200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第4章

第98話 1次防衛線

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 ストーマーの76.2ミリ主砲は、最後尾付近の輜重隊を狙い、クマンの弓隊は橋の南端から100メートルほどの歩兵縦隊を大落射角で攻撃し、小銃と機関銃は橋の上を掃射した。
 1分30秒ほどの攻撃で、前衛1個小隊規模の騎馬隊を退けた。
 橋の上には、セロとウマの死体が折り重なっている。落馬したセロの中には銃弾を避けて川に飛び込んだ個体がいる。
 川にはワニがいる。

 俺が1階へ降りると、ディラリが飛び込んできたウーゴが通訳してくれる。
 しかし、通訳の必要はない。彼女の表情でわかる。
「手長族をやっつけたぞ」
 俺が答える。
「前衛のわずかを撤退させただけだ。
 勝ったわけじゃない。
 戦いは、これからだ」
 俺だけではなく、クマン以外は笑顔の欠片もない。俺たちはセロとの戦いを知っている。セロはヒトを殺しにやって来た。それには、宗教的な問題も絡んでいる。ヒトの殲滅を諦めたりはしない。

 ウーゴが叫ぶ。
「手長族はすぐに体勢を立て直す!
 次の戦いに備えよ!」
 ディラリは唖然としている。
 半田千早がバラ弾を配る。
「油断しないで、弾倉に弾を補充して!
 次はこんなぬるい戦いじゃない」
 ディラリは、弓兵の配置に走り戻った。

 俺は屋根裏に上がった。フルギアの狙撃兵に尋ねる。
「仕留めたか?」
「あぁ、だけど……。
 偽物だったらしい」
「影武者か?」
「カゲ……ムシャ?
 白馬の真後ろにいた黒馬が、すぐに指揮を代わった。
 あれが親玉だ。
 顔をはっきり見た。
 女だった。手長族のメスだ。
 今度は絶対に外さないぞ!
 クソッ!」

 1階の窓から川の対岸をなかめていた半田千早が呟く。
「マジ?」
 ウーゴが関心を示し、彼も窓の外を見る。
「正気か?」
 青服は、見事な密集隊形の戦列を組み、対岸に向かって行進してくる。1個中隊はいる。
 一方、橋の南側には身をかがめて接近してくる1個小隊。
 ウーゴが俺に問う。
「どうする?
 ノイリン王」
 俺は考えた。
「この宿屋にまっすぐ近付いてくる戦列は、当然だが川は渡れない。
 川の対岸から射撃戦を挑むつもりだ。
 ウーゴ、弓を下げるんだ。
 あれは相当な威力がある。無駄に使うな。
 戦列歩兵は、こちらの射程に入ったら、弾幕で阻止する。
 橋を渡ってくる散兵は、戦車の同軸機関銃と玄関横の銃座で対処する」
 ウーゴが頷き、弓兵に向かって走る。
 俺の周囲から誰もいなくなると、半田千早が話しかけてきた。
「養父〈とう〉さん、おかしいよ。
 セロが戦列を作るなんて……。
 私たちには、無意味だって知っているはずなのに」
 確かにその通りで、セロはセロ同士でも盛んに戦闘行為を行う。たゆみない殺し合いによって、セロは優れた戦闘技術を会得してきた。武器を進化させ、その武器を有効に使う戦術を日々研究している。
 その結果が戦列歩兵戦だ。セロの戦列は、2列または4列の横隊を前進させて、射程内まで近付いたら一斉に射撃する。
 基本は前列が膝射、後列が立射だ。1列と2列が撃ち切ると、3列目と4列目が、1列目と2列目の前方に出て、前列が膝射、後列が立射する行動を繰り返す。
 騎兵による抜刀突撃も常態化した戦術だ。ただ、戦列が態勢を完結している場合、騎馬突撃はしない。自殺行為だからだ。
 戦列歩兵は機動性に勝る騎兵に襲われると、正方形の戦列を作り、全周に対する防御態勢をとる。
 赤服の歩兵は5連発か6連発の小口径“銃”を使い、赤服は単発の大口径“銃”を装備する。だが、これも絶対ではない。
 俺の眼前には、前列1個小隊、後列1個小隊の横隊が腰だめに銃を構えて、同一歩調で前進してくる。
 赤服は銃を担って前進するから、その様子はだいぶ違う。
 赤服、青服とも銃剣はない。

 「テーッ!」
 俺の号令で、機関銃と小銃が発射される。青服はまったく発射していないが、我々の銃の十分な射程内にいる。

 青服は脆かった。
 赤服の失敗をまったく学んでいなかった。
 次々と2個小隊2列の戦列を繰り出してくるが、彼らは1弾の発射さえせずに潰えていった。
 実に愚かな戦術だ。

 橋を渡ってくる散兵は、かなり巧妙だった。大型の鋼製盾に身を隠しながら渡橋を試みたり、橋の西側欄干の外側にしがみついて伝い渡りをしようとした。
 我々は、橋に関しては死角がないように隊員を配しており、数発の狙撃で渡橋を阻止した。
 散兵は歩兵よりも合理的なようで、失敗を悟るとすぐに中止し、別の方法を考えてくる。
 同じことを繰り返す戦列歩兵と、あれこれと奇抜な策を繰り出してくる散兵は、俺たちをひどく疲弊させていく。
 12時までは何とかなるだろうが、日没までは無理かもしれない。

 10時、西地区のボナンザが飛来。偵察だ。
 赤服は対空兵器を持たないが、青服ははっきりしない。だが、赤服と青服に決定的な技術格差がない限り、我々の航空機に対して有効な迎撃システムはないだろう。
 それを悟っているように、西地区のボナンザは低空を高速で飛行した。
 ボナンザは何度も翼を振って飛び去った。1次防衛線の隊員は、士気が大いに上がった。
 俺は別のものを見ていた。
 青服はボナンザが現れると、騎兵はウマを降り、歩兵は地に伏した。
 航空攻撃を知っているのだ。飛行船を運用するセロの軍隊ならば、ある意味当然なのだが、地上部隊が航空攻撃に対して脆弱であることを知っているならば、必ず対空兵器があるはずだ。
 俺は、通信手を兼任する金沢壮一に頼む。
「金沢さん、バンジェル島に連絡してくれ。
 セロの対空兵器に警戒せよ、と」
 金沢壮一が頷く。

 1次防衛線とバンジェル島は、直線だと30キロ程度だ。固定翼機ならば、離陸後数分で到達する距離。
 航空機の近接支援が欲しいところだが、北地区の偽オルリクでは、危険が大きいかもしれない。
 金沢壮一は昨夜、「偽オルリクは見かけと違って、機体強度、特に胴体尾部の剛性が不足しているんだ」といっていた。
 同じことはララからも聞いた。
「急降下のあと、急激な引き起こしをすると、空中分解するかもしれないのです」と。
 ララからもっとよく話を聞くべきだった。

 俺は2階の窓から南を見ている。砲兵がロケット砲を前進させようとしている。大直径木製車輪付きの野砲型だ。口径約120ミリ、最大射程3000メートル。有効射程は、その半分程度。
 赤服は6門単位で斉射する戦術を使っていたが、青服は1門だけを移動させている。
 例え1門でも、脅威を感じる兵器だ。
 1次防衛線守備隊には、遠距離を直射できる砲はストーマーの主砲しかない。青服が野砲型ロケット砲を配置しようとしている場所は、ストーマーからは死角になる。
 いや、青服は死角になる位置を選んでいる。

 俺がウーゴに伝える。
「あれを撃ち込まれたら、ここは全滅だ。
 RPGを持ってきてくれ。俺がやる」
 ウーゴが答える。
「やめてくれ。距離がありすぎる」
 金沢壮一も反対。
「半田さん、ダメだよ。
 誰も死なずに帰らないと」
 俺が何かをいおうとすると、ストーマーが後退しながら戦車壕を出て、移動しようとしている。
 俺は金沢壮一にいった。
「野砲型は弾道特性が悪い。直射で必中を期すならば500メートルまで近付かなくてはならない。接近すれば、RPGでつぶせる。
 ストーマーでは間に合わない」
 金沢壮一が反論。
「RPGは150メートル以内に近付かないと、命中は期待できない!」
 ストーマーは戦車壕から出るのに手間取っている。擬装に使った木立が、後進の邪魔をしている。
 金沢壮一は反対しながらも、RPG-7を準備した。半田千早が泣きそうな顔をしている。

 ディラリは過去、野砲型ロケット砲の攻撃で村の全滅を経験していた。どれほど恐ろしい兵器かよく知っている。
 それが1門だけだが、荒野を前進してくる。ウマを使わずに、セロが押している。姿勢を低くして、直前まで悟られないように……。その行為は成功しかけている。
 ディラリたちが使うロングボウは、複数の素材を組み合わせた複合弓で、扱いは難しいが曲射・長射程に特化した武器だ。
 ディラリは北国人に自分たちの技を見せるために試射した際、ノイリンという北国の民は「最大射程400メートルか。すごいな」といったことを覚えていた。
 この距離を可能にする射手は多くない。だが、ディラリの仲間には3人もいる。
 あの恐ろしい武器に対抗するには、捨て身になるしかない。
 ディラリと3人の射手は、川岸の土手のように少し高くなっている場所に移動した。
 敵からは丸見えだ。
 ディラリたちのロングボウは直射には向いていない。命中精度も低い。そもそも、矢を雨のように降らせるための武器だ。
 3人の射手は、野砲型ロケット砲が展開されようとしている陣地に向かって、矢を引き絞り、次々と放つ。北国人は「発射速度は1分間に7射か!」と驚いていた。
 3人で4射を行い、野砲型ロケット砲の敵兵に小雨を降らせた。
 だが、それで十分だ。敵から奪った弾頭が次々と爆燃し、敵兵が地に伏し、地を這う。砲は破壊できないが、砲兵の行動を阻止できる。

 俺の脳は、意外すぎる展開に思考を停止している。金沢壮一が道を横切り、ストーマーに走る。図々しく、俺のM14バトルライフルを持っている。
 仕方なく、俺は金沢のM60軽機関銃を抱える。その重さに愕然とする。俺に10キロは重い。右を見るとウーゴがいる。彼の手にはAK-47が握られている。
 体格のいい、若いのに落ち着いた面の男にM60を渡す。
「これを使え、おまえの銃を渡せ」
 ウーゴがM60を受け取る。
 ウーゴは、床に置かれている弾薬箱から100連ベルトリンクを2帯引き出し、ネックレスのように首にかける。金沢壮一の真似だ。
 そして、コッキングボルトを引いた。
 ウーゴは、この世界では珍しいM60と持ち主の金沢壮一をよく見ていたのだ。
 俺がウーゴを見ると、ニッと笑った。欲しかったおもちゃを手に入れた、子供のように。ヴルマンに機関銃が渡ってしまった。たぶん、フルギアから抗議があるだろう。

 メンドクサイ!

 金沢壮一は後部ハッチから車内に入り、ストーマーは橋の北端に移動する。
 青服は負傷者を後送し、交代の砲装員を配置し、砲の損傷を調べている最中だった。
 ストーマーの榴弾1発で、ロケット砲が砲装員とともに吹き飛ぶ。
 ストーマーは砲塔を旋回し、橋の南端にいる敵散兵に同軸機銃を発射。蹴散らす。

 クマンの機転がなければ、危うい状況だった。

 12時、1次防衛線守備隊と青服の大隊は、膠着した状況になる。
 互いに何を仕掛けてくるのか、それがわからず、不安が高まる。圧倒的兵力の青服側は何でもできるが、無勢の1次防衛線守備隊が打てる手は少ない。

 M60を奪われた金沢壮一が憮然としている。ヴルマンが手に入れたものを手放すはずはない。その怒りのためか、俺のM14を返してくれない。
 俺は、AK-47を使うことになった。

 川の北岸は、焦燥感が満ちている。夜明けから8時間、どうにか粘ったが、弾薬は減り続け、水も減り、緊張で腹は減らない。
 この集落には釣瓶の井戸があるのだが、青服が襲った際、井戸に動物の死体を投げ入れていった。セロがよくやる水の供給を断つための行為だ。
 川には大型のワニがいるので、川辺には近付けない。そのワニは、夜になると陸に上がってくる。ナイルワニの系統のようだが、がに股で腹を地面に付けて歩かず、哺乳動物のように短い四肢を伸ばして歩く。陸上でも敏捷で、夜になると陸上で捕食行動をする。
 川の北側岸辺は高低差は2メートルほどだが崖のようになっているので、ワニは登れない。南岸は高低差3メートルほどあるが、緩やかな傾斜になっているから、ワニは草原に向かえる。
 クマンによれば、川の南側に広がる草原は、夜間になるとワニたちの狩り場になるという。ワニは腐肉も食べるので、セロの死体が散らばる橋の上と南側は危険な空間になるという。
 クマンは、ワニを最も危険な動物としている。西アフリカのワニの中には、水辺から遠く離れた地域で行動する種がいる。見かけはワニだが、200万年間で進化の方向が変化したように感じる。
 ワニ類、恐竜類、鳥類は主竜類だが、西アフリカのワニの一部は、中生代三畳紀に棲息していたサウロスクスに似た四脚で歩行する恐竜的な姿へと変化し始めているように感じる。
 この一帯のワニは、水辺からは完全に離れることはない。しかし、乾燥化が影響しているのか、200万年前のナイルワニよりは陸上で生活する時間が長い。
 橋の北端には、ワニ除けの柵がある。この柵を閉じると、ワニは北側に入ってこないらしい。こういったワニ除けの柵は、クマンによれば村や集落には多く見られるようだ。
 ただ、陸棲のワニには、柵を軽々と越えるほどの跳躍力がある種か亜種がいるらしい。
 200万年という時間は、やはり生物を進化させるのだろう。
 進化の洗礼を受けていないヒトが、生き残るには200万年分に相当する努力が必要だ。

 ヒトは生物的弱点を“道具”で補ってきた。空を飛ぶ翼がなければ、それを可能にする航空機を作った。
 200万年前の技術は、ほぼ何でも200万年後に持ち込まれている。ただ、分散していたり、存在を知られていなかったり、放置されていたり、細分化されていたり、で集積されていなかった。
 半田千早が舞浜千早と名乗っていた頃、彼女がちーちゃんと呼ばれていた頃、彼女は小さな部屋を得て“トショカン”を設けた。
 以後、情報が集積され続け、いまでは巨大なライブラリーになっている。
 このライブラリーがなければ、ヒトはセロに対抗できない。ヒトだけではなく、精霊族や鬼神族もが頼ることがある知の蔵だ。

 12時30分、その成果が飛んで来た。機体後部が赤く塗られたウルヴァリンだ。金沢壮一によれば、1800軸馬力を発生するターボプロップを搭載する。
 半田千早が「ララ、ララ!」と室内で大声を出し、飛び跳ねている。
 その様子をクマンの数人が呆気にとられて見ている。
 ボナンザが飛んで来た際、何も起きなかった。だから、ウルヴァリンの飛来にも、クマンは何も期待していない。
 だが、俺たちは違う。ウルヴァリンの片翼3カ所、両翼で6カ所のハードポイント(懸吊架)に6発の爆弾が取り付けられている。
 大きさから125キロだろう。合計750キロだ。
 街道を北から南に低空で飛び去り、大きく旋回して、再度、北から南に向かう。
 俺は、その様子を2階に駆け上がり、南側の窓から見ている。
 クマンと同じように、青服もボナンザの低空飛行と同じ行為と考えていた。
 ボナンザが現れた際には、歩兵が草原に分散するなどの動きがあったのだが、今回はまったく反応せず退避行動をとらない。ただ、空を見上げているだけだ。
 ボナンザは偵察で飛んで来たのだろうが、擬似的な攻撃行動も行った。これが、青服に経験的教育になったのだろう。
 ウルヴァリンは、さらに低空を飛び、俺たちがいる宿屋の屋根をかすめるように、南に向かう。
 爆弾は翼の外側から3回に分けて、投下された。
 125キロ爆弾が2発ずつ、路上で爆発する。歩兵も、騎兵も、輜重兵も、一切の抵抗ができずに吹き飛ばされる。
 ウルヴァリンは、大きくバンクしながら右旋回していく。主翼から“棒”が片翼2本突き出ている。機関銃だ。両翼4挺搭載ということだ。

 2階窓から搭乗員の姿が見えた。青服は、混乱から立ち直っていない。そこに、12.7ミリ弾を掃射する。
 俺は、これで2時間は持つ、と計算した。日没まで粘れば、ワニという援軍が期待できる。残り4時間は、独力でどうにかしなければならない。
 俺は内心では、無理だと感じていた。大隊規模の部隊に爆弾6発では、精神的な威力はあるとしても、実効性は疑問だ。
 俺は、ノイリンの航空班運用部の偽オルリクに期待していた。8機もあるのだ。

 14時、バンジェル島からミル中型ヘリコプターが飛来。パイロットはマーニではなかった。無線で負傷者の後送を命じられたが、死者・負傷者、ともにいないと伝えると、たいへんな驚きようだった。
 水の入った18リットル缶が10、小銃弾が届けられた。
 これだけでも、ありがたい。

 15時、青服のロケット砲攻撃が始まる。命中精度は低いが、多数が発射されれば面制圧の効果がある。12発が発射されたが、どういうわけか唐突に途絶えた。
 宿屋にも着弾。4人が負傷。宿屋は石でできた外壁を残して焼け落ち、隊員全員が一時的に戦車壕に退避した。
 厩は被害を受けておらず、ウマに乗れる負傷者2は、馬番のバーニーハットとともに自力で後退することにした。

 15時、ワニ除けの柵を閉め、そこに使えそうな土嚢を積む。土嚢は4段まで積めた。
 橋の北端と戦車壕が、我々の最終拠点となった。
 クマンの若い弓兵が小声で泣いている。俺も恐怖からなのか、右手が小刻みに震えている。金沢壮一は決戦を意識したのか、腰に日本刀擬きの工業刀を差した。

 無線機は、ストーマーの車載と背負式のどちらも生きている。バンジェル島、2次防衛線のどちらとも連絡できる。
 バンジェル島には、ヘリコプターによる負傷者と18歳以下の隊員2の後送を依頼した。

 16時、バンジェル島から2機のヘリが離陸したと連絡があった。
 青服はウルヴァリンの爆撃から立ち直り、橋を力ずくで渡る構えを見せている。総攻撃を受ければ、長くは持たない。
 橋の上に戦列歩兵を並べてくれれば、勝ち目はあるが、それほど愚かではないだろう。戦列歩兵を散兵のように使うはずだ。
 確実ではないが、青服の指揮官はメスだという。セロの軍でメスは珍しい。赤服にはいなかった。そもそも、セロのメスを見たことはない。

 18歳以下、つまり17歳と16歳の隊員は、後退するよう命じると、半田千早が激しく抵抗した。
「ヤダ」
「イヤ」
「イ・ヤ・ダ」
「イ~ヤ」
「ヤダ!」
 拒否の言葉は、これだけ。
「養父さんが心配」とか、いって欲しかったのだが……。
 16歳の彼女が後退しないならば、17歳のクマンも残るという。
 結局、俺は命令を撤回した。

 ヘリコプターは、連絡通り2機飛来した。1機は小型ヘリのカニア、もう1機は川崎OH-1“オメガ”によく似た単発のテンダム復座機だ。機体形状は、明確に攻撃ヘリだ。
 これが、ストライク・カニアだ。一目でわかった。
 カニアはローターを回転したまま着陸したが、ストライク・カニアは高度20メートルでホバリングする。
 パイロットはマーニか?
 カニアは負傷者を乗せると、すぐに飛び立った。地上にはロングボウの矢“ボドキン”の束が残された。

 射耗しかけていたボドキンが手に入り、クマンは非常に喜んだが、矢の先端が鏃に使う青服の弾頭とは形状が違う。しかも、シャフトと鏃に相当する弾頭は紐で固定されているのではなく、ボルトとナットの仕組みでネジ込みされている。鏃がボルト、シャフトの先端がナットだ。
 急造のものではない。
 慌てて書いたような説明書がある。ノイリン方面の言葉だ。
 バンジェル島の西地区の工作隊が、北地区作成の設計図に従って作った爆薬入りのボドキンだ。
 説明書には物騒なことが書かれている。
「充填している爆薬はトリニトロフェノール(ピクリン酸)なので、2日以内に使い切ること。トリニトロフェノールは金属と反応し、衝撃に過敏な性質を示すので注意すること」
 西地区は危険な武器を送ってきた。危険な薬品を使っているから、できるだけ早く青服に撃ち込めとクマンの弓兵に伝えたが、どれだけ理解してもらえたか疑問だ。
 金沢壮一にその説明書を見せると、彼は笑った。そして日本語で、「むき出しの下瀬火薬ってわけか」と。
 矢だけではない。西地区工作隊は滑車などを使って、コンパウンドボウを完成させた。金沢壮一によれば、これも北地区の設計だ。小型で、引き力激減で、射距離を20パーセント伸ばせる。これが2送られたきた。
 ディラリによって、非力な射手に放り投げるように渡されたが、最も剛力な射手になってしまい、クマン側はかなりの騒ぎとなった。
 おそらく、2次防衛線には、もっと多くのコンパウンドボウや炸裂ボドキンが送られているはずだ。
 ここで粘ることは、無駄じゃない。

 カニアが離陸して北に向かうと、ストライク・カニアは橋の周囲を何度も旋回した。
 そして橋の真上で、強烈なダウンウォッシュを発生させながらホバリングすると、機首下面の動力銃塔を旋回させる。NSVとは異なる12.7ミリ重機関銃の連装だ。航空機用軽量型ブローニングAN/M2のコピーだろう。
 そして、発射を始める。同時にRPG-7の仕組みと同様のクルップ式無反動砲で発射し、ロケットで推進する破片榴弾を撃つ。
 攻撃は30秒間続き、破片榴弾は合計10発、重機関銃弾は500発以上に達した。

 俺は、あの弾幕の下にはいたくない。

 半田千早が駆け寄ってきた。
 俺が叱る。
「装甲車の近くにいなさい」
 半田千早が微笑む。
「すごいヘリコプターだね!」
「たぶんだけど、パイロットはマーニだ」
「えっ、何で?」
「ノイリンから船で積んできた。
 車輌班が作った、新型の攻撃ヘリだ。
 金沢さんが運んできたんだ」
「車輌班って、何でも作っちゃうよね。
 プカラ双発攻撃機も車輌班でしょ」
「そうなの……」
「そうだよ。
 航空班なんて、なぁ~んにもできないんだよ。み~んなが知っているんだ。
 アイロスさんやフィーさんも車輌班に移っちゃえばいいんだよ」
 俺は外ばかりに目を向けて、ノイリン内部に無関心すぎた。特に北地区に対して……。
「航空班は立て直す。アイロス・オドランに俺が手を貸す。必ずだ……」
 俺は、半田千早に約束した。彼女との約束は、違えたことがない。
 ノイリンに帰ってするべきことができた。ここでは死ねなくなった。
 金沢壮一が危険なこの地に赴いた理由がようやくわかった。命がけで、ノイリンの危機の芽を伝えに来たのだ。

 日没の1時間前、俺はストーマーの近くにいた。砲塔ハッチから最年長のイロナが頭を出している。
 ウーゴが走ってくる。まるで、ベトナムで戦うチンギスハン時代の蒙古軍兵士のような格好だ。ファーの付いた兜、革鎧、首に7.62ミリNATO弾の弾帯を下げ、M60軽機関銃を抱えている。
 息を切らして伝える。
「ノイリン王、降伏の旗だ。
 白い旗を掲げた使者が橋に向かってくる」
 俺が答える。
「降伏の旗じゃない。戦意がないことを示している。
 交渉したいことがあるのだろう。
 手長族が使う、攪乱戦術の常套だ。
 ウーゴ、ディラリを呼んでくれ。連中のいい分を正確に知りたい」

 フルギアの狙撃手が「敵の大将だ」と断言する青服を着たメスのセロ、軍服ではない薄茶色の服を着た民間風のセロ、それと例によって司祭が一緒だ。僧衣の豪華さから、かなり上級のようだ。赤服の司祭とは僧衣のデザインが微妙に違う。
 俺はウーゴにいった。
「白旗を用意してくれ」

 俺、ウーゴ、ディラリの3人は、ワニ用防護柵を乗り越えて、俺の右でディラリが白旗を持ち、ウーゴが左。セロの死体が転がる橋を進む。

 3人のヒトと3体のセロは、橋の中央で出会った。ギリギリ、握手ができる距離だ。
 通訳はセロだ。流暢にクマンの言葉を話す。
 青服の指揮官は、確かにメスのようだ。メスのセロを初めて見る。
 セロの指揮官が問い、兵ではないオスが通訳する。
「ヒトの指揮官か?」
 俺が答え、ウーゴがクマンの言葉で通訳する。
「そうだ」
「名は?」
「ヒトに名を聞くなら、おまえから名乗れ。それとも名無しか?」
「ティエレメンクロ。
 スニャーニ家の第1公女だ」
「俺は、ノイリンの半田だ。
 貴族か?
 階級の高い司祭を連れているな」
「そうだ。
 我らのことを少しは知っているようだな」
「あぁ、セロの捕虜を何体か尋問したからな」
「捕虜だと?」
 手長族の捕虜と聞いて、ディラリが俺を凝視する。
 俺が答える。
「青服を捕虜にしたことはないが、赤服は兵、貴族の将校、司祭を尋問した」
 ティエレメンクロは、少しだが動揺した様子を見せる。
 俺が問う。
「用は何だ?
 降伏したいわけではないだろう。
 降伏となれば、おまえと司祭、通訳を残して、殺す」
「私を捕らえたら、たいへんなことになるぞ」
「どう、たいへんなんだ?」
「スニャーニ家の総力を上げて、戦うことになる」
「父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃん、姉ちゃん、でも出てくるのか?
 それは恐ろしいな」
 司祭が怒気を込めていう。
「ヒトよ。
 我らには神の加護がある。
 そなたたち似非の生き物とは違う。
 我らを殺せば、神の怒りが降り注ぐぞ」
 俺は微笑んだ。
「セロはずいぶん殺したが、いまだに神の怒りにはお目にかかっていない。
 おまえたちの神は、俺が恐いようだ」
 司祭は動じない。
「神は似非の生き物を殺せとお命じになった。
 セロは神の御言葉〈みことば〉を具現するもの。神の使徒だ。おまえの嘘など、お見通しだ」
 セロによくある反応だ。都合の悪い情報は、嘘だと断じる。
 ティエレメンクロが話を引き継ぐ。
「もし、降伏し、我らによる死を受け入れれば、我らの神に祈ってあげよう。
 明日の朝、空と陸から総攻撃を行う。戦いで死ねば、神の御許〈みもと〉には行けぬ。
 それでもよいのか?」
「セロの飛行船など、恐くはない。
 我々の航空機を見ただろう。
 おまえたちの飛行機械よりも優秀だ」
 これは間違いだ。セロの飛行船はよくできている。また、炭素と水素を基幹とする、素材とエネルギーの技術は見るべきものがある。
 ティエレメンクロの顔の造作はいい。だが、ヒトの感覚では美しくはない。セロの顔は、ヒトに生理的な嫌悪を抱かせる。
 俺は続けた。
「おまえたちの飛行機械で、西に2日半か3日進むと、おまえたちの神の館がある。
 そこを、俺たちの飛行機械で攻撃してもいいんだぞ」
 ティエレメンクロよりも司祭が動揺し、強い語気で警告する。
「そのようなことをすれば、神の怒りが降り注ぐぞ!」
 俺は、セロとの会話を何度もシミュレーションしてきた。セロを動揺させる会話のロジックも研究している。
「おまえたちの神の怒りは、神の家を守れなかったおまえたちに向かう」
 司祭の顔が恐怖で歪む。それを見た通訳が激しく動揺する。
 ティエレメンクロは黙ってしまった。
 俺がたたみかける。
「明日の朝、夜明けとともに決戦だ。
 俺たちを殺せなければ、おまえたちは神の加護を失うぞ!」
 ティエレメンクロが怒りと恐れが入り交じった声音でいう。
「明日の朝、おまえたちは皆殺しだ!」
 俺が微笑むと、ティエレメンクロは激しく動揺した。

 戦車壕に戻ると、作戦会議を開く。
 ディラリがウーゴに尋ねる。
「北国人は、明日の朝まで戦わないのか?」
 ウーゴが答える。
「いいや。
 今夜、とことん攻撃して、夜が明け始めたら北に向かって逃げるんだ」
「なぜ?」
「ノイリン王は、奥方である戦女神には逆らわない。
 それと、ノイリン王は、こと戦〈いくさ〉に関しては嘘つきだ。
 俺は領主様からそう聞いている」

 作戦会議はすぐに終わった。戦車砲弾は撃ちつくしているが、小銃弾は十分ではないがバラ弾で補充しているし、ロングボウのボドキンも送られてきた。機関銃のリンクベルトは金属製非分離型なので再使用できるし、ブレン軽機関銃は箱型弾倉なので弾を詰めれば繰り返し使える。
 日没までに使える弾倉、使えるリンクベルト、そのすべてに手空きの隊員総出で弾込作業をする。クマンの弓兵も弾込を手伝う。
 日が暮れたら、青服の焚き火に向けて、一晩中、銃弾と矢を射込み続ける。
 敵兵にあたらなくても、近くに着弾するだけで、落ち着けないはずだ。青服を一睡もさせない。
 セロは通常、宗教上の理由から夜間行動はしない。だが、西ユーラシアに侵攻してきた赤服は、ヒトが仕掛ける夜襲や薄暮攻撃に対応して、夜間も作戦するようになった。
 西アフリカの人々も、夜襲は多用したらしい。当然、ヒトが夜間に襲撃することは、青服も知っているはずだ。

 今夜が、攻防のクライマックスになる。

 ロングボウのボドキンには、説明書が付いていた。仰角45度で発射すると、射程を100メートル延伸する、とある。
 弓矢の射程を延ばすには、初速を引き上げるしか方法がない。そのためには、弓の剛性を高めるか、弓自体を長くする。
 クマンのロングボウは、複数の素材を組み合わせた複合弓であり、長さは1.6メートルに達する。曲射専用の長射程弓としては、ほぼ完成している。剛性はヒトが扱うには限界に近いし、身長の低い射手では扱えない。
 実際、俺では5センチも引けない。

 金沢壮一が道に立ち、西地区製コンパウンドボウを構える。腰に日本刀風工業刀を佩いているので、ヘルメットとボディアーマーが相まって、夕陽を受けたシルエットは鎌倉武士みたいだ。
 真南を狙う。
 クマンの弓兵が、囃し立てる。
 弓なら自分たちが一番だ、との自負からだ。
 コンパウンドボウは、弦の引き初めの力は普通の弓と同じだが、引くにしたがって滑車を使った梃子の原理で、引き力が軽減されていく。引き絞ったフルドローの状態では、70パーセントも軽減される。
 シルベスター・スタローンが演じたランボーの弓がコンパウンドボウだ。ランボーの矢も爆発したが、我々のボドキンはあそこまで派手ではない。
 説明書によれば、危害半径50センチのささやかな炸裂だ。

 バンジェル島が送ってきた矢は、そもそもがフルギアからのオーダーだった。弓は、1分間に5から10も発射できる。
 狙撃用兵器としては銃に大きく劣るが、面制圧兵器としては一定の有効性がある。
 弓兵を多数抱えるフルギアは、ノイリンに炸裂する長射程の矢を注文し、相馬悠人があれこれと工夫した、と金沢壮一から聞いた。

 金沢壮一が仰角45度で射る。弓から矢が秒速110メートルで離れ、0.5秒後に小さな炎を発し、白煙の帯を残して飛翔した。
 ロケットだ!
 ロケットの矢だ。
 確実に500メートルは飛翔した。
 着弾と同時に炸裂して、青服の兵が騒いでいる。その気色の悪い声が聞こえてくる。
 クマンも大騒ぎだ。
 弓の腕自慢は、クマンだけではない。ヴルマンにも、フルギアにもいる。
 ごく短い時間だが、片言の弓矢談義で意思を通わせ、笑い声も漏れた。

 日没直後、バンジェル島から西ユーラシアの情勢に関する情報が入った。
 詳細は不明だが、コーカレイ、ティッシュモック、アシュカナンの連合軍が陸路からジブラルタルに到達。無血で占領した。
 予定されていたことなので、俺と金沢壮一は冷静に受け止めた。
 だが、その後に続く情報は、驚くべきものだった。
 通信士を兼ねる金沢壮一がやや慌てて早口だ。
「半田さん、クフラックとカラバッシュがカナリア諸島に侵攻した。テネリフェ島を占領したらしい」
 俺は驚き、一瞬、何もいえなかった。
「どこからの情報?」
「ノイリンからバンジェル島への連絡だ」
「確かなのか?」
「正規の情報だ」
 俺と金沢壮一がクフラックとカラバッシュの意図を推測していると、第2の情報が入る。
 金沢壮一の顔がやや呆けている。
「精霊族と鬼神族が、東地中海に突入した。
 どうもキレナイカの油田占領を目論んでいるらしい。
 カンガブルとシェプニノが協力している、との情報もある」
 リビア東部のキレナイカの油田は、かつてヒトが開発したらしい。だが、白魔族が北アフリカを占領し、チュニジア以西を勢力圏とすると、ヒトは北アフリカから完全に駆逐されてしまった。
 キレナイカの油田は過去数百年間、白魔族の勢力下にある。だが、油田の管理と運用は、白魔族の隷属下にあるヒトが行っているとの噂もある。
 北アフリカと縁の薄い精霊族と鬼神族が動いたことは、まったくの予想外だった。
 動機は、セロに石油を押させられることを恐れたのだ。
 そして、セロがチュニジアを陥落すれば、キレナイカが北アフリカの最前線となる。元世界の地図でいえば、ベンガジ付近が攻防の拠点になるだろう。

 世界は動き始めた。
 善し悪しは別にして、セロが刺激したのだ。
 あの二足歩行動物が、西ユーラシアにおけるニッチの均衡を崩したのだ。

 俺は手を打つ必要を感じた。クフラックとカラバッシュは必ず、カナリア諸島テネリフェ島に飛行場を建設する。
 間違いない。数カ月前、クフラックから来訪した人物が、ノイリン中央図書館において、テネリフェ・スール空港の資料を閲覧した、という情報があった。
 半田千早は注目していたが、俺には関心がなかった。
 迂闊だった!
 俺は無線で城島由加を呼び出した。
 使った言葉は日本語。内容を秘匿するためだ。
「由加、こんなときに頼みがある。西地区と協力して、ベルデ岬諸島のサンティアゴ島を占領してくれ。
 無人島だから何人か送り込めば、形ばかりだが“占領”できるはずだ。
 飛行場建設の工事を始めるんだ。スコップとバケツ程度でいい」
 彼女は少しだが狼狽していた。
「カナリア諸島と関係が……」
「ある。
 ノイリンからジブラルタルまで1400キロ、ジブラルタルからテネリフェ島まで1400キロ、テネリフェ島からサンティアゴ島まで1650キロ、サンティアゴ島からバンジェル島まで1000キロだ。
 このルートに航空路を開けば、物資と人員の迅速な輸送が可能になる。西ユーラシアと西アフリカは、飛躍的に時間距離を縮めることができる」
「私たちが、サンティアゴ島を占領する意味は?」
「ただの勢力誇示だよ。
 だけど、重要だ。ジブラルタルとサンティアゴ島を抑えても、テネリフェ島を抑えたクフラックとどうにか五分だ」
「私に政治的な行為は……。
 だけど、何とかやってみる。
 早く戻ってきて……」

 金沢壮一が俺を得体の知れない生き物のように見る。
「本気か?
 いや、正気か?。
 ベルデ岬諸島の占領なんて、正気の沙汰じゃない」
「だけど、飛行場を建設すれば、空路が開ける。
 このままでは、ヒトはセロに駆逐されてしまう。西アフリカを失えば、天然ゴムやその他の資源も手に入らなくなる。
 それと、食料も……」
「そうだけど……」
「もう始まったんだ。
 途中でやめられない」
「そうだけど……」

 だが、現実の問題は、眼前の青服だ。

 橋の南側は、道の左右とも草原が広がっている。草原は、南に3キロ、西は海岸まで、東は10キロ以上と広大。
 起伏は皆無ではないが、極めて平坦。守備側、攻撃側とも、遮蔽物は人工物と倒木しかない。草本は高さ50センチほど、樹木はほとんどない。
 道幅は4メートルほど。舗装はなく、土が踏み固められているだけだが、路面の状態は悪くない。
 1次防衛線守備隊は、最も北の厩とその南隣の宿屋を拠点に変えた。
 橋のワニ除け金属製柵を閉め、土嚢を積み、防御を固めているが、万全ではない。土嚢は低く、柵の強度は脆い。
 セロの騎兵に弾幕を抜けられたら、柵と土嚢は蹴散らされ、甚大な被害を受ける。
 夜が明けて、視界が確保できるようになったら、橋を守り切ることはできない。
 24時間には少し足りないが、夜明け前に撤収する。
 それを、クマン、ヴルマン、フルギア、ノイリンの微妙に言葉が違う全員に徹底する。

 クマンとフルギアは無意味に勇敢だが、傾向は若干違う。フルギアは死によって勇者となるとする、ある種の殉教思想的なもの。クマンは、復讐を肯定する文化で、生命を捨てても復讐を果たすことを良とする。
 だが、これはセロには通じない。
 西ユーラシアでは、初期の戦いにおいてフルギアは苦戦したが、ヴルマンは意外と善戦している。
 これは、生命を惜しむヴルマンの文化が、対セロ戦において有効に働いたからだ。
 1次防衛線では、ヴルマンの立ち振る舞い、事物に対する考え方がクマンによい影響を与えている。
 ヴルマンが「それでは死んでしまう」といえば、少し前は「臆病者」と罵ったクマンだが、対セロ戦に関してはフルギアもヴルマンに同調するので、クマンは侮蔑的な発言をひかえるようになってきた。

 生き残ることが、セロに勝つことなのだ。徹底はできていないが、理解は深まっている。

 1次防衛線守備隊は夜間戦闘の装備を欠いていた。ストーマーに備え付けの暗視装置を除いて、暗視装置、サーモカメラのどちらもない。

 そこで、夜間戦闘に備えて、ストーマーをワニの防護柵直後に移動させた。
 擬装はほとんど撤去したが、少しは残した。
 そして、ストーマーの後方にクマンの弓兵を配した。
 主砲弾を撃ち切っているので、装填手のイロナはAK-47を構えて、ハッチから身体を出している。
 この橋を渡らなければ、青服は北進できない。夜明け前まで、青服の渡橋を阻止すれば、1次防衛線の任務は終わる。

 青服歩兵の武器は、有効射程と貫通力に劣る。通常の交戦距離は100メートル以内、移動しない目標には200メートルまで有効、弾道特性は悪く命中精度は低い。貫通力も低く、50メートルの距離があれば、ノイリンのボディアーマーを貫通できない。
 だが、爆燃する。四肢に命中した場合でも、爆燃によって高熱が一瞬で全身を覆い、死亡に至る。ボディアーマーの有無は、あまり関係ない。貫通しなくても命中すれば爆燃し、負傷する。
 恐ろしい武器だ。
 この武器と戦うために、ヒトは遠距離射撃戦を挑むようになった。また、濃密な弾幕による接近させない戦術も使う。
 だが、1次防衛線は、補充されたとはいえ弾薬は十分でなく、何時間も撃ちまくるなんて、到底不可能だ。
 我々の武器ならば、距離200から300メートル先を制圧できる。7.62×51ミリNATO弾を使用する小銃は有効射程が500メートルあり、7.62×39ミリのカラシニコフ弾は400メートルある。
 青服の歩兵携行火器の2倍から3倍だ。この性能差は徹底的に利用しなければならない。
 ただ、距離が遠くなると、遮蔽物に身を隠す目標には有効な射撃ができない。
 この欠点を補うのがクマンの弓だ。最大射程が400から500メートルあり、曲射弾道で攻撃し、敵を炙り出す。
 ストーマーの暗視装置は、操縦手用だ。操縦手が橋の上を見張る。
 だが、何百メートルも南から道の上を隊列を組んで行進しくれはしないだろう。
 青服がどういう攻め方をしてくるか、それで我々の運命が決まる。

 青服は日没直後に動いた。
 歩兵は、我々の陣地前衛から800メートルの位置に集結しつつあるが、戦列を作る様子はない。
 ヒトの場合だが、戦列歩兵戦の歴史は長い。古代ギリシャやローマの時代からアメリカの南北南北戦争頃までの主たる戦術だった。
 日本の明治維新の時期には、すでに廃れていた。
 騎兵による突撃は、19世紀後半頃まで行われた。普仏戦争では、フランスの騎兵隊がプロイセン軍の火力前面に突撃し壊滅している。ナポレオン戦争の頃、19世紀初頭には、すでに騎兵による突撃は戦術としての意味を失いつつあった。
 射程の長いライフルの発明、後装銃の登場、連発小銃と機関銃の出現によって、騎兵による突撃は自殺行為に等しくなる。
 第二次世界大戦開戦以降も騎兵は存在したが、戦車や装甲車によって機械化されている。騎兵とは名ばかりで、ウマには乗っていない。
 ミリオタの金沢壮一によれば、赤服の戦術はマスケット銃兵が主力であった18世紀頃のヨーロッパの軍隊と戦術的には近いという。

 俺は金沢壮一に問うた。
「セロはどう出ると思う?」
 金沢壮一は明らかに困惑した。
「何とも判断できないよ。
 赤服の戦術はわかりやすいんだ。
 ヒトにとってはね。
 赤服の“銃”は5発または6発を連射できるけど、装弾には手間がかかる。連射後は、事実上単発だ。
 あの回転式弾倉は、ヒトには幸運だが欠点が多い。
 命中精度とか、射程距離とか、個々の性能差はあるけれど、赤服の武器はヒトの銃に似ているんだ。
 だけれども青服の武器は、かなり違う。小型の擲弾発射機みたいなものなんだ。直射で使っているけれど、適度な仰角を付ければ弾というか矢というか、あれは1000メートルくらいは飛ぶだろう。
 そういう使い方をしてきたら厄介だ。
 実際、クマンの人々は、それに気付いたから弓矢の弾頭として使った。
 第二次世界大戦末期のドイツ陸軍は、武器の不足に悩んでいた。ひどく古い銃器まで倉庫から引っ張り出して使ったけれど、パンツァーファウストという使い捨ての対戦車兵器だけは豊富にあったといわれている。
 小銃はなくても、パンツァーファウストはあった、とか。
 状況は違うけれど、歩兵兵器の体系は似ていなくもない。
 しかし、青服はヒトの歴史にはない兵器体系の軍隊だ。
 どう出るかなんて、わからないよ。
 だけど、ここに迫撃砲がないことは、絶対的な不利だね」
 その通りだ。迫撃砲があれば、もう少し違う戦い方がある。
 ノイリンには、「文明を持つ知的生物同士なのだから、ヒトとセロはわかり合える」とする意見が消えない。
 同じことは、白と黒の魔族に対してもいえる。
 俺は、セロはヒトまたはヒトと遠くない種から進化したと考えていない。セロの歯は、32本ある。狭鼻下目サル類の標準だ。
 ヒトも親知らずを含めて32本だが、28本への減少傾向にある。しかし、セロにはそういった傾向がない。
 分子系統学による調査ができない現在、単なる所感でしかないのだが、セロはヒトから進化した直立二足歩行動物ではないと思う。
 だが、ヒトからは系統的に遠くはないだろう。
 どちらにしても、ヒトとセロはニッチ(生態的地位)が重なる。おそらく、完全に重複している。ならば、確実に競争排除則(ガウゼの法則)が働く。実際、働いている。
 文明や知的生物云々は関係ない。
 200万年後にやって来た第1世代は、宗教に対する強い信仰心、自然崇拝、菜食主義など、ある種のベクトルを持っていることが少なくない。
 ドラキュロの洗礼を受けていない第1世代は、その傾向を持ち続けていることが多い。ドラキュロに追われた経験があれば、考えは違ってくるのだが……。
 なお、ドラキュロに追われて、ヒトが生き残れる確率はあまり高くない。
 ヒトとヒトでも、相手の出方なんてわからない。予測はできても……。
 相手が異種ならば、予測さえできない。
 だが、俺にはある程度、セロの思考パターンから行動は予測できていた。
 それを金沢に伝える。
「軍事行動として、何を仕掛けてくるのか、それは俺も金沢さんと一緒だ。
 何もわからない。
 だが、わかることもある。
 セロの頭のなかにあるのは、神だけなんだ。それと、セロの神とヒトの神は同じではない。実際、かなり違う。
 ヒトの神は不定形だ。定形化していない。宗教は多いし、同じ宗教でも経典や教義の解釈の違いもある。偶像崇拝の是非もある。
 だが、セロは違うんだ。神と個体は直結している。神の声は、個々のセロにも届くんだ。集団幻聴だと思う。
 セロは群に危険が迫ると、群を同一方向に進ませる集団幻聴が発生する。
 これがセロの神の声だ。
 セロ全体でも発生するし、セロの国家規模でも起こるし、小さい群でも発生する。
 ヒトのように個々に考え、議論し、紆余曲折を経ながら方向を定めていく、という行動ではない。
 群は、同一の思考をし、同一の結論を、同一のタイミングで下す。
 セロは群で考えるんだ。群で考えた結論を神の声として認識する。
 神の声であれば、個体は反対しないから。また、判断が間違っていたとしても、神の声であれば責任の所在が曖昧になる。
 しかし、実際の判断や結論は、特定の個体がするんだ。その個体が頭のなかで結論や判断を下すと、それが“神の声”になる。
 あの指揮官がどう考えるかだ。
 その点では、ヒトと同じだよ。
 で、考えた。
 あの指揮官がどうするかを……」
 金沢壮一は、面白そうな顔をし始めた。
「半田さんの結論は?」
「ヒトにあてはめてみた。
 世間知らずの良家のお嬢さんが、能力に合わない戦闘部隊の指揮官に任命されたとする。
 しかも、ヒトの歴史にすれば中世頃に相当する。
 貴族のお姫様が私兵を率いて戦場にいる。
 橋を突破しなければならないが、まる1日足止めされている。
 戦列歩兵では犠牲が増えるだけ。
 騎馬突撃は自殺行為。
 新たな戦術を考えなくてはならない。
 金沢さんなら、どうする?」
 金沢壮一は一瞬、考え込んだ。
「案は……。
 ないね。
 ただ、セロの戦列歩兵戦は、ヒトのそれとは違う。
 ヒトの戦列歩兵戦は、陣形を崩せば勝ちだった。陣形を崩された敵は、降伏するからね。騎兵の突撃、砲兵の攻撃、敵戦列歩兵の射撃に耐えて、陣形を維持した側が勝利した。
 セロは敵の陣形を崩し、殲滅する。陣形を崩す目的は、戦う意思を挫くためではなく、効率よく殺すためだ。
 セロ同士でも、そういう戦い方をしているのだと思う。
 戦列歩兵が戦術として通用しなくなった19世紀には、散兵が主力になる。
 幕末、長州を攻めた幕府軍は戦列歩兵を戦術としたが、長州側の散兵に惨敗している。第二次長州征伐でのことだけど……。
 常識的に考えれば、散兵戦術に切り替えるね。
 だけど、どうかな。
 幕府は敗戦を機に、戦列歩兵戦術を捨てたけど、幕府側諸藩は戊辰戦争でも使い続け、惨敗していく。
 戦術は、意外と変更しにくいんだ。
 お姫様は、橋を突破するまでは散兵戦術の真似事をするだろうが、橋を渡ってしまえば戦列歩兵戦に戻ると思う」
 俺も同じ考えだ。
「迂回して、渡渉点を探すと思うか?」
「するだろうね。
 敵の背後に回り込むことは、戦術の基本だから」
「クマンによれば、この川はワニが多い」
「多くても渡るよ。
 少なくとも試みはする」
「ならば、24時まではここで粘る。
 24時を過ぎたら、この集落の北端から1キロまで後退する。
 燃料はあるから、5時間ほど走り回りながら、青服の進撃を食い止める」

 太陽は地平線に没した。
 夜が明けるまで11時間弱。
 月光の下での戦いが始まった。
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