を失った。
 おそらく、失血死。
 もう1人は、片足を骨折していた。
 自殺だった。側頭部に弾痕が残っていたから、確かだ。
 2人の遺体は、俺と耕介で埋葬した。できるだけ丁重にしたつもりだが、できることは限られた。
 それと、兵士2人の持ち物。
 他にもある。
 North46には、マックス・プランク進化人類学研究所の研究者が滞在していた。
 彼が住んでいた家のゴミ箱に、何枚かのプリントが捨てられていた。ドイツ語なんだけど、どうにか読めた。
 それと、木造船の図面やプリントもあった。図面には木造船の設計者のメモが書き込まれていて、船を建造した目的もわかった。
 スペイン語だったけどね」
 彩華が詰め寄る。
「その銃、すぐに見せて!」
 耕介が離席し、少しの間で戻ってきた。手のものを彩華に渡す。
「拳銃はワルサーP1、ルパン三世が使っていたP38と基本は同じね。
 小銃はH&K G3ね。7.62ミリNATO弾だから、私たちの銃と弾の互換性があるね。
 どちらも、古い武器だけど、どこの国も武器不足だったんだね。
 で、弾は?」
 耕介が答えた。
「かなり撃ったみたいだ。
 弾倉は合計で12個回収したけど、5個は空だった。その他に50発ドラム弾倉が2個ある。拳銃の弾倉は、合計6個。
 弾は、218発回収している。
 だけど、問題はそこじゃない」
 健吾が引き継ぐ。
「彼女たちは生活物資を輸送していた。
 トイレットペーパー、紙おむつ、下着など、極々日常のもの。
 輸送隊の一部だったのだろう。
 武器は、2人の女性兵の個人装備だけだった。その装備も彩華によれば、相当に旧式だ。拳銃の弾倉には8発しか入らない。
 1人の手帳にメモがあった。
 彼女たちがゲートに突入したのは、俺たちと同じ日の9時14分27秒だった。
 俺たちは、俺の記録では16時42分24秒だった。
 秒までは不確実だが、時差を補正するとたったの28分差だった。だけど、彼女たちの遺体はどう見ても5年くらいは経っていた。
 完全に白骨化していたんだ」
 白骨と聞いて、心美、レスティ、リズが怯える。健吾が3人を見て微笑む。
「怖いのは、生きているヒト、死んだヒトじゃない。怖がらなくていい。
 で、時間の経過が問題になる。
 ゲートを潜ると時間が変わるんじゃないかと、俺は疑ったんだ。
 つまり、ゲートを潜る前の1分と潜ったあとの時間経過が違うんじゃないかと……。
 それと、マックス・プランク進化人類学研究所の研究者が捨てたペーパーとが関係してくる。
 この研究者は、丘に描かれたGo Southを見ていた。そして南に向かいヒトの領域に達したんだ。
 しかし、そこは封建社会で、研究者には生きにくかったらしい。
 彼は南に向かいドワーフの領域に踏み込む。そこも、安住の地ではなかったようだ。
 旅を続けていくうちにNorth46のことを知り、そこに向かう。
 彼によれば、エルフとドワーフはヒトから進化した。ドワーフが最初に分岐し、数万年後にエルフが系統樹から分岐する。
 その後、ヒトはいったんは絶滅の道に進むが、新たな遺伝子が継続的に供給されて滅びることはなかった」
 健吾が大きく息を吸い吐く。
「船の図面だけど、そこにも貴重なメモ書きがあった。
 そのメモには、ゲートを潜ると10万倍の時間経過になる、と読める記述があった。
 つまり、時渡りの1年2カ月は11万6666年に拡張される。
 2億年2億人移住計画が、計画通りに2億人を送り出したなら、平均すると1年間の移住者は1714人に過ぎない。
 1日に4.7人。家族単位程度だ。
 ゲートの出口側で出会える確率はあるだろうし、実際あったと思う。
 でも、ゲートの突入が1分違うと、ゲートの外では10万分の差になる。
 69日だ。2カ月以上。日本では3分間隔だったから、6カ月の差になる。
 組織的な移住をしたグループほど、生き残りが厳しくなる。
 俺たちみたいに完結しているクルマ1台のグループのほうが、生存可能性が高い」
 亜子が震えた声で尋ねる。
「どういうこと?」
 健吾が発言しようとすると、耕介が遮った。「健吾は事実しか言わねぇが、俺は違う。
 エルフやドワーフは、初期の移住者から進化した別種のヒト属動物だ。ヒトに極めて近縁だが、種のレベルでヒトとは違う。
 ヒトはいるが、何万年前、何千年前、何百年前の移住者の子孫なんだってことだ。
 つまり、俺たちは俺たちだけだ。俺たちだけで生きていかなきゃなんねぇし、運がよければ移住第一世代と出会える。
 そう努力する必要があるってことだ」
 耕介と健吾以外が絶句している。
 亜子が「健吾、どうすればいいの。私たち」と尋ね、健吾は「毒を食らわば皿まで、だ。この世界のルールで生きていく」と断言する。
 彩華が「ヒトの世界があるんでしょ」と問い、耕介が答える。
「ヒトの文明は残っていない。
 俺たちの知らない歴史の上に構築された新たな文明だ。
 それも、かなり退行している。スマホはねぇよ。万年単位で時系列が違うとなると、文化・文明のレベルだと同じヒトと呼んでいいものか?
 近親憎悪ってものもある。
 偵察はいいが、住もうなんて考えちゃぁだめだ。
 2億年前の物資が手に入る、ここのほうが俺たちには都合がいい」
 レスティが「ココとお別れしなくていいの」と尋ね、心美が「もちろんだよ」と答える。 亜子と彩華は、完全には理解できないし、釈然としない点がある。
 それでも、あてなくこの地を去ることは下策だと感じていた。

 彩華は、2挺の拳銃と2挺の旧式自動小銃を点検している。
 耕介が彩華に銃の状態を尋ねる。
「どんな感じ?」
 彩華は怒っていた。貴重な軍用小銃を隠していたからだ。
「防衛力爆上がりだよ。
 掃除して、油を差せば、動くよ。
 壊れている銃だけど、銃身が曲がっている。直す方法はないか、健吾に相談してみるよ」

 フェミ川が増水する前に、キャンプを撤収して南岸に移動する計画は、ほぼ決定していた。
 そもそも、フェミ川が増水してしまえば、身動きできなくなる。増水期は2カ月にもおよび、その間は船以外の渡河手段はない。
 当然、車輌の移動はできない。

 荷物を満載した平荷台のトレーラーを牽引するムンゴ装甲トラックが川を渡る。
 無事に渡りきると、農業トラクターが続く。ハンターカブ2台が渡り、最後はランクル・ピックアップとなった。

 シルカの家は、去ったときと変わっていなかった。
 今回は当分の間の拠点とすることに決めていたので、修復途中の母屋は倉庫として使い、テントを2張設営する。

 クルナ村の若者たちはシルカの帰還を歓迎するが、村の重鎮たちは嫌悪する。
 シルカの存在が、彼らの権威を脅かすからだ。
 村の中堅たちは沈黙している。部族制度にしがみつく重鎮たちの頑迷さを軽蔑するが、同時に根底から秩序を崩壊させかねないシルカは容易には受け入れがたい。
 女性であるシルカには、シルカの父親の土地を相続する権利はない。あるのは管理権のみ。彼女の家系につながる男性が現れたら、彼女の管理権は自動的に消滅する。
 他の道としては、彼女が婚姻し、男児を産めば、その子が相続できる。
 だが、そういった必死さがシルカにはない。
 わずかな高低差しかないが、村全体を睥睨する丘に陣取るだけ。
 村役や重鎮への挨拶がない。父親の土地をどうにかしようとも考えていないように見える。シークムントが倒れてから、彼女の管理地に手を出そうとする何者も存在しない。
 当然だ。
 そんなことをすれば、瞬殺される。
 シルカは兵士であり、それも兵士たちの間では名の知られた手練れだからだ。
 つまり、村の掟、部族の掟の埒外にシルカはいる。管理地だろうが、相続地だろうが、関係ない。
 シルカと戦って勝つ自信がなければ、下を向くしかないのだ。
 シルカは超法規的存在であり、村役や重鎮は何もできない。
 旧態依然とした不文律の中に埋もれているだけの彼らには、掟を盾にシルカと対峙する度胸はなかった。
 シルカに「ならば、その掟の価値、我が剣の切れ味と比べてみよう」と言われたら、震え上がってしまう。

 シルカは意図的に、耕作されていないシークムントの所有地にジャガイモ畑を作った。
 ジャガイモはエルフにはなじみのない作物で、ムギにしなかった点に意味がある。
 100メートル四方、1ヘクタールもの畑を私〈わたくし〉したというのに、村役は何も言ってこなかった。
 シルカは「ムギではないから見逃した」と言い逃れができるよう、村役たちに逃げ道を作っていた。

 村に行っていたフィオラが、キャンプに走って戻ってきた。
「たいへん、母娘の畑の相続者だという男がやって来た!」

 母と娘は、蹲って泣いていた。畑と家を奪われるからだ。抗う方法はない。夫が死んだとき、こうなる可能性は高かった。
 夫には他村に親戚がいるからだ。
 他村の男性は、成人間近の息子を伴っていて、村役に「私が相続し、すぐに息子に相続させたい」と説明している。

 村役はチラチラとシルカを見ている。シルカの横には亜子。村役には、この2人が厄介な相手であることはわかっている。
 言の立つフィオラが沈黙を貫いていることも不気味だ。他にも若者が集まっている。

 唐突にフィオラが叫ぶ。
「その系譜は本物か!」
 他村の男性が怒る。
「何を言うか!
 小娘が!」
 フィオラは怯まない。
「ねぇ、みんな聞いて!
 偽の系譜を使って、他人の土地を奪うことは悪事でしょ。
 掟では死罪!
 そんな大罪になるのに、系譜が本物か確認しない村役ってどう思う」
 村の男性若者が叫ぶ。
「賄賂でももらったんじゃないか!」
 これは図星。こういう場合、賄賂を渡すことは常識。
 別の男性若者が叫ぶ。
「じゃぁ、村役様も死罪だ!」
 村役がたじろぐ。
 他村の男性は理解できないでいた。村役が村の若輩に怯えることなどあり得ない。
 別の男性若者が言い放つ。
「村役様を拷問すれば、真実がわかる」
 村役が懐から巾着を取り出し、それを他村の男性に押し付ける。
 そして、馬車に飛び乗った。
 フィオラが他村の男性を追い詰める。
「賄賂を使って、他人の土地を奪おうとするとは、許せないね」
 男性は始めてフィオラに怯えた。彼の息子を見る。息子は都を防衛する親衛大隊に所属し、剣の腕は相当なはず。
 息子がゆっくりと剣を抜いていく、フィオラが後退る。
 息子が剣を抜き終わると同時にシルカが動いた。
 自分の剣ではなく、亜子の刀を借りた。亜子に習った抜刀術を試してみたかったからだ。

「ギャァー」
 空気を切り裂く悲鳴が反響する。
「腕が、腕が、腕がぁ~」
 他村の男性が呆然としている。
 シルカの圧倒的な強さに、驚きと恐怖を感じている。
 フィオラが言い放つ。
「あんたが偽の系譜なんて作るから、息子が腕を失った。
 この村であんたたち親子を、今度見かけたら、捕らえて死罪にする」

「フィオラ、シルカ、ありがとう。
 アコも。
 みんなも、ありがとう」
 母と娘は、若者たちに感謝の言葉を伝えた。

 亜子がシルカに「何も腕を斬り落とさなくても」と責めると、シルカは「これで、同じことはこの村からなくなる。系譜を出してきても偽物扱いして、ごねたら罪人にして首をはねてしまえばいい」と平然としている。
「あの母娘は、家と畑を奪われたら首を吊るしかない。
 だけど、トレウェリ兵の腕1本で解決できたんだ。
 いい解決法だと思う」
「あの息子、兵隊だったの?」
「そうだ。
 正規兵の身のこなしだし、剣はトレウェリ軍のものだからね。
 それよりアコ、斬り落とした腕を拾ってやるなんて、親切すぎるよ。
 しかも、握っていた剣を外して、その剣をフィオラに渡したよね」
 2人が見合って笑う。

 翌日、母と娘が畑でとれた野菜を携えて、キャンプにやって来た。
 亜子は、娘が差し出した野菜を喜んで受け取った。
 母親が昨日のことの礼を述べたが、その際に奇妙なことを言った。娘はすぐにレスティと遊び始める。
「アコのことは、娘の病気を治してくれたヒトの治療師と並んで、生涯忘れない」
「お母さん、ヒトの治療師って、この付近に私たち以外のヒトがいるの?」
「えぇ、チュウスト村にヒトの治療師がいるの。産婆もされているのよ。この付近で、一番腕のいい治療師よ」
 シルカが「チュウスト村は、西隣の村。セクアニの村だ。畑は隣接しているけど、村の中心部まではウマで半日かかる」と教える。
 亜子が「ヤバいじゃん。セクアニにはシンガザリが攻め込んでいる……」と慌てる。
 母親が「治療師様がどうなったかわからないの。チュウスト村がどうなったかも……」と状況を説明する。

 亜子が耕介を呼ぶ。
「耕介!
 トラック、どんな感じ!」
 耕介が手に付いた油を気にしながら、トラックの横から首を出す。
「始動用のタンクを取り付けた。
 普通に使える」
「アクセニの村に乗り込むよ!」

 ハスミン・モンテス少佐は、診療所からの脱出のタイミングを失っていた。
 3人の部下と物資の大半を移住直後に失い、この村にたどり着いたときには個人用衛生装備とH&K USP自動拳銃しか残っていなかった。
 車輌はイヴェコの小型軽装甲車だが、防弾レベルが低く、車体が軽かったので、ここまで到達できた。
 だが、燃料は3年前につきていた。
 徒歩で逃げるしかないが、幸運にも彼女が借りている家は村の中心からは外れていた。
 シンガザリ兵が頻繁に、かつ不定期にパトロールしているので、地下室から出られなかった。
 狭い地下室から出るのは、夜間のごく短い時間だけ。
 水と食料は、つきかけていた。
 明日の夜、自動拳銃1挺と3発の弾だけを頼りに、20キロ東の国境を目指すつもりだった。トレウェリもシンガザリの支配に落ちていたら、フェミ川北岸に渡るつもりだった。

 早朝、耕介の運転で、亜子と彩華がチュウスト村の治療師の家に向かう。治療師の家の詳細な場所は、絵地図を描いてもらった。
 シルカは参加しない。シンガザリと敵対する国の兵であったことから、セクアニの進駐兵ともめる可能性があるからだ。

 耕介はムンゴ装甲トラックが快調であることに満足している。始動用軽油に3リットルのバイク用ガソリン携行缶を利用したので、ランクルほど不格好ではない。

 シンガザリ兵が駐屯する村の中心部を走破し、治療師の家に向かう。
 追ってくるシンガザリ兵に、亜子と彩華がクロスボウを射かける。
 まったく、雑な作戦だ。
 耕介と健吾が粗雑な作戦に懸念を伝えると、亜子が「まったく、女々しい男たちだ」と罵った。
 彩華の作戦は「ドーッと進出して、ダーッと引き上げる」で、これを聞いたシルカが大笑いした。
 チュウスト村の状況がまったくわからないので、作戦の立てようがないのだ。治療師が家にとどまっている確証もない。

「治療師さん!」
 英語での呼びかけに、コマンダンテ・モンテスは焦った。母国語であるスペイン語は覚えているが、英語は不明瞭になっていた。
 だから、姿を現した。ドイツの装甲トラックを見て、ホッとする。
「ドイツ人?」
「いいえ、日本人」
「えっ!
 どうして?」
「早く乗って!
 逃げるよ。おばちゃん!」
「隣の家に行って!
 隠れているはず!」

 隣の家に車を横付けし、治療師が叫ぶと、4人家族が飛び出してきた。
 跡は逃げるだけ。

 遠くで炎が上がる。
 治療師の家と隣の家に火が放たれたのだ。

 チュウスト村の農民は、家と土地を失い狼狽していた。
 だが、シルカが解決する。
「シークムントの土地を半分与えればよい」
 即、フィオラが動く。
「いまからでも、春まきすればコムギは育つよ。みんなで手伝うから安心して」

 ハスミン・モンテス少佐は、何も知らなかった。移住後の10年間、部下を失い、運命に翻弄されていた。
 情報は、亜子たちのほうが持っていた。少佐は、Go SouthとNorth46のどちらも知らなかった。

 数日後、彼女は村はずれに家を借り、治療師を始める。リズが弟子に志願し、受け入れられた。
 彼女は通勤にハンターカブを使うことになった。

 ガソリンと軽油は確実に減っていて、補充が必要だった。
 健吾はNorth46に向かうことを主張し、耕介が賛成する。心美が同行すると言い張り、今回は3人となった。
 心美は自分専用のバイクがほしくて、参加を望んだ。ただ、過去にバイクを発見した例はない。
 使用する車輌はムンゴ装甲トラックで、トレーラーを牽引していく。トレーラーには、原油を入れるための木樽を積んでいく。
 燃料の枯渇は、死活問題だ。何とか補給しないと、進退窮まってしまう。
 North46が建設され、一定期間存続した理由は、原油の自噴であることは確実だ。

 North46へのルートは、前回の復路と同じだった。復路では、関心を引く発見はなかったのだが、探査していないことも事実だった。

 ムンゴの構造は、この探査活動に向いていた。健吾は兵員室にあたる荷台で、タブレットPCを操作して、ドローンを飛ばすことができる。
 ドローンの離昇と回収は、車外で行うしかないが、それ以外は車内から操作できる。これは、便利だった。
 夜は、心美の寝室になる。耕介と健吾は、キャビンで寝る。魔獣が棲むこの地域で車外で寝る度胸はない。

 昨日は、1日探査して3台のクルマを見つけた。これは、高濃度だ。しかし、1台はボディを失っていて、エンジンとトランスミッション、シャーシの一部が残るのみ。他は腐って、土に帰った。
 2台目は、形が残っていた。ボディに塗装は残っていないが、車種はベンツ・ゲレンデワーゲンだ。
 3台目は、1台目と2台目の中間くらいの朽ちかただった。中型の4輪トラックらしい。

 心美が「10万年前の自動車は、どうなってるの?」と尋ね、健吾が「土に帰ったよ」と説明する。
 心美が寂しそうな表情を見せる。

 翌日、朝食を済ませ、心美が助手席に乗り、健吾がドローンを上昇させて、ムンゴが走り出した10分後、とんでもない発見をする。
「耕介、止めろ!」
 健吾の慌てふためく声で、耕介が急停止する。
 健吾が車外に出て、耕介も降りる。心美は助手席に乗ったままだが、ドアを開ける。
「見ろ、カモフラージュネットだ。
 普通だったら見逃していた」
 心美が樹上動物のような身のこなしで、ムンゴのトップに上る。
「あそこだよ!
 すごく近いよ」
 しかし、地上からだと何も見えない。
 健吾は歩き、耕介と心美はムンゴで向かう。

 カモフラージュネットをわずかにめくると、トレーラーが残されていた。
 アオリのない平荷台にタンクが積まれている。
 健吾が指を曲げて関節でタンクを叩く。
「中身があるぞ」
 タンクに表記がないかと、探す。
「書いてある。
 汽油、ガソリンだ。
 輕油、これはそのまま軽油だ。
 満タンじゃないが、3キロリットルと書いてある。
 大収穫だ!」
 耕介が懸念を示す。
「もらっていいのか?
 せいぜい1年といったところだぞ。
 放棄してから。
 それに、なぜ放棄したんだろう?」
「牽引していく手段を失ったんだ」
「健吾、どうやって牽引していたと思う?」「耕介、このタンクを路外で牽引するには、ブルドーザーか大型の農業トラクターが必要だよ」
「どこにある?」
「……?」
 耕介が西を指差す。
「健吾、大発見だが、大収穫じゃない。こんなデカブツ、ムンゴじゃ引けない」
「耕介、心美、こいつを牽引していたトラクターを探す。
 西に向かおう。
 細い草原の通路を進まなくてはいけないから、魔獣に気を付けないと」

 耕介は100メートルごとに停止し、健吾がドローンで探査する。
 20キロ進んでも、トラクターは見つからない。耕介は諦め、健吾も諦めかけている。
 しかし、心美が探査中止を反対する。
「絶対に見つかるよ。
 探すの、諦めちゃダメだよ」
 耕介が「じゃぁ、5キロ。それ以上は無理だ。時間切れになる。それに、この回廊は行動に自由がなさ過ぎて危険だ」と。
 健吾も「魔獣に襲われたら、逃げ場がない」と恐れる。

 西進を再開してすぐに、ナックルウォークの巨獣が現れるが、襲っては来なかった。捕食者ではあるが、クルマに乗っているヒトは獲物として認識しないらしい。
 巨獣が姿を消すのを待つ。

「見つけたぞ!
 耕介、心美、こいつがトラクターだ!」

「ヘ、ヘッ」
 耕介が奇妙な笑い方をする。巨大なボンネットトラックだが、車体が不釣り合いに短い。
「こいつぁ、米軍のM939トラックのショートシャーシ改造型だ。
 6輪駆動を4輪駆動に改造したんだ。
 ビッグフットの4駆版だ」
 心美が「誰が使っていたの?」と尋ね、健吾が「たぶん、台湾の移住者だ」と答える。「タンクトレーラーの文字が繁体字だったから……」
 そう付け加えると、心美が「台湾のヒト、どこに行っちゃったの」と不安を表す声音で質す。
 荷台に上った耕介が解説する。
「こいつら、別の移動手段を見つけたんだ。
 それに荷物を積んで先に進んだ。燃料は、欲かいたんだ。
 基本は、俺たちと同じ考え方だ。行動距離重視の装備を選んだ。
 ここまで進んで、このデカブツをあっさりと捨てた。たぶん、こいつよりも役に立ちそうなクルマを見つけたんだ。
 ここで」
 健吾が訝しむ。
「なぜわかる?」
 ボンネットの中を覗いている耕介は、簡単に答える。
「どこも、壊れていない」
 心美が「ドアが凹んでるよ」と、派手に歪んで、閉じられない運転席側のドアを指差す。
「魔獣に襲われたんだ。
 ビビったんだ。誰でもビビるさ。ここで、装甲されたハンビーでも見つけたら、迷わず乗り換えるよ」
 心美は得心しないが、魔獣を見ている健吾は完全同意だ。

 改造ビッグフットの運転席側ドアを取り外して、荷台に積み、耕介がエンジンを始動すると、3回目のトライで動いた。
 セルモーターの動きが弱く、3回目はジャンプスターターを使った。

 ムンゴは健吾が、改造ビッグフットは耕介が運転する。4輪駆動に改造されたビッグフットは、巨大なピックアップトラックといった感じのクルマで、化け物じみていた。
 そんなクルマでも、ソフトスキンでは魔獣に襲われたらひとたまりもない。
 しかも、こんな細い回廊で襲われたら、ただ走って逃げるだけだ。

 フェミ川は、まだ増水していない。それでも、少し水量が増しているように感じた。
 ムンゴは水没しかけながらも、どうにか渡渉する。
 改造ビッグフットは、怪物ぶりを遺憾なく発揮して、タンクトレーラーを牽引して楽々と渡る。

 偶然ではあったが、キャンプの面々は秋までは燃料の心配をしなくてもいい状態になった。 
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――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

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