大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚

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第2章 東エルフィニア

02-016 メルディの解放

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 メルディは、シンガザリに西半分を占領されている。
 シンガザリ国王は占領地域に対して、併合を宣言し、東の残り半分の解放を軍に命じた。
 不思議なことに北隣のアクセニは、一時期はほぼ全土が占領されたものの併合は宣言されなかった。
 メルディとアクセニの違いは、メルディの占領地シンガザリ系住民は「喜んで、占領を受け入れる」との判断をし、アクセニの民衆は首都を占領され、指導者が拘束・処刑されても、徹底抗戦を叫び続けたことだ。
 アクセニとアクセニ由来の旧貴族領や豪族領がシンガザリの手中に落ち、逆に旧権力層がシンガザリによって排除されたことから、民衆主導のレジスタンス活動が盛んになる。
 これにアクセニ軍の残存部隊や貴族・豪族の私兵が呼応。アクセニ解放軍を編制する。
 シンガザリはアクセニの全土を手中に収めながら、統治できないという状況に陥ってしまった。

 シンガザリ国王が真実として信奉する『シンガザリ国史』には、エルフはシンガザリで生まれ、シンガザリの王が全エルフを統治する、とある。
 シンガザリ国王は、これを強固に信じている。だから、シンガザリの統治を受け入れないエルフに対して、残虐非道な行いをする。
 一方、シンガザリ国王の妄想に付き合う気のないアクセニの民衆は、猛然と反発。
 捕虜となったシンガザリ兵には、過酷で残虐な刑罰が加えられた。
 2億年後には、ジュネーブ条約やハーグ陸戦協定、人道に対する罪なんてものは存在しない。
 アクセニでは、シンガザリの統治が弱い地域や村の一部が東エルフィニアに接近し、この新生国家の版図に加わろうとしていた。
 東エルフィニアの建国自体、強大な軍事力を持つシンガザリに対抗するためであった。

 メルディの西側には、シンガザリにルーツがある農民が住んでいる。この地域のシンガザリ系住民は、3軒に1軒だとされる。
 正確な統計値ではないが、人口の30パーセント程度がシンガザリ系住民となる。
 彼らは岩場が多く農耕に適さない土地が多いシンガザリの地に見切りを付け、東のメルディに移住した。
 シンガザリの農民たちの多くは、メルディ移住後もシンガザリ国王に忠誠を誓っていた。

 シンガザリのメルディ侵攻にあたって、メルディに居住するシンガザリ系農民の果たした役割は大きい。
 彼らがシンガザリ軍を招き入れた。
 侵攻してきたシンガザリ軍は、最初にメルディに同化したシンガザリ系住民を処刑し、次にメルディ系住民を殺害、最後にアクセニやトレウェリから移ってきた住民を虐殺した。
 そして、何もかも奪っていった。奪えないものは破壊するか、燃やした。
 しかし、虐殺を免れた住民は多かった。シンガザリ軍がメルディとの国境付近に集結を始めると、メルディの指導層は自軍に命じて住民の避難を最優先させたからだ。
 住民の一部は頑強に避難を拒み、それが頑固ゆえなのか、シンガザリに通じているのかわからないので、残置するしかなかった。
 避難を拒む住民は多く、避難を受け入れた住民も多かった。

 東エルフィニア軍は、ヒトとの境界線である南の大河クウィルに沿ってシンガザリとの国境まで西進していた。
 解放された地域はエルフやヒトが住まない荒れ地で、細い回廊のようになっていた。
 東エルフィニア軍の主攻は東からで、助攻が必要だった。

「郷土防衛隊に北から攻めろって!」
 耕介の説明にシルカは平然としている。
「コウ、それが我らとどう関係がある?」
 耕介がため息をつく。
「輸送隊の護衛にも参加してほしいそうだ。
 そう健吾に伝えろと、フィオラの親父さんに命じられた」
 いつものパターンに、その場の全員が苦笑い。
 シルカは、そういった世事には反応しない。
「出せるとしても、5人か6人しかいない。
 それでは、戦力にならない」
 亜子はフィオラの父親の真意を察していた。
「装甲車を出せってこと。
 あれで先陣を切れってこと」
 シルカは冷静に分析する。
「確かに、あれと兵250があれば、シンガザリの前線を突破できる」
 しかし、シルカは首を縦に振らない。
「だが、降りかかる火の粉ではない。
 こちらから火中に飛び込む必要はない。
 我らは兵ではない」
 健吾が頷く。
「そうだ。
 俺たちは農民であり、職人であり、商人だ。
 我らに直接の火の粉が降りかからない限り、剣を抜くべきじゃぁない。
 でもね、シンガザリのやり方は頭にくる。
 我慢の限界だ。我慢する価値がないことを、我慢させられている。
 俺はシンガザリの国王をぶっ飛ばしたい」
 亜子が失笑する。
「シンガザリの王様をぶっ飛ばせないけど、チビらせることはできるかも……」
 場の全員の目が亜子を見る。
「大隊商を編制して、シンガザリに乗り込むんだ。
 国境付近の村を回りながら、ヒマワリの種を買い付ける。
 私たちの言い値で買う。
 イヤとはいわせない。連中には剣、私たちには銃。
 法外な安値で買い取ろうというんじゃない。少し安くね。イヤだといえば、銃を突き付ける。
 シンガザリの国民は国王を支持している。私たちは、シンガザリ国王がタマナシ野郎だってことを臣民たちに教えてやるんだ」
 彩華が亜子にあからさまな侮蔑の視線を見せる。
「で、それ、どうやんの」
 いつもの通り、亜子は方針だけ。方法を考えるのは健吾の仕事。
「サムソン装甲車、ムンゴ装甲トラック、ビッグフットとウニモグにトレーラーを牽かせて、国境沿いの村々を回り、不満だが我慢できる程度の金額で、ヒマワリの種を買い漁る。
 シンガザリの農民は国王に訴えるだろうが、国王軍じゃぁ、俺たちを捕捉できない。
 例え捕捉できたとしても、そのときはやってやるさ。
 で、国境沿いを荒らせば、シンガザリ軍は背後を襲われるんじゃないかとビビって、退却するかもしれない。
 退却しないまでも、戦力の一部を国境まで下げないとならない」
 いつもの通り、亜子の方針に健吾が反応した。
 耕介が発言。
「よし、それでいこう。
 さすが亜子だ。いい案を思い付く」
 フィオラは唖然としていた。何でこうなるのかわからない。亜子は方針なんて示していない。単に威勢のいいことを言っただけ。

 買い付けの隊商は、アクセニ経由で南下し、シンガザリの東部国境付近に達する。
 アクセニは整備されていたが、シンガザリに入ると道の悪さは想像を絶するほどひどくなる。

 暴力の匂いをまき散らしながら、村に入り「ヒマワリの種を買う。全部出せ、一粒も隠すな!」と耕介が叫ぶ。
 体格のいい農民が歩み出る。
「ここは、メルディじゃないぞ。
 シンガザリだ!
 偉大な国王陛下が治めるシンガザリだ!」
「あぁ、わかっている。
 メルディじゃ、こんな商売はできない。
 東エルフィニアの軍は精強だからな。街や村の官憲にも賄賂は通じない。
 だが、ここはシンガザリ。タマナシ野郎が治めるシンガザリだ。
 おまえら、逆らうんじゃねぇぞ!
 シンガザリ軍は東エルフィニアとの戦で忙しい。誰も守っちゃくれない。シンガザリ国王は王宮に隠れて、どこぞのネェちゃんのおっぱいをしゃぶっている。
 シンガザリは、荒らし放題だ!
 ヒマワリの種を出せ!
 隠せば、村を焼き払う!」

 コムギを出せとは言わない。コムギがあれば、パンが焼ける。パンがあれば、生きていける。
 それに、ヒマワリの種には不満だろうが代金を支払っている。

 盗賊まがいの商人が村に居着いたら、どんな要求をされるかわからないので、村民は抵抗せずにヒマワリの種を出した。
 一部で暴力沙汰はあったが、略奪的商取引は成功した。
 そして、シンガザリの絶対王権を嘲笑い、国王を「タマナシ」と呼び続けることで、シンガザリの民衆は自分たちの国王が他国の民衆から蔑まれていることを知る。

 耕介が健吾に声をかける。
「収穫、少ないな」
 健吾も感じていた。
「土地が痩せているって、農家の兄ちゃんが言ってたよ。
 それと、土地は広いのに、農地が狭い。
 水も豊富じゃないようだ」
 耕介はイヤな情報を聞いてしまい、健吾に不愉快な顔を見せて、何も言わずに立ち去った。

 次の村には、1個班規模の騎馬歩兵6が駐屯していた。
 しかし、クルナ村の重武装隊商を見ると、逃げ出した。まったく抵抗する様子を見せなかった。
 村民は自国兵の逃げ足の速さに、愕然とした。

 この村も貧しかった。耕作面積は概算でモイナク村と大差ないが、村民は2倍以上。買い取ったヒマワリの種はごくわずか。
 畑は肥えてはおらず、コムギの収穫量も多くはなさそうだ。コムギは年貢として納め、村民はライムギで作ったパンを食べている。カラスムギも食べるが、こちらは野菜と一緒に粥にする。

 4番目の村でも、ビッグフットとウニモグの荷台は満載になったが、トレーラーは空荷。
 しかし、この頃から重武装隊商の面々がやる気をなくし始めていた。
「作物の生育がよくない」
「不作が続いているらしい」
「救荒作物が常食になっている」
「シンガザリの国王はタマナシだが、民衆がそれを知らない」

 6番目の村の北側草原で、決定的な出来事があった。
 南北に延びる街道を進んでいくと、1個小隊規模のシンガザリ軍騎兵が2列横隊で行く手を塞いでいた。
 森を抜けて、なだらかな上り坂を上っていくと、坂の最高点に騎兵小隊が並足で進んできた。
 地形の関係で、まったく気付いていなかった。騎兵小隊は傾斜を利用したハルダウンのような体勢で待ち構えていて、彼我の距離は150メートルほどしかない。
 重武装隊商は、サムソン装甲車、ビッグフット、ウニモグ、ムンゴ装甲トラックの単列縦隊で進んでいた。
 逃げるには地形が悪い。
 サムソン装甲車は、健吾が運転している。

 サムソンの車長ハッチから頭を出していたシルカは、M1919機関銃のコッキングボルトを引くと、いきなり撃ち始める。
 半分が落馬し、半分が逃げ散った。
 ビッグフットの運転席にいた耕介が怒鳴る。
「シルカ、ちゃんと狙って撃て!
 無駄弾打つな!」

 シルカは耕介の批難を無視し、インカムで健吾に指示する。
「逃げた敵を追え!」
 健吾が気怠そうに答える。
「いいよ、追わなくて」

 負傷しているが、徒歩で逃げようとするシンガザリ騎兵を背後から弓で射る。
 生かしておけば、東エルフィニアで悪行を働くからだ。殺してしまえば、脅威は消える。

 重武装隊商が前進する。

 6番目の村は、重武装隊商が接近してくるとパニック状態になった。
 彼らはシンガザリ騎兵小隊の勝利を確信していて、戦うか降伏するかで内輪もめを始める始末。
 内輪もめを見物しながら少し待ち、結局は降伏を申し入れてきたので、いつも通りにする。
「ヒマワリの種を出せ。
 全部だ。
 一粒も残すな!」

 重さを量り、やや低い金額で買い取る。
 代金を受け取ってキョトンとする農民たち。
 耕介が声を張り上げる。
「シンガザリ兵は、他国に攻め込むと家の敷石まで盗んでいくが、我々はそこまで野蛮じゃない。
 これは略奪じゃない。
 商売だ!
 文句があるなら国王に訴えろ。
 俺たちはタマナシ野郎なんか怖くない!」

 国境沿いの村々を襲撃し、作物を略奪していく東エルフィニアの別働隊の噂は、メルディ占領軍の間で急速に広まっていた。
 占領軍司令部は当初、少人数のゲリラ部隊と判断していたが、略奪される収穫物が多いことから、大部隊ではないかと危惧し始めていた。
 下士官・兵は、独自のルートで情報を得ていた。どこかの村の近郊で、東エルフィニアの略奪部隊とシンガザリ騎兵隊1個大隊が決戦し、シンガザリ側が一方的に負けたと。
 これは、噂に尾鰭が付いたのではなく、村民が保身のためにそう広めた。大軍ならば、村から兵を出さなかった言い訳になるからだ。

 1個大隊が1個師団に、1個師団が1個軍に、1個軍が1個軍団になるまで、時間を要しなかった。
 この段階になると完全な、噂に尾鰭、だった。

 背後を襲われる危険を感じたシンガザリ軍は、全周警戒をしなければならず、正面戦力が薄くなる。
 すると、膠着していた前線が動き出す。
 東エルフィニアの攻勢が前線を押し上げる。

 シンガザリ軍の主力は、重装歩兵を前面に出すファランクスに似た密集陣形を多用している。
 一方、東エルフィニアでは、長射程で曲射のコンパウンドボウと短射程で直射のクロスボウを併用する散兵戦に移行していた。
 改良されたクロスボウはてこの原理を応用し、ボルト(矢)の初速は秒速100メートルを超える。
 これは、火縄銃や拳銃弾の3分の1ほど。絶大な威力ではないが、東エルフィニア軍の戦闘形態を大きく変えた。

 個々の兵で比較すればシンガザリ兵の強さは圧倒的だが、巧みな戦術を駆使する東エルフィニア軍のほうが集団として強かった。

 ヒトとの境界となる南の大河クウィルの北岸に達すると、健吾はここで東に向かうことにする。
 7番目の村では、これ以上の荷積みは無理だったので、何もせずそのまま南下した。
 安全な場所に荷を降ろしてから、引き返して、8番目の村からもヒマワリの種を買う予定だった。
 この頃には、東エルフィニア軍は完全ではないものの、国境線付近までシンガザリ軍を押し戻すことに成功していた。

 シンガザリ軍の実質的な敗北は、アクセニに影響を及ぼした。
 面積比でアクセニの半分が東エルフィニアへの参加を表明したのだ。
 シンガザリ国王は残虐で、決して裏切りを許さない。しかも、シンガザリ国王の裏切りとは主観であって、シンガザリ軍の撤退を喜ぶもの、シンガザリ国王の臣民となることを望まぬもの、シンガザリの領有を拒むもの、そのすべてがシンガザリ国王への裏切りだと判断する。
 それを恐れるものと、それを忌むものとが対立する。
 そして、アクセニは親シンガザリ派と反シンガザリ派に分裂した。シンガザリの統治を望まない街や村が東エルフィニアに参加する。

 東エルフィニアに参加した地域には、長期にわたりシンガザリの統治下にあったヒトの6カ村があった。
 彼らには2億年前の記憶はなく、科学技術のほとんどを失っていた。
 2億年後の世界で、すでに10世代以上重ねていた。

 耕介は、健吾よりも2億年前の物資に執着があった。
 シンガザリへの侵攻以降、その傾向が強くなっていた。理由はヒトの集団に触れたこと。健吾もそうだが、彼らの生活はいささか衝撃的だった。
 ヨーロッパの中世以前まで退行してしまっていた。シンガザリの圧政に耐えていて、マイノリティとして生きていた。
 耕介には子がおり、自分の子がそうなるのではないかと恐れているわけではなく、耕介自身が同化に心がけている。
 だが、シンガザリ国王のような妄想の中で生きている指導者を戴く隣国がある以上、何か対策をしなければならないと考えている。
 シンガザリは経済的に貧しく、民衆の多くが文字を解さず、絶対王権による独裁体制で、近隣最大の軍事大国であることに変わりはない。
 軍事力を増強してもシンガザリに対抗することは難しい。シンガザリは国富のほとんどを軍に費やしてしまうのだから。
 軍事力で対抗できないならば、経済力で圧倒するしかない。
 そのための切り札が、2億年前の物資だと耕介は直感している。
 健吾は「あれば、あったほうがいい。だけど、なくてもどうにかなる」と判断している。
 だから、2人の間には物資探索に関して、温度差がある。
 ただ、健吾は物資獲得を別にして、情報取得のために北方探査は必要だと考えていた。
 ヒトの大きなコロニーが存在するとすれば、それはそれでトラブルの火種になりかねないからだ。
 ヒトは、貪欲な生き物であることを忘れてはならない。

 メルディには、シンガザリの占領地が残っているが、失地の90パーセント以上を解放できた。
 ここで、国境線を画定するわけにはいかないが、失地のほとんどは誰も住んでいない荒れ地だ。メルディの民衆で解放を望むものは、住地に残る。
 一方、親シンガザリ系住民は、荷車に家財を積んで西に向かった。彼らの住処は、東エルフィニアにはない。

 真夏、秋まきコムギの収穫が終わる。
 戦いは終わっていないが、戦線が膠着する。東エルフィニアが攻勢限界に達したからだ。

 早朝の玄関前、耕介が健吾に「油の出荷が始まる前に、北に行こうぜ」と声をかける。
 健吾には根拠薄弱な考えがあった。
「俺たちは、ゲートを出たあと、東に向かった。東の山脈が2つに分かれる地点を目指した。
 事前の情報として、西と南は海までは遠いことが分かっていたし、内陸は乾燥していることも知っていた。
 パンゲア・ウルティマとは、そういった世界なのだから。
 俺たちが山脈を目指した理由は、水があると推測したからだ。
 しかし、海に出るなら北に向かう方が早く到達できたかもしれない。
 海岸沿いに西に向かうか、東に向かうか、判断しようと考えたヒトは多いんじゃないかな。
 で、北北西への進路を探り、海岸に出たら西に向かいたい」
「健吾、そっちのほうがヒトの痕跡があるって思うのか?
 相当寒いぞ」
「冬ならね。
 だが、いまは夏だ」
「泥濘んでるんじゃないか?」
「可能性はあるね。
 耕介、サムソンで行くとしたら、燃料はどれだけあればいいかな?」
「どこまで行くかだが、サムソンじゃぁ、それほど遠くへは行けないぞ。
 俺は、ボルボのC303がいいと思う」
「心美とレスティが怒るぞ」
「そうだが、代車があればいいだろ」
「代車?」
「ケネディジープに軽トレーラーを牽かせよう」
「なら、俺たちがケネディージープで行こう。
 もめなくてすむ」
 健吾は、このケネディジープに信頼感が薄い。シャーシとボディ、サスペンションはオリジナルを再生しているが、エンジンとトランスミッションは違う。トヨタ製3L型2.8リットル直列4気筒ディーゼルに換装している。ターボチャージャーも取り付けている。
 発見時に換装・搭載されていた4気筒ディーゼルエンジンが非力で、車体との相性が悪く、フロントヘビーだったからだ。

 北に向かうに従い、気温の低下を体感する。
 海岸に達すると、真夏だが厚手のジャケットが必要になる。
 耕介が運転しているが、路面状態が悪くケネディジープが激しく揺れる。トレーラーとの連結も外れそうだ。
 助手席の健吾は両足を踏ん張り、両手でバーを握りしめている。口は閉じている。迂闊に言葉を発すれば、舌を噛みかねないからだ。
 こんな移動を4時間も続けている。
 路面は乾燥している。

 大陸北辺の海岸に出るまで、1000キロ弱走行する。この時点で、海岸に沿って西進する計画は頓挫していた。
 燃料がないからだ。2500キロの走行可能分を用意していたが、ここまでで40パーセントを使っていた。
 この付近が、今回の調査の進出限界だった。
 そして、今回の調査ではヒトの痕跡らしきものは、一切発見していない。
 ヒトが生活していた痕跡はもちろん、タイヤ1本見つけられなかった。

 海にしては穏やかな波が洗う海岸に、耕介と健吾は立っていた。
「海か?」
 耕介の問いに健吾が答える。
「あぁ、海水だ。
 間違いない」
「塩湖じゃねぇよな?」
「違うね。
 海水だ」
「なぜ、わかる?」
「しょっぱいからな」
「……。
 理由になってねぇ」
 健吾が断言する。
「それは認めるが、海だ」

 2人が周囲を見回す。
 健吾は海を双眼鏡で見ている。耕介は陸側。
「耕介、何か見えるか?」
「いいや、草と土だけ。
 いや、あれは何だ?
 バスか?」
 健吾が双眼鏡を下ろす。
「バス?」

 巨大なバルーンタイヤを装着した8輪駆動バスが海岸を向いて止まっている。
 場所は海岸段丘の上。
 ヒトが生活していた痕跡もある。目の粗い網を使って、漁労をしていたようだ。
 耕介が「サッカーのゴールネットを利用してたんじゃねえかな」と推測し、健吾が触ると脆くなっていて崩れた。
「100年前後って、感じかな」
 健吾の推測は耕介も異論がない。8輪駆動バスの軽合金製車体は原形をとどめているが、それ以外は金属塊に変わっていた。
 そう長く住んでいたようには思えない。
 ここで魚を捕り、干物か燻製を作って日持ちする食糧を確保し、たぶん南に向かった。
 耕介が仮説を披露する。
「バスの座席数は48。
 運転席と運転助手席を加えて50。
 50人乗っていたとして、車体後部と床下の一部は貨物室になっている。容積はかなりある。重量なら2トン以上、4トンくらいは積めたかもしれない。
 仮に2トンとすれば40キロ、4トンとすれば80キロ、中間をとれば60キロの1人あたりの物資が積んであったことになる。
 飲料水のタンクもあったろうが、20キロから30キロの物資があったはず。
 1人分ね。
 となると、生存可能性が高くなる」
 健吾は、違うことを考えていた。
「50人が1カ月生きていくには、1日1キロの食料が必要として、50人で30日なら1.5トンになる。
 衣類、寝具、テント、銃・弾薬を含めたら、倍じゃすまない。
 3トンもの物資を50人でどうやって運ぶ?
 徒歩なんだぞ」
 耕介が即答する。
「俺たちと同じだろ」
「俺たちと、同じ?」
 健吾の疑問に耕介が答える。
「動くクルマを見つけたんだ。
 1台だけだろうけどね。
 クルマに荷を積み、ヒトは歩いた。
 1日に30キロ歩けば、1カ月で山脈の東麓に至る。
 だが、無理だな。
 よほどの幸運がなければ、生存可能なエリアには達せない。
 フェミ川の北には既知のヒトが食べられる植物は、存在しない。知らない植物ばかりだ。
 動物もそう。
 鳥はいない。ウサギやイノシシ、シカもいない。食用になりそうな動物がいないんだ。
 魔獣や妖獣を食うか?
 食えるかもしてないが、積極的に食いたくはないだろう。
 結局、一部の魚だけ。
 魚だけ食って、生きてはいけない。
 俺たちは幸運だったんだ。
 幸運だったヒトはごくわずかだ。
 ヒトは脅威じゃないのかもしれない」
 耕介が健吾を見る。
「それは、いいことじゃねぇのか?」
 健吾が下を向き、首を振る。
「仲間に加えたいヒトもいないってことさ」
 耕介が訝る。
「2億年前を知っているかどうか何て、どうでもいいことじゃねぇのか?」
 健吾は、そう思わない。
「エルフの社会もいろいろだ。
 ヒトやドワーフを排斥したがる連中がいる。ヒトは排他的だ。エルフにもその傾向が受け継がれているんだ。
 エルフの社会では、ヒトはマイノリティだ。排斥でもされたら、すべてを失う。
 相応の力を持たないと」
 耕介はそうは考えていない。
「エルフの社会に同化すればいい。
 いまでも十分に同化しているが、社会に溶け込むんだ。そうすれば、排除されたりしねぇ。
 むしろ、頭数を揃えたり、勢力を拡大しようとすれば、どんな社会でも軋轢が起こるんじゃねぇのか?」
 健吾は、耕介の意見を十分に理解していた。
「その通りなんだが……。
 不安なんだ。
 彩華、心美とエルマが安息に暮らしていけるのか、心配なんだ。
 レスティはヒトと関わりすぎている。見かけはエルフだが、エルフはレスティを同類とは見なくなっている。
 レスティには危険な兆候だ」
 耕介は、健吾が考えすぎだとは思わない。
 だが、具体的に排除・排斥の兆候はない。むしろ、受け入れられている。
 健吾が話し始める。
「フィオラの親父さん……」
「親父さんがどうした?」
「耕介にやたらと突っかかる。
 俺たちを嫌っているか、警戒しているんだ。
 ヒトが嫌いなんだと思う。
 村の実力者で、いまじゃ、近在12カ村をまとめる指導者の1人だ。
 その村役が、俺たちを、ヒトを嫌っているんだ。将来を考えると不安だ」
 耕介が呆れる。
「あぁ~、そのことか。
 親父さんは、俺と張り合っているだけなんだ」
 健吾が驚く。
「どういうことだ?」
 耕介が躊躇いがちに話し出す。
「親父さんは、俺と張り合っているんだ。
 俺よりも自分が上だと、思わせたいんだ。
 村役たちは、村役を1人増やしたいと考えた。
 村役は2期しかできないから、俺とおまえで1期ずつ交代させる算段をしているんだ。
 だが、親父さんが反対している。
 その村役ローテーションにシルカも加えるべきだと主張している。
 まぁ、シルカや亜子は引き受けない。性格的にね。それを承知で、親父さんが言い張ってるんだ。
 俺が村役になれば、親父さんと同格になる。親父さんは、それが気に入らねぇ。
 村じゃ、結構有名な話だぞ。
 知らなかったのか?」
 健吾が驚く。
「そんなこと……か?」
 耕介が微笑む。
「そんなことだ。
 村役たちは、おまえを村役にしたいんだ。
 コムギの収穫量が飛躍的に上がったのは、健吾の灌漑設備が貢献している。
 それ以外でも、健吾の案が村で採用されている。たくさんね。
 だから、村長と村役は健吾を引き込みたいんだ。で、村の地区を分割して、集落を1つ増やし、集落をとりまとめる村役を増員するつもりなんだ。
 分割されるのは、フィオラの親父さんの地区。それもおもしろくねぇ。地区が分割されれば、地区の収穫量が減る。それは、地区の力関係が変わることを意味するからな。
 つまり、健吾のために親父さんの村での立場が下がるわけだ。
 で、俺に突っかかってくる……」
 健吾が疑う。
「本当にそうなのか?」
 耕介が小石を蹴る。意外なほど、遠くに飛ぶ。
「あぁ、フィオラのお袋さんも怒ってるんだ。小っちゃい男だって。
 俺は、深い考えがあるんじゃないかって、フォローしているけどね」

 耕介は健吾の懸念を理解しているが、健吾が心配する根拠は的を射ていないと感じた。
 この話はここで切り上げ、この巨大8輪駆動バスの残骸について相談したかった。
「このバスの乗客だが、南に向かったと思うか?」
「たぶんね。
 だが、50人は微妙だ。生き残る可能性は低かったと思う」
 健吾の意見に同感でもあるが、同時に異論を唱えたくもある。
 どこかで、生き残っていてほしい。

 今回の調査は、成果が乏しかった。
 ヒトの痕跡は見つけられなかったし、物資の調達もできなかった。
 単に燃料を使っただけだった。
 シンガザリとの戦争は終わっていない。まだまだ続く。だが、物資は減る一方だった。
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戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

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