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第2章
第三六話 偉大な種族
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バルメルの街では、アリーセがフクスに一人で残った。
アリーセは語学に堪能で、クラウスのグループでは珍しく、この世界の言葉を解するようになっている。
以前から少しずつ習得していたようだが、ルサリィに師事するようになって以来、急速に上達した。
語学に対して、天性の才能があるのだろう。
彼女は、俺たちが二〇ミリ機関砲の品定めをしている間、鬼神族の老人に話しかけられ、興味深い情報を得ていた。
ただの伝説かもしれないし、確証のある伝承かもしれないのだが……。どちらなのかはわからない。
アリーセは、金沢の報告後に彼女が聞いた〝偉大な種族〟の伝承を語り始めた。
「一〇〇〇年以上前、この世界には精霊族と鬼神族しかいなくて、両者は争うことなく平和に暮らしていたそうです。
最初に現れたのは、黒魔族でした。
黒魔族は農作業をさせるために、たくさんの精霊族や鬼神族を捕らえます。
過酷な農地開墾で、多くの精霊族と鬼神族が亡くなったとか。
当時の黒魔族は、いまの黒魔族と違い、もっと機械文明が発達していました。空中を浮航することもできたそうです。
光の鞭を振るい、光の矢を放ち、弓矢や槍などの武器しか持っていなかった精霊族や鬼神族を軍事力で圧倒しました。
次に〝偉大な種族〟がやってきました。
彼らは、精霊族と鬼神族に火薬と銃の作り方を伝え、黒魔族との戦い方も教えたそうです。光の鞭と光の矢の防ぎ方も。
次に現れたのは、白魔族でした。
白魔族は、食人で〝偉大な種族〟を狩りの獲物としていたそうです。
ですが〝偉大な種族〟の武器は強力で、次第に白魔族を追い詰めていったとか。
白と黒の魔族は、出会えば必ず戦ったそうです。
黒魔族は、白魔族を襲う白魔族の姿に似た動物を使いました。
これが〝人食い〟のことのようです。
黒魔族は、この世界に現れたときには、すでにドラゴンを操っていましたが、ドラゴンだけでは白魔族や〝偉大な種族〟との戦いには勝てず、徐々に戦争に使う〝人食い〟の数を増やしました。
その〝人食い〟ですが、やがて二足歩行するすべての種族を襲うようになったとか。
黒魔族も例外ではなく、創り主さえも無差別に襲うらしいのです。
この事態に〝偉大な種族〟は、星の形をした要塞を造り、その建設方法を広めて〝人食い〟の猛威から精霊族と鬼神族を守ろうとしたそうです。
でも、〝偉大な種族〟は、白と黒の魔族と激しく戦い滅びてしまいました。
一方、二〇〇年にわたる戦いで、白と黒の魔族も壊滅的な損害を被り、結果、彼らは、本来持っていた機械文明を完全に失ったそうです。
現在、白と黒の魔族が使う機械は、すべて〝偉大な種族〟の遺産を模倣した、ヒト、精霊族、鬼神族が作るものを手に入れて使っているに過ぎないとか。
自分たちでは、何も作れないようです。
さらに数百年後、〝偉大な種族〟によく似た別の種族が現れます。
この種族が、私たちの同胞のようです。
鬼神族のおじいさんが、私に話してくれた物語のすべてです」
デュランダルが「やはり、白魔族は人を食うのか」と苦悶の表情で言い、中央平原出身者の多くが激しく反応する。男たちは汚い言葉で毒づく。
ウルリカやライマは泣いている。
中央平原出身者以外は、その様子を理解できない。
マーニはチュールにしがみついて、震えている。
いつも冷静なデュランダルが俺に向かって感情をむき出しにした言葉を投げる。
「ハンダ、いまは無理だが、私は必ず中央平原に戻る。
そして、必ず白魔族を倒す。
皆殺しにする。白魔族の手下となっている連中を含めて!」
俺は、黙って頷いた。その時は、俺も彼と一緒に行くだろう。
俺は、精霊族と鬼神族はヒトに近い動物から進化したと確信している。
根拠は、精霊族とヒトの混血、鬼神族とヒトの混血、が存在するから。
彼らはこういった人々を差別的に扱わない。その点は、ヒトよりも遙かに高い寛容性を持つ。
ただ、どちらの混血も一代限りで、子孫を残したという例はないようだ。
一方、白と黒の魔族は、人間からはかなり遠い動物のように感じる。特に黒魔族は、その外見からも人間に近いとは思えない。
チンパンジーやボノボよりも遠いのではないか?
白魔族は、黒魔族よりはヒトに近い。そして、黒魔族よりもコミュニケーションをとりやすい。
だが、情報伝達は成立するが、感情の機微のような微妙な部分はイヌほども伝わらないと感じている。
ただ、俺自身、深く白と黒の魔族と接してはいないので、確信を持っているわけではない。
あくまでも所感だ。
アリーセの話を要約すれば、こうなる。
精霊族と鬼神族は二〇〇万年をかけて、ヒトかヒトに近い動物から、この地球上で進化した。だが、白魔族、黒魔族、ヒト、ドラキュロは、他の世界か時代からやってきた来訪者・移住者、あるいは外来生物だ。
そして、鬼神族が〝偉大な種族〟と呼ぶ存在。彼らはヒトか、他の動物かはまったく不明。
ただ、ヒトに似た姿だと言うことは確からしい。
我々が住むノイリンも〝偉大な種族〟の遺産である可能性が高い。
そして、ドラキュロと黒魔族について、鬼神族は深い関係があると考えている。
鬼神族の伝承では、ドラキュロは黒魔族が開発した対白魔族戦用の兵器らしい。黒魔族が創ったのだが、創った黒魔族もドラキュロに襲われる。
あの生物らしからぬ無機的な動物の正体が、兵器だとするならば何となく納得してしまう。
俺は、思索に入り込んでしまい会議の内容を聞き逃していた。
今回、最重要な話題をクラウスが提示し、アリーセが説明を初めてだいぶ進んでいた。
「……、撃ち落としたんです」
アリーセの状況説明が終わった。
俺はそのすべてを聞き逃した。
金沢が、補足する。
「機体は曲技飛行用のピッツ・スペシャルでした。小型の複葉機で、複座タイプです。
機種下面に七・七ミリクラスの機関銃を二挺装備していました。
同調装置を持っていて、プロペラの回転面からプロペラを避けて発射できるのでしょう。
もし、仲間になってもらえたら、心強いですよ」
金沢の言うとおりだ。戦闘機ではないにしても、ドラゴンを追い回し撃墜したのだ。
協力関係が築ければ、最高の味方となる。
だが、それは可能だろうか?
小型機とはいえ、複数の機体を保有しているとするならば、運用体制を考慮すれば最低でも二〇人以上は必要だろう。日々の生活を考えれば、さらに一〇人を加えないと、飛ばし続けることはできない。
燃料、オイル、機関銃弾、消耗品と補修部品の補給をしているとすれば、一〇〇人規模のグループである可能性もある。
その人数では、何を、どう判断するにしても、簡単には決まらない。
ノイリンは、建設ラッシュだ。石と木と煉瓦で建物を造っているのだが、統一感が一切ない奇妙な街並が生まれつつある。
我々の新住居も奇抜だ。だが、意外と快適で、室内も広く、使い勝手もいい。子供たちも喜んでいる。
だが、我々が建てた建物は、まだ、住居とショート・スカイバンを格納するプレハブ倉庫だけであった。
チェスラクたちの住居と仕事場、クラウスたちの住居は手つかず。全員が、片倉が建てた奇妙な集合住宅に住んでいる。
子供たちは楽しいようだが、大人たちには不都合な面も多い。
そんな状況なのに、金沢主導で一五〇〇メートル級の滑走路建設計画が進行している。
とりあえずは、一〇〇〇メートルの滑走路を☆の出っ張りに造り、五〇〇メートルはノイリン要塞の外へ延長する計画だ。
滑走路を整備すれば、例の複葉機を我々の領域に呼び込める、と金沢は計算している。
しかし、それは単なる希望でしかない。
まぁ、何もない原っぱを整地して、アスファルト舗装するだけなのだが、それでも結構な労力だ。
アスファルトは鬼神族から購入できる。ロードローラーがないので、整地用ローラーを作り、それを戦車で引っ張る計画らしい。
戦車は畑の開墾から、土木工事まで引っ張りだこだ。
チェスラクやクラウスは乗り気で、金沢に協力している。
斉木、相馬、イアン、ウィルは、航空機用有鉛ハイオクガソリンの製造を試みている。
俺もドラゴンは怖いが、金沢の思惑は少し突飛な感じがする。
正直な気持ちを言えば、バカげている、と思っている。
由加とベルタは、弾帯を外し、迷彩服を脱げば、どこにでもいる優しいお母さんになる。
ケンちゃんと〝カルロス〟一味から保護し、ベルタとデュランダルが養育しているリュシアンが、二人のそばで遊んでいる。
遠目では二人が談笑しているように見えるが、話題は子育てなんかじゃない。
ベルタが由加に「飛行機があるなら、やはりヘリコプターもあるんだろうね」と問い、由加が「何となく、どこかの蛮族が持っていそうな感じがするんだけど」と答える。
ノイリンに移住したトラベサス系トラブゾン人は、五〇人に満たない少数支族だ。かつては三〇〇〇人に達する大支族であったが、ドラキュロの大群に襲われ、全滅寸前まで減じてしまったという。
彼らは、その小さな勢力のため、他の蛮族から略奪の対象となってしまっていた。
彼らの指導者ケレオスは、彼らの宗教と文化に干渉しないという条件で、ノイリンに移住した。
だが、トラブゾン人の多くは、我々〝異教徒〟に心を開いていない。
両者の関係は、ぎこちなく、不安定だ。
ケレオスの妻セレネは、娘ファタを伴って、傍からは談笑しているように見える由加とベルタの古樽を利用したガーデンテーブルに近付いた。
由加とベルタは、セレネの来訪に気付き、席を立ち、向かえる。
「今日はよい天気ですね。洗濯物がよく乾きます」
セレネの時候の挨拶は、蛮族の言葉ではなく、この世界の言語であった。
由加が「こんなにいい天気ですから、仕事を怠けております」と応じ、ベルタが微笑んだ。
娘のファタは憮然とした表情だ。この娘は以前から、我々を敵視している。
セレネは、「でも、洗濯は大変です。怠けていては終わりません。憂鬱な仕事です」と答える。
由加とベルタは、洗濯機の順番待ちだった。
洗濯機は相馬が作った。この世界の二〇〇リットル缶は、ドラム缶とほぼ同じ。ドラム缶から変化したのだろう。
そのドラム缶に水抜きバルブと、給水口、球形の木製回転翼を取り付けて、巨大洗濯機を作った。
すでに四基あり、燃料用藻の遠心分離機を少し改造した脱水機もある。
由加とベルタは、セレネとファタを洗濯場に案内する。
彼女たちにとって洗濯機は、革命的な機械であった。
人類は元世界の七万年から六万年ほど前に衣服を着るようになる。
それは、比較的はっきりしている。
シラミには、ケジラミとコロモジラミの二種がいるが、遺伝子解析により、この二種が分かれた時期が元世界の六万年前頃とされているからだ。
コロモジラミはケジラミから進化した。その時期は六万年前頃で、ヴュルム氷期の始まりと合致する。
人類は、最後の氷期との遭遇に際して、衣服を身にまとうことで、この危機を乗り切ったのだ。
それ以来、洗濯という労働が人類に課せられている。
特に植物などの繊維を利用した、布を発明してからは、必須の作業となっている。
洗濯は女性の仕事とされることが多く、同時に過酷な労働であった。
「私たちは、ここで洗濯をするの。洗濯機の数が少なくて、順番待ちが、ね」と由加が言い、ベルタが「倍はいるよね」と答える。
セレネは「待っていれば洗濯が終わるの?」と尋ね、二人が頷く。
セレネが「この機械を使ったら、神様は罰をお与えになるかしら?」と問い、ベルタは「洗濯に神様は関係ないと思うけど……」と答える。
セレネはトラブゾン人女性の悩みを言った。
「洗濯は大変な仕事なのだけど、同時に危険が伴います。
水場には、しばしば人食いが現れます。飲み水の近くでは洗濯ができないので、どうしても村から離れた川端ですることが多いのですが、そうすると襲われてしまうことが度々あって……」
由加が粉石鹸を見せた。相馬の指導で、植物油に強アルカリ液を混ぜて鹸化させ、乾燥固化後、すり下ろしたものだ。
「この粉石鹸で洗うの。結構きれいになる」
セレネが問う。
「もし、私たちの神々が洗濯に機械を使ってもいいとおっしゃったら、使わせてくれますか?」
ベルタが「もちろん」と言い、由加が微笑む。
セレナは一瞬考え込んだ。
「司祭様に尋ねてみます」
由加とベルタは、その司祭がくせ者であることを知っていた。
だが、古今東西、洗濯を司る神はいない。
トラブゾン人の神にも、いなかった。
司祭は、トラブゾン人の女性たちに洗濯の機械化を認める以外の選択肢がなかった。
さぞ、悔しかったであろう。
この事態に慌てたのは、トラブゾン人の司祭ではなく、我々だった。
洗濯機の増設が至上命題となり、相馬の指導で次々と洗濯機と脱水機が作られていく。
洗濯機三台に対して、脱水機一台が理想の配分。
洗濯は、精霊族や鬼神族にとっても重労働であり、彼らも我々の洗濯場にやって来るようになる。
そして、洗濯場が異種族交流と情報交換の最前線になっていく。
驚くべきことに、ほとんど接点のなかったノイリンの各グループが、急速に相互理解が深まっていく。
そして、各グループが伝える〝偉大な種族〟の伝承も集められた。
その後、洗濯機と脱水機を備えた洗濯場は、☆の出っ張りの付け根五か所に設けられ、相互利用による異種族交流は続けられた。
早朝、我々がよく利用する洗濯場に、精霊族の女性と幼い子供が蹲っていた。
ルサリィが見つけた。
精霊族は表情に乏しいが、その女性は明らかに絶望の顔であった。
ルサリィが話しかけた。
「どうかしましたか?」
女性は下を向く。足が濡れていて、親子と思われる二人の衣服は汚れている。
ルサリィは放っておけず、二人を我々の住居に連れ帰った。
二人は、食堂で椅子に座っている。
由加、ベルタ、能美、納田、ミランダ、ライマ、ウルリカなど、多くの女性メンバーが親子を取り囲んでいる。その外周に、俺を含めた数人の男がいる。
ルサリィが精霊族の言葉で尋ねる。
「なぜ、洗濯場に?」
「皆さんの言葉はわかります」
ルサリィに代わってライマが問う。
「どうかしたの?」
「夫が、捕まりました」
「どうして?」
「わかりません。私が国の秘密をヒトに漏らしたと言われました。
私、そんなことしていません!
国の秘密なんて知りません!」
俺は、精霊族が感情的になる様子を初めて見た。
「国の秘密って?」
「……。
夫は私たちを庇って、追放になりました。
私と娘は住まいを奪われ、行く場所がなくて……。
雨が降ってきて……」
「貴女、精霊族?」
「トゥクルク支族です」
彼女は精霊族のような高長身ではなく、体格は小柄なヒトに近い。
「どういう種族なの?」
「私たちは、支族です。数が少なく、就ける仕事も限られています。
立場は強くありません」
俺は心の中で「なるほど」と呟いていた。精霊族には、階級や差別はない。だが、同時に彼らの社会には人間的な要素も感じていた。
差別はなくとも、区別はあるのではないかと。それが、雌雄なのか、それとも別なものかと。
霊長類の社会には、原初的に個体に順位がある。ニホンザルの社会でも、個体ごとに順位や群れにおける役割が存在する。
それが、精霊族にはない、と言うことはないはずだ、と確信していた。
やはり、あった。
トルクがハーブティを薦める。
母が許し、娘が飲む。
ライマが重ねて問う。
「これから、どうするの?」
「わかりません」
「実家とか、親戚は?」
「迷惑がかかります」
「じゃぁ、ここにいる?」
女性たちが微笑む。
トゥクルク支族の女性は、大粒の涙を流した。
母と娘には、精霊族の習慣で名前がない。それでは、我々が困る。
そこで、便宜的に母はミューズ、娘はララと呼ばれることになった。
精霊族には名前という概念がないので、ヒトの習慣による個体識別の方法ということで、ミューズは納得してくれた。
ミューズが漏らしたという国の秘密とは、洗濯場の井戸端会議的話題が原因のようだ。
大した事柄ではないし、罪を問うようなことでもない。我々は彼女の夫をノイリン域外で探したが、見つけられなかった。
彼女の家族が問われた罪だが、〝偉大な種族〟はどこに行ったのか、との精霊族伝承に関することだった。
しかし、精霊族が〝偉大な種族〟に関して、理由は不明だがナーバスであることはわかった。
片倉が幅二五メートル、長さ八〇〇メートルの直線路をわずか四日で整地した。
舗装はされていないが、ローラーで十分に固められ、二〇世紀前半の滑走路程度には整備できている。
滑走路を作ったら、飛行機が飛んでくるなどという、呆けたことはあるはずない。
宇宙人じゃあるまいし!
だが、飛んできた。
赤い複座のビッツ・スペシャルが!
アンティとイサイアスは、人数を集めてこの飛行機を警備している。集めた警備要員が飛行機を触りたがり、それを制止しなければならないほどの大変な状況だ。
乗ってきた二人は、我々の住居に招いた。
食堂には、暇なものも忙しいものも、誰もがいる。
学校も休校になってしまった。
空前の大騒ぎだ。
ノイリンを尋ねてきた人物は、俺たちが出会った少女ではなかった。
二〇歳代の男女で、男性のほうが若いようだ。
リーダーは女性らしい。
彼女が話し始めた。言葉は英語。
「私はサビーナ。
六か月ほど前にこの世界に来た。
一年二か月前にこの世界にやって来たはずの仲間を探している」
相馬が答える。
「一四か月前ですか。
とすると、一万四〇〇〇か月前。
もう、一一六六年経過しています。
探しても、墓さえ見つからないでしょう」
「……」
男性が「どういうことだ!」と気色ばみ、サビーナが「抑えて、セルゲイ」と窘める。
相馬が説明する。
「トンネルを通過すると、ここ二〇〇万年後に至る間に、時間は一〇〇〇倍になるんです。
例えば、A車がトンネルに突入後、その一分後にB車が入る。
A車がトンネルを出た一分後にB車が現れるのではなく、B車の出現は一〇〇〇分後になるんです。
つまり、四一日後。
貴方たちよりも一年二か月前ならば、一万四〇〇〇か月となり、一一六六年が過ぎている……」
二人の沈黙は長かった。
女性が「それは確かなこと?」と尋ね、第一世代移住者全員が頷いた。
ウルリカが「一一六六年前というと、私の祖先がこの世界に移住する前のことだわ」と言い、ユリアナが「テルメス家よりも古いかも」と続ける。
二人は完全に動揺しており、混乱しているようだ。
俺が二人に尋ねる。
「飛行機をどうやって運んだの?」
セルゲイが答える。
「乗ってきたんだ。
直径一〇メートルのトンネルに突入できる機体は、ピッツだけだった。
手に入れるのは大変だったけど、どうしてもしなければいけないことだから……」
「君たちの任務は?」
二人が顔を見合わせる。逡巡していたが、サビーナが答えた。
「地球に残っていたオークの一部が、時渡りをしたという情報があって、それを知らせにやってきたの」
セルゲイが続ける。
「でも、ギガスがいて慌てたんだ。
連中は生物兵器を使っている。
驚いたよ」
斉木が耐えられなくなった。
「オークとは?
ギガスとは?」
サビーナが答える。
「オークは食人をする人間に似た生き物。
ギガスが菜食で、人間を捕らえて強制労働させる。家畜にするの」
デュランダルが呻く。
「白と黒の魔族か!」
俺が「その二つの動物は、この世界にいるよ。どちらとも戦った」と言い、トゥクルク族のミューズが「白と黒の魔族はどちらも恐ろしい。もし〝偉大な種族〟がいなければ、私たちの祖先は滅亡していた……」と続けた。
俺が問う。
「貴方たちの人数は?」
セルゲイが答える。
「四人です。二機のピッツ・スペシャルで伝令にやって来たんです」
「よく、六か月も持ったね?」
「アネリアのおかげ。
彼女がドラゴンを撃ち落として、お金をもらっていたの。ヒトに似た、ヒトではない人たちから……」
セルゲイが言う。
「だけど、もう限界だったんだ。
燃料は手に入らないし、パンはもう何か月も食べていない。
川でサカナを捕って、森で木の実を拾って、どうにか飢えを凌いで……
言葉は全然わからないし……。
古代人みたいな人間は凶暴だし……。」
金沢が言う。
「では、ノイリンに来てください。
航空ガソリンも作れますよ。
パンも焼けるし!」
サビーナが答える。
「貴方たちの言うことを完全には信じられないけど、私たちの自由を保障してくれるなら、しばらくお世話になりたい」
金沢の予言が当たってしまった。
滑走路を造っただけで、飛行機が飛んできた。
滑走路に赤と青のピッツ・スペシャルが駐機している。
この貴重な機械を守るために、片倉の指揮でドラゴンの空襲に耐えられる強固な半地下式格納庫を大急ぎで造っている。
だが、俺の関心は飛行機にはなかった。
元世界から来た彼女たち四人は、白と黒の魔族を知っていた。
こちらのほうが、重大事だ。
彼女たちは、白と黒の魔族を、オーク、ギガスと呼んだ。
明確にその存在を知っていて、詳細な情報を持っているということだ。
この動物と、戦いようはある。また、彼らによれば、白と黒の魔族は、ヒトから進化した動物ではないらしい。
ヒトよりも古い動物だと。
彼女たちが白と黒の魔族の正体を知っているならば、それを聞き出さなくてはならない。
滑走路が舗装され、仮設の格納庫ができると、にわかにショート・スカイバンを「どうする?」と話題になり始める。
セルゲイとトクタルの二人がメカニック、サビーナとアネリアがパイロットだ。
そして、彼女たちの整備・操縦技術は高い。
整備用具は一通り持っていたが、年の単位で行動できるような装備ではない。
彼らはこの世界で、無線で呼びかければ先行グループから応答があると考えていた。
短波無線で何度も呼びかけたが、応答はなかった。
我々も短波無線を使っているが、彼らの電波を拾っていない。
タイミングが悪かったこともあるだろうが、こういったことは難しいのだと思う。
彼女たちの計画は、基本的に杜撰であった。
セルゲイがスカイバンを見聞して、エンジン以外は使えるのではないか、と結論している。
エンジンに関しては、ターボプロップなので彼の範疇外だそうだ。
クラウスのグループの一人、発電用ガスタービンの整備経験者フランツは、整備すれば使えると断言している。
サビーナのグループは、スカイバンに強い興味を示している。
トゥクルク族のミューズは、精霊族に伝わる〝偉大な種族〟について、彼女が知る記憶をまとめ始めている。
精霊族社会では、鬼神族とは異なり〝偉大な種族〟は禁忌であるらしい。その理由は不明だが、精霊族と〝偉大な種族〟の間に対立があったのかもしれない。
ミューズによれば、〝偉大な種族〟は黒魔族との戦いに敗れ、全滅したようだ。この戦いでは鬼神族も多くの犠牲が出ているのだが、精霊族に関しては記録がないらしい。
つまり、精霊族は傍観していたことになる。ここを精霊族に尋ねても回答はないだろう。鬼神族に問うべきなのだが、彼らの記録はアバウトで、一〇〇〇年以上前のこととなると桃太郎の鬼退と同等の昔話になってしまう。
まぁ、それでも情報ではある。
要塞の中心部には、屋台やバラックの市が現れた。
野菜やサカナ、肉などが売られ、活気が見られる。
ようやくヒトが住む世界になりつつある。
隠れ住んでいた移住第一世代の人々が、ノイリンへの居住を希望してやって来るようになった。
精霊族と鬼神族の商人の常駐も増えている。
黒魔族の襲撃はなく、ドラキュロの姿もなく、平穏に時が過ぎていく。冬を越せるだけの収穫も期待できる。
俺、デュランダル、斉木の三人は、サビーナとセルゲイから仮設の格納庫に呼ばれた。
いよいよ核心に迫る情報が聞き出せる、と俺は考えている。
白と黒の魔族とは何か?
セルゲイが格納庫入り口に立ち、誰かの接近を見張る。
四人は格納庫の最深部で、立ち話の体でサビーナの話を聞き始めた。
「私たちは、アルタイ山脈の西側に住んでいました。
国としてはカザフスタンになります」
斉木が言う。
「貴方たちの名前から、ロシア系だろうとは感じていたし、顔立ちから中央アジアのヒトかもしれないとは思っていた」
サビーナが続ける。
「回りくどい説明はやめます。
もう幾世代にわたり混血し、同化もしているので、正しい表現ではありません。
そこは理解してください。
私たちは、皆さんがデニソワ人と呼ぶ人類です」
俺はサビーナの言葉を遮った。
「待ってくれ。
それはにわかには信じられない」
デュランダルが俺を見る。
斉木も俺をじっと見ている。
俺が言う。
「デニソワ人、つまりアジア系のネアンデルタール人だと?」
斉木が腕組みを解き、サビーナを見詰める。
彼女が言う。
「はい。ホモ・ネアンデルタールレンシスです。
ホモ・サピエンスとの混血が進んでいますが、いまでも遺伝子の一〇パーセント以上を受け継いでいます」
俺と斉木の様子に、デュランダルが落ち着かない。
彼が俺に説明を求める。
「ハンダ、どうしたんだ」
俺がデュランダルに言う。
「元世界の二万五〇〇〇年前から大絶滅の始まりまで、人類は一属一種だった。
ホモ属サピエンス種しかいないんだ。
だが、それ以前には、同じ属のネアンデルタール種やエレクトゥス種という別種がいて、三種が同時期に地球上に存在していたんだ。
彼女は、俺たちとは別種の人類だと言っている」
「民族とは違うのか?」
「あぁ、違う。異なる種の人類だ」
「見かけは同じだぞ。大した違いはない」
その通りだ。
サビーナが続ける。
「私たちの祖先は元世界の数万年前、ささやかな文明を築きました。
私たちの祖先は、異なる種の人類とも交易をしていました。争うことはなかったようです。
ですが、突然、皆さんが魔族と呼ぶ二種の霊長類が戦争を始めたのです。
私たちは魔族を、オーク、ギガスと呼んでいます。
オークとギガスは徹底的に殺し合い、その戦いに私たちと皆さんの祖先は巻き込まれていきます。
肉食のオークはヒトを捕らえて食料とし、菜食のギガスはヒトを捕らえて強制労働をさせます。
私たちと皆さんの祖先は戦いに巻き込まれて犠牲になり、オークに狩られて食われ、ギガスに過酷な労働を強いられて息絶えていきました。
オークとギガスは、アフリカとユーラシアの接点、中東付近で大規模な戦闘を行い、オークは敗れて姿を消しました。
勝利したギガスも甚大な痛手を受けます。
私たちと皆さんの祖先は、人口を激減させていましたが、ギガスに対して乾坤一擲の反撃に出ます。
私たちと皆さんの祖先は勝ちました。
しかし、私たちの祖先は壊滅的な被害を被り、文明を失いました。
皆さんの祖先は、少しだけ被害が少なく、また戦いに参加しなかったグループもいて、生き残りました。
そして、皆さんは数万年後に文明を築いたのです。
私たちは皆さんの世界でひっそりと生き、ギガスを監視し続けていたのです」
俺が問う。
「オークとギガスという生物の正体は?」
彼女は即答した。
「わかりません。
ただ、私たちよりも何十万年も早く、文明を築いた種がいたようなのです。
彼らが、オークやギガスに教育か何かを施したのではないかと、推測されています。
オークやギガスは本質的には文明を持ちません。
しかし、教えればいろいろなことができるようになると伝えられています。
この世界のオークとギガスは、明らかにこの世界の人類文明を模倣しています」
斉木が自問するように言う。
「例のトンネルに入れば、貴女たちはオークやギガスの脅威から逃れられると考えたんだね。
しかし、この世界に例のトンネルを使って、奴らはやって来た。
それで、貴女たちのリーダーは、貴女たちに伝令を任せた……」
「その通りです。
でも、時間が一〇〇〇倍になるなんて、知らなかった……」
デュランダルが言う。
「どうであれ、この世界に来た以上、戻れないんだ。
一緒に力を合わせる以外にない。
この世界での人類は、万物の霊長ではないんだ。
ただの動物に過ぎない。
いつ滅んでも不思議じゃない」
斉木が「その通りだよ」と同調し、俺は「だからといって、死ぬ気はないよ」と応じた。
サビーナは緊張している。
「私の話を信じてくれますか?」
デュランダルが笑った。
「私は、美人の言うことは無条件に信じる主義なんだ」
斉木が「それは知らなかった」と答え、俺が笑う。
デュランダルがサビーナに言う。
「どうであれ、白と黒の魔族に人間の恐ろしさを教えてやる。
そうすれば、うかつに手を出さなくなる」
俺がサビーナに質問する。
「あの、人食い、噛みつき、という動物は何なんだ?
何か知っている?」
「いいえ、何も?
気味の悪い動物です。
生命感がないって言うか……」
俺は言わなかったが、〝偉大な種族〟とはサビーナのグループと関係があるのではないかと考えた。
考えすぎだかもしれないが……。
アリーセは語学に堪能で、クラウスのグループでは珍しく、この世界の言葉を解するようになっている。
以前から少しずつ習得していたようだが、ルサリィに師事するようになって以来、急速に上達した。
語学に対して、天性の才能があるのだろう。
彼女は、俺たちが二〇ミリ機関砲の品定めをしている間、鬼神族の老人に話しかけられ、興味深い情報を得ていた。
ただの伝説かもしれないし、確証のある伝承かもしれないのだが……。どちらなのかはわからない。
アリーセは、金沢の報告後に彼女が聞いた〝偉大な種族〟の伝承を語り始めた。
「一〇〇〇年以上前、この世界には精霊族と鬼神族しかいなくて、両者は争うことなく平和に暮らしていたそうです。
最初に現れたのは、黒魔族でした。
黒魔族は農作業をさせるために、たくさんの精霊族や鬼神族を捕らえます。
過酷な農地開墾で、多くの精霊族と鬼神族が亡くなったとか。
当時の黒魔族は、いまの黒魔族と違い、もっと機械文明が発達していました。空中を浮航することもできたそうです。
光の鞭を振るい、光の矢を放ち、弓矢や槍などの武器しか持っていなかった精霊族や鬼神族を軍事力で圧倒しました。
次に〝偉大な種族〟がやってきました。
彼らは、精霊族と鬼神族に火薬と銃の作り方を伝え、黒魔族との戦い方も教えたそうです。光の鞭と光の矢の防ぎ方も。
次に現れたのは、白魔族でした。
白魔族は、食人で〝偉大な種族〟を狩りの獲物としていたそうです。
ですが〝偉大な種族〟の武器は強力で、次第に白魔族を追い詰めていったとか。
白と黒の魔族は、出会えば必ず戦ったそうです。
黒魔族は、白魔族を襲う白魔族の姿に似た動物を使いました。
これが〝人食い〟のことのようです。
黒魔族は、この世界に現れたときには、すでにドラゴンを操っていましたが、ドラゴンだけでは白魔族や〝偉大な種族〟との戦いには勝てず、徐々に戦争に使う〝人食い〟の数を増やしました。
その〝人食い〟ですが、やがて二足歩行するすべての種族を襲うようになったとか。
黒魔族も例外ではなく、創り主さえも無差別に襲うらしいのです。
この事態に〝偉大な種族〟は、星の形をした要塞を造り、その建設方法を広めて〝人食い〟の猛威から精霊族と鬼神族を守ろうとしたそうです。
でも、〝偉大な種族〟は、白と黒の魔族と激しく戦い滅びてしまいました。
一方、二〇〇年にわたる戦いで、白と黒の魔族も壊滅的な損害を被り、結果、彼らは、本来持っていた機械文明を完全に失ったそうです。
現在、白と黒の魔族が使う機械は、すべて〝偉大な種族〟の遺産を模倣した、ヒト、精霊族、鬼神族が作るものを手に入れて使っているに過ぎないとか。
自分たちでは、何も作れないようです。
さらに数百年後、〝偉大な種族〟によく似た別の種族が現れます。
この種族が、私たちの同胞のようです。
鬼神族のおじいさんが、私に話してくれた物語のすべてです」
デュランダルが「やはり、白魔族は人を食うのか」と苦悶の表情で言い、中央平原出身者の多くが激しく反応する。男たちは汚い言葉で毒づく。
ウルリカやライマは泣いている。
中央平原出身者以外は、その様子を理解できない。
マーニはチュールにしがみついて、震えている。
いつも冷静なデュランダルが俺に向かって感情をむき出しにした言葉を投げる。
「ハンダ、いまは無理だが、私は必ず中央平原に戻る。
そして、必ず白魔族を倒す。
皆殺しにする。白魔族の手下となっている連中を含めて!」
俺は、黙って頷いた。その時は、俺も彼と一緒に行くだろう。
俺は、精霊族と鬼神族はヒトに近い動物から進化したと確信している。
根拠は、精霊族とヒトの混血、鬼神族とヒトの混血、が存在するから。
彼らはこういった人々を差別的に扱わない。その点は、ヒトよりも遙かに高い寛容性を持つ。
ただ、どちらの混血も一代限りで、子孫を残したという例はないようだ。
一方、白と黒の魔族は、人間からはかなり遠い動物のように感じる。特に黒魔族は、その外見からも人間に近いとは思えない。
チンパンジーやボノボよりも遠いのではないか?
白魔族は、黒魔族よりはヒトに近い。そして、黒魔族よりもコミュニケーションをとりやすい。
だが、情報伝達は成立するが、感情の機微のような微妙な部分はイヌほども伝わらないと感じている。
ただ、俺自身、深く白と黒の魔族と接してはいないので、確信を持っているわけではない。
あくまでも所感だ。
アリーセの話を要約すれば、こうなる。
精霊族と鬼神族は二〇〇万年をかけて、ヒトかヒトに近い動物から、この地球上で進化した。だが、白魔族、黒魔族、ヒト、ドラキュロは、他の世界か時代からやってきた来訪者・移住者、あるいは外来生物だ。
そして、鬼神族が〝偉大な種族〟と呼ぶ存在。彼らはヒトか、他の動物かはまったく不明。
ただ、ヒトに似た姿だと言うことは確からしい。
我々が住むノイリンも〝偉大な種族〟の遺産である可能性が高い。
そして、ドラキュロと黒魔族について、鬼神族は深い関係があると考えている。
鬼神族の伝承では、ドラキュロは黒魔族が開発した対白魔族戦用の兵器らしい。黒魔族が創ったのだが、創った黒魔族もドラキュロに襲われる。
あの生物らしからぬ無機的な動物の正体が、兵器だとするならば何となく納得してしまう。
俺は、思索に入り込んでしまい会議の内容を聞き逃していた。
今回、最重要な話題をクラウスが提示し、アリーセが説明を初めてだいぶ進んでいた。
「……、撃ち落としたんです」
アリーセの状況説明が終わった。
俺はそのすべてを聞き逃した。
金沢が、補足する。
「機体は曲技飛行用のピッツ・スペシャルでした。小型の複葉機で、複座タイプです。
機種下面に七・七ミリクラスの機関銃を二挺装備していました。
同調装置を持っていて、プロペラの回転面からプロペラを避けて発射できるのでしょう。
もし、仲間になってもらえたら、心強いですよ」
金沢の言うとおりだ。戦闘機ではないにしても、ドラゴンを追い回し撃墜したのだ。
協力関係が築ければ、最高の味方となる。
だが、それは可能だろうか?
小型機とはいえ、複数の機体を保有しているとするならば、運用体制を考慮すれば最低でも二〇人以上は必要だろう。日々の生活を考えれば、さらに一〇人を加えないと、飛ばし続けることはできない。
燃料、オイル、機関銃弾、消耗品と補修部品の補給をしているとすれば、一〇〇人規模のグループである可能性もある。
その人数では、何を、どう判断するにしても、簡単には決まらない。
ノイリンは、建設ラッシュだ。石と木と煉瓦で建物を造っているのだが、統一感が一切ない奇妙な街並が生まれつつある。
我々の新住居も奇抜だ。だが、意外と快適で、室内も広く、使い勝手もいい。子供たちも喜んでいる。
だが、我々が建てた建物は、まだ、住居とショート・スカイバンを格納するプレハブ倉庫だけであった。
チェスラクたちの住居と仕事場、クラウスたちの住居は手つかず。全員が、片倉が建てた奇妙な集合住宅に住んでいる。
子供たちは楽しいようだが、大人たちには不都合な面も多い。
そんな状況なのに、金沢主導で一五〇〇メートル級の滑走路建設計画が進行している。
とりあえずは、一〇〇〇メートルの滑走路を☆の出っ張りに造り、五〇〇メートルはノイリン要塞の外へ延長する計画だ。
滑走路を整備すれば、例の複葉機を我々の領域に呼び込める、と金沢は計算している。
しかし、それは単なる希望でしかない。
まぁ、何もない原っぱを整地して、アスファルト舗装するだけなのだが、それでも結構な労力だ。
アスファルトは鬼神族から購入できる。ロードローラーがないので、整地用ローラーを作り、それを戦車で引っ張る計画らしい。
戦車は畑の開墾から、土木工事まで引っ張りだこだ。
チェスラクやクラウスは乗り気で、金沢に協力している。
斉木、相馬、イアン、ウィルは、航空機用有鉛ハイオクガソリンの製造を試みている。
俺もドラゴンは怖いが、金沢の思惑は少し突飛な感じがする。
正直な気持ちを言えば、バカげている、と思っている。
由加とベルタは、弾帯を外し、迷彩服を脱げば、どこにでもいる優しいお母さんになる。
ケンちゃんと〝カルロス〟一味から保護し、ベルタとデュランダルが養育しているリュシアンが、二人のそばで遊んでいる。
遠目では二人が談笑しているように見えるが、話題は子育てなんかじゃない。
ベルタが由加に「飛行機があるなら、やはりヘリコプターもあるんだろうね」と問い、由加が「何となく、どこかの蛮族が持っていそうな感じがするんだけど」と答える。
ノイリンに移住したトラベサス系トラブゾン人は、五〇人に満たない少数支族だ。かつては三〇〇〇人に達する大支族であったが、ドラキュロの大群に襲われ、全滅寸前まで減じてしまったという。
彼らは、その小さな勢力のため、他の蛮族から略奪の対象となってしまっていた。
彼らの指導者ケレオスは、彼らの宗教と文化に干渉しないという条件で、ノイリンに移住した。
だが、トラブゾン人の多くは、我々〝異教徒〟に心を開いていない。
両者の関係は、ぎこちなく、不安定だ。
ケレオスの妻セレネは、娘ファタを伴って、傍からは談笑しているように見える由加とベルタの古樽を利用したガーデンテーブルに近付いた。
由加とベルタは、セレネの来訪に気付き、席を立ち、向かえる。
「今日はよい天気ですね。洗濯物がよく乾きます」
セレネの時候の挨拶は、蛮族の言葉ではなく、この世界の言語であった。
由加が「こんなにいい天気ですから、仕事を怠けております」と応じ、ベルタが微笑んだ。
娘のファタは憮然とした表情だ。この娘は以前から、我々を敵視している。
セレネは、「でも、洗濯は大変です。怠けていては終わりません。憂鬱な仕事です」と答える。
由加とベルタは、洗濯機の順番待ちだった。
洗濯機は相馬が作った。この世界の二〇〇リットル缶は、ドラム缶とほぼ同じ。ドラム缶から変化したのだろう。
そのドラム缶に水抜きバルブと、給水口、球形の木製回転翼を取り付けて、巨大洗濯機を作った。
すでに四基あり、燃料用藻の遠心分離機を少し改造した脱水機もある。
由加とベルタは、セレネとファタを洗濯場に案内する。
彼女たちにとって洗濯機は、革命的な機械であった。
人類は元世界の七万年から六万年ほど前に衣服を着るようになる。
それは、比較的はっきりしている。
シラミには、ケジラミとコロモジラミの二種がいるが、遺伝子解析により、この二種が分かれた時期が元世界の六万年前頃とされているからだ。
コロモジラミはケジラミから進化した。その時期は六万年前頃で、ヴュルム氷期の始まりと合致する。
人類は、最後の氷期との遭遇に際して、衣服を身にまとうことで、この危機を乗り切ったのだ。
それ以来、洗濯という労働が人類に課せられている。
特に植物などの繊維を利用した、布を発明してからは、必須の作業となっている。
洗濯は女性の仕事とされることが多く、同時に過酷な労働であった。
「私たちは、ここで洗濯をするの。洗濯機の数が少なくて、順番待ちが、ね」と由加が言い、ベルタが「倍はいるよね」と答える。
セレネは「待っていれば洗濯が終わるの?」と尋ね、二人が頷く。
セレネが「この機械を使ったら、神様は罰をお与えになるかしら?」と問い、ベルタは「洗濯に神様は関係ないと思うけど……」と答える。
セレネはトラブゾン人女性の悩みを言った。
「洗濯は大変な仕事なのだけど、同時に危険が伴います。
水場には、しばしば人食いが現れます。飲み水の近くでは洗濯ができないので、どうしても村から離れた川端ですることが多いのですが、そうすると襲われてしまうことが度々あって……」
由加が粉石鹸を見せた。相馬の指導で、植物油に強アルカリ液を混ぜて鹸化させ、乾燥固化後、すり下ろしたものだ。
「この粉石鹸で洗うの。結構きれいになる」
セレネが問う。
「もし、私たちの神々が洗濯に機械を使ってもいいとおっしゃったら、使わせてくれますか?」
ベルタが「もちろん」と言い、由加が微笑む。
セレナは一瞬考え込んだ。
「司祭様に尋ねてみます」
由加とベルタは、その司祭がくせ者であることを知っていた。
だが、古今東西、洗濯を司る神はいない。
トラブゾン人の神にも、いなかった。
司祭は、トラブゾン人の女性たちに洗濯の機械化を認める以外の選択肢がなかった。
さぞ、悔しかったであろう。
この事態に慌てたのは、トラブゾン人の司祭ではなく、我々だった。
洗濯機の増設が至上命題となり、相馬の指導で次々と洗濯機と脱水機が作られていく。
洗濯機三台に対して、脱水機一台が理想の配分。
洗濯は、精霊族や鬼神族にとっても重労働であり、彼らも我々の洗濯場にやって来るようになる。
そして、洗濯場が異種族交流と情報交換の最前線になっていく。
驚くべきことに、ほとんど接点のなかったノイリンの各グループが、急速に相互理解が深まっていく。
そして、各グループが伝える〝偉大な種族〟の伝承も集められた。
その後、洗濯機と脱水機を備えた洗濯場は、☆の出っ張りの付け根五か所に設けられ、相互利用による異種族交流は続けられた。
早朝、我々がよく利用する洗濯場に、精霊族の女性と幼い子供が蹲っていた。
ルサリィが見つけた。
精霊族は表情に乏しいが、その女性は明らかに絶望の顔であった。
ルサリィが話しかけた。
「どうかしましたか?」
女性は下を向く。足が濡れていて、親子と思われる二人の衣服は汚れている。
ルサリィは放っておけず、二人を我々の住居に連れ帰った。
二人は、食堂で椅子に座っている。
由加、ベルタ、能美、納田、ミランダ、ライマ、ウルリカなど、多くの女性メンバーが親子を取り囲んでいる。その外周に、俺を含めた数人の男がいる。
ルサリィが精霊族の言葉で尋ねる。
「なぜ、洗濯場に?」
「皆さんの言葉はわかります」
ルサリィに代わってライマが問う。
「どうかしたの?」
「夫が、捕まりました」
「どうして?」
「わかりません。私が国の秘密をヒトに漏らしたと言われました。
私、そんなことしていません!
国の秘密なんて知りません!」
俺は、精霊族が感情的になる様子を初めて見た。
「国の秘密って?」
「……。
夫は私たちを庇って、追放になりました。
私と娘は住まいを奪われ、行く場所がなくて……。
雨が降ってきて……」
「貴女、精霊族?」
「トゥクルク支族です」
彼女は精霊族のような高長身ではなく、体格は小柄なヒトに近い。
「どういう種族なの?」
「私たちは、支族です。数が少なく、就ける仕事も限られています。
立場は強くありません」
俺は心の中で「なるほど」と呟いていた。精霊族には、階級や差別はない。だが、同時に彼らの社会には人間的な要素も感じていた。
差別はなくとも、区別はあるのではないかと。それが、雌雄なのか、それとも別なものかと。
霊長類の社会には、原初的に個体に順位がある。ニホンザルの社会でも、個体ごとに順位や群れにおける役割が存在する。
それが、精霊族にはない、と言うことはないはずだ、と確信していた。
やはり、あった。
トルクがハーブティを薦める。
母が許し、娘が飲む。
ライマが重ねて問う。
「これから、どうするの?」
「わかりません」
「実家とか、親戚は?」
「迷惑がかかります」
「じゃぁ、ここにいる?」
女性たちが微笑む。
トゥクルク支族の女性は、大粒の涙を流した。
母と娘には、精霊族の習慣で名前がない。それでは、我々が困る。
そこで、便宜的に母はミューズ、娘はララと呼ばれることになった。
精霊族には名前という概念がないので、ヒトの習慣による個体識別の方法ということで、ミューズは納得してくれた。
ミューズが漏らしたという国の秘密とは、洗濯場の井戸端会議的話題が原因のようだ。
大した事柄ではないし、罪を問うようなことでもない。我々は彼女の夫をノイリン域外で探したが、見つけられなかった。
彼女の家族が問われた罪だが、〝偉大な種族〟はどこに行ったのか、との精霊族伝承に関することだった。
しかし、精霊族が〝偉大な種族〟に関して、理由は不明だがナーバスであることはわかった。
片倉が幅二五メートル、長さ八〇〇メートルの直線路をわずか四日で整地した。
舗装はされていないが、ローラーで十分に固められ、二〇世紀前半の滑走路程度には整備できている。
滑走路を作ったら、飛行機が飛んでくるなどという、呆けたことはあるはずない。
宇宙人じゃあるまいし!
だが、飛んできた。
赤い複座のビッツ・スペシャルが!
アンティとイサイアスは、人数を集めてこの飛行機を警備している。集めた警備要員が飛行機を触りたがり、それを制止しなければならないほどの大変な状況だ。
乗ってきた二人は、我々の住居に招いた。
食堂には、暇なものも忙しいものも、誰もがいる。
学校も休校になってしまった。
空前の大騒ぎだ。
ノイリンを尋ねてきた人物は、俺たちが出会った少女ではなかった。
二〇歳代の男女で、男性のほうが若いようだ。
リーダーは女性らしい。
彼女が話し始めた。言葉は英語。
「私はサビーナ。
六か月ほど前にこの世界に来た。
一年二か月前にこの世界にやって来たはずの仲間を探している」
相馬が答える。
「一四か月前ですか。
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もう、一一六六年経過しています。
探しても、墓さえ見つからないでしょう」
「……」
男性が「どういうことだ!」と気色ばみ、サビーナが「抑えて、セルゲイ」と窘める。
相馬が説明する。
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二人は完全に動揺しており、混乱しているようだ。
俺が二人に尋ねる。
「飛行機をどうやって運んだの?」
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セルゲイが続ける。
「でも、ギガスがいて慌てたんだ。
連中は生物兵器を使っている。
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斉木が耐えられなくなった。
「オークとは?
ギガスとは?」
サビーナが答える。
「オークは食人をする人間に似た生き物。
ギガスが菜食で、人間を捕らえて強制労働させる。家畜にするの」
デュランダルが呻く。
「白と黒の魔族か!」
俺が「その二つの動物は、この世界にいるよ。どちらとも戦った」と言い、トゥクルク族のミューズが「白と黒の魔族はどちらも恐ろしい。もし〝偉大な種族〟がいなければ、私たちの祖先は滅亡していた……」と続けた。
俺が問う。
「貴方たちの人数は?」
セルゲイが答える。
「四人です。二機のピッツ・スペシャルで伝令にやって来たんです」
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彼女がドラゴンを撃ち落として、お金をもらっていたの。ヒトに似た、ヒトではない人たちから……」
セルゲイが言う。
「だけど、もう限界だったんだ。
燃料は手に入らないし、パンはもう何か月も食べていない。
川でサカナを捕って、森で木の実を拾って、どうにか飢えを凌いで……
言葉は全然わからないし……。
古代人みたいな人間は凶暴だし……。」
金沢が言う。
「では、ノイリンに来てください。
航空ガソリンも作れますよ。
パンも焼けるし!」
サビーナが答える。
「貴方たちの言うことを完全には信じられないけど、私たちの自由を保障してくれるなら、しばらくお世話になりたい」
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彼女たちが白と黒の魔族の正体を知っているならば、それを聞き出さなくてはならない。
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セルゲイとトクタルの二人がメカニック、サビーナとアネリアがパイロットだ。
そして、彼女たちの整備・操縦技術は高い。
整備用具は一通り持っていたが、年の単位で行動できるような装備ではない。
彼らはこの世界で、無線で呼びかければ先行グループから応答があると考えていた。
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タイミングが悪かったこともあるだろうが、こういったことは難しいのだと思う。
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セルゲイがスカイバンを見聞して、エンジン以外は使えるのではないか、と結論している。
エンジンに関しては、ターボプロップなので彼の範疇外だそうだ。
クラウスのグループの一人、発電用ガスタービンの整備経験者フランツは、整備すれば使えると断言している。
サビーナのグループは、スカイバンに強い興味を示している。
トゥクルク族のミューズは、精霊族に伝わる〝偉大な種族〟について、彼女が知る記憶をまとめ始めている。
精霊族社会では、鬼神族とは異なり〝偉大な種族〟は禁忌であるらしい。その理由は不明だが、精霊族と〝偉大な種族〟の間に対立があったのかもしれない。
ミューズによれば、〝偉大な種族〟は黒魔族との戦いに敗れ、全滅したようだ。この戦いでは鬼神族も多くの犠牲が出ているのだが、精霊族に関しては記録がないらしい。
つまり、精霊族は傍観していたことになる。ここを精霊族に尋ねても回答はないだろう。鬼神族に問うべきなのだが、彼らの記録はアバウトで、一〇〇〇年以上前のこととなると桃太郎の鬼退と同等の昔話になってしまう。
まぁ、それでも情報ではある。
要塞の中心部には、屋台やバラックの市が現れた。
野菜やサカナ、肉などが売られ、活気が見られる。
ようやくヒトが住む世界になりつつある。
隠れ住んでいた移住第一世代の人々が、ノイリンへの居住を希望してやって来るようになった。
精霊族と鬼神族の商人の常駐も増えている。
黒魔族の襲撃はなく、ドラキュロの姿もなく、平穏に時が過ぎていく。冬を越せるだけの収穫も期待できる。
俺、デュランダル、斉木の三人は、サビーナとセルゲイから仮設の格納庫に呼ばれた。
いよいよ核心に迫る情報が聞き出せる、と俺は考えている。
白と黒の魔族とは何か?
セルゲイが格納庫入り口に立ち、誰かの接近を見張る。
四人は格納庫の最深部で、立ち話の体でサビーナの話を聞き始めた。
「私たちは、アルタイ山脈の西側に住んでいました。
国としてはカザフスタンになります」
斉木が言う。
「貴方たちの名前から、ロシア系だろうとは感じていたし、顔立ちから中央アジアのヒトかもしれないとは思っていた」
サビーナが続ける。
「回りくどい説明はやめます。
もう幾世代にわたり混血し、同化もしているので、正しい表現ではありません。
そこは理解してください。
私たちは、皆さんがデニソワ人と呼ぶ人類です」
俺はサビーナの言葉を遮った。
「待ってくれ。
それはにわかには信じられない」
デュランダルが俺を見る。
斉木も俺をじっと見ている。
俺が言う。
「デニソワ人、つまりアジア系のネアンデルタール人だと?」
斉木が腕組みを解き、サビーナを見詰める。
彼女が言う。
「はい。ホモ・ネアンデルタールレンシスです。
ホモ・サピエンスとの混血が進んでいますが、いまでも遺伝子の一〇パーセント以上を受け継いでいます」
俺と斉木の様子に、デュランダルが落ち着かない。
彼が俺に説明を求める。
「ハンダ、どうしたんだ」
俺がデュランダルに言う。
「元世界の二万五〇〇〇年前から大絶滅の始まりまで、人類は一属一種だった。
ホモ属サピエンス種しかいないんだ。
だが、それ以前には、同じ属のネアンデルタール種やエレクトゥス種という別種がいて、三種が同時期に地球上に存在していたんだ。
彼女は、俺たちとは別種の人類だと言っている」
「民族とは違うのか?」
「あぁ、違う。異なる種の人類だ」
「見かけは同じだぞ。大した違いはない」
その通りだ。
サビーナが続ける。
「私たちの祖先は元世界の数万年前、ささやかな文明を築きました。
私たちの祖先は、異なる種の人類とも交易をしていました。争うことはなかったようです。
ですが、突然、皆さんが魔族と呼ぶ二種の霊長類が戦争を始めたのです。
私たちは魔族を、オーク、ギガスと呼んでいます。
オークとギガスは徹底的に殺し合い、その戦いに私たちと皆さんの祖先は巻き込まれていきます。
肉食のオークはヒトを捕らえて食料とし、菜食のギガスはヒトを捕らえて強制労働をさせます。
私たちと皆さんの祖先は戦いに巻き込まれて犠牲になり、オークに狩られて食われ、ギガスに過酷な労働を強いられて息絶えていきました。
オークとギガスは、アフリカとユーラシアの接点、中東付近で大規模な戦闘を行い、オークは敗れて姿を消しました。
勝利したギガスも甚大な痛手を受けます。
私たちと皆さんの祖先は、人口を激減させていましたが、ギガスに対して乾坤一擲の反撃に出ます。
私たちと皆さんの祖先は勝ちました。
しかし、私たちの祖先は壊滅的な被害を被り、文明を失いました。
皆さんの祖先は、少しだけ被害が少なく、また戦いに参加しなかったグループもいて、生き残りました。
そして、皆さんは数万年後に文明を築いたのです。
私たちは皆さんの世界でひっそりと生き、ギガスを監視し続けていたのです」
俺が問う。
「オークとギガスという生物の正体は?」
彼女は即答した。
「わかりません。
ただ、私たちよりも何十万年も早く、文明を築いた種がいたようなのです。
彼らが、オークやギガスに教育か何かを施したのではないかと、推測されています。
オークやギガスは本質的には文明を持ちません。
しかし、教えればいろいろなことができるようになると伝えられています。
この世界のオークとギガスは、明らかにこの世界の人類文明を模倣しています」
斉木が自問するように言う。
「例のトンネルに入れば、貴女たちはオークやギガスの脅威から逃れられると考えたんだね。
しかし、この世界に例のトンネルを使って、奴らはやって来た。
それで、貴女たちのリーダーは、貴女たちに伝令を任せた……」
「その通りです。
でも、時間が一〇〇〇倍になるなんて、知らなかった……」
デュランダルが言う。
「どうであれ、この世界に来た以上、戻れないんだ。
一緒に力を合わせる以外にない。
この世界での人類は、万物の霊長ではないんだ。
ただの動物に過ぎない。
いつ滅んでも不思議じゃない」
斉木が「その通りだよ」と同調し、俺は「だからといって、死ぬ気はないよ」と応じた。
サビーナは緊張している。
「私の話を信じてくれますか?」
デュランダルが笑った。
「私は、美人の言うことは無条件に信じる主義なんだ」
斉木が「それは知らなかった」と答え、俺が笑う。
デュランダルがサビーナに言う。
「どうであれ、白と黒の魔族に人間の恐ろしさを教えてやる。
そうすれば、うかつに手を出さなくなる」
俺がサビーナに質問する。
「あの、人食い、噛みつき、という動物は何なんだ?
何か知っている?」
「いいえ、何も?
気味の悪い動物です。
生命感がないって言うか……」
俺は言わなかったが、〝偉大な種族〟とはサビーナのグループと関係があるのではないかと考えた。
考えすぎだかもしれないが……。
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200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
異世界で農業を -異世界編-
半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。
そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
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